ノイエの胸が大変だ

 神聖国・都の郊外



 裏切りではありません。本当です。ただ色々と……筋肉痛って普通翌日以降に出るものではないんですか? 何故か両腕と両足が痙攣してしまってもう立てないだけです。


 さっき私が無様に前のめりで倒れる姿を見ていましたよね? 全員して視線を逸らしてくれたことには感謝します。ですがコソコソと会話するのはいただけません。何か言いたいことがあるのでしたらはっきりと私に言って欲しいものです。


 私は今度から開かれた国の運営を考えています。だから私への不満があれば直接言っていただければ……ごめんなさい。書く物と紙を探さないでください。貴女のことをユリーに預けているのは致し方の無いこと。


 本来であれば私が抱えて逃げたいところですが、あっアーブさん。ユリーさんとの距離はちゃんと目算してくださいね。近すぎず、遠すぎない程度に遠すぎずです。


 はい? つまりどっちかですか?


 簡単です。近く無く遠く感じない程度でってことです。

 自然な感じで距離を、そんな感じです。流石です。ところで私は重くないですよね?


『はい』って返事だけですと物凄く不安になります。そんな時は『羽毛のように軽いです』と付け加えるのが大切なのです。


 はい? 私の前で嘘は吐けないと?


 そうですね。その心意気は大切です。ですがこうも言えます。女王への配慮って大切ですよね? 配慮です。配慮は嘘では無くて配慮なので多少あれ~なことが混ざっていても問題にはなりません。というか私が問題にしませんので安心してください。多少事実と異なったとしてもそれはあくまで配慮の領域です。配慮こそ全てです。配慮大切です。理解しましたね?


 何ですか? 私の顔が近い? それは仕方かありません。今の私は貴方に抱えられて運ばれているのです。俗にいうお姫様抱っこです。女性の夢です。私が叶えたかった何かが叶った瞬間です。


 背中と足を支えられているだけで多少座り心地と言うか……時折お尻に触れる硬い台は何でしょうか? 正直そこに腰を据えた方が楽な気がするのですが? 絶対にダメ? それはどうして? はい? 仕える者としての恥なので聞かないで欲しい?


 分かりました。大丈夫です。何となく察したので……今の私はとても穏やかな心ですから。


 それよりもアーブさん。ユリーとの距離が近いです。余り離れるとユリーが抱えている少女が泣き出しそうな顔をする? 現状泣いていませんか?


 ずっとユリーが頬ずりして……涙目というよりも完全に感情を失ったような目をしていますね。ノイエ様にも匹敵するほどの無感情に見えます。


 だから決して私は貴女のことを裏切ったのではありません。何度も心の中で言っていますが、両腕と両足が死んでいるのです。

 はい動きません。今の私はゴルベルにも負けないほどの荷物です。


 ですがムッスンの逃げ足の速さは何なのでしょうか? また私たちを見捨てて逃げていますよね? あの条件反射というか、迷うことなく全力で逃げるあの姿勢は尊敬に値します。


