お姉ちゃんの本気を見せてあげなさい

 神聖国・都の郊外



「酷い目に遭った」


 悪魔が咥えていた卑猥を手に戻って来た。

 僕らとしては衝撃映像を見せられた気分だけどね。ポーラ相手にあれは出来ないな。何かもう色々と法令違反な空気を感じるしな。


「大丈夫よ。舐めるだけなら罪にはならないわ」

「なるわボケっ!」

「ふむ。ならお兄さまが気づいていないなら罪にならないわ」

「だから第三者が見てたら罪になろう?」

「あん? この姉さまがそんな些細なことを気にするとでも?」

「……」


 あれ? どうしてだろう? 自分のお嫁さんなのに全く反論できないぞ?


「何故だっ!」

「お前が坊やだからさ……」


 そうだったのか。

 膝から崩れ落ちそうになってふと何かの違和感が? 何だろうこの違和感は?


「ときに娘の夫よ」

「誰がお前の娘の夫かと!」


 僕はお前の様な卑猥の存在の娘を娶った記憶など無い! お前の娘ってどんな姿よ? 蛇か? それとも半分蛇か? 上半身が人で下半身が蛇の化け物が居たような?


「居たよね悪魔?」

「合点!」


 サラサラと悪魔が地面に絵を描く。上半身が蛇で下半身が人の……


「新種の嫌がらせに全身に鳥肌がっ!」

「描いたお前がそれを言うかっ!」


 先に不満を口にした悪魔が自分の両腕を摩る。

 地面に描かれた新種のモンスターは仲良く踏み消しておいた。


「ちなみにお兄さまが言っていた存在はラミアね。でもあれってセンザンコウのような皮膚に覆われた女性の顔をした下半身は四肢の獣って言う絵も残っているのよね~」


 流石オタクだ。無駄な知識は抜群だな。


「褒めないでよ」


 褒めてはいないがそれで良いなら僕も構わん。


「つまりそれか?」

「……お前たちは言葉の腰を折らんと気が済まない呪いでも掛けられているのか?」


 そんな呪いは掛けられた記憶はない。うん。無いな。


「お前の嫁のことだ」

「ならせめて『ノイエの夫』と言ってくれ」

「人の名は覚えにくい」

「激しく同意」


 何故か悪魔が全力で……いや待て。お前の場合は推しキャラならばどんな長い名前でも一発で覚えるだろう?


「当り前じゃないのよ!」

「その逆ギレがむしろ清々しいわっ!」


 ハリセンを振りかぶろうとしたが悪魔の頭上には卑猥が乗っている。それごと殴るのは……何か出たら嫌なので我慢してやろう。感謝するが良い。


「話を続けても良いだろうか?」

「うむ。許可する」


 呆れた感じで悪魔の頭に乗る卑猥がムクッと体を起こした。


 その動きは止めろ卑猥。本当に卑猥な何かにしか見えないからな。


「我のことはどうでも良い。時に何故向こうからあのような不穏な気配がするのかを聞きたい」

「不穏とは?」


 慌てて悪魔が卑猥を黙らせようとしたが、僕のノイエへのアイコンタクトが勝った。彼女は瞬間移動で悪魔の手が伸びる前に卑猥を回収しクルクルとアホ毛を巻いて頭上に避難させた。


 あ~。何だろう。あれだあれ。チョウチンアンコウの疑似餌にも似た感じになったな。


「あれは確か雷帝ではないのか?」

「……」


 疑似餌の言葉に逃走を計ろうとした悪魔をノイエが確保した。


 お嫁さんの脇に抱えられた悪魔はまるで捕まった猫のようだ。ジタバタと暴れる彼女の尻をこっちに向けるようにノイエに心の中でお願いすると、クルっと反転してくれる。


「あくりょ~」


 ハリセンを取り出し全力で振りかぶった。


「たいさ~んっ!」

「はぅ~!」


 フルスイングのハリセンが悪魔の尻を捕らえた。

 完璧だ。思わず酔いしれてしまいそうになるほどの一撃であった。


「アルグ様」

「ほい?」


 何故かお嫁さんが空いている手を後ろに回し、軽くスカートを捲ってお尻を突き立てて来る。


 あの~ノイエさん? これは新しい遊びじゃなくてですね?


