人はそれを神の領域とか言うらしいわ

 神聖国・都の郊外



「まあだから貴方の……兄さまの魂は彷徨っても穢れることなく存在し続けた」


 穢れとか良く分からないんだけどね。


「えっとそれは僕が鬼の血を引いているから?」

「それと陰陽師の血も引いているらしいわよ」


 はい? おんみょーじ?


「ウチにお寺の関係者は居なかったはずですが?」


 悪魔が蔑んだような目を。


「陰陽師。鬼を使役したりして悪い物の怪と戦っていたとか言う古い時代のゴーストバスター」


 マジか~。


「私たち厨二病を患っている人からすれば垂涎の存在よ」

「いやん。僕の貞操のピンチ」


 お道化て見せるが悪魔は乗り気が無いらしい。ブスッとしたまま言葉を続ける。


「兄さま。姉さまの結婚相手としてどんな存在が召喚される予定だったか知っている?」

「ん~」


 何かどこぞの馬鹿兄貴にそんな話を聞いた記憶が薄っすらと?


「少なくとも姉さまを恐れない存在。抱ける存在。ある意味で野獣とかそんな類の野郎の魂よ」


 へいへい。こんな紳士な僕を捕まえて失礼だな君は?


「ええ。でも兄さまの性格を無視してその血筋は一致しているのよ」


 あれ? うそ~ん。


「だから兄さまはこの世界に召喚された。まあ“あれ”が干渉して当初の召喚候補を蹴っ飛ばしたみたいだけど」


 何の話ですか?


「分かる?」


 いえ。全然。


「……兄さまは少なくともこの世界に来るべき存在だったってことよ」

「はい?」

「分からないの?」


 本当に全然分かりませんな。


 若干胸を張って踏ん反り返ってやろうとしたら、抱き着いているノイエのアホ毛が僕の頭をペチペチして来たので我慢する。

 不満をアホ毛で表現しないで欲しい。


「簡単に説明するわね」


 どうぞ。


「偶然にしては条件が整い過ぎているってことよ」


 つまりそれは?


「でもこの世界には“神”は居ない」


 先に言うなって。


「なら何なのさ?」

「そうね……しいて言えば『誰かがシナリオを描いてその通りに動いている』って感じかしら?」

「でも神様は居ないんだろう?」

「ええ。でも“この”世界に神様は居ないと私は言ったはずよね?」

「はい?」


 それってつまり?


「昔話に疎い兄さまに1つ教えてあげましょうか?」

「何を?」


 嫌なフラグが見え隠れ?


「少なくとも日本という国には八百万の神が居るのよ。つまり最低でも800万ね」

「……金利無しで貸してくれるの?」

「返済能力はあるの?」

「ノイエが居ます」

「最低ね」


 ブスブスっとした表情のままで悪魔がため息を吐いた。


「たぶんだけどの神様が結託して兄さまを嵌めたんじゃないかしら?」

「何故に?」

「だからその血筋に難があったから?」


 知らないよ。僕に鬼の血が流れていることなんて今知ったわけだしね。


「と、全て空想と妄想と冗談とあれで語ってみたけれど」

「おひ」

「でもこれだけは教えてあげる」

「何をよ?」


 ニヤリと悪魔は口角を上げた。


「この世界には朽ちた自由の女神も無くて、猿顔をしたリンカーンの像も無いってことよ」

「ごめん。ネタが分からん」

「もう少し映画ぐら観ておきなさいよね」

「無理を言うな」


 映画なんてたまにテレビでやっているのを見るくらいだし、ウチは田舎だったからテレビは2局しかなかったしね。


「はん。これだから田舎者は」

「何おう?」

「テ〇東の午後のロードショーの偉大さを知らないカス共がっ!」


 知らない。そんなの知らない。


「ヘビロテで微妙な映画を毎週提供してくれるあの偉大さを噛みしめられる関東人は、テ〇東に感謝すべきなのよ!」


 何故か立ち上がった悪魔が両腕を振り上げて力説している。ある意味で普通に戻って来たな。


「シャークネ〇ドとかファイナルデスティネ〇ションとかのシリーズを普通にやってくれるあの偉大さをっ!」


 突然どうした? あの日か?


「ごめん。本当についていけない」

「……良いのよ。ただ叫びたくなっただけだから」


 すごすごと悪魔は腰を下ろした。


 何故か若干恥ずかしそうなのは……今あげた映画は恥ずかしいものなのか? あれか? エロいのか?


「話を戻して」

「待って。凄く気になる」

「あとでググりなさい」


 待って。その検索サイトは異世界には無いの。


「だからこの世界で地球の遺跡を探しても存在していないわ。まあ仮にこの世界が地球だとして、私たちが知っている遺跡が残っている可能性があるのは……万里の長城かピラミッドぐらいとか言われているしね」

「それでも朽ちるでしょう?」

「ええ。それか核戦争でも起きれば」

「起きないでしょう?」

「はぁ? アンタ馬鹿?」


 久しぶりに聞いたな。


「良い? 私たちが住んでいた地球には古代核戦争が行われた痕跡があって……この話は長いし色々と脱線するからパスね」

「待って。凄く気になるから」

「あとでググりなさい」


 だからその検索サイトは、この異世界には無いんだってばよ~!


「まあ少なからずこの星は地球ではない。星座が違うし」

「物凄い足払いだな? 今までの振りは?」

「あん? 機嫌が悪いだけよ」

「知らんがな」


 お前の機嫌に付き合う身になれと言いたい。


「で、結局お前は何を言いたいんだ?」

「……そうね」


 立ち上がった悪魔はその冷たく不機嫌な目を僕らに向けた。


「たぶん原因は貴方よ。私たちの魔法が成功した理由はね」


 一方的過ぎやしませんか?


