人生で二度目の走馬灯を見たわ

 神聖国・都の郊外



「うぉおぉおぅうぅ」

「頑張れ」


 妹から受け取った『魔を祓う力』の本流にノーフェはその全てを傾け堪えていた。

 ぶっちゃけ無理だ。全力を傾けているがやっぱり無理だ。


 ウチの妹はいつの間にこんな力を?


 ノーフェは若干の涙目で相手を見た。

 特徴的な触角のような髪の毛をフリフリと揺らし、何故か前かがみの姿勢でいる。両手を軽く握り肘を曲げて胸元を寄せるかのように構えている。


「頑張れ」


 大変気楽な妹だ。昔はあんなに可愛かったのに、だ。


 何かあれば『おねーちゃん』と呼んで甘えてくれた。

 自分が居なければ何もできず、おかげで毎日の世話が楽しくて楽しくて仕方が無かった。

 この子は自分が居ないと何もできない。生きていけない。それを肌に感じての生活は喜びしかなかった。


 妹の為なら、ノイエの為なら、何でもできた。


 それほど妹と言う存在は大切なのだ。宝物なのだ。それなのにあの父親くそがこともあろうかそんなノイエを殺そうとした。大食漢のノイエに食事を譲り満足に食事を得られない日々のせいで弱っていた体はいつもの1割も力を発揮できなかった。だから相打ちになってしまったが……それから毎日妹の後ろでその成長を見守って来た。


 ゴーストと呼ばれる存在になってしまってもだ。


「お姉ちゃん」

「はっ!」


 妹の声で彼女は現実に戻った。


 危なかった。本気で意識が遠のいて……まさか死にかけていた? いやいやどうして? 一回落ち着こうと胸の中で自分に言い聞かせる。


 確かに妹の力は昔に比べて強くなっている。強くなりすぎている。何をどうしたらここまで強くなる? ちょっとおかしい。かなりおかしい。確かに才能溢れる天才児であったが、ここまで人間離れはしていなかった。


 何より聖女の力は穏やかなものだ。

 草原で柔らかく葉を揺らすようなそよ風のようなそんな力だ。


 だが妹の力は何だ? そよ風? 何処が?


 しいて言うならばただの突風だ。暴風だ。暴力だ。

 そんな狂暴が自分の腕に宿り暴れている。


 無理。絶対に無理。このままだと自分の腕ごと消滅してしまう。


「お姉ちゃん」

「大丈夫。まだ大丈夫」

「まだ?」

「煩い妹。お姉ちゃんも言葉を間違う日もあるの」

「はい」


 何より余裕がない。少しでも気を抜けば消滅しそうだからだ。


 こんなに強力だと分かっていたら引き受けなかった。どうして自分は妹の力を……うん。分かっている。ちょっとだけ格好つけたかったのだ。だって一応自分は聖女の姉だ。聖女の才能が乏しいから聖女を守る存在になるためにと自分自身を鍛える道へと進んだのだ。


 その自分の選択は間違っていなかった。妹が溢れんばかりの性能を持っていたのだから。


「お姉ちゃん?」

「はっ!」


 全身を震わせ閉じていた瞼を開く。


 今絶対に意識が飛んでいた。あれだ。その昔に見たあれを見た。確か走馬灯とか呼ばれる現象だ。過去の出来事が物凄い速度で頭の中で展開するあれだ。前に死んだ時にも見たから間違いない。


「人生で二度目の走馬灯を見たわ」

「凄い凄い」


 パチパチとやる気のない拍手をして来る妹にイラっとした。


 大丈夫。姉とは妹の不条理を受け止める存在だ。どんな傍若無人な振る舞いも笑顔で受け止めてあげるのが姉と言うものだ。

 だから怒らない。笑顔で、


「お姉ちゃん弱くなった?」

「良しノイエ。あとで聖女の舞を半日程度踊らせるから覚悟しなさい」

「……嫌」

「ノイエ?」

「つーん」


 両手で耳を塞いで妹が視線を背ける。


 ……我慢だ。我慢。一瞬イラっとして強めのことを言ってしまったが、お姉ちゃんなら我慢が必要だ。それに聖女の踊りは練習だ。聖女の血を引くノイエだからこそその練習が必要なのだ。


「ノイエ」

「つーん」


 改めて見るとあの頃とは全然違う。

 ずっと妹の背後に立ち、時には妹の力で消滅しかけることもあったけれど、それでも変わらずずっと見つめてきた。そんな妹が美しく成長した。それも力強く、ドラゴンを殴って千切って叩き潰す存在にだ。


「お姉ちゃん?」

「大丈夫。ちょっと違った意味で意識が飛んでいただけだから」

「……つーん」


 思い出したように妹がまた視線を逸らす。


 そんな姿が愛らしい。本当に可愛らしい。

 その姿を見ているだけでずっと生きていけそうな気がする。


 ただ何をどう間違ったらドラゴンを玩具にするような成長をするのだろう?

