お前の臓物が何色なのかを引きずり出して確認してやる~!
神聖国・都の郊外
「クタバレこの糞が~!」
「何だとこの腐れが~!」
暗闇の中でその2人は殴り合っていた。
ただ暗闇の中での殴り合いの為、普通の者では見ることはできない。見ることはできないが、『ドスッドスッ』と肉と骨を叩く鈍く低い音が響く。
殴り合うの2人は……片方は人の少女だ。小柄で何処にでも居る普通の少女だ。神聖国ではよく見られる一般的な衣装とは違い、何処か異国の雰囲気を漂わせる衣装を身に纏う少女だ。
もう片方は異形の化け物だ。足は蜘蛛のように複数あり、胴体に当たる部分にはブヨブヨとした肉の塊が乗っている。腕はこれまた複数あって、頭はワームのようなミミズが鎮座しているようにも見える。常人がひと目見れば余りにもおぞましい姿に腰を抜かして失禁するであろう異形の化け物だ。
そんな恐ろしい化け物と少女が“殴り合い”の喧嘩をしている。
体格差は言うまでもない。大と小と言う言葉では当てはまらない。巨大と極小の差がある。
けれど圧倒しているのは極小である少女の方だ。そう、少女の方なのだ。
軽いステップを刻んで体を左右に振り、顎をガードするように構えられた拳からは小気味の良いジャブが放たれる。その牽制に使われるジャブがどれも大砲を思わせる威力だ。
空気を圧縮して撃ち込まれる一撃に、異形の化け物の複数の足はガクガクだ。ブルブルだ。レフェリーが居ればそろそろドクターチェックを入れるタイミングかもしれない。
けれどこの戦いはボクシングではない。殴り合いの形をした殺し合いなのだ。
そして運の悪いことに少女は強い。強いのだ。
異形の化け物を前にしても臆することなく拳を放ち続ける胆力と魔力を持っている。
何故なら彼女は厄災の魔女。この世界に災厄を撒き散らした魔女だ。
「死ね死ね死ね死ね」
ジャブ。ジャブ。ストレートからのボディーブロー。
異形の化け物の全ての足が地面から離れ、一瞬中に浮かぶ。
それを見逃すチャンピオン……魔女ではない。さらに一歩踏み込んでギュッと右手を握りしめた。
「マ〇ハパンチっ!」
トドメの一撃をワームが鎮座しているような頭に放つと、パンっと音を発して弾け飛ぶ。
これで何度目か分からない破壊だが、相手はまたうようよと動いて弾けた部分を再生して行く。
これの繰り返しだ。
魔女の攻撃は圧倒的だ。けれど相手である化け物の再生能力も圧倒的だ。
おかげで決着がつかずに延々と一方的な殴り合い……サンドバッグを殴り続けるような状況が継続しているのだ。
「しぶといのよ! この腐れ外道っ!」
「黙れっ! この性悪根腐れ女がっ!」
「千回殺す!」
「鉄柱で犯す!」
一方的にやられている異形の化け物も決して挫けていない。
相手がどれほど強かろうが、一度……たった一度攻撃を通せば良いと分かっている。それが出来れば自分に勝ちが転がり込むと、全部をひっくり返して勝ちを拾えると知っているからこそ何回でも肉体を弾け飛ばしても“生”にしがみ付く。
何より今の体は“生きること”に特化している。
ここまで現世に執着した魂は珍しい。それが三つも同居している。だからこそ死なない。力が消えない限り、力の源が断たれない限り絶対に負けないのだ。
「どうした性悪? 息が上がって来たぞ? そろそろ死にたくなって来たか? 頑張らないでさっさと死んでも良いんだぞ?」
「煩い煩い煩い煩い!」
両肩で息をしながら少女は吠える。
ようやく見つけた恨みだ。
目の前に居る存在は、あの腐れ魔女と同等に殺したくて仕方のない存在だ。
だからこそ負けられない。諦められない。
殺しても殺し足りないほどの恨みを抱く相手なのだ。
「この裏切者が~! クタバレ~!」
右腕を天へと伸ばし少女は吠える。
その声を詠唱として無理矢理魔法を発動した。
魔法の内容などどうでも良い。ただ自身が発した魔力を塊にして相手の頭上から叩きつけるだけの暴力だ。シンプルな力技だ。一緒に旅をして来たあの恐ろしいほどに強い女性が使っていた攻撃だ。
「何を言うか~! この裏切者が~!」
異形の化け物も吠えた。
魔法では相手に敵わないが、でも今の自分には怨念がある。
この世の全ての負の力を武器に、その力を自分のパワーに変換し武器とする。
頭上から降り注ぐ魔力の塊など脅威ではない。その証拠に……彼は自身の頭上に複数ある腕を全て伸ばし、凶悪な魔力の塊を受け止めようとする。
「クタバレ~!」
「お前がな~!」
両者の全力を尽くした攻防が、幾百年前から続く殺し合いが、幕を下ろそうと……
ビィカァ~!
