魔法って本当に凄いのね~

 円形のテーブルと2脚の椅子。


 この場には3人居るが1人がメイドを自任している都合、椅子は2脚で事足りる。何故ならメイドは出迎える客人が居る限り決して椅子に座ったりしないからだ。

 そして小柄なメイドは用意した物を客人に勧めるようにテーブルの上へと置いた。


「どうぞ。お茶漬けです」

「あらあらまあまあ懐かしい」


 スッと差し出された丼の中身を見つめ、細身の女性が柔らかな笑みを浮かべている。

 ただその様子に向かい合って座る刻印の魔女が慌てた。


「どうしよう弟子」

「何ですか?」

「あれの母親らしいのにボケが通じない」

「……」


 狼狽える師匠に対し弟子……ポーラはとても冷たい視線を向けるのみだ。


「ん~。異なる世界ですとお茶漬けは紅茶なのですね」

「どうしよう弟子」

「何ですか?」

「良心の呵責で私の胸が張り裂けそうよ」

「……」


『知らないです』と喉まで出かけた言葉をポーラは飲み込んだ。


 どうやらこのお茶漬けと言う料理は未完成らしい。けれど出迎えた相手はスプーンを手に丼の中身を食している。モグモグと幸せそうだ。

 代わりに何故か師である存在が胸を押さえて苦しんでいる。


「師匠」

「なに?」

「あのお茶漬けにどんな意味が?」

「……」


 スッと体を起こし背筋を伸ばして刻印の魔女は前を向く。


「それで何か御用でしょうか?」


 無視されたと理解した。

 どうやらこの場では返事が出来ない内容なのか……まあそれが師である。


「あらあら私としたことが」


 完食した丼を退けて彼女もまた座り直した。


「えっと……宜しいでしょうか?」

「はいどうぞ」

「ここは何処でしょうか?」

「……」


 救いを求めるように視線を向けて来る師匠からポーラは迷うことなく顔を背ける。


「最初は外に居たのですが、気づけばここに」


 だが容赦なく彼女の言葉は続く。


 師である魔女が手を伸ばしエプロンを掴んで来るがそれでもポーラは無視を続ける。


「軽く迷って歩いていたら目の前に扉があったのでノックしたのです」

「……」


 両手でエプロンを掴んで来る師匠にハサミを取り出したポーラはエプロンを切って……神聖なエプロンを切ることなどできない。

 命よりも大切なエプロンを切るくらいならばと、迷うことなく師匠である魔女の手首に刃先を向けた。


「ちょっと弟子? エプロンと私の腕とどっちが大切?」

「質問の意味が分かりません」

「イタタタ。挟んで力を籠める? 落ち着いて弟子。普通師匠の腕とエプロンを天秤にかけたら師匠の方が」

「エプロンです」

「むぎゃ~! ウチの弟子がストロングスタイルすぎるっ!」


 慌てて魔女は掴んでいたエプロンを放すと、ハサミに挟まれている自分の腕を保護する。


 弟子であるメイドは使い終えたハサミをエプロンの裏に戻し、乱れた衣服を整えた。


「ああ。お客様にお茶を忘れていました。しばらくお持ちを」

「これこれ弟子よ。師匠にも熱いのを」

「……」

「何で睨むかな? 私、貴女の師匠よ?」


 スタスタと歩きお茶の支度へと向かった。


「まあ……仲の良いことで」


 パンと手を叩く客人に魔女はギョッとして視線を向ける。


 何て恐ろしい天然系の人物だろうか? ある意味で納得だ。あれの母親と言うから何処かネジが飛んでいると思っていたが、そっち方向に飛んでいた。


「で……質問しても言いかしら?」

「はい?」


 首を傾げる様子は何処か幼く見える。


 その顔立ちからは30代にしか見えない。めっちゃ若い。まあそれは良い。それは良いとして……どう問えば良いのか魔女は悩んでしまう。


「その額のあれってあれですよね?」


 質問の迂回ルートが発見できなかったので、魔女は真っ直ぐストレートに聞くことにした。


「ああこれですか」


 柔らかく笑う相手が自身の額に手を伸ばす。


「お恥ずかしい話ですが、私こう見えても鬼の一族なんです」

「ですか~」


 何がどう恥ずかしいのかは端に寄せつつ、魔女は相手の額をマジマジと見る。

 確かに鬼と言われたらそうだろう。何故なら2本の角が存在している。成人男性の親指くらいの立派な角が額からニョキッとだ。


「もう恥ずかしいのでそんなにマジマジと見ないでください~」


 両手で片方ずつの角を掴んで彼女は隠そうとする。


 角って握って隠すんだ……と場違いな感想を抱きつつ、魔女はため息交じりで口を開いた。


「おたくの息子さんとはそれなりに仲良くさせていただいてますが」


 ここからが重要だ。


「おたくの息子が鬼だなんて話を聞いたことが無いんですけど?」


 それが本音だ。


 あれは自分のことを人間だと言っていた。言っていたか? 言ってないかもしれないが、隠している様子は無かった。だからたぶんあれは自分の正体を知らないことになる。


「ええ。だって秘密ですから」


 そっと口元で人差し指を立てて『秘密です』とアピールをしてくる。


 何だろう……この鬼は意外と愛嬌があって可愛らしいぞ?


