我が儘はダメ?
神聖国・都の郊外
「もうちょっと」
「……」
「ホント」
「……」
「ん」
ノイエが突き出してくる頭を撫でる。これでもかと撫でる。
地球の日本時代に培った野良猫ナデナデテクニックは健在だ。
何故か僕ってば昔から猫やら犬やらにやたら滅多ら好かれると言う隠れステータスが存在していた。おかげで野良猫を呼んで撫でるだなんて高等テクニックを披露できたのだ。
『野生ってナンデスカ?』と思わせるほどに野良猫がお腹を見せて僕に撫でられていた。
ただ問題はそれだけなのだ。これを上手く使ってクラスの女子から人気を得るとかが出来なかったので僕のモテキは一向にやって来なかった訳です。と言うか僕にだけ懐く野良猫を他の人が触れる訳がない。ウチの母さんなんて野良猫の前に立つだけで猫が全速力で逃げていたけどね。あの人の息子なのに動物には好かれていたな。
「もっと」
「……」
「ん」
頭をナデナデしていると時折ノイエのアホ毛に触れてしまう。その都度甘い声を上げるものだから……耐えろよ僕。これはきっとノイエの罠だ。
「罠じゃない」
「……」
「もっと」
うりうりとノイエが頭を突き出してくる。
と言うか僕らはこのまま現実逃避をしていていいのか? 違う。これは逃避ではない。いつもならノイエにご飯を与えてという流れなのだけど、現在僕の手元に食料が無い。
悪魔がこっそり作っていたペガサスの丸焼きは秒でノイエの胃袋へと消えた。と言うか本当に胃袋に消えたのだろうか?
たまにノイエの胃が別次元に繋がっているのではと思うほどに謎である。
「胃の中に入ってる」
「……」
「ホント」
「……」
「でもすぐ無くなる」
お嫁さんの言葉を信じるとそう言うことらしい。
「本当」
「……」
「こっちも」
右の方ばかり撫でていたら左も請求された。
流石ノイエだ。我が儘ちゃんだな~。
「我が儘はダメ?」
「ノイエなら問題無し」
「……アルグ様」
「ん?」
ノイエが顔を上げて真っ直ぐ僕を見る。
「好き」
耐えた。危うくこの場でノイエを押し倒してしまうかと思った。
何てウチのお嫁さんは本当に可愛いのでしょう?
「可愛い?」
可愛いです。最高です。至高です。
「好き」
セーフ。また耐えた。
ウチのお嫁さんは本当に危ないぜ。
「で、義理の姉よ」
「……」
青い猫の上に乗ったノイエの実の姉が先ほどからずっと無言で僕らの周りをまわってる。
動いているのは青い猫だけで姉はずっと僕らの方を無言で睨んでいるだけだ。
ノイエが光ったら後始末をしてくれるらしいが、ノイエが光らないので待機状態になっている。おかげでずっと僕とノイエのラブラブな時を覗き見ているのだ。
「無言で見続けるなと言いたい」
「……死ねば良いのに」
「いきなり凄い毒をっ! 妹夫婦が仲睦まじくしているのに何か不満でも?」
ポツリと毒を吐いたノーフェさんは、ジッと僕らを見つめ続ける。
「ノイエが可愛いのは昔から知っているし、何よりノイエの頭を撫でるだなんて心底羨ましいけれど、何より許せないのはノイエが素直に『好き』と言っている辺りかしら?」
「確りちゃんと不満が出て来たよ!」
淀みなく不満を言われたので、とりあえずノイエを正面から抱きしめて……相手の頬に自分の頬を当てる。するとノイエが甘えるようにスリスリして来るのです。
それを見ていたノーフェさんがまた無言で回り出す。今度は逆方向にだ。何かそれって意味とかあるのでしょうか?
「気持ちノイエに力を注いで回復を早めているわ」
「意味あったんだ」
「それと視界の隅をウロウロすることで貴方から集中力を奪っている」
「うっわ~い。嫌な姉になって来たな」
「……何度か見てたけどここまでノイエが骨抜きにされているとは思わなかったし」
「前からノイエってこんな感じですが?」
「……あんなに可愛らしかったノイエも大人になって汚れてしまったのね」
これこれ姉よ。実の妹に何て暴言を?
「ん」
ビクッとノイエが体を震わせた。
どうした? 甘えすぎてエクスタシーな何かに達してしまったか? それはそれで特殊過ぎるぞ?
