貴女の存在自体が怪しいだけよ

「……そんな訳であの2人が出会うと本当にヤバいのよ。と言うかもう出会っている可能性が高いんだけどね」


 言葉を切って刻印の魔女は一度ため息を吐いた。


 ゆっくりと壁に寄り掛かりズルズルと音を立ててその場に座り込む。

 両手は顔に……それはまるで自分の過ちを封するかのように手で顔を覆う。


「何で私って馬鹿なんだろう? 自分が悪者になれば全てが上手く収まるって……どうしてそう安易に考えたんだろう?」


 過去の自分を殴り飛ばしたい。

 けれどきっと過去に戻っても同じことをしていただろうと……自信にもならない自信があった。


 ただその声を聞いていた人物……術式の魔女アイルローゼはゆっくりと相手に顔を向ける。

 壁に寄り掛かり胸の前で腕を組んだ状態で相手を見下すように。


「弟子の育て方がなっていないからよ」

「「……」」


 その言葉にリグとセシリーンは術式の魔女を見、それから互いに顔を見合って肩を竦ませた。


「そこ。あとで覚えてなさい」

「なら今言うよ」


 後で酷い目に遭うならばとリグが口を開いた。


「アイルの育成も決して上手くなかった」

「煩い黙れ。このおっぱい」

「酷い……セシリーン。アイルがあんな言葉の暴力を」

「はい。でもリグはおっぱいだし、何よりリグも育成下手な気が?」

「黙れ。育成下手の第一人者」


 歌姫と医者が取っ組み合いの喧嘩を始める。

 その余波で寝ていたファナッテがコロコロと床の上を転がって行った。


「で、刻印の」

「何よ」


 床に両足を伸ばしベタっと座り込んでいる魔女がアイルローゼに顔を向ける。


 ただその表情を読み取ることはできない。彼女は常にフードで顔を隠しておりその顔を晒したりはしない。仮に隙を伺って覗き込んでも見えない。どうやっても視認が出来ないのだ。


