良く切れるだけの魔剣よ

 神聖国・都の郊外



「言う。全部言うから! こめかみが痛いってっ!」

「うむ。ならば吐け」

「エロエロエロエロ~」


 どうやらお前は本気で死にたいらしいな?


「ど~れ。ちょっとノイエに頼んであの雲の彼方に自由を求めて飛んで逝こうか?」

「一方通行で帰って来れない系の死出の旅路~!」


 無駄に元気な悪魔を軽く締めあげておく。


「で、ぶっちゃけるとどうなの?」

「うむ。ぶっちゃけよう」


 もう少し遊んでいたいがお腹を撫でるノイエがチラチラとこっちを……転がっているペガサスを見ているから僕らは急ぐこととした。


「この雲は何度も言っているけど、悪意とかの負の感情が具現化されている系なあれなわけよ」

「ふむ」

「で、そんな中に生きている人間が入るとどうなると思う?」

「どうなるの?」

「あはは~」


 僕に顔を拳で固定されているのにもかかわらず、悪魔は視線をはるか遠くにってそっちは黒い雲しかないが大丈夫か? 格好付けたいのなら数歩下がって体勢を変えないと無理だが?


「普通の人なんてあっさりと食われるわよ」

「食われる?」


 つまりモグモグ系?


「精神的にね」

「あ~。そっち」


 聞かなければ良かったな。


「もしそれが本当でしたら都は? 都の人たちは?」


 僕の背中に張り付いていた変態が突然スイッチが入ったかのように騒ぎ出す。


 と言うか僕らがこっちの会話に夢中になっているせいで完全に存在を忘れられている卑猥がしょんぼりして……使用後感が半端ないからシャキッとしてろと言いたい。

 ついでに言うと卑猥の台となっているペットボトルボーイはもう少しへんにゃりしろ。凄い持続力だな……自分の恥ずかしい姿を見られて興奮し続けるタイプか?


「あ~。たぶんだけど都は大丈夫じゃないかな」

「どうしてですか?」


 今にも悪魔に飛び掛からんと……そのぐらいの気概を見せろよ変態。

 僕の背中に張り付いてキャンキャン吠えるならここは悪魔の襟元を掴んで詰め寄るシーンだぞ? アニメや漫画なら間違いない。


「いえ。暴力は……私これでも女王ですし」


 真面目かっ!


 変態の癖に変に真面目な変態は僕の背中から悪魔に問う。


「どうして都が無事だと?」

「あっうん。それは……」


 何故だろう? 後頭部しか見えない悪魔の視線が全力で泳いでいる気がしてならない。


「ほ~れ。グ~リグリっ」

「痛いからっ! 言うからっ!」


 ちょびっとグリッたら悪魔があっさり折れた。


「と言うかお兄さま」

「何でしょう?」


 しおらしい声を出して悪魔がモジモジとし始める。トイレか?


「違うわよ。でも恥ずかしい話なの。だから聞き終えてもこのままの関係で居てくれる?」

「……」


 見える。見えるよ。フラグの姿がっ!


 相手へのグリグリを解放し逃れようとする僕の手を掴んで振り返った悪魔の目が、完全に逝っている人のモノだった。


「逃がさないわよお兄さま?」

「放せっ!」


 僕の第六感が囁きかけて来るんだ。『逃げろ。逃げるんだ』と。だから僕はその声に従って行動をするに決まっている。


「ダメよお兄さま。生きるも死ぬも一緒だと約束したじゃない?」

「断じて否だっ! その約束をしているのはノイエだけですからっ!」


 した記憶はないけどそれは僕の誓いだ。

 僕はノイエが寂しくならないように全身全霊を賭して彼女より一日でも長生きをして笑顔で見送ってあげるのだ。そうしないとあの頑固な甘えん坊は絶対に悲しくなって泣くに決まっている。

 お嫁さんを泣かせるようなことだけはしないと誓っているからこその長生きをする気満々ですが、それは決してお前の為ではないっ!


「でも逃がさない」


 半ばホラーテイストで僕の腕を掴んで来る悪魔から逃れられない。

 まさかこんなことの為に魔法を使用していると言うのか? お前絶対に狂ってやがるっ!


「何とでも言いなさいお兄さま」


 ニタリと笑い悪魔が僕の方へとその体を寄せて来る。


 後退。戦略的に後退っ! 背後の変態が邪魔すぎて逃げられないっ!


「おに~さま~」


 詰め寄って来た悪魔の吐息が顔にかかるくらいの距離までっ!


「言うな悪魔!」

「言えって言ったのはお兄さまよね?」


 言いました。確かにそう言いましたけどっ!


