胸の中には黄色い脂肪がいっぱいあるの

「……」

「……」


 無言で戻って来た人物にセシリーンは、自身の影程度しか映さない瞳を向けた。


 気配から察することが出来る。

 魔女だ。刻印の魔女ではなく術式の魔女だ。つまりアイルローゼだ。


「お帰りなさい」

「……」


 何故かため息が響いて彼女はまた中枢を出て行く。

 暫くするとズルズルとした音が響き、魔女が戻って来た。その手に握られているのはリグだ。


「アイル。胸が取れる」

「煩い」


 誰が誰の何を掴んで引き摺って来たのか分かったが、セシリーンは特に指摘などしない。

 何となくだが魔女の機嫌が悪そうなのが手に取るように分かったからだ。


「……セシリーン。どうして焼けてるの?」

「ノイエのせいかしら?」

「なら仕方ないね」


 リグもやっぱりリグだ。魔眼の住人だ。

 相手が若干いい感じで焼けていても気にせず状態を観察する。


 たぶん神経が焼けているから痛みに対する反応が鈍くなっているのだろう。

 あと少しすれば全身から脂汗が噴き出して苦しむこと間違いなしだ。


「全身舐めると魔力が足らないから我慢して」

「痛くはないけど?」

「今はね」


 本人は日焼け程度を考えていのだろう。

 そう思っているなら余計なことを言う必要はない。


「ねえリグ」

「なに?」


 チラチラとセシリーンの視線がある方を見ている。

 見えない目を向けたくなるほど気になるのだろう。不機嫌そうに壁に寄り掛かっている魔女の存在にだ。


「ホリーで確認しただけ」

「何を?」


 質問される前にリグは語り出した。

 魔女の機嫌が悪くなった理由をだ。


「ホリーにあってアイルにないもの」

「胸ね」


 ギンと恐ろしい殺気を向けられ、セシリーンはリグを捕まえ自分のお腹を守る盾にした。

 だが魔法も言葉も飛んでこない。代わりに恐ろしいほどの殺意を向けられ……2人は全身を震わせた。


「ふんっ」


 だが魔女は不満げにそう言うと視線を逸らした。

 助かったのだ。それを確信したセシリーンはリグを床へと降ろした。


「迷わずボクを盾にしないで欲しい」

「ごめんなさい。つい反射的に?」

「なら仕方ない」


 歌姫のお腹を摩ってリグは床に転がると相手の足を枕にする。

 と、ポテポテと軽い足音を響かせて彼女……ファナッテも戻って来た。


 裸足で歩くファナッテは迷わず歌姫の前へ来ると横になり、これまた枕を求めるようにセシリーンの太ももに頭を置いた。


「ん」

「どうかしたの?」


 我が子のように甘えて来る相手に母性を刺激され、セシリーンは手を伸ばし相手の頭を撫でる。

 素直に頭を撫でられるファナッテからは毒を感じない。体の外に毒を発しなくなったままだ。


「すごかった」

「なにが?」

「うんとね」


 子供のような柔らかな感じでファナッテが伝えて来る。


「胸の中には黄色い脂肪がいっぱいあるの」

「……リグ?」


『うちの子に何を教えているのかしら?』と言う気配を歌姫から受けつつ、リグは小さく咳払いをする。まず理由を聞いて欲しいと言う理由での咳払いだ。


「アイルが『胸を大きくする方法を知りたい』って」

「……」

「そこに刻印の魔女が来て」


 謎が解けた。つまり全ての原因は刻印の魔女だ。


「異議あり!」

「黙りなさい」

「みぎゃ!」


 声のハンマー……文字通り音を武器として攻撃して来た歌姫の一撃を食らったローブ姿の存在が、中枢の入り口で背中から倒れた。


「リグ。うちの子に変なことを教えないで」

「セシリーン。子供増やし過ぎ」

「良いのよ」


 そっと頭を撫でるファナッテにセシリーンはその顔を向けた。


「1人も10人も大して変わらないから」

「変わるって」

「そう思っている内は、孤児院の類で働けないわねリグは」

「する気無いし」


 自分はあくまで医者ですからとは言わず、リグは軽く寝がえりをうって……背後に倒れ込んでいた魔女が起きる姿を確認した。

 無駄に元気だ。流石は魔女だ。


「危うく背骨がポキッとするところだったわ」

「首が曲がっているけど?」

「おっと」


 グリグリと一度首を伸ばして魔女は自分の体に押し込む。

 それで元通り……何か納得できないが、リグは相手が魔女だからという気持ちで不満を飲み込んだ。


「魔女」

「何よ?」

「あの脂肪を胸に集めれば大きくなるの?」

「ええそうよ」


 コキコキと首を鳴らしながら魔女は中枢の中に入って来た。


「どこぞの魔女は集めて来る脂肪が少ないからあれだけど」

「あん?」


 恐ろしい殺意が中枢内を駆け巡るが……どうやら刻印の魔女はまだ術式の魔女で遊びたいらしい。またファナッテの毒の出番かとリグは相手に視線を向けたら、スヤスヤとファナッテは寝ていた。


