ぬわんてこった~いっ!

 神聖国・都の郊外



「見て見てお義姉さんっ! 姉さまが光ったわ! 光ったの!」

「ん~」


 妹夫婦を窮地に追いやった存在を捕まえ軽くヘッドロックを決めながら、ノーフェはそれを見ていた。

 貰ったメガネは本当に便利だ。少し目を凝らすだけであんな遠くに居る妹たちの姿がはっきりと見えるのだから。


 だがそれとこれとは別だ。


「いたた! そんなに激しくされたら、ポーラのお口からポーラのお脳が溢れちゃうっ!」

「黙りなさい。この馬鹿者っ!」

「ひぇ~。お義姉さまっ! お許しを~!」


 ジタバタと暴れる少女を抱えてノーフェは深く息を吐く。

 身長的なあれは違うがまるで昔の妹の相手をしているような感覚に襲われて来たのだ。


「ウチのノイエもこんな感じだったわね。私があの子のことを思ってちょっと厳しく接すると、すぐに文句を言って逃げ出して」

「いたた。何か本当に出ちゃいそうなんですけどっ!」

「でも私の言葉なんて全く聞いてくれなくて」

「それって私のセリフでは?」


 ぎゅうぎゅうと両腕で頭を締め付けられる小柄なメイド……刻印の魔女は全力で悲鳴を上げる。


「あの子には才能があったのよ。それも溢れんばかりの優れた才能が」

「溢れちゃう。ポーラの脳みそが頭蓋骨から溢れちゃう」

「でもそれ以上にあの子は……きっと優しすぎたのよね」

「欲しいです。私も姉さまばりの優しさが欲しいです」

「でも優しいばかりじゃダメなのよ」

「どうしてっ!」

「決まっているわ! この世界にはウチの馬鹿な父親のような屑が居るからよ!」

「会話が通じたけど私はそんな馬鹿な父親じゃありませんからっ!」


 あひあひと言葉にならない悲鳴を上げ、刻印の魔女は相手から逃れようと……この義姉の腕はどうなっている?


 まるで吸盤でも付いているかのように剥がれない。


「きっとあの子はあの優しさから悪い男に騙されて酷い目に合うって……そう思ったから、私は毎日心を鬼にしてあの子に修行を付けていたのにっ! それなのにっ!」

「出ちゃう~! ポーラのお脳が溢れちゃう~!」


 ギリギリと頭蓋骨があげる悲鳴に刻印の魔女は断末魔の様な悲鳴を上げた。

 が……トドメが来ない。ギリギリと痛い状況をキープで放してくれない。


「生殺しかっ!」

「ちょっと煩い」

「ここでのしんらつぅ~!」


 絶叫するメイドの口をノーフェは塞ぐ。

 両手が塞がっていたから胸に押し付け物理的にだ。


「あんなに苦しくて悲しいこととかいっぱい味わいながらも、あんなにも良い人と出会って……きっとあの子が自分の身を顧みないで人を助けたからこそ受けた幸運よね。貴女もそう思うでしょう?」

「死んでしまうわ~!」

「何でよっ!」

「お前は暴君かっ!」


 顔を振り胸を押しのけた魔女が叫ぶ。


 酷い。酷すぎる。『ここに暴君が居ますよお巡りさん!』と心の内で叫ぶがちょっと空しくなるだけだった。


「姉さまのような優しさをプリーズっ!」

「あら? 私ほど優しい姉は居ないと思うけど?」

「優しくない! 絶対に優しくない!」


 押し寄せる胸から顔を背け……ええい! 偽乳の癖にプルンプルンとゼリーの様な胸をしくさって本当にけしからん! 誰だ! こんな無駄に優れた父を作ったヤツはっ! 自分か。


 行き場のない怒りが一周して自分の元に戻って来たので魔女は軽く泣いて我慢した。


「姉さまはああ見えて凄く優しいんだからっ!」


 そう。普段から魔女はノイエのことを姉と呼び慕う理由がある。ああ見えて彼女はとにかく優しい。不器用だけど、何を考えているのか分からないけど、そして何気に嫉妬深かったりもするけれど、それは兄さまが関係している時ぐらいで普段はとにかく優しいのだ。


