あの双丘ごと真ん中を撃ち抜く

 神聖国・都の郊外



「赤ちゃん?」

「たぶん女の子縛りになるけど」

「良い。女の子でも良い」


 アホ毛をフリフリさせてノイエが前のめりだ。

 青い猫の頭上から落ちないのはノイエの運動神経のおかげだろう。無駄に高性能な部分を披露しないで欲しい。


 それとちょっとアホ毛を落ち着かせようか? 僕の顔に当たりそうな勢いだよ?


「赤ちゃん」

「うんうん。実の子供じゃないけど問題は?」

「問題?」


 僕の言葉にノイエが首を傾げる。


「赤ちゃんに問題?」

「あ~。うん。赤ちゃんに問題は無いと思うけど?」

「なら良い。赤ちゃん」


 両手を伸ばしてくるノイエは……今すぐ寄こせというのでしょうか? 無理ですからね?


「帰国したらね」

「なら帰る」


 ぴょんと猫の上から飛び降りたノイエが僕に背を向け……はいストップ。


「なに?」

「まだ帰っちゃダメです」

「むう」


 何故拗ねる?

 はいノイエさん。少し落ち着いて僕の方を見ようか?


 相手の肩に手を置いてまずは僕の方へと体を向けさせる。


「ノイエ」

「はい」

「赤ちゃんの為にお願いがあります」

「する」


 即答かいっ!


「まず光ってあの暗闇を……ん?」


 僕がノイエにお願いをしていると、また悪魔に戻ったらしいポーラがフリップを手にノイエの背後に立っていた。その手には『光るだけでお願いします』と書かれている。


 注文の多い悪魔だな?


「光って」

「むう」


 流石にノイエでも簡単には頷かないか?


「少し待って」

「どうして?」

「まだ……あれしてない」


 へいへい悪魔よ。ちょっとそこの解説者の返答をフリップに記入してみないかい?


 僕からのアイコンタクトを受けた悪魔が義姉さんの元へ行き……何故か彼女の胸に触れて戻って来た。


『たぶんEカップ』


 そのフリップを見て僕にどうコメントしろと?


『ちなみに姉さまは』


 何カップ?


『……待つ理由は呼吸を整える必要があるから』


「答えを言えやっ!」


 掛け声一発ミニハリセン付で悪魔に苦情を飛ばす。

 ひらりとハリセンを避けた悪魔は、こちらに向かい……それは尻文字か?


 お、し、え、て、あ、げ、な、い、よ?


「色々と終わったらお前を殺すっ!」


 そろそろ一度この悪魔を血祭りにあげるべきだと僕は思うのです。


「馬鹿ね。兄さま」

「何がよ?」


『アンタ馬鹿?』と言いたげな視線を悪魔が寄こす。


「好きな時に好きなだけ揉める胸なんだからサイズなんて気にならないでしょう? 違うの?」

「そうでしたっ!」


 その通りだよ。この胸は僕が自由にして良いものでした。




「どうも。レニーラちゃんですっ!」


 周りの反応が薄く感じ、レニーラはもう一度ポーズ付きで自己アピールをした。

 腰に手をやり、クビレをアピールしながらのポーズに……アイルローゼは静かに息を吐いてゆっくりと右手を踊る馬鹿に向けた。


「腐海で良いかしら?」

「良くないから! 何でよ!」

「何となく?」


 特に意味は無い。ただ撃ちたくなっただけだ。


「うわ~。この魔女最低だよ」


 戦慄しつつもレニーラはいつでも逃げられるように身構える。ただし相手が魔法を放てば回避は無理だと理解はしていた。


 何故なら相手は術式の魔女だからだ。数多くの魔道具を作り出す天才……その天才の実力を支えているのが、淀みのない魔法詠唱だ。アイルローゼは正確で素早い詠唱を放つ。故に魔法の展開速度で彼女に勝てる者は居ないとすら言われている。

