実の両親が居たとしても幸せなの?

「何でボクが?」


 死体の両足を掴み、今更な質問を小柄な人物が壁際に立つ人物へと飛ばす。


「珍しい死体でしょう? あっちでなら好きなだけ解剖しても良いから」

「……分かった」


『分かるんだ』と思いつつも2人の会話を聞いていたセシリーンは、そのことを口にしなかった。


 解放したリグが息絶えているクルーシュの両足を掴んで出て行くようだが、セシリーンとしてはそれを気にかけている余裕がない。何故なら全身を激痛が襲っているのだ。


「くぅぅぅ」

「かあさん。へいき? だいじょうぶ?」

「だいじょう、ぐぅぅ」


 心配してくれるファナッテを少しでも安心させようとしたセシリーンだが、返事は苦痛に満ちたモノへと変化する。上半身と言うかノイエの光を受けた体が痛む。

 何かスイッチが痛い方に振り切れたかのように急激にそれが襲ってきたのだ。


 自分の体を抱きしめるように両腕で抱え込み床の上で震える。

 心配そうに寄り添って来るファナッテの体温を背中に感じ、それから僅かな安堵を得てセシリーンは唇を噛んで激痛に耐える。


「ねえファナッテ」

「なに?」


 魔女の声にファナッテは慌てて相手を見た。


 大切な人が苦しみだしてファナッテが最初に救いを求めたのが魔女だった。けれど彼女は『私に治療は無理よ』と言う。だから次にリグに救いを求めたが『これは傷が治る痛みだから打つ手無しだね』と言われた。ファナッテからすれば誰も救ってくれない状況なのだ。


 けれど魔女が改めて声をかけてくれた。


 救いを求めて来る子犬のような視線にため息を吐きながらアイルローゼはその口を開く。


「私のその手の専門じゃないのだけど」

「うん」

「毒の中には相手を眠らせたり、痛みを取り除いたりするモノがあるとか? 貴女はその手の毒を扱えないのかしら?」

「……」


 とても難しいことを言われたファナッテは首を捻る。


 相手を眠らせる毒? それは人を殺す毒と言うことか?


 それなら簡単だ。自分の唾液でも相手の口の中に流し込めばあっさりと死ぬ。でもそれとは違う感じがする。難しい。分からない。


 痛みを取り除く毒とは何だろう?


 毒が体に入れば痛いはずだ。つまり今感じている痛みよりも痛くなる毒を入れれば良いのだろうか?


