本人が無理って言ってましたが?

《間違いない》


“それ”を確認した。


 間違いなかった。と同時に違和感を覚える。

 何故“それ”が生きているのかが不思議でならない。

 自分が知る限り“それ”は生きているはずが無い。生きていてはおかしいのだ。

 敗れし者が生き残るなどありえない。


“あれ”と戦い負けた者を逃すわけがない。


 相手の死が確実になるまで追いかけ続ける。

 そして自らの手で必ず殺す。それが“あれ”と化け物の本質だ。


“それ”は良く戦った。


 絶望的な力量差を知りながら“あれ”に挑んだのだ。

 彼女は良く戦った。だが善戦空しく負けたのだ。


“あれ”は決して越えることのできない存在だ。見上げても先の見えぬ断崖だったのだ。


 それに挑み負けて敗者となった存在が何故生きている?

 もう少しだけ様子を見る必要がある。それが自分の役目だからだ。


 何より相手は気づいていない。

 姿形が変わった自分には気づきもしない。

 今はそれで良い。気づかれた方が面倒だ。


《今は監視が必要ね》


 判断は後で下せば良い。

 厄災の魔女と呼ばれた自分が……




 神聖国・都の郊外



「大変申し訳ございませんでしたっ!」


 ピシッと音を立てそうなほど奇麗な土下座だ。大変に美しい。芸術点をあげたい。


「だが許さん」

「何故にっ!」


 驚くお前にこっちが驚くわ。


「では聞こう。何故許されると?」


 顔を上げウルウルとした瞳を向けて来る悪魔は……両手を自分の頬にあてた。


「ロリコンお兄さま。ポーラを好きにしても良いから許して」

「断じて否!」

「あざ~すっ!」


 召喚からの殴打。そして召還と……流れるような動作で馬鹿を黙らせた。


 最近はこのハリセンの方が仕事をしている気がするよ。痛い思いをして両腕に埋め込んだプレートの存在がちょっと空しいです。


「でもそれって某漫画のパクリよね? 著作権的なあれって大丈夫なの?」

「シャボン玉じゃありませんからっ!」

「そうでした~!」


 決してシャボン玉ではありません。しいて言えば光の玉ですから。


「オラに元気を?」

「邪悪な悪魔を消し去る一撃をオラに分けてくれ~!」

「三度目っ!」


 連続殴打で悪魔が黙った。ようやくの沈黙だ。


 そもそもあの格闘漫画の世界で最強の技って、占いを得意としているお婆さんの所に居る悪魔の技じゃないの? 悪い力を増幅させて爆発するって……宇宙最強のあれとかに放ったら一撃で倒せるんじゃない? 僕の思い込みかしら?


「初期の設定ブレブレの技なんてあと付けで使用不可とかになるのよ。学んでおけっ!」

「知るかボケっ!」


 四回目の殴打は無い。叩くのも飽きたしね。

 それよりもだ。そろそろ真面目な話をしようか?


