ゆうたいりだつ?

 神聖国・都の郊外



「ノイエ。出来たわよ」

「ん。待ってて」

「待ってる。待ってるからもう嫌いとか言わないでね? ね?」

「ん」


 その必死な声に顔を上げると、どうやらマニカが戻って来た感じだ。


 あれが何をしているのかなんて気にしない。何故ならばあれはノイエに叱られ必死にポイント稼ぎをしたいのだろう。下手をしたら僕までとばっちりを食らう可能性がある。絡まないで欲しい。そうで無くとも現在色々と絡まれていてウザいのだ。


 というかノイエさん。本格的にこっちに来ませんか?


 出来れば今の空気を変えて欲しい。君の義姉の脅迫……ウザ絡みが本当に億劫なのです。


 さあノイエよ。こっちに来て僕に癒しをプリーズだ。


「だから姉さまっ! 今日の私は焚火がアンラッキーアイテムなのよっ!」


 邪魔をするのかこの悪魔めっ!


「顔を拭けば良い」

「姉さまっ! 容赦なさすぎっ!」


 ニコニコと笑っているはずなのにとてつもなく怖い義姉から逃れるように振り返ってみれば、ノイエが抱えている物体をゴシゴシと擦っていた。

 悪魔の『顔がぁ~』という断末魔染みた悲鳴が響き渡り……ぐったりとした。


 あれは生きているのか?


 そもそも体はポーラのモノだから無理はしないで欲しい。


「ん」


 荷物を抱え歩いて来たノイエが僕の横に座り、自然な動きで残り少ないお肉を鷲掴みして口に放り込む。この間僅か1秒ぐらいだ。制止なんて間に合わない。良く僕の目が追い付いたものだと感動する。


「ノイエ?」

「もぐ?」


 モグモグ言語を使われたら諦めるしかない。

 まあ多少食べられたし、それに僕の手にはまだ義姉の舐めた肉が半分ほどある。これを食して、


「あ~ん」

「……」

「あ~ん」


 無表情で口を開いてノイエが残りを請求しだす。容赦なさすぎだろう?


 諦めて彼女の口の中に入れるとまたモグモグだ。流石ノイエだ。迷いや躊躇が無い。


「アルグ様」

「はい?」


 おかわりはないよ? もし欲しければ君が抱えている悪魔に言いなさい。


「……お姉ちゃん」


 何かを察してノイエが僕から姉に視線を巡らせる。


 ゴーレムの上に座る彼女はニコニコと笑い……断片も辛そうな雰囲気を見せたりしない。


 あれがノイエの本当の姉の姿か。勉強になる。


「何かしらノイエ?」

「そろそろ戻す」

「戻す?」


 義姉の問いかけにノイエがコクンと頷き……しばらく待ってから抱えている悪魔をシェイクした。


「吐く吐く吐くって」


 シェイカーのようにノイエに揺さぶられた悪魔が地面に立つと、はいはい。


 相手の睨むような視線に僕は顔を背けた。


 別に泣いた後の顔を見るぐらい問題無いと思うんだけどね。本気泣きの顔は見られたくないとかそんな感じかな?


「姉さま。顔はあっちに」

「はい」


 声だけだと気になるので、あくまでノイエを見ていますと言った感じでウチのお嫁さんに視線を向ける。


 ノイエは悪魔の指示で自分の姉を見つめていた。そしてそんな指示を出した悪魔はノイエの後ろに立って……何をする気だ?


「おいでませっ!」


 酷い掛け声だな?


 何よりも掛け声も酷かったけれどその後の行動も酷かった。悪魔がノイエの後頭部を叩いたのだ。平手でパチンと叩く感じでだ。良し。後で殺そう。


「でろ~ん」


 最愛のお嫁さんを叩いた悪魔の声に、マジかっ!


「ちょっとノイエ? いやぁ~!」


 ノイエの左目から何かが溢れ出し……それこそ大量のスライムのようなモノがノーフェさんの悲鳴と一緒に彼女とゴーレムを飲み込んだ。


「かいしゅ~うっ!」


 悪魔の声に反応し、ノーフェさんたちを飲み込んだスライムがスルスルと戻っていく。


 一瞬だった。一瞬でノーフェさんとゴーレムがその場から消えていた。


「何処に?」

「魔眼の中よ」


 怒った様子で腕を組んだ悪魔が僕から顔を背ける。徹底していますな。


「何でまた?」

「あくまであれは実験の産物なのよ。まあ姉さまが我が儘を言って聖女の力を使ってくれなかった時の保険として無理矢理外に出したけど……あの様子からしたらしばらくはまた寝たきりでしょうね」


 露骨に危ない発言をする。


「無理をさせるな。無理を」

「だって……」


 頬を膨らませた悪魔がブスッと息を吐く。


「想定外が多すぎたのよ。本当はこんなに手を貸す予定は無かったし」

「あ~。そんなことを言っていたな」


 今回この馬鹿は傍観者を気取るとか何とか。


 思い出したらイライラまでもが復活して来たぞ?


