どうも。便利屋です

 神聖国・都の郊外



 分厚く立ち込める黒い雲は、その範囲を空から大地まで伸ばしていた。


 一寸先は闇……そんな状態でそれは歩みを続ける。


 自分が何処に向かっているのかなど分からない。何故ならもう何も見えないからだ。


 それでも足を動かし動き続ける。


 道を……それが道なのか分からないが、たぶん道を踏み外す何処からともなく痛みが降って来るのだ。

 それはたぶん雷光だろう。雷が槍のように振り全身に痛みを与える。


 立ち止まれば撃たれる。

 道を間違えれば撃たれる。

 痛いのが嫌なら歩き続けなくてはならない。


 どうしてこうなった?


 自分“たち”は上手くこの国を支配していたはずだ。支配して行くはずだった。


 それぞれがそれぞれの方法でそれを望みやって来たのに……何故こうなる?


 言いようのないドロドロとした感情が腹の中で蠢き煮えたぎる。


 憎い。全てが憎い。何もかもが憎い。ありとあらゆるものが憎い。


 激しく湧き上がる感情は抑えようのない激情となり“それ”を動かす原動力になる。

 その中に居る3人は……今となるれば誰が誰だか分からない。


 憎いと言う気持ちに飲まれ混ざり合いそして足を動かしている。

 全てが憎い。存在せしめる物質全部が憎い。


 だが最も憎いのは……『こくいんのまじょ』だ。


 あの存在は許せない。許すことなどできない。

 あれは敵だ。許すべきことのできない敵だ。仇だ。

 あれを殺す為ならばどんなことでも出来る。どんなことでもする。そう誓った。


 だから殺す。例え地の果てまで行くことが必要となっても、たとえ大海を渡る必要が生じても、たとえ星が瞬く星海に至る必要が起きたとしても……必ず成し遂げる。


 何故ならあれは敵だ。仇だ。殺しても飽き足らない存在だ。


 殺す度に生き返らせてまた殺す……それが飽きても繰り返しやり続けると決めている。

 思い出すだけで殺意しか目覚めない。


 あれは父を殺し、妹を殺し、そして母と敵対した存在だ。何故許せるだろうか?


『コロスコロスコロス……コロスコロスコロス……』


 歩きながらそれの中で渦巻くのはたった3文字の怨嗟だ。


 全身に黒い雷光を……悪意を浴びながらそれは歩く。足を進めて前進する。

 向かう先は分かっている。何故なら本能がそうさせる。


 それはただ足を動かし続ける。


 自分たちが誰の意志で動いているのか分からない状態で、本能に従い足を動かす。

 殺すべき相手が居る方へ……ただ足を動かす。




 ゆっくりと瞼を開くと全身が重く気怠い。


 自分の上に目には見えない何かが乗っているような気がして……実際には何も乗ってはいない。ただ指先1つ動かすのも億劫なほど体の全てが重いのだ。


 ハッとして根性で視線を巡らせる。必死に顎を引いて僅かに視線を自分の下腹部へ。


 ええい胸が邪魔だ。自分の胸が視線を遮る。どうして邪魔をするのだ。確かにそこそこの大きさもあって自他ともに認めるほどの美しい形をしているが、今はそんな時ではない。


 胸の内で全力で吠え……微かに動いた視線で確認をした。


 胸の向こう側……お腹は膨らんでいない。つまり大丈夫だ。太ったわけではない。


 ならどうして自分の体は全く動かない?


 息をするのも億劫……呼吸を必要としていない“本来の自分”を思い出し、それは本当に僅かに口角を動かす。笑ったつもりが笑えていない。


 これではあの子と同じだ。


 あの子は本当に不思議な子だった。

 ずっと不思議で……たぶん普段から自分とは違う世界を見ていたのだ。もしかしたらあの子だけが見える世界が存在していたのかもしれない。故に色々と大変だった。


 でも可愛かった。愛おしかった。いつまでも愛し続けられると思っていた。


 それもこれも全てあれが悪い。思い出したらはらわたが煮えくり返りそうなほど……ダメだ。こんな時は大きく息を吸って吐き出すに限る。出来ないけどそんな気分でだ。


 あの子は本当に優しい子だ。何より透明な子だ。だから自分が悪い感情を抱えて触れれば触れた場所から色に染まる。透明なあの子が濁り汚れていく。

 決してそれは許されざる行いだ。あの子はきっと世界を救うべきはずの存在なのだから。


 体は全く動かない。


 自分の様子を確認できたら根性を見せる必要もない。

 仰向けの姿勢でただただ天井を見上げる。


 そもそもここはどこだろう? 円形に見える天井の様子から洞窟だろうか?


