おに?
神聖国・都の郊外
「イタタタタ」
したたかに打ち突けた腰を押さえてその女性は顔を顰めていた。
周りに居る人たちの大半も似た様子だ。皆が体のあちらこちらを押さえて呻いている。
「大丈夫でしょうか? アテナ様」
「……」
唯一無事なのは頭の上に男性のあれな形にしか見えない生物を乗せた彼だけだ。
あれほどの暴風を受けたのにもかかわらず何食わぬ顔であっているのは凄い。
「えっと……何がどうなったのでしょうか?」
ゆっくりと腰を摩りながら起き上がろうとした女性……アテナはズキッと走った痛みに顔をまた顰める。
骨が折れたとかはなさそうだが間違いなく痣の1つは出来てそうな気がする。
「はい。風が吹いて皆が地面の上を転がり」
「そうでした」
思い出した。迫り来る暗闇を消すとか何とかで自分たちは一か所に集まりその様子を眺めているはずだった。けれど蓋を開けたら暴風に晒され酷い目に遭ったのだ。
「ううう。全身が痛いです」
一番痛いのは腰だが、それ以外にも痛みが全身に走る。
「うむ。済まぬことをした」
「……」
声をかけて来たのは彼の頭上に鎮座ているあれだ。男性のあれだ。
「巫女の浄化を防ぐことは出来たが、あの暴風は想定外だった」
「えっと……想定外でしたら仕方ないですね」
たぶん頭を下げているのであろうが、どうしてもいかがわしい動きに見える。上下に動く様子なんて人前に晒して良いのかと思ってしまうほどにだ。
「それでどうなったのでしょうか?」
「うむ」
鷹揚に頷くあれの姿は……もうツッコミを入れることを諦める。いちいち何かを思っていたらこの生き物とは会話ができない。そもそも生き物なのかも怪しいが。
「どうやらあの娘が浄化を放り投げたらしくてな」
「はい?」
言われてみれば辺りは暗いままだ。
都の方から迫って来た暗闇が辺りを覆い尽くそうとしている。けれど話し相手であるあれのおかげで自分たちの周りは薄っすらと明るく保たれている。
「このままこの暗闇が広がると?」
「この世界が滅ぶであろうな」
「……はい?」
世界が滅ぶ? どうしてそんな話に?
首を傾げるアテナに対し、男性の……ツチノコは頭を上げて胸を張る。
「あれは全てを飲み込み黒く染める。人など一度入れば姿形を保っていられないであろう」
「アルグスタさんたちが行って戻ってきたように見えましたが?」
「あれは……特別な例だ。あれを普通と数えるな」
「でしたね」
自身の怪我を確認しつつアテナは呆れたように頷く。
あの人たちは人の形をした別の何かだ。そうで無ければ色々と説明が付かない。そんな気がして止まないのだ。
「でも……」
呟きアテナは視線を巡らせる。
一番暗闇が濃い方……ツチノコが張った結界と暗闇との境界線に立つユリーが不思議な踊りを踊っているのが少し邪魔だが、その奥に広がる暗闇の向こう側には神聖国の都が存在しているのだ。
「都は無事でしょうか?」
「うむ。あの地にはわずかであるが結界が存在している。しばらくは無事であろうが……もって半日であろうな」
「……そうですか」
それが事実だとしたら半日は都は無事と言うことだ。
けれどそれが過ぎれば?
都を心配する以上に世界を心配する必要がある。
でも自分が世界を心配してどうなる?
「自分の国も護れない女王なんて存在する意味はあるのでしょうか?」
誰に問う訳でもなく彼女は口を開き吐き出していた。
全ての元を辿れば……原因は自分たち一族の行いだ。少しずつ決められた法を歪め運用してきた結果が現在のこれだ。
ユリーがあんな魔法を使わなければとも思うが、それだって自分を救うために使ったのだ。
「うむ。では年長者としてその問いに応えよう」
「……年長者だったんですか?」
「うむ」
卑猥な何かにしか見えない存在が増々胸を張り誇張する。
本当に子どもには見せられない何かのようだ。
「我思うに完璧な王など存在はせん。もし居たとしたらそれは歴史書を書き換えただけである。そもそも人とは失敗するものだ。我とて失敗をする。だからこそ我より劣る人間は必ず失敗をする。だからこそ失敗をせぬ支配者など居らんのだ」
「ならどうすれば?」
「簡単である。失敗を繰り返さないことを考えれば良い。まず自分が失敗するのだと自覚し、失敗を如何に減らしそれを正すのかを考えて行けば良き王になっていけるであろう」
「それが出来なかったら?」
「決まっている。廃されるか討たれるかであろう」
「……」
「それが嫌ならば良き王になることを考えれば良い。王とは大変だぞ? 常に自分が生き残れるように必死に頭を使い考え続けなければならない。自分が殺されない方法をだ」
「大変なのですね」
「うむ。それを嫌い自由にしている者もおるだろう」
「そうですね」
相手の話を少し理解しアテナは大きく息を吐いた。
確かにあの夫婦なら王になることなど簡単なはずだ。けれど絶対にならない。理由は面倒臭いとかその手の類だ。
「王とは何なのでしょうね?」
「うむ。我が聞いて一番納得した言葉だと『王とは国民の奴隷である』だな」
「その通りかもしれませんね」
「うむ。その立場を忘れた時に王は廃されるし討たれるのだ。努々それを忘れるでない」
「はい」
うんうんと頷くツチノコは、その顔らしき部分を暗闇へと向けた。
「多少あれのせいでしばらくは国が荒廃するであろう。だが案ずるな。正しき行いをする王の下には自然と人が集まる。人が集まれば後はどうにかなる」
「突然漠然としてきましたが?」
「うむ。我はお前のことを良く知らん。故に評価のしようもない」
「ですね」
「だから評価できるようになるまで傍に居てこの国の復興に手を貸そう」
「……宜しいのですか?」
思いがけない提案にアテナは軽く目を見開いた。
もしそれが本当なら……。
「あの~」
「何か?」
「はい。余り我が国にいかがわしい文化を広められましても……」
アテナの提案と言うか言葉にツチノコはピタッと動きを止めた。
「我を何だと思っている?」
「えっと……家庭円満の存在?」
「違う。決して違うぞ」
何をどう見ても男性のあれな形をした存在がそう主張して来る。
「こう見えて蛇の化身ぞ? 『生と死の象徴』『豊穣の象徴』『神の使い』と呼ばれし我ぞ? 結構凄いんだぞ?」
「主に何をしてくれるのですか?」
「……」
何故かツチノコが動きを止めた。
ズバリな質問過ぎたのかもしれない。
「そう。金だ。我は金運を司っているから居るだけで金運が向上する」
忘れていた自身の能力を思い出しツチノコは胸を張り直した。
ただその情報はアテナからすれば喉から手が出るほどのモノであった。
「どうか末永くこの国に居てください」
「う、うむ」
「本当ですよ? 本当ですからね」
「うむ。復興するまで」
「それはこっちで決めますから、とりあえず私が死ぬまでは絶対に居てください。良いですね?」
「……善処しよう」
相手に圧倒されツチノコはコクコクと頷いていた。
「それでまず私たちはどうすれば?」
「うむ」
ひと通り話が終わり、アテナは現実に戻った。
まずは目の前に広がる世界の終わりだ。あれを対処しなければ明日の生活すらままならない。
「あれの問題はあの娘たちがどうにかするであろう」
「……」
見事な丸投げだ。ただその丸投げは間違っていない。
あの夫婦なら間違いなくどうにかするだろう。多少世界が崩壊しかけてもだ。
「ただ若干問題がある」
「問題?」
存在が卑猥にしか見えない存在にアテナは目を向けた。
「我が作った結界の中に居たはずの2名が……気づけば1名になっていたのだ」
「2名?」
「うむ。人の目では認識できない霊体……つまり幽霊である」
「ゆう? ゴーストですか?」
「場所によってはそう呼ばれているのであったな」
答えツチノコはその目を動かす。
残っている1人は地面の上で膝を抱くようにして泣いている。何故泣いているのかは分からないが、普段からあの娘に抱き着いていたから離れ離れになったことが悲しいのかもしれない。
「あの人の若者の傍に居た鬼が消え失せてしまったのだ」
「おに?」
聞いたことの無い名称にアテナは首を傾げた。
~あとがき~
今年も大変お世話になりました。
来年も変わらず淡々と続けていきます。
2日はお休みを頂き、4日から本編を再開します。
では皆さま、良いお年を~
© 2023 甲斐八雲
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