大喜利は苦手なんです

 神聖国・都の郊外



 何だろう? この期待を裏切られた言いようのない感じは?


 ピョンピョンとノイエが飛んでいる。別にノイエが何か悪いことをしているって訳ではないと思うんだけど……ウチのお嫁さんの奇行が良く分かりません。


「へい。悪魔」

「なんざます」


 何故にざます口調?


「ウチのお嫁さんは何がしたいのかな?」

「……垂直飛び世界記録?」


 本気のノイエですとそんな記録あっさり更新だね。


「じゃなくて」


 僕らの目の前で繰り広げられている光景的な奴です。まあぶっちゃければノイエがピョンピョンと飛んでいるだけだ。地面から2mぐらいの高さまで飛び上がり元の位置に戻る。


「エアー大縄跳び?」

「つまらないわね」


 大喜利は苦手なんです。


 ただ今のノイエはそんな感じだ。ただ上下に移動して、


「見て兄さまっ」


 何かに気づいたか?


「現場の悪魔さん。報告を」

「はいこちらは現場です。見てください。あの姉さまの足元を」


 足元? 普通に地面だよね?


「何と恐ろしい……姉さま、膝を曲げずに飛んでいます」


 言われてみれば、確かにだ。


「いや待って。普通そんなことは可能か?」

「無理」

「ですよね?」


 それなのにノイエは膝を曲げず棒立ちのままでピョンピョンと。


「たぶん姉さまは足首の動きだけで2mほど飛んでいるのです」

「……」


 うん。ノイエだしね。それぐらいするね。


 改めてウチのお嫁さんの規格外な何かを感じ取り、僕と悪魔は2歩だけ後退した。

 他意は無い。だって彼女は僕のお嫁さんなのだから他意など無い。


 と、飛び跳ねていたノイエが動きを止めた。足の裏が地面に吸い付いたかのようにピタッと動きを止めるものだから、視線で彼女の動きを追っていた僕の視界にフェイントが。


「ん」


 そして彼女はそのひと言を発し、今度は自分の腕を伸ばしつつ……あれはまさか?


「ただの準備体操?」

「またまた~。ウチのノイエがそんな手の込んだことをすると思うのかい?」


 ここまで僕らの視線を独り占めしておいて、まさかの準備体操でしたかと言ったら泣くよ? 肩透かし感が半端なくてマジで泣くよ?


 でもノイエはグイグイと体を伸ばし続けて……間違いなく準備体操だ。


「何故だっ!」

「解説しよう」

「出来るのか悪魔よっ!」

「言ってみただけ。痛いって」


 ミニハリセンを投げつけたら悪魔がちょっと怒り顔を向けて来た。


「まあ姉さまがあそこまで念入りに体を動かすとか珍しいとは思うけど」

「まあね」


 基本ノイエは予備動作無しで動き出すタイプの人間だ。コンマの世界で生き、必要なら寝起きと同時にドラゴンを殴り飛ばせるタイプの人だ。下手をしたら寝ながらでもドラゴンが相手だったら殴り飛ばしそうとも言える。ノイエならやれるな。


「お兄さま」

「何故下がった?」


 気づくと隣に居た悪魔が僕から離れていた。

 逆さに吊るしたペガサスだったモノを運びつつ……お前って本当に無駄に器用だよな。


「私気づいちゃったの」

「冗談でなければ聞こうか?」


 だがしかし悪魔の表情は冗談を言う感じには見えない。


「あの姉さまが万全な状態で力を使おうとしているってことは?」

「……」


 よ~く考えよう。万全なノイエってことは、つまり全力が出せるってことか? 全力のノイエってことは……周りの被害は甚大か。


「裏切るな悪魔っ!」

「いやっ! 来ないでっ!」


 僕を見捨てて悪魔がペガサスの肉塊を頭上に掲げて走り出す。迷うことなくこっちに背を向けている。


 へいへい悪魔さん。僕と君との仲じゃないですか?


「逝く時は一緒って約束しただろう?」

「いや~! 兄さまは1人で逝ってよ~!」

「1人は寂しいだろう?」

「嫌よ! 私はまだ逝きたくないっ!」


 など馬鹿なことを言いながら互いにペガサスの肉を抱えて後退を繰り返す。


 僕らの回避に理解を示せていない変態が首を傾げてこっちを見ているのが何かムカつく。


「変態。後方へと向かう進軍を繰り出した方が良い気がするぞ?」

「えっと……アルグスタ様?」


 はい。何でしょうか?


「アーブの頭上のあの蛇様がどうにかしてくれるのでは?」

「「……」」


 目から鱗がポロポロと落ちる。


 そうでした。僕らの卑猥が強靭な結界を張って守ってくれるんでした。


 知ってます。知ってますとも。僕らと卑猥は仲良しだから!


