今がチャンスっ!

 神聖国・都の郊外



「ノイエ。ノイエさ~ん。僕の自慢のお嫁さ~ん。そこでアホ毛だけを揺らして喜んでいないでちょっとこっちを見ようか? 今一度落ち着いてこっちを見てみようか?


 まだ大丈夫。君の心に僕を見る余裕は残っているはずだから。だからこっちを……アホ毛の先を人に向けちゃいけません。それはきっと人に指を向ける行為と一緒で見つけた人によっては叱られる類のあれだと思うから禁止です。


 ノイエの中のお姉ちゃんたちが怒ったりする類のあれだと思うから止めようね?


 は~い。集中力を失ってさっさと片付けようとしない。今一度落ち着いてって僕は言ったよね?


 まだ大丈夫。まだ間に合うから。ノイエは出来る子だから。だから今ゆっくりと息を吸ってだね……らめぇ~! ギュッと拳を握っちゃらめなのぉ~!」




 ユニバンス王国・ノイエ小隊待機所



「はふ~」


 小隊を管理を預かりつつ王都の監視もしているルッテは大きく息を吐き、腰かけている椅子の背もたれに背中を預け軽く腕を回す。

 肩こりは仕方がない。もう長い付き合いだ。だって重いんだもの。自分の胸が重いんだもの。


 肩に手を当て軽く腕を回し、ルッテは今一度息を吐いた。


 もう太陽も西へと沈みだし、今日の監視は終わりを迎えた。

 本日の王都は平和だった。貴族区のとある屋敷の庭で何度か土煙が発生していたが、あの場所はいつもあんな感じだから問題ない。


 報告したところで無視されるのが関の山だ。

 誰もすき好んであの場所に喧嘩を売る勇者は居ないらしい。


「ん~。冷たい飲み物が欲しいですね~」


 肩を回し終え、手を組んで軽く腕を上へと伸ばす。


 使用する祝福のおかげで空腹もつきものなのがルッテの悩みだ。

 昔は国軍の倉庫で詰まれていた廃棄寸前の干し肉を貰って来ては齧っていたが、今は違う。上司が変わったことで待遇が素晴らしく変化したからだ。


 廃棄寸前は変わらないが、代わりにお菓子になっている。甘いケーキやクッキーや焼き菓子等々が大量に確保されている。

 これを毎日食べられると言うだけでも幸せだ。


「は~。幸せ幸せ」


 自然と緩んでしまう頬に手を添え、ルッテは自身の体を左右に揺らす。


 仕事に対する不満は……ある程度は諦めている。自分の持つ祝福が普通の物とは違い過ぎるから、その辺はもう諦めたから大丈夫だ。ノイエ小隊の副隊長となり、気づけば1人で隊を運営させられているような状況にも慣れてきた。

 人間慣れって本当に怖い。


 でも大丈夫。だって今はとっても幸せだから!


 更に頬を緩くさせ、口の端も緩みっぱなしで、ルッテは気の抜けた笑い声を発する。


 結婚が決まり、今夜もこれから彼との夕飯が待っている。

 王都の安い酒場兼食堂での夕飯だが、それでも最愛の人と一緒の食事だ。


 故にルッテの表情は緩みっぱなしだ。


 今日は昼ぐらいに西の空に七色の光の柱がズドンと天に向かい伸びたりもしたが……きっとあっちで誰かが何かをやらかしたのだろうと言うことで王城の方で話はついた。もしその結論が出て居なかったら、残業確定で下手をしたら徹夜で王都の監視になっていただろう。


 逃れられたから大丈夫だ。


「今夜はワインとか~。でもでも彼は明日も仕事があるし~」


 自分はほぼ毎日仕事があるが仕方がない。

 休みの場合でも定期で王都の様子を確認し報告する義務が課せられている。少し前ならもう少し緩かったのだが、最近は特に厳しく監視を義務付けられている。


 それはまるで何かが起きるのかを予期して待ち構えているような……そんな預言者のような人物が王都に居るとは思えないからたぶん上の人たちが神経質になっているのだと、ルッテは自分の中で結論を出していた。


 代わりに休日出勤や特別手当などが給金に加算されるので文句はない。


 前はどんなに働いても一定額の給金だったが『格差無き労働は人を腐らせる。見よ! ……ソ〇のあれって何だっけ? 学校の授業で習った何たらホース的なあれ?』と、何故か横に立つ妹メイドに問い合わせ、結果2人して結論が出なかったらしく挨拶が最初から新しくなったが、まああの上司だから言ってて訳が分からなくなるのはいつものことだった。