 掛け値なしの天才。だからこそ本気で魔法を使われればレニーラはそれから逃れることは不可能なのだ。


「で、何か用なの?」

「ん?」


 魔女から放たれたモノは魔法ではなく言葉だった。

 猶予を与えられたと理解したレニーラは、胸の前で腕を組んでうんうんと頷く。


「アイルローゼも成長したみたいでお姉ちゃんも、」

「ふ」

「調子に乗って申し訳ございませんでしたっ!」


『か』を告げる前にレニーラは深々と頭を下げてきた。

 確かに彼女の言う通りに調子に乗っただけなのだろう。


「それで遊びたいだけなら出て行って欲しいんだけど?」

「あ~。ちょっと用事があるかも?」

「何の?」

「あ~。マニカって居る?」


 レニーラの問いにアイルローゼは呆れつつ軽く外の様子を映すノイエの瞳を指さす。

 その動作にレニーラは反応すると、数歩後退して軽く頷いた。


「外か」

「ええ」

「あ~。ちょっと厄介かも」

「だから何がよ?」

「ん~」


 額に手を当て色々と考えだすレニーラの様子に、魔女は軽くイラっとして厳しめの視線を向けようとした。

 だがアイルローゼが実際に向けた先は中枢の入口だった。


「邪魔するよ」

「どうして?」


 やって来た人物はジャルスだ。


 武闘派の彼女は基本中枢に来ることを許されてない。理由は色々とあるが、一番分かりやすい理由は王女であるグローディアが許していないからだ。だから彼女が中枢に近づけばカミーラかアイルローゼが確実に殺してきた。


 故に迷い無くアイルローゼは右手を相手に向け、


「ちょっと待って!」

「邪魔をするなら」

「だからちょっと待とうか?」


 腕に抱き付き魔法の邪魔をしてくるレニーラに対し、アイルローゼは舌打ちしつつ舞姫を引き剥がして次の魔法をどれほど素早く放てるのかを思案する。

 けれど邪魔臭いレニーラは腕から離れない。


 全力で腕を抱きしめ……何故だろう? ジャルスよりも舞姫への殺意が強まった。


「その胸ごと融かす」

「今絶対に邪な気持ちで凄いことを言ったよね?」


 自身の腕を包み込む温かな双丘に殺意を向ける魔女に、レニーラは背後を振り返り必死に視線で合図を飛ばす。

 やれやれと言った様子でジャルスは荷物を床の上に置くと軽く両手を上げた。


「あれを見て魔女。ジャルスに暴れる気はないから」

「あん? あの双丘ごと真ん中を撃ち抜く」

「だから邪な何かに囚われていない?」


 舞姫の冷めきった言葉にアイルローゼは仕方なく魔法の行使を止めた。


「それで何の御用かしら?」

「用と言えば用だが……マニカは?」


 床の上に降ろされた荷物がもそりと動き、それに視線を向けていたアイルローゼは一瞬返答が遅れた。


「外に居るわよ」

「出したのか?」

「……色々とあったのよ」


 上手く誤魔化しているがアイルローゼの腕はまだ不調のままだ。マニカに負わされた怪我は確実に治りつつあるが違和感は拭えない。

 けれど弱っている自分を晒すことのできない魔女は背筋を伸ばし悠然と破壊魔を見やる。


「それであれに何か用でも?」

「ああ」


 野生の獣じみた笑みを浮かべてジャルスはその豊かな長い髪を掻き上げる。

 高身長で色々と大きい感じのジャルスは大変グラマラスな美女である。故にアイルローゼの視線は彼女の胸……その豊か過ぎる胸を見つめ、胸の中をイラつかせた。


「ちょっとあの馬鹿を殺したくてね」

「分かったわ」


 そういう話なら色々と別だ。

 あっさりと納得したアイルローゼは壁に預けていた背中を離した。


「そこで座ってあれが戻って来るのを待つと言うなら腐海は撃たないであげる」

「もし嫌と言ったら?」

「レニーラごと融かす」

「何で私も?」


 リグとファナッテの様子を……絶命しているセシリーンの様子に驚いていたレニーラは、更なる驚きの声を上げた。


「イラっとしたからよ」

「これだからウチの魔女は短気すぎるし言うか」

「あん?」

「ちょっと調子に乗りましたっ!」


 迷うことなく深々と頭を下げて来たのでアイルローゼは怒りを軽く飲み込んだ。


「それでどうして博士が居るのよ?」

「うん。良く分からないけど……なんで?」

「それは酷くないか?」


 荷物としてジャルスに運ばれてきた博士ことランリットは軽く口元を拭う。

 運ばれる際のジャルスの持ち方が悪くちょっと胃の方があれして少しエロエロと戻していただけだ。


「魔女に……刻印の魔女にレニーラと共に追われ、そこをジャルスに助けて貰った」

「……」


 その博士の声にアイルローゼは魔眼の中枢を見渡す。

 気づけば刻印の魔女の姿はない。神出鬼没な相手なだけにまた何処かで何かをしているのだろう。


「何故あれに殺されそうに?」

「ああ。実は……」




~あとがき~


 前ほどジャルスを殺す理由は無いんですけどね。

 グローディアの嘘は明るみになってアイルローゼもその嘘に付き合う必要もなくなりましたし…そう考えるとジャルスを何で殺してたんだろう?


 レニーラと逃げ回っていた博士も中枢に到着です。

 この人は…あまり出て欲しくないんだよな~




© 2023 甲斐八雲

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る