「何よ?」

「あれってどうしたら終わるの?」

「……」


 放れて貰ったユリーさんから立ち昇る黒い霧は、全て都の方へと流れ分厚い雲を作っている。


『あれがスーパーセルと呼ばれる大竜巻の前兆か?』とか言って脱線して遊びたくなるほどの凄い雲だ。


「遊んでみる?」

「先生が凄い目で睨んでいるから遠慮する」


 事実先生がずっとこっちを……悪魔を睨みつけている。

 理由はあんなふざけた魔法を作ったことに対する怒りだろう。


「違う方にウチの弟子の処女を賭ける!」

「勝手に賭けるなそんな物」

「そんな物って酷くない? 女にとっては一度きりのあれなのよ!」

「ごめん。力説するな」


 本当に力説するな。男としては何も言えないネタだからな。


「で、先生はどうしてこっちを睨んでいるの?」

「……」


 話を振れども返事はない。

 ただプリプリと怒った感じで悪魔を睨んでいる。


 すると正座していた悪魔が立ち上がった。


「は~ん。どうせ私のこの溢れんばかりの才能に嫉妬でもしたんでしょう? そうよね~。所詮赤毛の魔女なんかじゃあんな魔法を作れないし~」

「……」


 増々先生が怒りだす。


 意外と煽り耐性が……あるわけないか。魔法に関し先生は、常に相手を煽る方だったはずだしね。


「発想が乏しいのが悪いのよ。もっとこう魔法は柔軟な発想で作らないと!」

「……」


 煽るな煽るな。


「貴女と比べてあっちの王女様の方がどれ程発想だけは豊かか。怖いぐらいに適当に魔法を作ろうとするから……ある程度の秩序は大切よね。うん。最近思うわ。いや本当に」


 自分の何かを見つめ直しでもしたのか、悪魔がうんうんと頷きだした。


「それはさて置き」

「いや置くなって」

「嫌よ!」


 全力でどこぞの馬鹿が否定する。


「だって認めたら次に言われる言葉が分るものっ!」

「なら丁度良い。あれをどうにか、」

「何も聞こえませ~ん」


 両耳を塞いで悪魔がその場に座り込んだ。


 聞こえているだろう? ただ手で耳を押さえたぐらいなんだから。


「手を貸せ馬鹿悪魔」

「嫌よ! 貸したくないわっ!」

「何故に?」

「私は常に悪役で居たいからよ!」

「……その心は?」


 分かっているが敢えて聞こう。


「そっちの方が楽しそうだからっ!」

「ですよねっ!」

「ハリセンは嫌~!」


 耳から頭へと手を動かし、悪魔は自分の頭を抱えた。


「もう何もかもが嫌よ! どうしてみんなして私を悪者扱いするの? ちょっと過去にやり過ぎたことぐらい皆あるでしょう? ほんの少し魔が差すとかあるでしょう? 私の行いだってそんな感じよ! そんな感じなの!」


 必死に弁論している馬鹿が居るが……もう少し泳がせるか?


「時代が悪かったのよ! 弱肉強食の時代だっただけよ! それだけよ!」


 そっか~。それは大変でしたね。


「でもあれって女子会で、その場のノリで作ったと?」


 冷静に指摘をしたら悪魔がビクッと震えてフリーズした。


「……気のせいよ、思い違いよ。酔った勢いでそんなことするわけないでしょ? アンタ馬鹿?」

「でもいつも通り馬鹿弟子をイジメて遊んでたんでしょ?」

「そんなのはいつものことよ! 全裸に剥いて魚体盛りとかデフォルトだったし!」

「で、ノリであんな魔法を作ったと?」

「作ったわよ! 何が悪いの!」


 最終的に開き直るなら最初から開き直れと言いたい。


「判定。有罪」

「ぎるてぃ~!」


 特大ハリセンを召喚し、悪魔の頭部を粉砕する勢いで叩いておいた。


「で、先生?」


 使い終わったハリセンを消して相手を見る。


「まだ何か怒る理由でも?」


 いつまでも黙って悪魔を睨んでいるなと言いたい。


「……たぶん生まれて初めて相手の才能に嫉妬しているだけよ」


 怒った表情を少し困った感じに変化させ、先生がため息交じりでそんなことを。


「大丈夫。先生だって知識があればきっとそこの馬鹿の上を行く魔法が作れますから」

「……だと良いんだけど」


 またため息を。ため息を吐きすぎると幸せが逃げるって言うのです。


「まあ良いわ。馬鹿弟子の言う通り今は負けを認めていればいいんだから。いずれ勝てばいいのよ」

「その通りです先生」

「……余り煽てられると気分が悪くなるものよ」


 どうしろと? 褒めても何をしても怒られるとか理不尽だ。


「先生に喜んで欲しいだけなのにな」

「その時は……何でもない」


 告げて先生はそっぽを向く。

 横小顔が若干赤いのは、先生ってば恥ずかしがり屋さんだからな。


「それで先生」

「分かっているわよ。あれの対処法でしょう?」


 流石先生です。これぞ打てば響くと言うやつでしょうか?


「これだけははっきり言っておくわ」


 何でしょう?


「私には無理よ」


 本当にはっきりと宣言されましたっ!


「何故にどうして先生?」

「無理な物は無理だからよ」

「頑張ってみようよマジで」

「無理だから」


 そう言わないで先生。


「ちょっと馬鹿弟子? 抱き着いて来て甘えても無理な物は無理なの」


 そう言わないで。


「だから……ちょっと何処を触っているのよ。そんなところに指を入れても無理な物は無理なんだからっ!」


 いやいや実は先生の面倒臭いが発動しているだけでしょう? ほれほれ。ここがええのか?


 正直に言えば焦らすことを止めてあげましょう。


「あふっ……だから、この馬鹿っ!」

「かかと~!」


 先生の踵が僕の脛を……蹴ってはならん。ブーツの踵で脛を蹴ってはならん。


「本当にこの馬鹿弟子は馬鹿なんだからっ!」


 蹲り脛を押さえる僕に先生は、乱れた衣服を正しながら厳しい視線を向けて来る。

 頬は上気してて何かエロく見えるのは秘密だけどね。


「最後まで聞きなさい。私には無理って言っているのよ」

「はい?」


 先生に無理なら無理ゲーでしょう?


 でも先生は自分の胸に手をやり、指先で軽く叩く。


「ノイエになら可能よ」

「本人が無理って言ってましたが?」

「……」


 沈黙するなよアイルローゼさん?


 こっちを見ろ。口を閉じるな。ちょっとあっちに連れ込んで発声練習させるぞコラっ!




~あとがき~


 あれ~? あれれ~? 厄災の魔女って刻印さんじゃないの~? あれ~?


 先生でもあの雲をどうにか出来ません。ですがノイエなら…本人は無理と言ってましたが。


 で、何か忘れてません?




© 2023 甲斐八雲

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