「貴女の胸が脂肪を集めた結果よ。これよこれ」

「突っつかないで」


 傍に来た魔女が屈んで指先で胸を突いて来る。


「魔女も脂肪を……スリムなことを羨む人は多いんだけれど」

「あ、ん?」


 恐ろしい気配にリグは身を丸め防御姿勢を取る。運良く魔法は飛んでこなかった。


「……歌姫」

「はい?」


 代わりに不機嫌そうな声がセシリーンに向かい飛んだ。


「どうしてクルーシュが外に?」

「えっと……ノイエが光らないから?」

「もっと簡単に」

「だからノイエが光らないから?」

「あん?」


 次は許さないぞと言わんばかりの気配がアイルローゼから放たれる。

 あわあわと慌てる歌姫の代わりに咳払いをしたのは刻印の魔女だ。


「説明しても良いけど……聞いたら手を貸してくれる?」

「ならお断り」


 バッサリと切り捨てるアイルローゼに対し、刻印の魔女はニヤリと笑う。


「そうなの? なら別に良いけど……へ~。知りたくないんだ? へ~」

「……」


 その場に居る全員が理解する。アイルローゼの好奇心が刺激されたことを。


「……面倒な事ならお断りよ」


 せめてもの抵抗がその言葉だった。

 だが誰もが感じた。『この魔女は本当にチョロいな……』と。


「なら言うわね?」


 嬉々として語る魔女の言葉は爆弾級だった。




 神聖国・都の郊外



 平に、平にご容赦を! 自分の息子はちょっと正直なところがありまして、その正直者の面が際立って表に出ることがあるんです。はい。今のようにです。ですが、ですがこれが重要です。この息子は正直者なので正直に美人やグラマラスな相手にのみ反応する仕様。

 つまり今貴女が借りているノイエの体なんて僕からすれば超ドストライク! ストライクが分からない? えっと……ど真ん中? 大当たり? そんな感じです。

 その体が正解なんです。つまりその体が悪いのです。ええ。僕は悪くない。悪いのはそのけしからん体をしたノイエだと言うことです。

 分かりましたか? 分かったらその拳を解いて……らめぇ~! 振りかぶろうとしちゃらめぇ~!

 話し合おう。争いは決して解決を生み出さない。話し合いこそが正義。つまり正解なのです。ですからその拳を解き放って、


 ガガガと雷鳴のような音を発してクルーシュの拳が僕の背後に向かい飛んでいく。


 圧縮した空気でも飛ばしていますか?


 ただ背後で何かが爆発霧散したような音が響く。


「もう復活した?」

「知らないわよ」


 呆れた感じで彼女はまた僕の足を掴むと引きずり始める。


 スタートのポジションに戻ったので、万歳体勢のまま視線を上へ……僕がやって来た方を見る。


 あ~。また“あれ”がワラワラと。


「キリがないわね」

「そこをどうか」

「空腹で目が回るし」

「頑張って」

「それに魔力の減り過ぎでクラクラする」

「頑張れ~!」


 今クルーシュが戻ったら……ノイエに戻っても問題無いのか? むしろノイエの方が色々と頑張ってくれるかも?


「……」


 腕を組んでよく考える。と言うか頭の中に天秤を置いて確認する。


 現在はクルーシュさんの方に大きく傾いている。これをノイエが元に戻ったと想定すると……うん。駄目だ。ノイエがあのままだったら絶対に拗ねている。


「頑張ってクルーシュさん!」


 僕の頼りは貴女だけです。間違いない。


「……その言葉が出て来るまでの間が何だったかを知りたいんだけど?」


 そんなの気にしたらダメだ。人は人を疑って生きるようになったら色々とお終いですから。




~あとがき~


 胸の中には脂肪じゃなくて希望が詰まっているんです。何の話だ?


 ホリーをあれ~しに行っていた人たちが戻ってきました。

 ん? ホリーがどうなっただって? そんな怖いことは聞いちゃダメだぞ!

 少なくと胸の中には脂肪が詰まっているそうですw




© 2023 甲斐八雲

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る