「どこまでが本当なの?」

「あれ~? 私、何処か怪しまれることを言ったかしら?」

「言ってはいないわよ。ただ」


 胡乱気な目をアイルローゼは相手に向けた。


「貴女の存在自体が怪しいだけよ」

「それはそれで酷くない?」


 ケラケラと笑い刻印の魔女は立ち上がった。


「まあ私みたいな魔女が真面目な話をしたら、貴女のような性根が素直な割には疑り深い人間は怪しむわよね?」


『失敗失敗』と言いたげにヒラヒラと魔女は手を振る。


「でもね」


 おちゃらけた態度を止めて魔女は背筋を伸ばす。


「今回は本当なのよ」

「そう」


 相手の様子から『たぶん』と思っていたアイルローゼはため息を吐いた。


「歌姫。今の言葉が本当か断言できる?」

「疑り深いわね~」


 不満を言う刻印の魔女の発言をアイルローゼは無視する。

 どれ程この魔女に騙されて踊らされたか分かった物ではない。


「うんうん。ホントホント。ファナッテ起きて。起きてこのおっぱいを絞るのを手伝って」

「……眠い」

「2人はズルい」


 なんちゃって母娘の反撃に遭うリグが胸を掴まれ身動きが取れなくなっていた。

 何処の世に胸を掴まれてあんな風に身動きを封じられる存在が……アイルローゼは一瞬自分の胸に視線を向けてから頭を振った。


 大丈夫。大丈夫。何が大丈夫か謎だが大丈夫。


 そっとアイルローゼはそう自分に言い聞かせた。


「ねえねえ術式の」

「何かしら?」


 すり寄って来た魔女はいつもの魔女だ。

 人を堕落に突き落すような……彼が言う悪魔と言う存在がこれだと言うのならある意味で納得だ。


 確かに人を腐らせる何か悪しき気配を、


「手を貸してくれたら巨乳体験をさせてあげる」

「……」


 甘美な誘惑だった。

 頭の奥底を、脳を蕩かすような甘い甘いお誘いだった。


「そんな嘘を」

「本当よ。ただし体験ね」

「体験?」

「そう」


 モミモミと両手を揉みながら刻印の魔女はニヤリと笑う。


「一回限りの体験よ。勿論副作用の類は無し。貴女に合った巨乳を私が、この刻印の魔女が責任をもって与えてあげる。ただし一回限りの時間制限付きになるけど」

「……」


 グラグラと足元が揺れる。

 理由は分からないが立っていられなくなるほどの揺れをアイルローゼは感じていた。


「本当に?」

「ええ。この私に不可能の2文字は存在しない」

「3文字だけど?」

「ええい煩い。私の世界だと2文字だったのよ!」


 間違いを誤魔化すように言葉を重ね、刻印の魔女は全てを誤魔化すように自分が羽織っているローブの前を開けさせて胸を張る。


 コンプレックスな巨乳を大きく揺らして強調した。


「この胸に匹敵する物を与えてあげる。どう? 一度は体験したいでしょう? 走ると胸が取れそうなほど重く感じるのよ? どう?」

「……」


 相手の誘いは甘かった。甘すぎた。これはもう頷くしかない。


「し」

「し?」

「仕方ないわね」


 胸を張ってアイルローゼは虚勢を張る。


「今回だけは特別に手を貸してあげるわ」

「本当に?」

「ええ。でも今回だけだから」


 視線を逸らし顔を赤くしつつもアイルローゼはあくまで強気だ。

 だって今回は仕方なく応じたのだ。困っている人に救いの手を差し伸べただけだ。


「むにゃ~」


 脚に頬を押し付けスリスリとして来るファナッテはもうほとんど寝ている。

 そんな相手の頭を優しく撫でながらセシリーンは大きく息を吐いた。


「巨乳ってそんなに人を狂わせる物なのかしら?」

「重くて肩がこるだけなのに」


 あっさりと篭絡されたアイルローゼを見つめながら、2人は自然と呆れたようにため息を吐いていた。




 神聖国・都の郊外



『そんな訳はない!』


「どうして?」


 激高する相手の声に少女は一歩踏み出し声をかける。

 けれど相手は数歩下がった。まるで少女を恐れるかのようにだ。


『厄災の魔女は死んだ。死んだのだ』


「私は死んでない」


『嘘だ!』


 それは叫ぶ。相手の言葉が信じられない。信じる訳には行かない。


 何度も同じやり取りをしているが結論は出ない。出ないままで堂々巡りだ。


 だが仕方がない。2人の主張が一致しない。

 当事者なのに一致しないのだ。


『厄災の魔女は殺されたんだ! あの魔女に!』


 間違いない。間違ってなどいない。

 それが事実だ。それが全てだ。

 厄災の魔女は殺されたのだ。


「……誰が私を殺したの?」


『だから魔女が!』


「それは誰?」


『それは……』


 一歩踏みこんで来た少女の言葉に“それ”は返答に困る。


 思い返す。誰が“厄災の魔女”を殺した?


 だからあれだ。あの恐ろしい魔女だ。

 絶対的な力を振るい皆を殺した。


 誰を殺した?


 誰って……仲間だ。そう仲間だ。


『俺たちは母親を悪者にした“あれ”に復讐するために……』


「だからそれは誰?」


『それは……』


 だからあれだ。あれだ。

 よくよく思い出せば記憶の奥底からゆっくりと浮き上がって来る。


『俺たちはあれを襲うために酒を飲ませて……夜中にあれの屋敷を囲った』


「それで?」


 静かに促されそれは言葉を続けた。

 口から声を発することはできないが、それでも相手の頭の中に言葉を飛ばす。


『全員で魔法を放とうとして……あれが姿を現した』


 思い出した。

 全員で魔法を放とうとしたときにそれは姿を現して自分たちの邪魔をしたのだ。


『あれが邪魔をしなければ俺たちの奇襲は成功していた。それなのにあれが邪魔をしたから俺たちは失敗したんだ。だからあれを殺せずに』


「だから」


 静かな声音が響いた。


 少女から発せられた音にそれは複数ある目で見つめる。

 目の前に居るのはただの少女だ。人の、人間の少女だ。そのはずだ。


「それは誰?」


 感情の無い声を響かせ少女はそれを見た。


 雷帝だ。雷帝を見たのだ。


『決まっている』


 思い出したから間違いない。

 だからこそ雷帝は絶対の自信をもって相手の名前を言葉にした。


『厄災の魔女だ』


「そう」


 また少女は上げていた視線を落とし、そして笑い出す。


 最初は小さく……そして段々と大きく。

 壊れた音響装置のように少女の口から音にならない笑い声が響き渡る。


 と、不意に音が止んだ。


「ねえ……思い出した?」


『ああ』


 雷帝は答える。迷いはない。

 何故ならそれは“記憶”であり、過去に体験したことだからだ。


『俺たちは裏切者の厄災の魔女に』


「黙れ」


 冷たく放たれた声に雷帝は言葉を止めた。


 ゆっくりとまた少女が顔を上げる。

 一切の感情が抜け落ちた能面のような顔をだ。


「裏切者の雷帝が」


 怨嗟の中で少女は“それ”に向かい声を上げた。


「仲間を騙し討ちにしたお前を私は絶対に許さない」




~あとがき~


 今回の話をホリーが聞いていたらただ一言で片が付く。『馬鹿の自業自得よ』と。

 刻印さんがどんな嘘を吐いていたかは後々に。


 問題はやる気ゼロなノイエをどうやってその気にさせるのか? 作者ですら謎であるw




© 2023 甲斐八雲

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