今夜はどうするんですか?

 神聖国・都の郊外



「我が家の弟君は女性をイジメる方だったのですね。少し残念です」

「ちょっと待て義姉よ。語弊が半端ない」

「ん~」


 戻って来たノーフェさんが頬に指を当てて首を傾げる。

 首を傾げる仕草はノイエと同じだ。たぶんノイエが頬に指を当てたら瓜二つだろう。


「あの後姿を見せて語弊と?」

「……」


 頬に当てていた指が燃え尽きて立ち去って行く変態の背中に向けられている。


 うん。見た感じ完全に敗者だ。敗軍の将だ。従う部下たちもボロボロだ。

 卑猥が多少回復させたと言うユリーさんなんてそれでも完全に燃え尽きてボロ雑巾のように見える。萎んだ爺さんたちを抱えていくスク水ボーイだけが唯一元気そうだが、その表情は疲労の色が濃かった。


 それでも仕事が残っている。都に入り女王としてすべきことをするらしい。


 まあ心優しい僕が今後の方針を色々と教えてあげたからきっと大丈夫だろう。

 萎んだ爺なんて『一緒に来て貰えないか?』とか言っていたが、これ以上の厄介ごとは勘弁だ。後で行くけど今ではない。


「ただ現実を教えただけなんですけどね~」

「あらあら」


 クスクスと笑いノーフェさんが青猫の頭の上で軽く背伸びをする。


 この人は基本良い人らしいので、僕が変態に現実の厳しさを説いていたら汚れ切ってしまったマニカを運び洗って着替えまでしていた。

 綺麗にするとマニカの美貌は際立つ。日が完全に西に傾き薄暗くなってきて助かった。ガン見とかしていたらノイエが来て拗ねるかもしれない。まあノイエさんは姉たちを可愛がる分にはそこまで拗ねないか……拗ねる時もあるけどね。女心はいつまでも謎だ。


 それは良い。別の話でただのノロケだ。認めよう。


「この国って大変なことになるのかしら?」

「まあなるでしょうね」


 国力は一気に衰退し、何より首脳部がほぼ崩壊だ。右宰相は……どうなったんだろう?

 あれの首を取りに行った変態たちはこっちに逃げ戻って来たし、つか色々と未報告が多い気がする。


 これはあれか? 僕の延長戦確定か? いやん。もうお家に帰ってゴロゴロしたい。


「あの人たちを助けてあげるのかしら?」

「……」

「助けてあげるのかしら?」


 僕が視線を逸らすと青猫が軽やかなフットワークで移動して来た。


 これこれ義姉よ。僕はもうお家に帰ってゴロゴロしたいのです。


「面倒臭いから、」

「助けてあげるのよね?」

「……」


 質問が脅迫に変わった。


 不思議だ。何故ノイエに関わる姉たちはナチュラルに人を殺せそうな気配を発して来るのだろうか?


「知恵ぐらいなら貸しますけどね」

「うん。それで良いのよ」


 クスクスと彼女は笑い出す。


「折角ノイエがここまでやったんですもの。最後は幸せで終わって欲しいでしょう?」

「それでもこれから人は死にますよ?」

「それでもよ」


 それでもか。


「人が死んでしまうからって他の人に救いの手を差し伸べないのは違うでしょう?」

「確かに」

「それに本当のノイエなら全員救おうとして無理をするでしょうけど……」


 若干彼女が視線を動かした。


 分かっている。それをしようとしてノイエは一度真っ黒に染まってしまったのだ。たぶん今も真っ黒なのだろう。

 でもノイエは生まれ持って凄く優しいから、自分がどんなに黒く染まっていても優しさを忘れない。


「あの子が辛い思いをしないように……私は常にそれを考えて来た」

「僕もです」

「でも私はね」


 笑いノーフェさんは僕に視線を向けて来る。


「物凄く疲れちゃったの。今すぐにでも死んでしまいそうなほどに」

「ノイエが泣きますよ?」

「ええ。それにたぶんこの疲れは別のことが原因でしょうから」


 ゴーレムの頭に座る彼女は優しく微笑む。


「私は死んでいるのよね」

「……はい」


 死者の魂に無理矢理に肉体と言うか器を与えている状態……それが今のノーフェさんだ。


 不具合が出ない方がおかしい。


「まだ大丈夫ですか?」

「凄く辛いけど」


 辛そうな顔を笑みで隠してノーフェさんは顔を上げる。


 ノイエがこっちに来たからだ。


「アルグ様」

「はい」

「あの……変な人たちは?」


 凄いぞ今後の神聖国を背負う者たちよ。あのノイエが変な人たちと認識しているぞ?


