僕の怒りも大爆発だよ!

 神聖国・都の郊外



 流石です。きっと私はアルグスタ様に一生勝てない気がします。

 到着するまでに色々と遊び倒すとは本当にビックリです。見てて飽きれます。


 アーブさんが全力で……最初に比べて速度がガクンと遅くなった原因は私が重かったとかじゃないですよね? ずっと走ってて疲れただけですよね? そうですよね?


 若干彼が私から視線を逸らしていたのが気になります。それ以上にノイエ様がアーブさんを見てあわあわと口を動かし顔を真っ赤にしたのが新鮮でした。


 ここに来るまでに何度か見せた人間味を感じるノイエ様になっているようです。

 普段からそうしている方が私としては良いと思います。何よりお奇麗ですし、胸も大きいですし、肌も白いですし、長い髪はツヤツヤでキラキラで……やはり感情ぐらい死んでいた方が良いのかもしれないですね。これ以上完璧ですと世の女性たちが全員絶望を抱いてしまう気がします。


 ポーラ様はお尻を押さえて地面の上を転がり回り、あちらではノイエ様にも負けないお奇麗な女性が周りの目を気にせず全力で泣いています。


 えっと……もう何がどうしたのでしょうか?


「いつも通りじゃない?」


 アルグスタ様に問うてみれば彼からの返事は……まあ確かにいつも通りとも言えなくは無いですが。

 何が凄いって私たちが彼らを発見し駆け付けるまでの間で色々とあったのは見ていましたよ?


 ところでアルグスタ様。その肩に乗っている大きな男性の……アーブさんのあれのように見えるそれは何でしょうか? えっ? 伝説のあれ? 神聖国の恥部?


 肩の上でその恥部が全力で否定するかのようにうねうねと動いていますが……ユリー。ちゃんと少女の目は塞いでいますね? とにかく幼い子には見せてはいけない動きをしている気がするので絶対に見せないでくださいね。


「まあこの恥部の説明は後でするとして、そこのユリーさんに質問があるんだけど?」

「何でしょうか?」


 アルグスタ様? 私の頭の上でおニクさんが不満げに『ペットは自分だ』と言いたげに片腕を突き上げていますが? 無視するのですね。そうですね。


「その雷帝って凄く危ない魔法らしいんだけど何か知ってる?」

「いいえ。全然」

「そっか。知らずに使ったんだ」

「はい」


 うんうんと頷いた彼はこちらに来るとアーブさんに声をかけて私を地面へと降ろします。

 まだ足がフラフラとしますがどうにか立てていますね。私の背後は見てはいけません。アーブさんが私の腰に手をかけて支えているように見えるのは気のせいですから。


「はい。これ」

「はい?」


 アルグスタ様が手渡して来たのは彼が時折振るっていた『ハリセン』と呼ばれる道具でした。


 これって素材は紙だったのですね。


「これは?」

「とりあえず一発どうぞ」

「はあ……」


 何故か彼がやれと言うのと、ユリーが私の前に来て頭を下げるので……軽く振りかぶって振り下ろしてみました。


 えっと……これは一体?




 合流して来た変態女王たちは良いとして、無意識で凶悪な魔法を発動したと言うユリーさんに対しては、その主人から罰を与えて貰ったので良しとしよう。

 僕がしなかったのは女性に対して暴力は振るわないと言う誓いがあるからだ。


「私は? ポーラの後ろポーラは?」

「お前に性別は無い!」

「酷いっ!」


 涙目でまだ地面の上で蹲っている悪魔が吠えまくる。


 つか『後ろポーラ』って何だ? それだと『前ポーラ』も存在するのか?


 存在していると言えば存在しているな。認めたら色々と負けてしまいそうだから認めんがな。


「それで先生?」

「何あれ? あんな大きいのは……でも馬鹿弟子のとあまり変わらないような……」


 こちらもまた蹲り地面に何やら指で描いている先生が居た。


「先生?」

「はっ!」


 強めの声をかけると彼女は顔を上げ、わたわたと足で地面に描いていた何かを消した。


 一瞬計算式にも見えたけど何の計算をしているのか聞くのが怖いからスルーだな。ノイエの姉たちとの付き合いをしていくうえで必要なスキルがきっとスルースキルだ。


 こっちを気にせず少し離れた場所で地面の上に寝っ転がって燃え尽きている筋肉と枯れた爺もある意味でスルースキルが高そうに見える。


「な、何よ?」


 おっと先生に声をかけておいたのに無視すると拗ねるからな。


「あの魔法って強制的に止めたら大爆発するって本当だと思う?」

「「!?」」


 僕の声に変態たちが一斉にユリーさんを見てジリジリと距離を取る。


 君たちのその思い切りのいい姿勢は決して嫌いではないよ。それよりユリーさんに捕まっているあの女の子を助けてやれ。逃げたいのに掴まれて逃げられずジタバタと暴れているじゃないか。