 でも全体的に薄っすらと明るく何より洞窟だとしたら天井の色がおかしい。全体的に桃色にも見える。


 この場所のことが分からないならせめて自分がどこまで何を覚えているのか確認すべきだ。

 思い出せるのは自分には大切な“あの子”が居た。常に一緒に居た。


 あの子を救うために無茶をして……うん。思い出した。あれが憎い。どうしても憎い。1,000回殺しても飽き足らない。ならば万回殺すか?

 はい深呼吸。スーハースーハー。実際は億劫で出来ないけれど気分は大切だ。


 それから後はずっと一緒に居たんだ。あの子と一緒に居てずっと見守って来た。

 ただ本当にあの子は可愛くて自分の存在に気づいているのに気づいていない振りをしていた。


 もし知っていることに気づかれたら消えるとでも思っていたのだろうか?


 そんなことは無い。そんなことはしない。でも根性で絶対にしない。根性だけを昔から友達にして来たから大丈夫。あれは決して裏切らない。だから大丈夫だ。


 だったらこちらから声をかけてあげれば良かったのだろうか? そうしたらあの子はどんな反応を見せたのだろう?


 きっと嬉しそうに……ああ。思い出した。あの子の笑顔はもう無いのだ。


 優しかったあの子は、透明だったあの子は、色々な物に触れて濁り汚され最後には……うん。絶対に後であの子を穢した者たち全員を殴り飛ばそう。これは決定事項だ。正義の行いだ。

 だから汚れた感情など微塵もない。むしろ今の自分はとても綺麗なはずだ。1点の迷いも曇りもなくあれらを殴ると決めたのだから。


 それからのあの子は汚れてしまったままで生きている。そのはずだ。


 でも確か最後に何か衝撃的なことが……うぐっ! 胸がっ! 胸が張り裂けそうに痛いっ!


 どうしてだ? 自分は何を思い出した?


 落ち着け……こんな時こそ深呼吸だ。スーハースーハー。はい大丈夫。だってあれは夢だもの。そう夢よね。


 あの子が自分よりも先に嫁ぐだなんて……あれ? 天井しか見えない視界が濡れて何かが溢れそうだ。


 大丈夫。あれは夢だから。あの日のことは忘れたから! だって姉より先にあんなにも綺麗なドレスを着て、それも何回も着替えて……自慢なの? 何かしらの自慢なの? 確かにあの子の美貌は母親譲りで私よりもちょっとだけ劣るけど、それでも絶対に姉である私の方が上よね? それがどうしてお姉ちゃんより先に結婚とかしてるの? 許されないでしょう?


 はい落ち着いて。そうよ落ち着いて。忘れていたわ……お姉ちゃん死んじゃったんだもんね。結婚とか無理よね。うん良いの。お姉ちゃん愛しい妹のお嫁さん姿を見れて満足したからもう良いの。


 それにあの子の旦那様はとにかく優しいし、あの子のことを一途に愛しているし……もう大丈夫ね。もうあの子には私が居なくても大丈夫なのよ。周りの人たちがあんなにも愛してくれているのだから。だから問題無くこのままずっと眠れるはずよね。


 そうよね? ノイエ……もうお姉ちゃんが居なくても平気よね?


 ゆっくりと目を閉じ、それは呼吸を……最初から呼吸などしていない事実を思い出した。


 何で死ねないのかな? そもそも今の私ってどんな状態なの?


 確か妹の勇姿をこの目に焼き付けて……記憶がない。それからの記憶がゴゾッと無い。


「お困りの様ですね?」


 はい?


 突然の声に彼女……ノイエの姉ノーフェは僅かに眼球を動かす。

 そこにはフード付きのローブ姿の人物が居た。


「どうも。便利屋です」




~あとがき~


 本編だけど実際は閑話みたいな話です。


 それぞれ存在が動き出し…どっちも刻印さんが関わっています。

 主人公不在の場所で色々と暗躍するのがこの話の特徴ですw




© 2023 甲斐八雲

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