 分からない。難しい。


「まあ苦しまないように殺すのもありね」

「ありなの?」

「ええ」


 この魔眼の内なら死んでもそのうち蘇る。それなら殺すのも一つの手だ。


 魔女はそう結論を出して口を開く。


「痛くならないようにやってしまいなさい」

「分かった」


 スルスルとセシリーンの前に回り込んだファナッテが相手と唇を交わす。

 数度痙攣した歌姫は眠るように息を止めた。


「……迷いが無いのね」


 母親のように慕っていた相手をあっさり殺すファナッテの様子に魔女は軽く戦慄する。


「うん。いたいのはいやだから」


 コクンと頷くファナッテに悪気は無い。ただただ痛みから相手を解放させてあげたいと言う気持ちに突き動かされての行動なのだ。


「まあ死んでいる間にその爛れた皮膚も治るでしょう」


 そうあって欲しいものだ。


「うん。中々学び甲斐のある死体だった」

「……本当に解剖したの?」


 何故か両手を拭いながら戻って来たリグにアイルローゼは何とも言えない目を向ける。


「観察して来ただけだよ。あれはあれば見応えのある死体だったしね」

「見応えのある死体って?」


『知らない。そんな言葉は知らない』と出かけた言葉を魔女は飲み込んだ。


「それでセシリーンは?」

「ファナッテが毒で眠らせたわよ」

「へ~。ファナッテの毒は麻酔薬にも……」


 様子を確認するために歩み寄ったリグは全てを悟った。

 違う。これは寝たとかそう言う類のあれではない。


「死んでるし」

「でも生きかえるって」

「返るけどね」


 スリスリと死体と化した歌姫に抱き付き甘えて居るファナッテに迷いはない。悪意もない。それを信じて疑っていないと言った感じだ。


「まあボクとしては枕があれば良いんだけど」


 言ってリグもセシリーンの足を枕に横になる。


「うん」


 何に対しての頷きか分からないがファナッテもまた頷くとセシリーンに抱き着いて目を閉じた。


「それでアイル」

「何よ?」


 ちょっと不機嫌そうな魔女の様子にリグは軽く呆れる。


「術式の魔女と呼ばれて学院では高根の花だった頃を思い出して欲しい」

「……」


 イライラとしていたアイルローゼはとりあえず一度深呼吸した。


「それで何かしら?」

「外で何があったの?」

「……」


 一瞬で魔女の機嫌が悪くなる。

 その様子からまた彼が何かしたのかと……視線を向けて耳を傾けたリグは色々と疑った。


 彼の言葉は一般人からすれば問題はあるかもしれないが、貴族の立場からして考えれば、


「有りか?」

「無しよ」


 間髪入れずに飛んで来た言葉にリグは視線を向ける。

 失言だったと言いたげに自分の口元を手で押さえる魔女と目が合った。


「ふんっ」


 怒った様子で横を向くアイルローゼにリグは声にはしないで苦笑した。


「歌姫の子供がいつ生まれるか分からない」


 返事はない。けれどリグは言葉を続ける。


「それ以外の人を孕ませても……少なくとも歌姫より先に出産はあり得ない。なら? 彼の考えは一理あるとボクは思う」

「ふんっ」


 不機嫌そうに魔女は鼻を鳴らす。


「何よりノイエは子供を産めないしね」


 医者の立場としてそれは間違っていない見解だった。


「ノイエの子宮は妊娠を認めないように出来ている。あの万能に近い祝福がある限りそれは絶対だ」

「でも彼は」

「うん分かっている。あの人はそれを認めていないことも」


 けれどそんな彼が言い出したことだ。


「たぶん彼はノイエの祝福をどうにかするのは簡単じゃないと理解しているんだよ。だからこそノイエが少しでも喜んでくれるならと考えている」

「だからって子供を」

「ボクも養女だよ」


 ビシャッとリグは相手の言葉を遮り言い切った。


「ボクは先生に拾われた養女だ。でも少なくともボクはそのことを少しも嫌だとは思っていない。何故なら先生がボクの為にどれ程頑張ってくれたかを知っている。感謝しているし、何より尊敬もしている。だからこそ実の娘で無いことに後悔なんて微塵も感じていないよ」

「……」


 唇を噛む魔女の様子にリグは小さく心の中で舌を出した。


 今からの言葉は相手に対して酷い暴言だろう。けれど喧嘩を売って来たのは相手だから確りと買うことにしたのだ。


「何より実の両親が居たとしても幸せなの?」


 一気にアイルローゼの視線が下を向いた。


「実の娘の才能を恐れて投げ捨てる人だっているんだよアイル」

「……知ってるわよ」


 自分のことだ。だからこそアイルローゼはそれを認めたくなかったのだ。


 実の娘を恐れ魔法使いに預けたうった両親のことを。

 家族愛など微塵も知らない自分が家族に対しての憧れを、羨望を、そして神格化している事実を隠したかったのだ。


「どんな家族が幸せになるのかなんて分からないよ」

「そうね」

「それにノイエの子供になることはとても幸せだとボクは思う」

「まあ彼らはお金持ちだし、」

「違うよ」


 リグはまた魔女の言葉を遮った。


 ゆっくりと自分を見つめて来るアイルローゼの視線に対しリグは軽く微笑み返す。


「とても優しい魔女が居るからね。きっとその魔女が色々と面倒を見てくれる」

「……買いかぶり過ぎよ」

「そうかな?」

「ええ」


 軽く笑いアイルローゼは背中を壁に預けた。


「だって私は弟子をちゃんと育てられなかったダメな先生だったから」

「そうだね」

「……」


 ギロッと恐ろしい視線がリグを見つめる。


「でもボクが知る術式の魔女と呼ばれた天才魔法使いは、失敗を糧にして成長できる人だったよ」

「それこそ買いかぶり過ぎよ」

「そうかな?」

「そうよ」


 2人は声を発せずに笑い合う。

 昔とは違い今はこうして気楽に会話が出来るのだから。


「のっは~!」


 と、不意に何とも言えない声を発して何かが転がり込んで……来たと思ったらスタッと立ち上がった。


「どうも! レニーラちゃんです!」


 そして何故か中枢の真ん中でポーズを決めて見せた。




~あとがき~


メリークリスマス!

 クリスマス的なことは何も起きずに本編は続くのですw



 あれ? リグが真面目だ。

 胸ネタに走ることが多いけどリグは比較的常識人枠ですからっ!

 珍しい死体があると観察して解剖も辞さないけれど…でも常識人枠ですからっ!


 で、忘れた頃のレニーラです




© 2023 甲斐八雲

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