 仕方がないので後ろポーラを両手で押さえて蹲っている悪魔を捕まえユリーさんの元へ連れて行く。こっちを渡すのでそっちを下さい。あっさりとトレードが成立したので名無しの少女を連れてユリーさんから離れる。


 良し良し怖かったね。もう大丈夫だからね。


 少女の頭を撫でてやると僕の腰に抱き着いて来た。何故か懐かれてしまったので腰に装備したままで今一度ノイエの姿で考え込んでいる先生に目を向ける。


 真面目な表情で顎に手をやり悩んでいるノイエの姿……はぁ。何て美しいのだろう。これだけでご飯を何杯も食べられるな。


「かなり厄介な魔法であるのは間違いないのだけれど……止めても大爆発はしないと思うわ?」

「お~い悪魔?」

「するから! 本当にするからっ! それよりちょっとこの人怖いんだけど? ハァハァ言いながら私のお尻を摩ろうとするんだけど? 大丈夫だから! 本当に大丈夫だから!」


 ジタバタと暴れる悪魔をスルーして今一度先生を見る。先生の見立てが間違っていた? それか悪魔が嘘を言っている?


 うん。間違いない。後者だな。


「嘘を吐くなよ悪魔」

「迷うことなく私の言葉を否定から入るのは差別の領域だと思うわよ!」


 違う。


「差別ではありません。区別です」


 これは大切です。アルグスタさんは差別を許しません。区別はしますがね。


「それを屁理屈というのよっ!」

「大丈夫。屁理屈だって立派な理屈だ。気にするな」

「するわよ! ってスカートを捲ろうとするな~!」


 ハァハァしているユリーさんと悪魔が仲良しだ。仲良しは良いことだ。


 迷うこともなく悪魔を見捨てて先生に目を向けると、彼女は首を傾げていた。

 その目はジッとユリーさんを見ているが……あれ? もしかして?


「先生」

「何よ?」

「もしかして見る場所が違うとか?」

「……」


 僕の声に彼女は一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべたが、軽く瞼を開いてその視線を巡らせる。

 点から面を見る感じでユリーさんの周りに目を向け、観察する範囲を広げていく。


「……正気なの?」


 しばらく視線を巡らせた先生からの呟きがそれだった。

 若干顔色を悪くした先生が重たいため息を吐きだす。


「あの魔女は馬鹿よ」

「知ってる」


 よくよく知っています。あれは本物の馬鹿だと言うことぐらい。


「解説お願いしても良い?」

「……」


 無言で僕に抱き着いている少女を回収した先生が彼女の頭を撫で始めた。

 その子はぬいぐるみの類では無いのですが……睨まないでください。やるなとは言っていません。ただ相手の意見は、うん。抱き着いて甘えて居るから大丈夫でしょう。


「落ち着いた?」

「少しはね」


 まだ少女を抱き付かせ先生が体を起こし軽く胸を張る。

 ただ一瞬怪訝そうな……先生。ノイエの胸に疑問を抱いてはいけない。鎧が小さいだけですから。


「あの魔法の根底は召喚魔法なのよ」


 解説を始めた先生の声に、ジタバタと暴れていた悪魔が逃げ出そうとする素振りを見せるので……ユリーさん。ガッツリその馬鹿を捕まえててください。


「不快な存在を召喚……と言うよりこちらに呼び込むような感じかしらね」


 ふむふむ。それで?


「高い所から低い所へ水を流す感じよ。あの魔法を途中で止めると言うのは流れる水を無理矢理止める行為なの」

「ほほう」


 ハリセン召喚。


「つまりあの魔法を止めると言うことはその良からぬ何かの流れを止めると言うこと。それがきっと溢れると言うか、堰を切って流れ込んで来る形になると言うことよ」


 ズカズカ歩いて悪魔の前に立つ。


「悪意の大爆発ね。確かに爆発するわ」


 納得だ。


「僕の怒りも大爆発だよ!」

「いつもありがとうござい、みぎゃ~!」


 全力で振り下ろしたハリセンが悪魔の頭部をハードヒットした。




~あとがき~


 爆発します。それも悪意の大爆発です。

 つまりこの魔法は発動したら…刻印さん? 何て魔法を?


 あれ? 何かを忘れているような?




© 2023 甲斐八雲

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