「アルグ様」
「ほい?」
合わせていた頬を放しノイエが僕にキスをして来る。
結構深めなやつをガッツリとされて……ノーフェさんのに視線が険しくなりました。
「もう大丈夫」
「何が?」
「ん」
顔を離したノイエが僕を見つめる。
「約束」
「ん?」
「赤ちゃん」
「ほいほい。でも帰ってからだからね?」
「はい。なら、」
僕を掴んでいた手を放しノイエが背中を見せて来た。
「ちょっと本気」
お~。それは楽しみだね。
何度か体を左右に揺らし、ノイエが軽い足取りで前へ出る。
僕の錯覚かもしれないけれど、一瞬ノイエから金色の何かが見えた気がした。
また光るのか? 今度こそ光れるのか?
楽しみに見つめていると、ノイエは右手を頭上に掲げた。
「本気」
カッ!
あ~。それはダメですノイエさん。
いつもの感情の籠っていない口調に騙されて僕はノイエが作り出した光を直視してしまった。
「目がぁ~!」
両手で両眼を押さえてのたうち回る。
久しぶりにこのネタをやった気がする。安定のネタだ。
ただ今回は冗談の類ではなく結構本気で目をやった。大ダメージだ。焼けるかと思った。
ノイエの本気は自分の手に太陽を作り出すことだったらしい。もしかしたら違うのかもしれないが、僕の目にはノイエが小型な太陽を作ったかに見えた。それほど明るかったのだ。
「お姉ちゃん」
「ノイエ。ちょっと待ちなさいよ」
「はい」
地面の上でのたうつ僕の耳に2人の会話が届く。
「本気って秘奥義を予備動作も何もなくやってのけないでくれる?」
「はい」
「だからそれは私が扱うには、」
「なら消す」
「ちょっと待ちなさい」
「はい」
「扱うにはちょっとばかり強すぎると言うか、」
「なら消す」
「だから待ちなさいって」
「はい」
「別にお姉ちゃんは扱えないとは」
「なら、はい」
「投げるな~!」
ノーフェさんが無邪気な妹の手玉に取られている様子が伝わって来る。
ただノイエはやはりノーフェさんが大好きなのだろう。そうで無ければここまで多弁に語ったりしない。普段のノイエなら『ん』の一文字を発してから丸投げだ。文字通り丸投げだろう。
「ちょっとこれは……大丈夫。私にだって聖女の血が流れているんだから……あれ? ちょっと無理かな? 無理かな? 色々と無理かもしれない」
妹から受け取った力が強すぎたのか、段々とノーフェさんの発言に対し言葉の元気がなくなっていく。
それと気持ち香ばしい臭いが? 大丈夫ですか? 義理の姉が燃えてたりしないだろうね?
地面の上で横になり深呼吸をしていたらダメージを受けていた僕の目が回復して来た。
何度か瞬きをすると、一瞬目からパリパリとした感触が……大丈夫。気のせい。気のせいです。
慌てて腕の袖で目を擦ればほら大丈夫。何も見えない。アカンヤツ~!
「目がぁ~!」
両目を押さえて改めてお約束を敢行する。と言うか今回は本気です。マジで目が。
「大人しくしていれば治るわよ」
「悪魔?」
静かだった悪魔の声が……何処だ? コイツは弱っている僕を見逃す類の生き物ではない。
「今回は見逃してあげるわよ」
「大丈夫か? 特に頭の方は?」
「……何故だろう? お兄さまの股間に肘か膝を叩き込みたい」
へいへい止めようぜ妹よ? これ以上のダメージは死ぬよ?
「死なないわよ。たぶん精神的にはね」
「何のことよ?」
「気にしなくても良いわよ」
何故か大きなため息が? そして立てていた膝に何やら重さと温もりが?
「僕の膝を椅子にするな」
「良いでしょう? 下着越しの妹のお尻を堪能しなさい」
肉付きが薄いのよね~。声にはしないけど。
思っていても言わないのが兄の優しさです。
「ねえお兄さま」
「何でしょう?」
「あとで弟子に密告しておいてあげる」
酷い師匠だな君は!
「ねえお兄さま」
「何よ?」
「……子育ては大変だからね」
「はい?」
らしくない言葉を悪魔が発してきた。
「本当に難しいんだから」
続けてまた聞こえてきた。
~あとがき~
手を貸しているようで直接手を貸していない刻印さんは…何か真面目だなw
何だろう? 最近どうも執筆する時に集中できない。
ん~。これが正月ボケなのか?
© 2024 甲斐八雲
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