 慌てて卑猥に視線を向けると彼は顔を起こして……まるで朝のあれのようだ。


「ふっ……人間よ」


 何でしょうか?


 何処が顔だか分からない卑猥の顔の目と視線が合ったような気がします。


「あの小娘は本当に人の子か?」

「……言いたいことを簡潔に述べよ」


 悪い予感しかしないけどね。


「うむ」


 大変偉そうに卑猥が頷く。


「霊的な現象は防げると思うがその他の衝撃までは分からない」

「つまり?」

「……余り暴れないで欲しいと思っている」


 希望的観測かよっ!


 とりあえず卑猥にミニハリセンを叩きつけていたら悪魔が肉を抱えて……お前って奴はやはり裏切るのかっ!


「君は嫌いではなかったよ。だが君の妻が悪かったのだっ!」


 何処の彗星だ! こんちくしょう!


 僕も逃げようとしたがちょっと間に合わなかった。突如として地面が揺れたのだ。

 グラグラとした地震のような揺れではなく、ズンッと襲撃を与えて来る一撃だ。


 恐る恐る視線を向ければ……ノイエが股を開いて軽く腰を落としていた。

 その姿は今からあの雲に向かって飛び掛かって行かんとするようにも見える。勇ましいですお嫁さん。


 だがそれで時が止まった。何も変化が起きない。


「……アルグ様」

「はい?」


 クルンとノイエが顔を動かしこっちを見た。


「呼吸の方法が分からない」

「ノイエさ~んっ!」


 呼吸なんてものは吸って吐いてをすれば良いんです。ほらスースーハーハー。


「スースーハーハー」

「お上手ね~!」


 拍手付きでノイエに伝えたが、何故か彼女は軽く首を傾げる。


「これ違う」

「マジでかっ!」

「だってそれってラマーズ法」

「でしたね!」


 ノイエの訴えと悪魔のツッコミに確り返事をしつつも僕は悩む。


 どうするべきか? 呼吸ってナンデスカ?


「悪魔っ!」

「……師匠は逃げました」


 ポーラに早変わり~!

 肉を抱えた妹様はひとまず置いておいて、どうする? つか何で僕ってばこんなに焦っているの?


「落ち着け~!」


 腹から声を出して一度気持ちをリセットした。

 完璧だ。大きく息を吸って吐いて……落ち着きました。もう大丈夫です。


「ノイエ」

「はい」

「呼吸って?」


 賢者タイムに匹敵するほど落ち着いた僕は愛しいお嫁さんにそう問う。


 クルンとアホ毛を回したノイエが僕を見つめてきた。


「あの疲れるヤツ」


 それは自分で思い出してくれるかな?


 けれど彼女は若干僕を見ているような感じで……実は背後を見ていませんか?


 振り返るが僕の背後には誰も居ない。居ないはずだ。


「分かった」

「はい?」


 知らぬ間にノイエが何故か納得したらしい。

 視線を戻すと彼女はコクコクと頷き、また視線を分厚い雲へと戻した。


「吸って……」


 ノイエが大きく空気を吸う。


「ふふふ~」


 口を閉じて何か言ってます。たぶん『止めて』かな?


「最後は……」


 そこは喋るんだ。


 また腰を落として踏ん張るように構えたノイエが……だからそこでフリーズしないでください。


 アホ毛をクルンクルンと回して実は困っていませんか? 大丈夫? 今ならまだ間に合うよ?


「ノーフェお姉ちゃんのばか~!」


 珍しくノイエが吠えた。全力で吠えた。


 すると何故かノイエの全身から金色の空気と言うかオーラと言うかそんな物が溢れ出して……実の姉に対して文句を言うと発動するそれってナンデスカ?


「思い出した」


 光を纏ったノイエが自分の様子を見て若干喜んでいますか?


「うむ。娘の夫よ」

「はい?」


 気づけば卑猥が僕の横に。


「あの娘は本当に人の子か?」


 失礼な卑猥である。ノイエの悪口をそれ以上言うのであれば、お前の顔にいたずら書きするぞコラ?


「何か文句でも?」

「うむ」


 大きく頷いて卑猥がその顔を西へと進む太陽に向けた。


「今のあれは空に浮かぶあの日と同じである」

「はい?」


 つまりノイエが太陽の様だと?


「うむ。その破壊力はあれに匹敵するやもしれん」

「……」


 なるほどなるほど。


「ノイエさん、」

「ばか~!」


 僕が声をかける前にノイエが叫んでいた。




~あとがき~


 予約するのを忘れていました。済みません。


 ノイエがどうして姉の悪口を言うのか…その辺は後に語ります。

 ただノイエは周りの被害など考えず…どうなるのか?




© 2023 甲斐八雲

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