ノイエを叱れるとは凄いな
神聖国・都の郊外
「大丈夫?」
近寄って来た女性が優しく声をかけてくれる。
パンパンと服の汚れを叩いて払ってくれる。
けれどそれらを無視して“それ”は今見えたモノを頭の中で何度も反芻していた。
ぽっかりと開いた闇の向こう側に一瞬見えたモノに見覚えがあった。
あれは間違いない。雷帝だ。
刻印の魔女が放った最低最悪の魔法だ。召喚魔法だ。
あれが家族を奪った……そうだ。思い出した。
失せていた記憶が次々と浮かび上がって来る。
あれがそうだ。あれが家族を殺した。母も父も兄も殺した。違う。母は死んでいない。父も……父はその前に死んだ。死んだのだ。ならあれは誰を殺した?
「ちがう」
「何が?」
ようやく反応を示した少女にマニカは声をかけた。
場違いのような存在だが確かに魔法を使う姿を見た。つまり意味があってこの場所に居るのだと知り、だからこうして相手をしているのだ。
怪我などしてはノイエが泣くかもしれないからという配慮でだ。
「あれは……そう。あれが殺したんだ」
「誰を?」
「……」
『誰を?』の問いに少女は黙る。
そんなの決まっている。あれは“全て”を殺したのだ。
刻印の魔女に立ち向かった仲間を、兄を殺したのだ。だからあれを消し去ろうと禁忌の魔法を放って……それでどうなった?
思い出せない。思い出せないが、するべきことは思い出した。
「絶対に許さない」
「……」
マニカは反射的に少女を捕まえていた手を放し距離を置いた。
暗殺者としての勘が告げていた。『離れろ』と。だからこそ自分の勘を信じたのだ。
「雷帝は敵」
フラフラと少女は歩き出す。闇に向かい真っ直ぐに、だ。
「ちっ!」
動き出した少女の姿に悪魔が舌打ちをした。
はしたないから止めなさい。
「兄さまっ!」
「と言われてもね~」
ノイエは現在姉と取っ組み合いの喧嘩中だ。この状態でどうしろと?
「無理っしょ?」
諦めろ。僕が出来ることは何もない。
「あ~も~!」
グシャグシャと悪魔は頭を掻くと髪の毛を大きく乱した。
これこれメイドよ。それはどうかと思うのですが?
「こうなったら仕方ない。最終手段だから恨まないでね兄さま」
「はい?」
なんだかただ今聞き捨てならない言葉が聞こえたような?
だが悪魔は僕のことなど無視して背後へと移動して来た。
何をする気ですか?
「決まっているでしょう?」
「何が?」
肩越しに見やる悪魔がニコッと表情だけが笑っていた。
「姉さまは兄さまを見捨てない」
「ま~ね」
「つまりよ」
何故か悪魔が両手の手首を合わせてそれを引く。
まさかお前……あの伝説のかめ○め波を撃つ気なのか? 撃てるのか? 撃てると言うならご教授願おうか?
「逝って来い! 兄さまっ!」
「ごふっ!」
激しい衝撃が僕の脇腹を襲い……掌底だと?
だが直撃を受けた僕は見事に吹き飛び、そして姉妹喧嘩中のノイエは反応が遅れた。
放物線を描いて吹き飛んだ僕は、軽く地面の上をゴロゴロしてから……うん。今のは色々とヤバい気がする。
あのですね? 人が1人吹き飛ぶ掌底って、こっちの骨が悲鳴を上げるのです。そして地面ゴロゴロのダメージもだしね。
何より吹き飛んだ僕が居る場所は闇の中だ。
「拙いっしょ!」
慌てて脱出を計ろうとするが、ズキッと脇腹が痛んで一気に汗が噴き出る。脂汗だ。
すると呼吸も苦しくなって一気に立てる気力がなくなって来る。
闇に食われそうな気がして……でもそれは一瞬だった。
「アルグ様」
ノイエだ。ノイエが僕を抱き起こしてくれた。
「ノイエ」
「はい」
「逃げよう」
ここはヤバい。どう言葉にすれば良いのか分からないがとにかくヤバい。
絶対に生身の人間が入っちゃダメな場所だ。漠然とだけどそんな気がする。
「ノイエ。逃げて」
「ダメ」
「どうして?」
「足」
体を捻って視線を向けると、ノイエの両足に誰かがしがみ付いていた。
片足に1人ずつ……それも見覚えのある鎧を着た人物だ。これはあれだ。ペガサス騎士の女性隊士が着ていた鎧だ。
つまりこの2人はユリーさんと一緒に来た部下か? どうしてそんな人が?
「ノイエなら振り払えるでしょう?」
「無理」
「どうして?」
慌てて向けたノイエの表情が、元気のないアホ毛に気づいた。
「お腹空いた」
「燃料切れか~い!」
僕を追いかけ飛び出してきたことでどうやら彼女の燃料が切れたらしい。納得だ。
「でもノイエなら力任せにその人たちを振りほどくぐらい」
「無理」
「空腹だから?」
「違う」
まさかの違う理由が?
