頑張れ義姉さん

『あの女は……何なのだ?』


 属性やその本質からして『聖』のはずだ。聖で間違いないはずだ。

 ただ自分が知る聖とは何かが違い過ぎる。聞いた話では聖女と言う存在は全てを愛し優しいさを振りまく存在だと聞いた。慈愛に満ちていて清廉で高潔とも聞いた。


 今のあれは絶対に違う。無慈悲にとんでもない力を放って来た。


 あれの何処に慈悲がある? 慈愛がある? 清廉とは? 高潔とは?


 絶対に違う。あれは伝え聞く存在とかけ離れすぎている。


 つまり聖女ではない?


 だが感じられる力は間違いなく聖だ。何より一時自分の闇を祓い追い詰めていた。


 それが何故突然攻撃を止めたのかは分からない。分からないが最後に放って来た攻撃で集めた怨嗟の3割は霧散した。

 力だけで見れば間違いなく聖女だ。それも伝え聞く以上の力を持った存在だ。


『何故そんな化け物が……糞がっ』


 そんな化け物が居てはこの力は十全の力を発揮できない。

 これではあの憎き魔女を退治することが出来ない。


 母の命を狙い、父を殺し、そして妹をも殺したあの魔女を。


 仲間を集い復讐を、家族の仇を討とうとしたら……あれは仲間ごと全てを消し去ったのだ。


 無慈悲で残忍な魔女。それがあれの本質であり全てだ。


『だから討つ』


 その為に禁忌に手を出しこの力を手に入れたのだ。


『許すものか!』


 全てを奪ったあの憎き存在。


『絶対に殺す』

『殺す?』

『殺そう』

『殺せ!』


 わんわんと自分の中で声が響く。


 だがそれは構わずその声を受け入れる。


 恨みは、憎しみは、負の感情は……それらが全て自分の糧となるのだから。


『今こそ家族の恨みを』


 晴らす。晴らすのだ。


『絶対に殺す』


 誰を? そんなのは決まっている。あの憎き魔女だ。


『厄災の魔女を!』


 全てを奪った存在をそれは許せない。許すことなどできない。


 故に禁忌に手を出し力を手に入れたのだ。復讐をするために。




 神聖国・都の郊外



「お姉ちゃん」

「……」


 ノイエが全力で甘えて居る。が、ノイエの体当たりを食らったノーフェさんはグロッキー状態だ。今にもそのまま倒れてしまいそうだが、姉の何かが彼女を支えている。

 流石ノイエの姉だ。あれほどのダメージを受けても笑顔で抱きしめ返すとか……僕も見習わなければいけない。


「尊敬に値するな」

「兄さま……頭の方は大丈夫?」


 失礼な悪魔である。何故君は僕にそんな目を向けるのかと小一時間ほど問い詰めたい。


「お姉ちゃん」


 甘えん坊モードのノイエは……これこれノイエさん。アホ毛で姉の首を絞めるでない。それは逃がさないための対策とかですか? 違うの? とても大切なこと?


 ノイエの返事に首を傾げつつも、やはりノイエが嬉しそうだからついつい追及を緩めてしまう。

 僕もまだまだ甘ちゃんだな。


「で、兄さま」

「何ざます?」


 何故かざます口調が出たざます。


「どうか姉さまを説得してあの闇を祓ってください」

「……」


 お~い。どうした悪魔よ?


「お願いします」


 深々と頭を下げて……と言うか土下座である。


 これこれ悪魔よ? 冗談の流れで無い土下座とからしくないぞ? どうした? 拾い食いでもしたか? 馬糞か何かを食いましたか?


「お願いです。兄さま」


 顔を上げた彼女の表情がらしくないほど真面目だ。


「時間が無いんです」

「う~む」


 何を悪魔が焦っているのかは知らないが、確かにあの闇は宜しくなさそうだ。

 問題はあの状態のノイエが素直に言うことを聞くかどうかだな。


「ノイエが言うことを聞かなくても恨むなよ?」

「兄さま」


 ウルウルと瞳に涙をためるでない。あれだあれ。お前がそんなに真面目に土下座とかするとだね、そこで遊んでしまうとだね、僕が悪者になりそうじゃないか?

 そうで無くともノイエのヒロインと化している僕ってば、存在意義が色々と危ぶまれている気がする訳で……ええい。自己弁論が面倒臭い。恩を売ってやるから後で支払え。


「ノイエ」

「はい」


 姉に抱き付いたままでノイエが僕を見た。

 お姉ちゃんが傍に居るからか、ノイエが大変素直である。


「あの闇を祓ってくれるかな?」

「いや」

「しゅ~りょ~」

「早いって!」


 頑張ったのに悪魔がキレて叫んだ。


「お願いだから姉さまっ!」

「いや」

「そこをどうかっ!」

「いや」


 これこれ悪魔よ。そこで畳みかけるとノイエが頑固モードに突入するから逆効果だぞ? ここは一度諦めて再交渉の余地をだな、


「時間が無いのっ!」


 その割には僕と一緒に遊んでいたような?