問答無用な強力な光が2人の周りに存在している暗闇を祓った。
さあみんな? 準備は良いかな?
僕は心の中で“みんな”に呼びかける。この後の言葉は決まっている。
当たり前だろう? 僕ほどこれを多投している人間はいない。
「「「目がぁ~!!!」」」
絶叫が木霊した。勿論僕の口からも迸った。
ノイエが……あんなに制止したのに軽い感じで握りしめた拳を振るいました。
物凄く軽かったです。ハエでも追い払うかのようにとっても軽く振るったのです。
みんなは気づいていなかったのかな? 僕だけだったのかな? そもそもこうなることは明らかだったでしょう? 僕なんて事前に危機を感じて瞼をギュッと閉じていたんだよ?
それなのに閉じた瞼の意味が無いほどの光量が弾けた。
被弾だ。もろに食らった。
勿論僕以外の人たちも直撃だ。
あっちこっちで人の呻き声が聞こえて来る。
変態女王たちも直撃を受けた感じだ。ざまあみろと言いたい。
決して悪口ではない。部外者を気取って我関せずな雰囲気を漂わせていたことに対しての苦情だ。
それとあっちから聞こえる声は……あれはマニカか? あれも外に出て色々と僕に悪さを仕掛けていたからざまあみろだ。この眼球を焼き切るような攻撃は初めてだろう? だがノイエの姉を自称するのであれば1度や2度程度軽く眼球を焼けば良い。僕なんて年に数度はこれを食らっているのだから。
って、あれ? 悪魔の呻き声が聞こえてこない? まさかアイツ……ここに来て裏切ったのか? 自分だけ魔法とかでバッチリ両眼をガードしていたとかか?
許さん。決して許さんぞあの悪魔っ!
「お前の臓物が何色なのかを引きずり出して確認してやる~!」
遠くから聞こえて来る兄の声に、悠然と歩いていた小柄なメイドは体を震わせた。
はて? どうして寒気が? 何か風邪でも引くようなことでもしただろうか?
首を捻り搾り出そうとするが、何も思いつかない。つまりは勘違いだ。
だから迷うことなく足を進める。
流石はあの姉だ。存在が転生者よりもチートなだけはある。本当に狂っている。
何をどうすればあれほどの負の感情を祓うことが出来る? “雷帝”と名付けた醜悪な魔法の根源を破壊することが出来る?
ただあの魔法は……本来はこんなことになる予定は無かった。式を弄び効果を改ざんした結果だ。
犯人は分かっていたから全員それ相応の罰を与えた。怨嗟の、雷帝の材料になって貰った。
嫌な過去だ。どうして自分はこうも嫌な過去ばかり抱えているのだろう?
ゆっくりと歩みを進めるごとに視界が高くなる。
普段見慣れた高さではない。ある意味で見慣れた高さでの視界だ。
弟子の体に負担をかけることになるが、今回ばかりは目を瞑って貰いたい。
幼いメイドの姿であの2人の前に立つことはできない。
自分が全ての、諸悪の“根源”である必要があるからだ。
だから自分は“悪”でなくてはならない。
あの子たちの仲間を殺し、家族を奪い、全てを滅ぼした……そんな悪でなくてはならないのだ。
「久しぶりね? ミーアとリュート」
足を止め魔女は地面の上に転がる2人を見た。
どちらもまだ10歳ぐらいの幼子だ。けれど2人の年齢は決して若くない。
「始祖の魔女の子供らが私の前に姿を現して無事で生きていられるとでも思っていたのかしら?」
もう何度も行って来た行為だ。
自分が魔女だから、“厄災”の魔女だから……これをまた演じなければいけないのだ。
どんなに嫌でも、どんなに辛くても、でも自分の役割だと分かっているから演じなければいけない。
「私は刻印の魔女。魔女殺しの魔女」
親友の忘れ形見を、自分が引き取り育てた子供を……その人生を、亡霊となった存在を消さなければいけないただの馬鹿な女だ。
「兄妹喧嘩よりも楽しいことをしましょうか?」
ただあまり時間はない。この2人が揃ってしまうのは良くはない。
何せ、この子等の母親は……
~あとがき~
刻印さんは基本嘘つきです。
そして厄介なことに記憶改ざんの魔法を使うスペシャリストでもあります。
さあ考えてみよう? どうして記憶改ざんの魔法が必要になったのか?
自分の正体を隠すため?
あながち間違ってはいないんだけど、本当は…
© 2024 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます