アルグスタの母親です

「う~ん」

「……」


 構ってオーラを前面に出しつつ首を傾げている師匠から静かに視線を外し、ポーラは手にする箒で掃除を続ける。

 ただ刹那の瞬間で移動して来る師匠がマジでウザい。どんなに視線を外しても視界の片隅にその体を入れて来るのだ。


「う~~ん」

「……」


 こうなったら最終手段だ。

 顔を下に向けて床を見れば、


「師匠。それは人としてどうかと思いますが?」


 意地でも視界の中に居たいのか、師である刻印の魔女が床に寝そべって来た。


「だって露骨に無視をするからっ!」

「その構ってな感じが面倒だったので」

「冷たいっ! 最近私の弟子がとっても冷たいっ!」


 無駄に高性能な師匠は瞬間移動し部屋の隅で体育座り……三角座りをし始める。


「出会った頃の貴女は私の後をついて回って『ししょー。ししょー』と可愛らしく呼んでは甘えてくれていたのに」

「たぶんそれは違う弟子ですから」


 あっさりと否定しポーラはまた掃除に戻る。


「本当にウチの弟子が冷たくなった!」


 両腕で顔を覆ってワンワンと泣く師の様子に……胸の中が空になるほどのため息を吐いてポーラは胡乱気な目を相手に向けた。


「それでなにかごようですか?」

「物凄く棒読みじゃない?」

「きのせいです。いつもこんなかんじです」

「物凄く脱力系だしっ!」


 でも弟子が相手をしてくれたことに喜び、刻印の魔女は立ち上がった。


「分かるかしら弟子よ?」

「ぜんぜんわかりません」

「ちょっとは私の話を聞こうか?」

「どうぞ」

「めっちゃ棒読みっ!」


 テンション高めの刻印の魔女は……ばさりと羽織っているローブを大きく揺らした。


「現在あっちこっちで色々と厄介ごとが進行中なのよ!」

「……」

「お願い弟子よ。こっちを見て。師匠には優しくしてあげて」

「はいはい」

「めっちゃ投げやりっ!」


 どんな風に返事をしても師である相手が元気になるだけだとポーラは悟っていた。

 だから色々諦めている。


「それでどうしたいんですか?」

「う~ん。真面目な話ね」


 突然テンションを下げ真面目になったら刻印の魔女は、顎に手をやり室内を歩き出す。


「兄さまの方は良いのよ。つかあんな手段とか……普通考えないわよね? これが物語の主人公だったら大ブーイング大会よ?」

「兄さまは貴族ですから」

「ま~ね」


 ただ中身は普通の地球人のはずだ。それも一般的な日本人だ。

 それがどうしてあんな発想を生み出して来るのか? あれではまるで貴族そのものだ。


「兄さまも色々と魂の方が不安定だからかもしれないわね」


 王子だった器に一般人の魂を注ぎ込んだのが今の兄さまだ。その発想は悪くない。悪くは無いのだが、器への配慮が足らなかった。それと使用した魔法への配慮もだ。


 結果として現在兄の肉体には2つの魂が存在している。これ自体異常事態ではあるが、ただ幸運なのは先住の魂が兄の魂に居場所を譲り眠っていることだろう。先住の魂は弱々しい存在だから普段から外に出ることは限りなく少ない。あれはただ復讐のために存在しているのだ。


『何より兄さまの魂って強すぎるのよね~』


 霊体。魂だけの存在で異世界へと渡って来た兄は普通に考えれば異常だ。


『肉体ごとの転移はコストが~』とか昔日本に居た頃に読んだラノベで語っていたが、そもそも肉体とは魂を守る器だ。

 守りが無ければ人の魂は直ぐに汚れ、穢れ、腐り落ちる。そして最後は悪霊と化す。


『姉さまみたいな汚れクリーナーが傍に居れば話は別だけど……』


 あれはあれで稀有な存在だ。唯一無二の存在とも言える。

 異世界で転移や転生したわけではない人物がチートとかふざけた話だ。


『でも兄さまの魂は姉さまと出会う前から穢れていなかった』


 何より雷帝が引き寄せるあれほどの怨嗟に身を晒して無事とかあり得ない。

 いくら姉さまに聖の加護を与えられたとしてもだ。


『あっち系は馬鹿始祖の担当だったから……くそう』


 霊体などの存在を研究していたのはクォーターの姉妹の方だった。

 日本の文化に興味を持って……代わりに西洋の文化に興味を持った自分は錬金術に傾倒した。全てはあの漫画が悪い。何度自分の腕を義腕にしてやろうかと思ったことか。

 過ぎたことだから仕方がない。何より幽霊って好きではないから仕方がない。


『生理的に無理っ!』


 そう結論を出し、うんうんと刻印の魔女は大きく頷いた。


『兄さまの謎は後日紐解くとして……問題は雷帝と厄災の兄妹喧嘩よね』


 あれは拙い。とにかく拙い。兎に角あの兄妹は仲が悪い。厳密に言うと仲が悪い。その理由を思い出すと……うん。たぶん因果律的な何かが狂っていたのだろう。それだから仕方がない。