 しどろもどろな説明によると、何でも平等は怠け者を生んでしまうらしい。

 だからどれほど仕事をしたのかを確認し、それに見合った労働に対して対価を支払うのが人を預かる者の役目だとか。

 上司の若い部下夫婦がその労働確認を丸投げされて発狂していたが、代わりにノイエ小隊は最も労働に対しての対価が支払われる場所になった。


 ただついつい“ノイエ”隊長と言う規格外が居るから忘れられがちであるが、ノイエ小隊ほど実戦経験が豊富な小隊はこの国に存在しない。あげく戦う相手は基本ドラゴンだ。ちょっとでも油断をすれば命を持っていかれる相手だ。そうで無くとも腕や足なども簡単に持っていかれる。


 死が常に横に居る最前線……それが本来のノイエ小隊の形だった。


『はふ~。お肉とワインと……』


 そんな最前線の部隊を代理で預かっているルッテの頭の中はお花畑状態だ。

 だって仕方ない。今日は夫となる人との食事だ。食事の約束の日なのだ。


 お互い休みにくい仕事を抱えているせいで逢う日が限定されてしまうが仕方ない。

 それに結婚し新居を構えれば毎日同じ空間で過ごせる。つまりこう言った『たまに逢える』と言うのは残り少ないご褒美なのだ。


『……やはり食事の前に女子寮のお風呂を借りるべきでしょうか?』


 食事の後のことに思考が走ったルッテは、緩む頬を押さえていた手を外して悩む。


 問題は『その後』だ。食事の後だ。


 相手の朝は早い。自分も朝は早い。つまり“夜”と言う時間は少ない。とても少ない。

 食事が終わってからその手の宿に行くとする。その前にやはりお風呂に入りたい。別に自分が清潔ではないとかそんなことは無い。むしろ婚約してから毎日毎晩濡れた布で身を清めることが日課になった。それにこの蒸す暑い時期は胸の下や谷間に汗が溜まりやすい。そのままにしておくと臭いそうで怖くてちゃんと拭いている。


 だけどだ。だけど今夜は彼と逢うのだ。逢って食事をして、それから宿屋に直行だ。

 途中でお風呂屋さんに寄るとか興ざめしてしまいそうだ。むしろ『今からがんばります』と言うやる気が湧いて来るかもしれないが、それはそれでとっても恥ずかしいから没だ。


「混み具合は」


 自分の祝福を起こし確認する。


 雨期ではあるが今年は雨が少ない。つまり汚れる者が少ないから女子寮のお風呂前に行列は出来ていない。これで雨が降っていたら順番待ちもあり得ていた。


「今がチャンスっ!」


 善は急げと椅子を蹴飛ばし立ち上がったルッテは、急いで自分が使っている部屋を片付ける。

 食べ散らかしているお菓子の類を片付けておかないと虫が湧く。前に大量の虫を発生させて『次やったらケーキは無しにするから』と警告を受けた。ケーキ無しの生活は無理だ。


 上司がオーナーを務めているケーキ屋さんの生クリームは年々レベルアップが進み過ぎて大変なことになっている。他店では出せない高品質の生クリームになっているのだ。それを可能にしたのが術式の魔女が作り出した冷蔵と冷凍用の魔道具らしい。あの夫婦は……と言うか夫は、妻を悦ばせるためなら金に糸目をつけない。


 何より術式の魔女がそんな物を作ったことにもビックリだが、何でも三大魔女が作ったのかと思うほどに高性能だとか言う噂もあるらしい。魔道具研究者が必死にカウンターの奥を覗き込もうとケーキ屋で行列を作ったという逸話もあるほどだ。


 それは良い。今は関係ない。


 生ごみを1つに纏め、部屋を飛び出そうとしたルッテは姿見の前に立ってブレーキを踏んだ。

 胸元が開けている。これはダメだ。


 慌てて胸元の紐を閉じて今一度身だしなみを確認する。

 だって自分の体は彼の物だ。他人に見せることはもうしたくない。


「良し。お風呂に行って」



 ビィカァ~!



 余りにも強力な光が西の空で発せられた。

 強力過ぎたその光を直視した者はしばらく目の中が焼け大変な目に遭ったとも言う。


 そしてルッテはその日からしばらく、光を発生させた人たちが戻って来るまでユニバンス王国の王城内での監視作業を課せられたと言う。

『彼との~』と終始涙目で訴えかけるが、その言葉はすべて無視されたらしい。




~あとがき~


 光の強さを強調したくてのルッテでしたw

 問題児夫婦が戻って来るまで王城監禁とか…まあ仕方ないんですけど。

 最新の情報を欲するのは異世界でなくても施政者なら当たり前ですし。



 こっそりとリアルで出世してしまった作者さんです。

 手当てとか発生しない名ばかりの役職って虐めでしかないと思う。

 基本2日に1回のペースで投稿して行きますが、不意打ちで投稿が出来ない日が生じるかもしれませんのでご了承ください。その場合は1回飛ばしで対応します。


 執筆時間がゴリゴリと削られて…(´;ω;`)




© 2024 甲斐八雲

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