だったら調べるしかないわね
神聖国・都の郊外
《何でこのタイミングで赤毛の魔女が出て来るのよっ! 聞いてないわよ全くっ!》
カサカサと地を這う家庭内害虫のような動きをし、それは全力で逃れた。
大丈夫。視線は全てあの2人に注がれている。自分のような小柄で個性の少ない存在を注視している者は居ない。
物陰に隠れ……自分の考えにちょっとだけ涙をする。
ちょっとぐらい泣きたくなる時もある。だって女の子だもん。
《あのペッタンコは精神的なダメージを受けて死んでたんじゃないの? 何で復活してるのよ?》
自問しても自答は無い。
返答役の可愛い弟子は自分の代わりに“自分”を狩っている。
あの弟子は無駄に優秀だからきっと聞き分けの無い“自分”たちを一網打尽にしていることだろう。
ただ何ごとも狩り尽くすのは宜しくない。指示通り2割程度は残して8割程度を狩ってくれれば問題無い。
狩った獲物は肉団子にでもして王……統括に献上だ。
〇×〇は無事に完結しただろうか?
何となく終わっていない気もする。つか自分が読んでからどれほど話が進んだのかも気になる。あとで馬鹿旦那に確認だ。流石にあれほどの有名漫画だ。読んで無くとも知っているはずだ。
《問題はあの魔女があれの秘密に気づいた時ね。まあ流石にどんな天才だってそう易々と気付くとは思わないけど》
あの赤毛の魔女は確かに天才だが、それはあくまで魔法に関してだ。オールマイティーに天才なわけではない。その証拠に戦術面や戦略面などは本で学んだ程度でしか知識は無いはずだ。その本とて過去のとある偉大な魔女が鼻くそをほじりながら書いた物がほとんどだ。
うん仕方ない。だってちょっと戦記物が書いてみたくなったのだから仕方がない。
銀河の~的なスペースオペラは無理だとしても、ちょっとそれっぽいものなら簡単に書けた。ただ書き終わってから数年してから『黒歴史』認定し、書いた戦記物は全て焚書した。残ったのは戦記で綴った戦略や戦術のみだ。
やはり自分好みの少年を得るために戦をし続ける王の物語とか……そんな時期もある。ある意味で周期だ。回り回って読み返したら羞恥の余り、地面の上を転げ回るほどのダメージを受けたのだから罰としては十分だろう。
《おっと脱線。危ない危ない》
自身の思考を正しそれは今一度自分の内を確認する。流石は弟子だ。サクサクと自分たちを狩っている。確かにチート武装を渡しておいたが、それにしても早い早い。
《ただ血塗られたローブに絶命の鎌は与えすぎたかな? ビジュアル的なあれだと小柄な死神が私たちを駆逐していく感じで……あれ? どうしてだろう? なんだかとっても腹立たしい》
決めた。あとで腹を出して昼寝して弟子に罰を与えよう。罰ではない。試練だ。
《私たちの退治が終われば弟子が戻って来るから……後は一度雷帝の対処を考えて》
「……」
「ん?」
ふと視線を感じて顔を上げる。そこには言葉を失った女の子が立っていた。
“名無し”と呼ばれている少女だ。落ち着いて考えれば名前が無いなら(仮)でも良いので名前を与えれば良い。なのに誰もこの少女に“名前”を与えようとはしない。
《あれ?》
言いようのない違和感に小柄な存在は首を傾げる。
よく思い出せないが、昔にもこんなことがあったような気がする。いつだったか……全く思い出せないが、間違いなくこんなことがあったはずだ。
「貴女の名前は?」
「……」
返事はない。ただの名無しの少女だ。
《まっ良いか。私が名前を付けたところであの馬鹿旦那が却下するのは目に見えているしね》
それならばあとの者に任せた方が良い。
何より進んで自ら面倒ごとを背負う必要はない。だって面倒なのだから。
と、黙し続ける少女が手を伸ばしてきた。あっさりと服の袖を掴まれる。
「あっと忘れてた。私は現在逃走中なのでここはひと先ず穏便に」
「……」
「そんな泣きそうな目で見ないで。ほら。私ってば貴女の保護者じゃないしね」
「……」
「あ~もう。だから泣きそうな顔で見つめられても……ところでどうして私の背後を見ているのかしら? 大丈夫。今のはフラグじゃないからっ! フラグなんてへし折るモノなのだから! だから私は屈しない! 何より相手が赤毛の、」
「小さい子見つけた」
「むりぃ~! 姉さまは無理ぃ~!」
相手が悪いだなんてものではない。むしろ天敵だ。魔女殺しの最強ユニットだ。逆転の方法が見つからない。