 最初は普通のはずだった。普通に普通の少女だった。だが気づけばドラゴンを千切っては投げていた。飛んで逃げるドラゴンを追いかけ追い越し先回りをしてから捕まえ千切る。


 祝福と呼ばれる力を得たからと言っても妹の力はおかしい。

 聖女の力を得ているからと言っても妹の力は本当におかしい。


「ノイエ」

「つーん」

「うんうん。分かったからお姉ちゃんの質問に答えてくれるかしら?」

「つーん?」


 視線は背けているが片方の耳が向けられる。

 流石優しさで出来ている妹だ。自然と耳を傾けてくれるのだ。


「どうしてそんなに強くなったの?」

「……強い?」


 カクンと妹が首を傾げた。


「ドラゴンを捕まえて千切るなんて普通の人には出来ないのよ」

「……」

「だから何か秘密でもと思って」

「……」


 妹はコクコクと頷くと何故か胸を張った。


「頑張ったから」

「……」

「お肉をいっぱい食べたら」

「……」

「それと」


 増々胸を張って妹が口を開く。


「家族を守るため」

「そっか」

「はい」

「それでこそノイエね」


 目を細くして姉は妹を見つめた。


「だからって強くなりすぎだと思うんだけど?」

「だから頑張った」

「具体的には?」

「……お姉ちゃんがイジメる」


 触角のようなひと房の髪が力を無くしへんにゃりと倒れだす。


「違うのノイエ。ただちょっと疑問に思って」

「……」

「本当よ。私が大切なノイエをイジメたりなんてする訳ないでしょう?」

「はい」

「でもちょっとだけ疑問に」

「分かった」


 力を失っていた髪の毛に元気が戻りだす。


「お姉ちゃん」

「何かしら?」

「……」


 黙って見つめて来る妹の視線に姉は毅然と背筋を伸ばし、青い猫の上で座り直した。


「アルグ様が言ってた」

「何て?」

「現実は直視する物だって」

「そうね」

「意味は分からないけど」

「ノイエ」

「でも平気。今は思い出した」

「それって言葉を思い出せたってことで良いのかしら?」

「はい」


 なるほど。確かに妹は昔から物を覚えるのが下手だったから仕方がない。

 その理由は簡単だ。聖女としての力が強すぎて“雑音”を拾い過ぎてしまうのだ。そのおかげで集中力は皆無であり、楽な方へと流れてしまうから物事を覚えようとしない。


 失われた聖女の一門が存在していれば問題無かったはずだ。

 常に聖女の術が施された場所にその身を置いていれば雑音に苛まれることは無かった。鳥籠の鳥になってしまう可能性はあったが、それでも普通に暮らせていたはずだ。


「それもこれも全てあの父親くそが悪いのよね」

「?」


 首を傾げる妹に姉はまた口を開いた。


「ねえノイエ」

「はい」

「今の貴女は幸せ?」

「はい」


 即答だった。迷うことの無い妹の返答に姉は安心する。


「そう。嬉しいわ」

「はい」


 そっと目を細めて姉は妹を見つめる。


「ねえノイエ」

「はい」

「お姉ちゃんのお願いを1つだけ聞いてくれるかしら」

「……」

「大丈夫よ。そこまで警戒しなくて大丈夫よ」

「……」


 こんな時だけは妹の嗅覚が鋭く発揮される。

 本当に厄介な妹だ。


「なに?」


 仕方がないと言った様子で妹が口を開いた。


「うん。難しい話じゃないの。ちょっとこの力を返したいんだけど?」

「頑張れ」

「ノイエ。認める。私の力じゃこの狂暴な力を維持するので精いっぱいなの。扱うなんて絶対に無理。本当に無理なの。だからノイエに返したいの」

「頑張れ」

「ノイエ~!」


 両肘から先を半ば透明にしつつ姉であるノーフェは叫んだ。

 自分が想像していた以上に妹の力は強すぎたのだった。




~あとがき~


 これがスランプか?

 どうも最近調子が悪すぎて執筆が進まない…困ったものです。


 ぶっちゃけ姉は妹の実力を過小評価していました。

 結果として…恥を忍んでと言う流れかな?




© 2024 甲斐八雲

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