 さあ私の騎士よ。アーブさん。

 私たちもユリーから……ではなくて拡大するあの雲から逃れるのです。


「ユリー殿に停止を命じてその間に逃れれば良いのでは?」

「……」


 これがあれですね。古くから伝わる目から鱗と言うものでしょうか? 何かがポロポロと落ちる感じがしました。

 ですがそれはダメです。思っても気づいても口にしてはいけない言葉なのです。


「何故でしょうか?」

「私に部下を見捨てる女王になれというのですか? それをすれば部下はついて来ませんよ」

「はい。女王陛下」


 分かってくれれば良いんです。


 まあ私たちの前方では女王を見捨てて走っている部下がいますけどね。あはは。


 ですが、


「私だって少しぐらいはアルグスタ様を見習うべきだと思うのです」

「彼をですか?」

「ええ」


 多少色々と普通の人とは違って狂っている部分もありますが、あの人はきっと部下を見捨てていの一番に逃げたりはしません。


 だって彼は、


「何だかんだで優しい人ですから」


 だからアーブさん。急いで逃げるのです。

 きっとあの人たちなら私たちを助けてくれるはずです。


「だって優しい人ですからね」


 お願いします。アルグスタ様。




「むみょぉ~!」

「おーおー。良い声で鳴くな?」

「むひょぉ~!」


 パロからのロメロ・スペシャルだ。プロレスの技だ。日本名だと吊り天井固めだ。


 ノイエがすると手足が動かないので素晴らしく見やすい。完璧だ。


「死ぬ死ぬ死んじゃうから~!」


 完璧に両腕と両足を固められている悪魔が激しく頭を振っている。


 頑張れ悪魔。ノイエがちょっと関節技に目覚めただけだ。というかマニカという悪魔がノイエに色々と耳打ちをして……あの問題児はこちらを眺めてご満悦だ。

 幼子が泣き叫んでいる様子を眺めて悦に浸るのは人としてどうかとも思うけどな。


「お兄さまっ! 色々と全力でお詫びするからお姉さまを止めて……何を耳打ちしているのかな?」


 何って決まっているだろう? ノイエが次の技を教えて欲しそうな様子でこっちを見ているんだ。そうしたら新しい技を教えるのが僕の使命なのだ。これはもう宿命なのだよ!


「だからってんな幼い妹が痛々しい姿を晒していることに胸が痛くなったりしないのかしら!」

「うむ」


 手を伸ばし胸を触って確認する。


「……お兄さま? 何故に私の胸を?」

「妹の胸を触ったら余りの小ささを再確認して胸が張り裂けそうになりましたっ!」

「妹の胸が余りの言葉で張り裂けそうよっ!」


 ただ現実を再確認させてやっただけであろう?


「そっか。現在吊り天井しているから胸がパンパンに張られて小さく感じるんだね。納得」

「もともと小さいわよ~!」


 全力で自滅しているのは君の方でないでしょうか?


 というか、涙を流してそこまで悲しむのなら最初から自分で言い出すなっって。


「……」


 何故かノイエが黙って吊っていた悪魔を地面に戻して立ち上がった。


「アルグ様」

「はい」


 鎧を脱いでノイエが全力で胸を張る。


 着ている上着が上半身に密着してノイエの胸とブラの形がはっきりと浮かび上がった。


「胸を張っても消えない」

「お姉さまぁ~!」


 膝から崩れ落ちて悪魔が……ってお前本当に悪魔か?


 あの悪魔がここまで胸のことで嘆き悲しむとは思えない。


「もしかしてポーラか?」

「……うふふ。あはは……」


 壊れた。ウチの妹が壊れてしまった。


「あっ」


 そして胸を張り過ぎていたノイエが上着のボタンを弾き飛ばす。


 うん。胸の圧では無くて上着の方が純粋に限界を迎えた感じだ。そうしておこう。

 これ以上はポーラの何かが崩壊してしまう。


 あ~ポーラさん。ノイエさんのボタンを戻していただけますか? 貴女はユニバンスのメイドですよね? あのメイド道を極めんとするユニバンスメイドの1人ですよね?


 さあ心的ダメージを乗り越えてノイエのボタンを元に戻すのだ。


「あはははは……」


 怪しげな笑みを浮かべつつも、ポーラは針と糸を手にノイエから上着をはぎ取ってボタンを付けだす。上半身裸というかブラのみ姿で棒立ちするノイエも流石だ。


「あれ?」

「はい」

「ん~」


 これは難しいな。特に男の俺としては判断に悩む。だが前々からその兆候はあったはずだ。


「おい。マニカ」

「……」


 コノヤロー。無視とは良い度胸しているな? 本気でハリセンで殴り飛ばしてやろうか?


「ノイエの胸が大変だ」

「どこが?」


 全力で走って来て僕と合流する。


 というかノイエの胸に反応するお前も大概だと思うぞ?


「可愛い妹の確認よ。ふざけたことを言ったら殺すわよ?」

「あん?」


 殺伐とした視線を向け合うと、ノイエが僕らの中を割って仲裁をする。


 止めてくれるなノイエさん。


「アルグ様。私の胸が何?」

「……」


 ここは我慢だ。我慢だぞ。


「ノイエの胸はやっぱり大きくなったのか、ブラがあってなくない?」

「ちょっと触れるわね」

「はい」


 僕の声にマニカが反応してノイエの胸を揉む。


 我慢だ。我慢だぞ。


「これは……ブラのサイズが合っていないわね」

「いぃゃぁ~!」


 マニカの声にポーラが絶叫した。


 うん。今のはトドメだったかな?




~あとがき~


 ノイエの胸が育っています。

 アルグスタが来てから運動量と食事の量も増えたので成長したっぽいです。

 そう言うことにしておきましょうw


 ぼちぼち変態たちと合流するので…うん。年内には確実に神聖国編が終われるな。

 もっと早くに終わっている予定だったのに




© 2023 甲斐八雲

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