 魔女は一度大きく息を吸って椅子の背もたれに背中を預けた。


 あれの母親と言うことは少なくとも40代のはずだ。それか前後だ。それは良い。まず間違いなく人妻である。そんな人妻が自身の年齢を忘れて可愛いアピールをしてくるのはどうだ?


 それはそれで萌える!


 心の中で拳を握り、魔女はそのやる気を隠した。


「詳しい話を聞いても宜しいのでしょうか?」

「えっと……そこそこ長いですよ?」

「大丈夫です」


 告げて魔女はパチリと指を鳴らした。


「外とこことの時間の流れを変えたので、最初から最後までしっかりはっきり語っていただいてください」

「あらあら魔法って本当に凄いのね~」


 パンと胸の前で手を打ち、人妻の鬼が口を開いた。


「では、お恥ずかしながら……」




『私の一族は鬼なんです。古くから鬼として立派に悪行三昧をしていました。

 あっちに金持ちが居ると聞けば襲って財宝を奪い、向こうに美姫が居ると聞けば襲って攫ってエッチなことをしてと……そんな風に立派に鬼をしておりました。たまに英雄が来て倒されることもありましたが、それでも居場所を変えて鬼家業を続けていました。


 そんな絵に描いたような鬼ですが、皆が皆鬼家業をしたい者ばかりではありません。鬼の所業を嫌っている者も居ました。

 そうした者たちは、この角を妖術で隠し人として人の世で生きていました。


 ですがやはり人と鬼、一緒に生活するには色々と問題が発生してしまいます。ですから人とギリギリの距離で付き合い……とそんな風に生活をしていたある日、私たちの祖先が陰陽師と出会ったのです。


 彼らは私たちを使役する代わりに、私たちの住む場所と人と上手く付き合える方法を授けてくれました。


 私たちはとてもとても感謝しそして誓ったのです。

 陰陽師の一族を裏から表から助けていくと。


 ですが悲しいことに相手は陰陽師。呪いを扱うので呪われやすく死にやすい。

 人を呪わば穴二つと言うぐらいに呪いで死んでしまう。このままだと私たちは恩返しをする相手を失ってしまう。ならどうすれば良い?


 考えて考えて……そして一つの結論が出ました。

“私たちの強靭な肉体と精神が交われば死ににくくなるんじゃない?”と。


 結果としては大成功でした。生まれてくる子は呪いに屈せず強い肉体と強い精神力を持つようになるのです。それとちょっとした余波で性的なあれがとっても強くなってしまうのですが、それは鬼の血のなす業なので諦めて貰うしかありません。


 ただ私たちが想定していなかった事態が発生しました。


 人に害なす鬼たちは滅ぼされ、そして私たち融和派と言うのですかね? そんな一族も段々と数を減らし……気づけば私が最後の鬼となってしまったことです。


 私は一族の掟に従い陰陽師の血を引くあの人と付き合いあの子を産みました。そしてこれも私たち一族が衰退した原因なのですが、子を産んだ鬼はその強靭な肉体を失ってしまう。

 今までの反動に近い形で一気に弱くなり……天命だと思って受け入れるしかなかったのです。


 つまりあの子は私たち鬼の血を引いた最後の1人と言うことになります。ただ陰陽師の血と交わうと鬼は生まれないのです。ですからあの子は強靭な肉体と精神力を持っただけの人間なだけです。あと夜のあれがとっても強いだけです。


 強いはずなんですが……あのお嫁さんを見ているとどっちが鬼の血を引いているのかと思ってしまいます。全盛期の私でもあそこまでは無理でした。


 はい? つまり何が言いたいかと言うと……何が言いたいのでしょうね?』




~あとがき~


 明けましておめでとうございます。

 本年も変わらず、のんびりまったりと更新していく予定です。


 お茶漬けは刻印さん渾身のギャグでしたが、関東系では通じないような?

 あの主人公の母親ですから…とってもマイペースですな~。


 で、過去の告白が長すぎて終わらないだと?


 次回に続くけど、次回も告白だけだと…どうするかな~




© 2024 甲斐八雲

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