「つまり私が『助けて』と呼べば……」

「呼べば?」


 相手の言葉がとても冷たかった。


 現在姉は兄と一緒だ。最優先人物と一緒の状況で呼んでも来てはくれないだろう。


「あと私思うの。あのノイエが愛してやまない人をあんな危ない場所に放り込んだ貴女のことを許すとでも?」

「……」


 あれ? どうしてだろう……否定言葉が出て来ない。


 刻印の魔女は狼狽えた。自分の状況をよく理解し狼狽えた。


「義姉さん」

「ん?」

「いいえ。お義姉さん」

「何かしら?」


『なんて柔らかくて立派な胸なのでしょう。スリスリしても良いですか?』と言わんばかりに甘える子犬のような素振りで魔女は相手の胸に頬をスリスリする。


「その体をより完璧に近づけるよう努力しますので、どうかここはお1つ姉さまが嫉妬に駆られて襲い掛かって来た時は助けてください!」

「え~。ノイエって凄く優しい人なんでしょ? きっと大丈夫よ」

「絶対に危ないんです!」

「大丈夫大丈夫。きっと貴女をグッスリと眠らせてくれるわよ……永遠にね」

「ひぃ~!」


 ムンクの叫び宜しく悲鳴を上げる魔女を解放し、ノーフェは一度息を吐いた。


 眼鏡越しに見つめる妹は色を変え、淡い光を放ちつつも襲い来る怨嗟を祓っている。

 きっと彼女の魔眼に住まう『姉』の誰かが出て来てどうにかしているのだろう。けれどあの光は弱すぎる。聖女の血を引くノイエと比べれば……比べること自体が間違いのようだ。


「ねえ魔女?」

「饅頭怖い。饅頭怖い」

「魔女ったら」

「饅頭の原料にされる。饅頭にされる」


 それは確かに恐ろしい話だ。

 ノーフェは呆れつつも苦笑する。


「ノイエが殴りかかって来たら防いであげるから」

「何でございましょうか!」


 頭を抱えて蹲っていたのが嘘のような速度で魔女が尻尾を振って来る。

 これで良いのか三大魔女と思いつつも、話を続けることにした。


「何となく光が見えて安堵でもしたのか全力で遊んでいるようだけど、あの程度の光量だとあの怨嗟を祓うことは不可能よ」

「何ですとっ!」


 どうやら本気で安堵していたらしい魔女が絶叫し絶望した。

 両の拳を振り下ろし地面を叩くほどの……本気で僅かな蜘蛛の糸をあの光に見たのだろう。


「でも光ってるわよ? 光ってるわよね?」

「だからあの光量だと絶望的に力不足」

「どうしたら良いの?」

「ん~」


 目を凝らして確認する。


 どうやら怪我を負った義弟を抱えたノイエっぽい存在が怨嗟から逃れるように後退していた。


「自分の実力を把握しているみたいね。逃げの一手よ」

「逃げちゃダメだ! 逃げちゃダメだ! 逃げちゃ!」

「逃げるわよ。あの実力差だとね」


 あれは正直普通ならどうにもならない相手だ。


 流石にノイエが渋るだけのことは……うん。あの子は基本なんでも渋る。自ら進んですることと言えばドラゴン退治と食事ぐらいだ。

 それとここ最近は彼との……ゴホゴホ。まあ積極的なのは良いことだ。子供ができないそうだが子供が居なくても十分に幸せそうに見える。


「まあ仕方ないわね」

「諦めないで~!」

「諦めてはいないけれど……この足だとね」


 ポンポンと自分の足を叩きノーフェはため息を吐いた。

 自分の足で立って歩けない以上どうにもできない。せめて『足』があれば少しはどうにか出来るのだけれども……ない物を強請っても仕方がない。


「諦めって肝心よね」

「だから諦めないで~!」


 悲痛の叫びを発する魔女からノーフェは視線を動かした。

 こちらに歩いて来る人物の気配を感じたからだ。


「娼婦さんか」

「そうはっきり言われるのはイラっとするわよ?」

「ごめんなさいね」


 目を細めクスリと笑いながらノーフェは相手に向かい容赦ない殺気を放つ。

 余りの気配に娼婦……マニカは全力でその場から飛びのいた。


「……何を?」

「あらごめんなさいね」


 笑っているが恐ろしい気配を放つ相手にマニカは自分の背後を確認する。

 背を向けて逃げ出しても射線を切る物がない。狙われれば絶対に逃げきれない。


「ねえ娼婦さん」

「……はい」

「余りウチのノイエに変なことを教えないでくださいね」


 ニコリと笑う相手の殺意にマニカは直ぐに返事が出来ない。


「ご返事は?」

「……はい」


 マニカは圧倒されて頷くしか出来なかった。

 暗殺者として名を馳せたはずなのに、だ。


「それで貴女はどうしてここに?」

「あっはい」


 話を促されマニカは乾ききった口を動かす。


「ノイエが連れていた少女があの暗闇の中に」

「ぬわんてこった~いっ!」


 魔女が言葉にならない叫び声を上げていた。




~あとがき~


 刻印さんが道化のようだw


 絶賛暴走中の刻印さんは光ったことで安堵して…でも光量がぜんぜん足りません。

 流石に見様見真似の付け焼刃でどうにかなるほど相手の力は弱くないので。


 えっと…暗闇の中にあの子入っちゃったの?

 あ~。世界が滅ぶカウントダウンが…




© 2023 甲斐八雲

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