「師匠。何かやらかしたって顔をしていますが?」

「うっさいな弟子。ピンポイントで人の胸の奥底を抉らないでよね!」


 プンスコ怒って刻印の魔女は気を紛らわせる。


 確かに弟子の言う通りだ。ぶっちゃけあの二人の仲が悪い原因……それは自分だ。

 不慣れだった記憶改ざんの魔法を多投し過ぎたことによる記憶齟齬が全ての原因だ。


『でも……仕方がないじゃないのよ……』


 父親を喪いあの2人は暴走してしまった。なまじ始祖の血を引き、強い魔法を身につけていたからこその暴走だ。誰だって親しい人を失えばちょっとした過ちを犯す。何よりあの2人は自分たちの力を過信してしまった。違う。過信させられたのだ。


『始祖派を自負していた一派をさっさと始末しておかなかった私のミス。人を生き返らせることは絶対に不可能だとあの2人に認識させられなかった私のミス。そして……』


 そっと顔を上げ刻印の魔女は天井に視線を向けた。

 下を向いていると涙がこぼれ落ちそうになる気がしたからだ。


「師匠。私は壁の掃除が忙しいのでしばらく話しかけないでください」

「煩い馬鹿弟子」


 雑巾を手に壁を拭く弟子は自分に対して背中を向けて来る。

 しばらく……全ての壁を磨くまではずっと壁だけを見つめているのであろう弟子の優しさに、刻印の魔女は被っているフードを外し背中側へと落とした。


「どうして私って本当に馬鹿なのかな」

「そうですね」


 バッサリと壁を見つめ清掃する弟子が断言して来る。


「……弟子。最近毒を吐きすぎだとか注意された記憶はない?」

「ありません。何処に行っても『本当に良い子ね』としか」

「私にだけかっ!」

「はい」


 素直にポーラはその事実を認める。


「何より師匠は優しい人ですから弟子の暴言に声を荒げても暴力を振るうようなことはしませんし」

「……煩い」

「それに師匠は本当に優しい人ですから、」


 小さくため息を吐いてポーラは目の前の壁をジッと見つめた。


「自分がどんなに悪く言われても他人のことを救おうとしたんじゃないんですか?」

「……うっさい」

「そうですね。失礼しました」


 壁に向かい深々と頭を下げたポーラはまた清掃を再開する。

 そんな弟子に……刻印の魔女は苦々しい笑みを浮かべた。


「貴女だったら私よりも上手く立ち回れたんでしょうね」

「どうですかね? 私は師匠ほど精神が鋼ではないので」

「嫌だな。精神だけが鋼の……錬金術師とかさ」


 頭を振って刻印の魔女は額に手をやる。


 そもそも自分は魔法使いではない。厳密言えばジャンルが違うのだ。魔法っぽい物を扱える錬金術師だ。故に純粋な魔法使いであるあの双子が相手だと勝てる気はしなかった。


「でも勝たないといけない」

「勝てるんですか?」

「どうだろう?」


 弟子の問いに師である魔女は肩を竦めた。


 コンコン


 不意に響いた音に室内に居た2人の動きが止まった。


 ノックされたのだ。そうノック音が響いたのだ。


 戸惑う弟子の様子を見ながら魔女はフードを戻し、この部屋に1つしかない扉へと視線を巡らせる。閉じたままのそれからまた音がする。『コンコン』とノック音だ。


「お客さんかしら?」

「師匠?」

「分かってるわよ。分かってるの!」


 大きな声を出し、刻印の魔女は不安を自分の中から追いやる。

 この場所は誰にも知られていないはずだ。しいて言えば迷宮の奥に存在する隠し部屋だ。

 普通の人……自分を除いた全ての“自分”でもたどり着けない。たどり着けるとしてもそれはたぶんダミーの部屋だけなのに。


「ごめん下さ~い。誰か居ますか?」

「「……」」


 知らない声が聞こえてきた。

 弟子と師匠は互いに顔を見合わせ、そしてまた扉を見た。


「あの~済みません」

「……どちら様でしょうか? 新聞も宗教も間に合ってます」

「ええっと勧誘とかじゃなくて」


 扉の向こうで戸惑う相手の様子が伝わって来た。


「えっと私は……高梨じゃ伝わらないのかな? アルグスタの母親です」

「「はい?」」


 外からの声に弟子と師匠は間の抜けた声を発した。




~あとがき~


 刻印さんは嘘つきさんです。

 ただこの人の場合は…。


 そして何故かあの人が…何故?




© 2023 甲斐八雲

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