 辺りをキョロキョロと見渡すノイエが何故そんなことを言うのかは簡単だ。両脇に抱えている荷物……悪魔の方は無視するとしてもう片方だろう。グッタリとしている名無しの女の子だ。


 死んでいるようには見えないけど疲れ果てているようには見える。


「その子を?」

「はい」

「なら仕方ない」


 ノイエが抱えている悪魔を回収する。


「あっちに歩いて行ったからノイエの足なら、」


 消えた。


「直ぐにでも追いついたね」

「はい」


 行って帰って来たノイエの腕にはもう少女の姿はない。

 一方的に押し付け……強引に押し付けて帰って来たんだろう。


「アルグ様」

「はい?」


 ノイエが頂戴とばかりに僕に手を伸ばしてくる。


 もしかしてこの悪魔が欲しいんですか?


 どうやらそうらしいのでノイエに抱えていた悪魔を手渡す。


「ん」

「「……」」


 僕とノーフェさんの目が点となった。


 顔を押さえ涙を我慢していたのであろうと思っていた悪魔なのだが、もしかしたら違う理由で顔を押さえていたのかもしれない。


 何故ならノイエが悪魔の顔を自分の胸に押し付け抱え込んでいるのだ。

 そう。抱え込んでいる。熱い抱擁だ。ただし顔面は胸に押し付けられている。ちなみにノイエは鎧を着用している。つまり胸はバッチリ鎧である。


 頑張れ。


 僕は心の中で悪魔に向かいそう発していた。




「もう良いから」

「ダメ」

「助けて兄さま~」


 完全に日が落ちた頃に悪魔が復活した。


 ただ何故か僕らから離れた場所に居る。ノイエと2人でだ。そしてノイエは悪魔をヌイグルミでも抱くかのような扱いをしている。ノイエの抱擁だ。絶対に逃れられない。


 離れた場所で僕は火を焚いていた。焚火だ。

 ゴーレムの体内に残っていたペガサスの肉を食べつつのんびりしている。

 というか結構空腹だったのでちょっとのお肉がめっちゃ旨い。大変な美味である。


「お姉さんもご飯とか食べたいわね」


 ノーフェさんはゴーレムに座ったままで僕の隣に居る。で、もう1人は居ない。マニカは端材を拾い集めて何かしていた。その端材の一部が薪でもある。


「兄さま? 可愛い、愛らしい妹が助けを求めているんですが?」

「ならノイエ。こっちに来て」

「ダメ~! 今日の私のアンラッキーアイテムは焚火なの!」


 それはアイテムなのか?


 どうやら僕らに顔を見られたくないらしい悪魔が焚火の傍に来たがらない。察しはついているがあそこまで抵抗しているから仕方がない。救いようがないとも言う。


「なら諦めてノイエのオモチャになってろ」

「ヘルプミ~」


 お茶らけた声を発しているがいつもの元気はない。完全に空回りしている感じだ。


「ん~」

「悩むくらいなら食べます?」

「ん~」


 義姉は先ほどから残り少ない肉を見つめて唸っている。


 彼女は食事ができるのか?


 その答えを知るであろう悪魔の返答は『神のみぞ知る』だそうだ。つまり分からんらしい。よってノーフェさんはずっと悩んでいるわけだ。


「舐めてみます」

「どうぞ」


 スティック状に割かれて焼かれた肉を手にし、彼女はペロペロとそれを舐めて……咽て咳き込んだ。


「ダメっぽいです」

「そうですか~」


 無理なら仕方がない。


 えっと義姉さん? その舐めた肉をどうしてこちらに? どうしろと? 弟へのご褒美?


 僕にその手の性癖は無いのですが、譲られれば食べましょう。何故ならお腹は空いています。それにノイエが9割持って行ったので僅かな残りをチビチビと食べるしかないのです。


 食事をしているはずなのにお腹がキュルキュルとなるのはどうしてだろう?


「それでアルグスタ」

「はい?」


 お姉さんモードのノーフェさんが僕に視線を向けて来る。


「今夜はどうするんですか?」

「今夜ですか?」


 決まっています。今夜はここで野宿です。


 都に何故向かわない? 忘れているかもですが、あの場所は右宰相の本拠地ですよ? 治安回復しない限り行ったら絶対に何かに巻き込まれそうじゃないですか?


「出来たら今すぐにでも帰国してしまいたいんですけどね」

「あら? あらあら?」


『あら』だけで姉が脅迫して来ました。


 笑顔のはずなのに義姉の目が笑っていないのです。




~あとがき~


 激動過ぎた一日がようやく終わります。

 終わります? 本当か?


 ここから纏めに入れれば良いんだけど…どうなる?




© 2024 甲斐八雲

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