「だが諦めずにダッシュ!」
叫びそれは全力で走り出し、迷うことなく『姉』と呼んでいる相手から逃れようとする。
結論無理なことだ。
「……」
あっさりと掴まった小柄のメイドがジタバタと暴れているが、それを無視してビックリするほど美しい女性が暴れる存在を脇に抱えて歩いて行く。
それを少女はジッと見ていた。
薄っすらとその口元に笑みを浮かべて……。
「ただいま」
「あら? ホリー。お帰りなさい」
気づけば居なくなっていた人物が戻って来た。
基本魔眼の中に住まう者たちは自分勝手だ。縛られることを……物理的に縛られることを望む人種も居るが一般的な言葉で言う『縛られること』を望む者は数少ない。
自由という名の自分勝手を地で行く者たちばかりだ。
「で、状況は?」
「少しの間で色々と変化するのが旦那様たちの凄い所よ」
「それは諦めなの?」
「諦めたくもなるわ」
軽く息を吐いて魔眼の中枢へと戻って来たホリーは、妹の目に視線を向ける。
妹であるノイエが見る映像をそのまま見ることが出来る。それが魔眼の中枢だ。
そして今愛しい妹は、あの馬鹿魔女を宿した呼称“妹”を脇に抱えて歩いている。チラチラと抱えている妹を確認しているから間違いない。
何の確認かと思えば、暴れる馬鹿を落とさないように気を付けているだけだ。
「何となくなんだけど、ノイエの不満が聞こえてきそうな感じね」
「どんな不満?」
「持つ場所が少ないって」
「……私はまだある方だから良いけど」
言ってセシリーンは自分の足を枕にしているファナッテの胸を撫でる。
これなら確かに掴みやすそうだ。ただもう1人……リグは無理だ。掴みやすいのかと問えば答えは否だ。大きすぎて手に入りきらない。
「……」
「どうしたの歌姫?」
「何となく」
ペシペシとリグの胸を叩く歌姫に呆れつつ、ホリーは外の様子を見る。
少し休んで来たから……調子という面では本調子には程遠い。何より考えすぎて頭痛がする。
普通の人間なら睡眠をとることで一度思考を止めて脳を休ませることが出来るが、魔眼の中ではそれが通用しない。眠ろうとしなければ延々と起きていられる。ただ精神は消耗するのであまりお勧めはしない。しないがホリーは基本余り休まない。寝ている隙に何をされるか分からないし、下手をすれば寝首を掻かれる。それがこの魔眼という場所だ。
それでも限界を感じれば少しの休息は取るようにしている。そうしないと思考が鈍り過ぎてしまうからだ。
現に今も少し休んで来たが、ズキズキと頭痛が止まらない。
「で、あの雲はなに?」
モクモクと広がる分厚くてどう見ても良くない感じの黒い雲。
ノイエは気にしていないのか視界の隅にこっそりと映るぐらいで……ええい妹め。もう少し頭を振って良く見せてと告げたい。
「雷帝という魔法だそうよ」
「……で?」
「異なる場所から良くないものを召喚するとアイルは言っていたわ。そうよね?」
「たぶん」
壁に寄り掛かり目を閉じて座っている赤毛の魔女が返事を寄こす。
余りにも気配が消えていてホリーは声がするまで全く気付かなかった。
「生きてたのね」
「別に死んだわけじゃないわ」
中枢から運び出した時は精神的に死んでいたようにも見えたが、魔女は死んで無かったと主張するのでホリーはそれを受け入れた。
「それであの魔法は放置しておいても大丈夫なの?」
「大丈夫……ではないわね」
「対策は?」
「一応ノイエに伝えはしたけど」
告げて魔女は小さく息を吐く。
「何故か実行するのを渋っているのよ」
「ノイエが?」
「ええ」
少し以外だと思いつつ、ホリーは今一度視線を妹が見ている世界に向ける。
ノイエは基本姉たちの命令というか指示を聞く良い子だ。それが渋ると言うのは……何かしらの理由があるはずだ。
「だったら調べるしかないわね」
「お好きにどうぞ」
ヒラヒラとまだ鈍く痛みが走る手を振り、アイルローゼは投げやりに相手に対応を任せることにした。
あの魔法に関して自分がすべきことはもう無いと理解しての行動だ。
~あとがき~
入れ替わりでホリーが外に?
さあオールマイティーに天才なお姉ちゃんが外に出るぞ?
どうする刻印さん。気づかれたら詰むな…詰むか?
© 2023 甲斐八雲
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