この作品は全てフィクションです
神聖国・都の郊外
『間違いない。あれは魔女だ……』
それは目を細め何度も確認した結果を胸の中で噛みしめる。
全力でボンボンと呼ばれるフサフサした物を振って応援している少女のような身なりの……あれ? あれが着ているのはもしかして神聖国だと忌避の対象となっている服でなかろうか? 確か漆黒の殺人鬼とか言われた……うん。気のせいだ。だってあれは確かに人の屑ではあるけど好んで人を殺したりはしない。むしろ恨みを買ってても人助けをする愚か者だ。
『見捨てれば良かったのに……』
誰もがそう思う相手に救いの手を差し伸ばし、彼女は数多くの恨みを買い続けた。
『昔からずっと馬鹿な人だったし……』
分かっている。今の自分も大して変わらない。昔から変わらない大馬鹿者だ。
肉の解体は血抜き作業に移り、ひと段落着いたのか……片足を上げて全力で応援している魔女の後姿はある意味で昔と変わらない。大人っぽいのに何処か子供の様で、良く拾って来た孤児たちと一緒に全力で遊び回っていた頃のままだ。
子供等と駆けっこをすれば『1番じゃなきゃ意味が無いの! 2番で良いとかそう思っていると、取った政権をあっさりと手放すことになって没落するの! 消えるのよ!』と訳の分からないことを叫び、魔法まで行使して全力で勝ちを手に入れようとしていた。
大人げない行為は数えきれない。けれどいつもあの魔女の周りには笑い声が溢れていた。
みんなが笑っていた。
『でも彼女は敵。私の敵』
人の良い魔女はその人の良さで自滅する。
自分が救い育てた子等に、弟子たちに、何度も裏切られ……その都度全てを放り出して逃げてはそれでも人を助ける。
本当に馬鹿な人なのだ。
『だから今度こそ私の手で』
今の体では魔法の行使は良くて一回きりだ。
それも自分と使っている肉体の命を代価に支払いどうにか1度が限界だ。
弱くなってしまったものだ。違う。自分が望んだから弱くなってしまったのだ。
あの日懇願して……魔女は自分の我が儘を聞き入れてくれた。
父親は助けられなかった。兄も助けられなかった。母親はどうなったのか知らない。でも自分はこうして封印はされたが生き残って来た。
今日まで。ずっとだ。
『あの魔女を殺すなら今が』
一歩足を踏み出そうとして“少女”は動けなかった。
「止めるが良い。亡霊よ」
「……」
顔を巡らせ視線を向ければ、自分と同じ背丈ほどの彼の頭上にそれは居た。
自分の封印の上に鎮座していた本当に厄介だった相手だ。
何をどう間違ったら自分の上にずっと居座ることが出来るの? 馬鹿なの?
「そんなに恨めしい視線を向けられても我が言えることは1つだ亡霊よ」
「……」
何処が顔なのか分からない存在がこちらを見て来る。
本当に『卑猥』と連呼されているだけあってその見た目は男性のあれだ。
母親と父親が『待っててね。また新しい家族を作るから』と言っては……うん。父親の方が若干小さかった気がする。若干だ。亡き父親の為にそう思っておこう。若干だ。
「……真面目なことを言う気が失せる視線であるが、あれに手を出すのは止めよ」
「……」
「不思議か?」
卑猥と呼ばれる問いに少女はコクンと小さく頷く。
「お主にはあれが見えんか?」
あれとは?
そう思い話し相手が向けた顔先の方向へと視線を巡らせる。
軽く地面を蹴るようにし、軽く体を動かしている奇麗だが無表情な人が……そのガラス玉のような目をこちらに向けていた。
「あれは人であって人でないモノだ。あれを前にあれの家族に手をかけようとすれば、お主の頭と体が永遠に分かれることとなるであろうな」
「……」
分かる。分かってしまう。
無表情だが、その目は何も語っては来ないが、相手が放つ気配には覚えがある。
絶対的な支配者が持つ圧倒的な暴力だ。
あれは人ではない。あんな暴力的な気配を向けられようやく理解した。
「復讐など止めるが良い」
それはできない相談だ。
改めて相手に顔を向けると、それはペシペシと尻尾部分で乗っている少年のような人物の頭を叩いて……間違いない。催眠か魅了か何かしらの方法で相手の意識を奪っている。だから己が思うように相手を動かし誘導しているのだ。
「復讐などして生み出されるのは次の復讐だけだ。故に復讐は復讐し生み出さない……何度もそう人の世で広まっている話だと思うのだがな」
ペシペシと尻尾を打ち付けそれは自分から離れだす。
「それとお主の決死の一撃など、きっとあの者には届かんよ」
「……」
一度土台を立ち止まらせて、彼はその何処が顔なのか分からない部分を向けて来る。
「あれは気づいておる。故にお主を泳がせている」
「……」
それでも狙う理由が少女にはある。
違う。この肉体を借りている自分には理由があるのだ。
「まあもう少し黙って見ていると良い」
また歩き出したそれはゆっくりと遠ざかって行く。
「あれがどうしてお主に手を出さずあの様な振る舞いをしているのか、たぶん分かるであろう」
「……」
分からない。分かりたくない。
だってあれは父親と兄の仇だ。母親の敵だ。
だから殺す。殺して……殺してから自分はどうするのだろう?