「で?」

「でもそれを恨むのはお門違いだと思っている。そもそも恨むのなら私たちは魔法の真似事なんてしなければ良かったのよ。でもきっと私たちはやった。やったからこの世界に来た」


 嫌な自信だな。


「それで?」

「最初はこの世界が何かのゲームの世界かと思って本当に色々と悪いことをした。全力で悪の限りを尽くしたの。結果それで人類を死滅する手前まで追い詰めた。でもゲームじゃないと気付いて慌てて世界平和に舵を切った。数百年で人口は増え……そして人間は欲望に身を任せた。国々で争うようになった」


 人は2人居れば喧嘩するって言うしね。


「で?」

「またたくさん人が死んだ。それでも戦いを止めようとはしなかった。だから私たちはこの世界でウイルスを作りばら撒いた。人口が減れば争いは無くなると思って……結果はそのウイルスを制御できなかった。変異して猛威を振るった。そしてあの子たちも罹患した」


 それは痛々しいな。


「私たちは慌てた。急いでどうにかしようとした。そしてその手立てを見つけた。この世界には神が居ると気付いて天界に攻め込んだ。結果として始祖の魔女は神となった。最悪の神よ。ウイルスをそのまま流し続け暴走させ続けた」


 家族を救うために……だったんだよな。


「でもお前はそれに歯向かった」

「ええ。恥ずかしい話よ。その時になって私はようやく自分の罪に気づいた。自分がただの人間だと思い出した。だから1人の人間としてこの世界に平和を願った。結果は……この辺は語ったわよね?」


 聞いたね。


「そう言うことよ。僅かな人間が残ったこの世界を元に戻した。戻し私は表舞台から消えた」

「ふ~ん」


 これで全部と言いたげな相手に僕はとても冷めた視線を向ける。

 この悪魔は本当にとんでもない嘘つきであると再確認した。


「で、何をまだ隠している?」

「……何のことかしら?」


 白々しい。


「お前が全部ありのままに語るような存在かよ?」

「あら? 語るわよ」

「嘘吐け」

「それに」


 クスリと笑い悪魔が自分の胸に手を当てる。


「女は自然と嘘を吐く生き物よ。そして男は黙って女の嘘を受け入れるべき存在なの。分かる?」

「分かりたくありません。何より地のノイエは嘘とか言わないから」

「あら? それはどうかしらね?」

「ま、さか……」


 慌ててノイエの方に顔を向けると彼女はクルクルとアホ毛を回していた。


 ちょっと待てノイエ。なぜ今ナウローディング中なのだ?


「ノイエは僕に嘘を言ったりしないよね?」

「はい」

「ほら悪魔! ノイエは嘘を言ってないって、」

「それが嘘だとしたら?」


 重い言葉に僕のお腹の奥の方にズシッと……でも大丈夫!


「ノイエが嘘を言っていたとしても、僕はその言葉を真実として受け入れるから!」

「ほら……私の言った通りでしょう?」


 あれ?


「はぁ~ぁ」


 わざとらしいため息を吐いて悪魔がフルフルと頭を振った。


「少しは懺悔する気持ちで事実の一端を語ったと言うのに」

「おい。一端って何だ?」

「反物の単位よ」

「それは“一反”だ。正解か。って間違ってますから」

「ツッコミが元気ね」


 お前がボケるからだろう?


「私の言葉が仮に全て噓だとしたら何か問題があるの?」

「ん~」


 そう言われると返事に困る。


「なら最後に酷い“嘘”を兄さまに」


 スルスルとエプロンの裏から箒を取り出しながら悪魔が歌う。


「たぶん貴方が地球から追い出された理由……それは貴方の血が、その血筋が、人としての限界を超えて神格の一端に到達したからよ」

「つまり?」

「分からないの? 人はそれを神の領域とか言うらしいわ」


 告げて悪魔は箒を上空に放り投げると、地面を蹴って垂直に飛ぶ。

 横向きとなって宙に浮かぶ箒の上に立ち、彼女は笑いながら僕らを見た。


「少し散歩しに行ってくるから……適当に楽しんでなさい」

「はい?」


 告げて悪魔はヒューっと飛んで行ってしまった。


 で、楽しむとは? あれ? ノイエさん?


 ガッチリと僕を掴んで離さないノイエの存在に今になって気づいた。


「アルグ様」

「……はい」


 軽く彼女に抱えられ……お姫様抱っこをされる方なんですが!


「あの~。ノイエさん?」

「大丈夫」


 何が?


 無表情でノイエが僕の顔を覗き込み、ペロリと自分の唇を舐めた。


「夜はこれから」

「待とうか? 確かにそうだけど!」


 これからスタートなの? 今から? もしかして夜が明けるまで?


「それに教えてもらう」

「何を?」

「お姉ちゃんに」


 一瞬ノイエの目が怪しく光った。


「アルグ様が好きなことを」

「いゃあ~!」


 死んじゃうからっ! ノイエとマニカのコンビネーションは確実に死んじゃうからっ!


 必死の抵抗も空しく……僕は馬車の残骸らしき物でマニカが作った簡易的な寝床に運ばれた。


 そして、




~あとがき~


 刻印さんの推理が正解とは限りませんけどね。


 説明回は要点を纏めて短くした方が良いのです。何故なら読んでいる方が飽きてしまうからw

 解説好きならあれでしょうが、自分は『ながっ』と思ってしまうタイプな者で。


 そしてこれからノイエのターンです。夜は長いんだから!




© 2024 甲斐八雲

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