「何よ? この妹の体を傷物にでもする気?」

「最低な脅迫だな?」

「うっさい馬鹿。死ね」


 完全に拗ねている悪魔は、焚火から離れた場所に腰を掛けた。すると発生したのは静かな時間だ。時折遠い場所から物音が聞こえて来るけど、たぶんマニカとか言う性格の悪い生き物が何かをしているのだろう。確認するのも面倒臭い。


 ノイエは僕の隣で自分の左目を瞼の上から触れて首を傾げている。


 たぶん大丈夫だと思うぞ?


 悪魔の魔法は基本規格外だから不思議な現象が良く起きる。


 一度息を吐いて視線を上へと向ける。

 紺色の空には星が広がりキラキラと輝いていた。こんな状態で焚火とか普通ならテンションが上がるんだけど、どこぞの馬鹿が険悪な空気を発しているおかげで台無しだ。


「良し悪魔。死ね」

「何でよっ!」


 お前がそんな場所でイライラとしているのが悪い。あの日か?


「違うわよっ!」

「なら何だよ?」

「……自分の、過去の自分に対して怒りが沸き上がって来ていて」

「それはつまり自室に残しておいた同人誌が親の目に留まっていないのかとかそんな感じか?」

「それもだけど」


 それもかよ?


「でもウチはその手のモノはオープンだったから」


 それはそれで嫌な家族だな? ある意味先進的なのか? 斬新の方かもしれないが。


「兄さまだって隠し忘れたエロ本ぐらいあるでしょう?」

「大丈夫。ちゃんと火事で燃え尽きているのをこの目で確認しているから」

「うわ~」


 これこれ。その目は何だ? 何故両腕を摩ってこっちに侮蔑交じりの視線を向ける?


 伊達に幽霊をしてあっちこっち彷徨っていませんでしたから。


「それも大概変なのだけど……兄さまの母親から話を聞いて納得したわ」

「納得したの?」

「ええ。兄さまはたぶん幽体離脱の才能があったのよ」

「ゆうたいりだつ?」


 え~っと、あのお笑い芸人の双子がやるネタですか?


「それ」


 投げやりに認めるな。


「そのおかげで兄さまは死ぬ前に魂を体の外へと逃がした。で、帰るべき肉体を消失していたから戻ることが出来ずに彷徨った。そう筋道を立てれば納得できる」

「へ~」


 凄いな僕。そんな才能があったのね。


「まあ鬼の血がなせる業ね」

「はい?」


 今何かとんでもない雑音が?


「あれ? 聞いて無いの? 兄さまの母親は鬼だって話」

「……」


 ウチの母親が鬼?


「ウソウソウソウソ……。あんな虚弱で病弱な人が鬼とか無いわ~」

「それは鬼の女性が短命なのが原因らしいわよ」

「またまた~」


 あり得ませんて。


「ウチの母さんが鬼? あのトリスシアさんのような?」


 ウチの母親は元帝国の食人鬼オーガであるトリスシアさんのようなマッチョじゃございませんでした。


 ある意味で真逆ですよ? 線の細いスレンダーな女性でございましたよ?


「だからあれはオーガでしょ? 兄さまの母親は鬼女よ」

「違いが分からん」

「もう少し日本の昔話を研究しなさいよね」


 そんな物を研究する人とか居るのですか?


「居るわよ。少なくとも私はしていた」


 お前は重度のオタク気質なオタクだろう?


「うっさい。今死ね」


 言葉が酷い。


「鬼女とは基本愛情の深い女性が多いのよ。1人の男性を深く愛したりね。どっかの馬鹿な兄さまのように」


 煩いよ?


「まあ大半は愛情が深すぎて最終的に闇落ちするんだけどね」


 我が家ではその心配はありません。ノイエが不倫とか絶対にしないと信じていますので。


 何よりこの世界だとノイエは男性から好かれない。その存在がある意味で“鬼”扱いですから。


 こんなに優しくて良い子なのに、ただちょっと素手でドラゴンを引き千切るぐらいで恐怖の対象とか間違っています。


 つか夫婦喧嘩で殺されるかもとか考えることが間違いなのです。こう見えてノイエはグッと我慢するタイプです。


 我慢して我慢してそれが我慢できなくなったら爆発して……あれ?


「ノイエ」

「はい」


 横に居るノイエの肩を抱いて引き寄せる。


「愛しています。誰よりも」


 耳元で囁いてみると、クルクルとアホ毛が回ってペチペチと僕の頭を叩いて来た。

 どうやら不意打ち過ぎて思考がパニクったらしい。


「アルグ様」

「ほい」

「好き」


 告げてノイエが抱き着いて来る。


 うむ。大丈夫だ。ノイエの僕に対する不満は現在少ないと判断した。




~あとがき~


 母親が居ない場所で主人公、自分の秘密を知るw


 ここから数話は語りがベースの回となります。別名説明回とも言う。

 たまにこれを挟まないと色々と謎が謎のままになってしまうのです。


 作者的には神聖国編の終わりが見えているのでもう少しお付き合いのほどを~




© 2024 甲斐八雲

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る