一度もそれを考えたことが無かった。
だって自分はあれを殺すために……殺すために?
ダメだ分からない。肝心な部分に霞がかかって分からなくなる。ただ今分るのは、あれを殺すことだ。
手にしていたボンボンを投げ捨てスカートの裾を手に足を上げて応援しているあの魔女を……あっ。お兄さんがとうとう殴り飛ばした。
うん。大丈夫。大丈夫。起き上がって抗議している。無駄に元気だ。
……だって私はあれを殺して……
「お兄さま痛いわ」
「黙らっしゃいっ!」
本当にこの悪魔は馬鹿なんだから。そもそもポーラのスカートを捲って素足を出しても色気なんてものが無いのだよ……色気がっ!
「お兄さま? 大変失礼な視線を向けられている気が?」
「気のせいです」
それにだ。
「お前が変なことをしてあっちの名無しの子が真似をしたらどうする?」
今だってこっちを見ながら上下にボンボンを揺らして困った感じにも見えると言うのに、これ以上お前の馬鹿さ加減に付き合わせてはいけないのです。
何気に真面目な卑猥が声をかけて落ち着いた感じだが……真面目な卑猥って何だろう? これが矛盾と言うものか?
「へ~きよ。平気。小さい頃なんて色々と無茶するぐらいが丁度良いのよ」
「お前がさせているのは無茶では無くて」
「あ~聞きたくない」
また応援に戻った悪魔が拾ったボンボンを振り出す。
それは良い。ところであっちで逆さに吊るしているペガサスだったモノはどうするんだ?
「まずは血抜き。それと内臓がグチャッとしちゃったから水を作って洗わないとだし……色々と下準備が大変なのよ」
「そっか~」
うん。解体からのお肉料理はしたことが無いから悪魔に丸投げだ。ただ逆さづりにされたペガサスの首からダラダラと血が……悪魔と呼ぶだけのことはある。まるで何かの儀式のようだな。
ビジュアル的に大丈夫か? P○Aからの苦情とか来ないか?
「平気よ。だってここは異世界だもの」
なるほど。
「だから小さな女の子が全裸で歩き回っても大丈夫! 小さな子と結婚してハァハァなことをしても罪にはならない! それこそが異世界っ!」
「……」
悪魔さんの変なスイッチがオンしたらしい。ここは黙って見守ってあげよう。
「少年たちがアハンでウフンなことをしてても大丈夫! 紳士っぽい老人が権力を笠に少年を撫で回しても、」
「そろそろ黙ろうか?」
良く分からないが危険な臭いがしたので悪魔の口を物理的に塞いでおく。
本当に良く分からないがとっても危険な香りがした。これはあれだ。第六感だ。僕はこの手の勘を信じる。何故ならば勘が良くないとノイエとは付き合えないからだ。
「そう考えると異世界って本当に何でもありだな」
「ええ。だから私がこっちに来る前から異世界転生物とかが流行り出したんだと思う」
「その心は?」
解放した悪魔が呆れた感じで言葉を続けた。
「だって『全て異世界での出来事です』ってテロップ入れれば許されるでしょう?」
「まあね」
確かにだ。
「まさか『この作品は全てフィクションです』ってテロップが打たれているのにクレームを入れる馬鹿なんているわけ、」
良く分からないけど危険な香りがしたから悪魔の口を物理的に閉じる。
そんな気がしただけだ。他意はない。本当に。
軽く体を動かしていたノイエがビョンっと大きくジャンプした。
~あとがき~
『この作品は異世界を題材としたモノでありもちろんフィクションです。現実世界においての出来事とか意識などしていません。ええしていません。だから何となく危険な香りがしても冗談の範囲として執筆していますので、生温かな感じで見ていただければと思います』って文章をこれから先は付け加えていかないとダメなのかな~と思う作者さんです。
現実と非現実の境目って昔の方が存在していたような気がします。
昔の刑事もののドラマなんて結構理不尽な理由で殴ったり脅したり撃ったりしてましたしね。
それを『作り物』として作者さんたちは理解しながら見ていたので、テレビ局にクレームを入れるだなんて気は一切起こりませんでしたね。
どうしてこうなってしまったんでしょうね? 正義感ってナンデスカ?
有料でも良い。もっと自由な…昭和の頃のノリの番組を作って放送してくれる人たちって現れないんですかね? R18指定でも良い。個人的にめっちゃ見たいです。
で、今回の話は…うん。ノーコメントでw
© 2023 甲斐八雲
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