「だってこんな状況になるなんて!」


 あ~。つまりノイエがどうにかすると思って遊んでいたのね?


「……」


 図星だったらしく悪魔が沈黙した。

 まあそれは仕方ないが、ただそれは見込みが甘かったと言うか、ノイエの性格を度外視し過ぎたかもしれない。


「分かってる! 悪かったから! 後でいくらでも謝るから! 必要なら好きなだけエッチして良いから!」


 余計な言葉もあるが、慌てる悪魔に普段の余裕を感じない。


 ただ彼女は時折チラチラと視線を動かし……あっちか? どうやら悪魔が覗いているのはマニカと白菜だ。マニカを見る必要はないと思ので白菜か?


「白菜がどうした?」

「だから時間が無いんだって!」


 ヒステリックに騒ぐなって。


「白菜ぐらい何かあればお前やノイエが鎮圧できるだろう?」


 実際先ほどあの白菜を黙らせていたでは無いですか?


「だから違うの!」


 泣きそうな顔で悪魔が……あ~。分かった。


「お前何か隠しているだろう?」

「……」


 返事がない。正解のようだ。

 どうやら悪魔は何かを隠している。だから先ほどから焦って騒ぐだけで具体的な『理由』が出て来ないのだ。


「何を隠しているのだね?」

「それは……」


 言葉は続かない。はっきりと白菜に視線を向けた悪魔は、その視線を自分の足元へと向ける。

 何とも言えない状況で……口を開いた人が居た。


「ノイエ」

「はい」


 ノーフェさんだ。


「彼女が私にこの体を与えてくれたの」

「……」


 諭すように、話しかけるように、自分に抱き付き甘える妹にそう告げる。


「だからお願い。もう一度だけ頑張ってくれないかしら?」

「……」


 ノイエの視線が悪魔を見て、姉を見て、僕を見て……そして姉に向けられた。


「いや」

「「「……」」」


 余りの沈黙に耳の奥でキーンと耳鳴りがしたよ。

 流石ノイエだ。情に流されない女である。その凛々しさにちょっとだけ痺れたよ。


「もうこの子ったらどうしてそう我が儘なの?」

「いや」

「ノイエ!」

「いや」


 心温まる姉妹の感動の再開風景が一変する。

 ノイエの首を絞め上げる姉と、事前に姉の首にアホ毛を回していたノイエの反撃とが……醜い姉妹喧嘩が始まってしまった。


「ちょっと兄さまっ!」

「僕に言うな」


 こうなったら止めようがない。


 何よりノーフェさん? どうして貴女は下半身を露出しているのですか? 僕としては見てて悪くないのですが、って石を掴んでない? また石礫か!


 流石ノイエだ。投げられた瞬間の石を叩き落とすとかマジ格好良いです。


「ノイエ! どうしてお姉ちゃんの言うことを聞かないの!」

「疲れるから」

「だからって貴女は……昔からそう! 才能はあるのにやる気は全く無くて」

「こんな才能要らない」

「ノイエ~!」


 完全に取っ組み合いの喧嘩となった。

 ただノーフェさんは足が不自由なのか……上半身だけでノイエを圧倒するのか? 何この人? 強すぎませんか?


「昔とは違う」


 ただノイエも負けてはいない。格闘物の主人公のような言葉を発して……これこれノイエさん。アホ毛で相手の目を狙うのは禁止です。姉の味方をしているとかでは無くて、その攻撃は人としてダメな奴です。だから顔を狙うのは禁止です。


 はい? 心臓? ん~。それはまあセーフかな?


「アウトだと思うのですが?」

「頑張れ義姉さん」

「……後で覚えてなさい」


 笑えない声音でノーフェさんがそう言ってきた。

 うむ。これはあれですね。


「頑張れノイエ」

「はい」


 ノイエの攻撃力が僅かに増したっぽい。流石旦那さんラブなお嫁さんである。


「だから兄さまっ! 時間がっ!」


 煩いわ!


 同時進行で色々とやるなと言いたい。




~あとがき~


 ブレない女…それがノイエですw


 ノーフェが強いのは…と言うかこの人強いです。もし生きていたらユニバンスでも最強の部類に入っていたでしょうね。カミーラが大喜びする類の人類です。



 連続投稿も今日まで。次回からは通常ペースに戻ります




© 2023 甲斐八雲

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