「前言撤回!」

「だ~め。もう言っちゃうんだから」


 言わんで良い。言わんで宜しい。


「あの雲はね~」

「言うな~!」


 僕の声を無視して抱き着いて来た悪魔がそっと耳元で囁く。


「最終的に私を追いかけて来るのよ。どちらかが存在を失うまでね」

「そんなことだと思ったよっ!」


 ペロッと僕の頬を舐めて来る悪魔に顔を向け、全力で頭突きを放つ。

 目の前にチカチカと星が舞ったけど気合で我慢だ。


「痛いって」


 額を押さえた悪魔が僕から離れ非難がましい視線を向けて来る。が、知らん。僕だって痛い。


「何かお前が珍しく焦っているから何か裏があると思えば」

「いやん。女は誰しも裏と表がある生き物なのよ」


 腰をクネクネと振って……殴りたい。この馬鹿を全力で、グーで、力の限り殴りたい。


「だからお姉さまを焚きつけてあれを祓おうと頑張っていたんじゃないの」

「誰のせいかと?」

「あはは~。私よね~」


 クルクルと回って……やはり殴ろうか?


「でもね」


 ピタッと止まって悪魔がこちらを向く。


「私のせいで可愛い弟子が苦労する姿は見たくないし、何より傷ついて欲しくないもの」


 そっと自分の薄い胸に手を置き悪魔が言葉を続ける。


「私がどれ程叱られたってかまわないけどこの子は別。この子の体は綺麗な状態で本人に返してあげないとね……だから妹思いなお兄さま」

「何だよう」

「ちゃちゃっとお姉さまに命じてあの分厚い雲を祓ってちょうだいっ!」

「……」


 何とも言えない感じで僕は頭を掻く。

 納得は行かないが仕方がない。そう仕方が無いんだ。


 ポーラにこの悪魔が宿っている以上、この馬鹿を救わないとポーラが傷つく。

 そんなことになればノイエが傷つく。これ以上ノイエの心に傷を付けたくない。


「後で何か褒美を求める」

「ならポーラの恥ずかしい映像集でも」

「それって発禁じゃない?」

「大丈夫。個人で楽しむ分ならグレーよ」


 絶対にブラックな気がします。


「まあ仕方ない」


 ため息1つで気持ちを切り替える。


「ノイエ~」


 ここはウチの可愛いお嫁さんに頑張って貰おう。


「そろそろ始めちゃっ」

「お腹空いた」

「「……」」


 サスサスとお腹を撫でるノイエがこっちを見ていた。


「お腹空いた」


 一番恐れていた事態が発生してしまった。 とうとうノイエが空腹を口にっ!


「悪魔~!」

「合点!」


 パチッと指を鳴らして何かしらの魔法を使った悪魔が……たぶん記憶操作の魔法だろう。それで良いのか刻印の魔女? お前の魔法が最近安いぞ?


「兄さまっ! とりあえず薪とか何でも良いから燃やせる物を!」

「了解!」

「そこの変態!」

「はい?」


 突然の声に変態が驚く。


「その辺の石を集めて竈を作る」

「竈は無理です」

「根性!」


 根性でも無理なような?


 そして僕らに指示を出す悪魔はエプロンの裏に手を入れ……『鉈ですか?』と聞きたくなるような肉厚な刃物を取り出した。


「物騒な肉切り包丁だな?」

「これ? 包丁じゃないわよ」


 何故か悪魔はペロッと掴んでいる鉈の刃を舐める。


「良く切れるだけの魔剣よ」

「エウリンカ~!」


 あの馬鹿は本当に何でも魔剣として作るなと言いたい。


 一度説教だな。全力で説教してから……うん。あれはあれで可愛い部分があるから、そこまで厳しく叱ることはしないであげよう。

 意外と甘い声を出して甘えて来るからあれはあれで捨てがたい。

 ギャップで言うと一番は先生だけど、馬鹿キャラが甘えて来るのも捨てがたい。

 ふっ……僕もだいぶ甘くなったものだな。


「お姉さまっ!」

「はい」


 鉈を掴んだ悪魔がペガサスの亡骸の前へ。


「これを全部焼肉にするからその間にあれを祓っちゃって!」

「分かった」


 分かっちゃうんだ……流石ノイエだな。


 燃えそうな物を集めに向かう僕の目には、軽くステップを刻むノイエの姿がある。


 と言うか本当にユーリカの馬鹿とか大丈夫なんだろうな?




~あとがき~


 エウリンカの作品は実は結構存在しています。何故なら産地が眼の中なのでw

 問題は作っても気に入れば自分の髪の中に保管。それ以外はポイ捨てと…魔眼の中の魔剣率は大変高いはずなのですが、最近はサンタクロースな格好をしたゴーレムが回収しているとかいないとか。


 とうとうノイエが空腹を…急げ。主人公たち!




© 2023 甲斐八雲

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