また視線をノイエの足に向けると、彼女の足に抱き着いている女性騎士の表情が無い。と言うか肉が無い。あれです。スケルトン?
「あら? しばらく見ない間にダイエットが成功したご様子で?」
『『……』』
返事はない。相手はただの屍のようだ。
「分かったノイエ」
「はい」
つまりこれらをどうにかする方法が僕らにはある。
「光って」
「……」
ノイエのアホ毛から一気に生気がっ!
「頑張ろうノイエ!」
「……」
何故にそこまで頑なに?
「何をノイエがそこまで拒絶させると言うのだ!」
思わず叫んでいた。
「だって」
はい?
ノイエの声に僕は視線を向ける。
「ノーフェお姉ちゃんが怒られるから」
「……」
困った感じでアホ毛を震わせノイエが言葉を続ける。
「失敗するとノーフェお姉ちゃんが叩かれる」
「そっか」
「だから嫌」
「そっか~」
だからノイエは使いたくないんだね?
「あと疲れるし、お腹空くし」
「……」
そっちが本音とか無いよね? こっちを見ようかノイエさん?
キスして誤魔化そうとしない。
はい? このキスには意味がある?
「ん」
唇を合わせて来たノイエから、温かな空気と言うか不思議な流れを感じた。
注がれたという言葉が一番しっくりと来る。ノイエの唇から暖かく甘い何かを注がれたような感じがして、お腹の中がポカポカと暖かくなる。
あら不思議。今まで感じていた嫌な感じが全くしなくなった。
「今のは?」
「少し残ってたから」
「何が?」
「……光?」
なるほど。つまり残っていた光を僕に注いでくれたと。
「ノイエは平気なの?」
「平気」
それだったら、
「痛いのは我慢するから」
しないで宜しい。
「返すから受け取って」
「無理」
「何でよ?」
この力を返せるのなら喜んでノイエの中に注ぎ込むけど?
ちなみにエロい意味ではない。落ち着いたらするだろうけど今ではない。
「アルグ様には使えない」
「……」
うん。僕は聖女じゃないしね。
「それに後ろの人が言ってる」
後ろとは?
「使えても真逆だって」
「はい?」
「だから逆だって」
「何が?」
「む~」
何故かノイエが拗ねた。
いやいやノイエさん? 流石に説明が足りないと思うのですが?
「そもそもノイエさん」
「はい」
「僕の後ろって何さ?」
「……」
待とうかノイエ? その『何を言っているの?』と言いたげな視線は何ですか? その視線は僕が君に向けるべきものだと思うんですが?
「アルグ様の後ろに居る人」
「居るの?」
「はい」
「いつから?」
「……」
クルンクルンとノイエがアホ毛を回した。
「あれ」
どれ?
「あの時」
どの時?
「……」
ノイエさん?
「頑張れアルグ様」
「諦めたっ!」
まさかの説明放棄に僕もビックリだよ!
「頑張れノイエ」
「今は無理」
「どうして?」
「……怒られた」
「はい?」
誰に?
「アルグ様の後ろに居る人」
「だから誰よ?」
僕の後ろに人が居るの? 誰よ?
ユーリカみたいな病とかだったらマジ勘弁なんですけど~。
「女の人」
まあ野郎よりかは良いかな。
「年上」
僕はロリコンではないので大丈夫。
「お婆ちゃんじゃない」
だったら色々とセーフだ。セーフか?
「でもお祖母ちゃんにはなりたいって」
何の言葉遊びですか?
「頑張って子供を産んで欲しいって」
「ノイエが?」
「頑張る」
うん。今は無理でも後々どうにかするからね。
「これで分からないならアルグ様はダメって」
おいおいおい。この名探偵アルグスタさんが本気を出したらどんな事件も迷宮入り確定だよ? あれ? それって駄目な方か?
「これ以上は言えない。怒られた。凄く」
「ノイエを叱れるとは凄いな」
だってノイエは聖女だから本気になれば背後霊ぐらいあっさり昇天だ。
「そんなことしない」
ほほう。叱られても怒らないとはノイエも大人になりましたね。
「はい。それに」
それに?
「そんなことをしたらアルグ様の母さんが怒る」
「……はい?」
今、何と?
~あとがき~
もっと早くに色々と謎解きと言うか…雷帝を出すのが遅くなってから色々と後手を踏んでしまいました。
この話のキャラたちは勝手に動き回るので、フラグを立ててても回収しやしない。これまでに回収を忘れているフラグが何個存在していることか。これが魔王討伐系の物語だったらたぶんクエスト失敗しているかもしれないよ? ノイエが物理的にどうにかしそうだけどw
主人公の背後に居たのはお母さんです。って誰? 母親? いつから?
実はあの時から…あの時ですよ。あの時からです
© 2023 甲斐八雲
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