「仲間外れは嫌」

「……」


 目を閉じ一度深呼吸をして……僕は覚悟を決めてノイエのお尻にハリセンを振り下ろした。




「ひひゃいはら」

「ん~? 分からんな~?」

「いらひはらっ!」


 マジ泣きしている悪魔の言葉などには耳を貸さん。

 問い訳でこのもちもちほっぺをぐい~っと。


「ひらひ」


 うむ。虐めてばかりも悪いのでノイエさん。


「はい」


 ちょっとそこの馬鹿の靴を脱がして……靴下もね。


「兄さまっ! それだけはっ!」

「知らんな~」


 素足の悪魔がノイエが持つ羽根を見てマジで震えだす。


 ペガサスの羽根だ。何かに使えるかと思って持って来たが、こんな場所で素晴らしい拷問道具にクラスチェンジだ。


 椅子に縛られ逃れられない悪魔だが、それでも必死に足をばたつかせて……ノイエのパワーに勝てるわけないよな。


「お姉ちゃんの本気を見せてあげなさい」

「はい」

「らめ~! 姉さまの本気は、」

「逝きます」

「本気で逝っちゃうから~! にゃはははははははは~」


 容赦なくノイエの手が動き白いペガサスの羽根が恐ろしく俊敏に動いて悪魔の足をくすぐって行く。足の裏から指の間まで本当に情けと容赦がない。


 全身を痙攣させている悪魔は放置するとして、とりあえず卑猥よ。


「何であるか?」

「あの雷帝とか言う存在について聞こうか?」

「うむ」


 尊大に頷き語りだした悪魔の言葉を借りるに、あれは雷帝という魔法のようなモノらしい。

 厳密に言えば魔法なのだが、簡単に言うと召喚魔法に属するのだとか。


「召喚魔法なの?」

「うむ」


 そしてあれは普段こことは違う場所……天界に居るのだとか。


「つまり神様?」

「違う」

「どういう事?」


 天界に住んでいる存在は神様だけでは無いらしい。


 当たり前だが神様が全てのことをする訳ないので下々の存在……大天使が居る。で、大天使だけでは仕事を回しきれないので天使長が居る。その下に天使が居てとピラミット構造なのだとか。

 ただこの天使たちも各種様々な個性と能力があるので誰もが勤勉ではない。必ず堕落する者が生じるのだ。


「堕落し天界より放逐された存在が悪魔と呼ばれる」

「何か聞いたことがある~」


 悪魔の中の悪魔、魔王サタンは落ちた天使長なんだっけ? 大天使だっけ?


「我に言わして貰えば楽しいヤツではあったがな」

「知り合いだったんだ」


 つまり卑猥仲間だったのか? 快楽ほど人を堕落させる存在は無いって言うしな。


「ただ天使が堕ちるまでに色々と……何と言葉にすれば良いのか分からんが、残滓というか垢というのかフケというのか分からんが、そういった物を天界に残すのだ」

「汚れって解釈で良いの?」

「うむ……その解釈で良いであろう」


 つまり天界を汚して天使たちは天界を追放されるのね。


「その残滓が集まり形を成すことがある」

「はい?」

「人で言う病気のような物だ」

「あ~」


 コンピーターウイルス的な解釈で良いのかな?


「病魔のような存在が下界へと流れ落ち人に乗り移ることがある」

「ふむふむ」

「有名な悪があれに見える“雷帝”だ」

「何故に雷帝?」

「我も良くは知らん。雷を好んだ天使から生まれたということから名乗ったのか、誰かがその特性からそう名付けたのか……確認のしようがない」


 ですか。


「あれは時折生じては下界に落ちて人を惑わせる」

「具体的に言うと?」

「うむ。世の暴君と呼ばれた王の大半はあれが寄生したことが原因であろうな」

「なるほど~」


 そんなことが。


「つまり卑猥はあれを見たことがあると?」

「見たことは無いが残滓に触れたことはある」

「何とも無かったの?」

「うむ。こう見えて我の神格は物凄いからな。ちょっと男女の人間にリンゴを食べるように申し出たぐらいか?」

「おひ」


 それってば聖書とかに載っているあれですか?


「気にするな。終始乳繰り合っていた2人だ。正直見ていて腹立つことこの上なかったしな」


 結果としてエデンの園を追放された……あれ?


「卑猥って無駄に長生き系?」

「無駄ではない。その時代時代で我は我が最良だと思うことをだな」

「それを傍迷惑と人は言うっ!」


 とりあえずハリセンで一発殴っておいたが、ノイエのアホ毛に縛られている卑猥は、グルっと一周して来て元の位置に。


「お主はこの神の領域に届く存在である我を殴るというのか?」

「だからむしろ殴ったとも言う」

「な、に?」


 理解できまい?


「僕ってば神様って存在……ぶっちゃけ嫌いなのよね」


 言ってなかったっけ?




~あとがき~


 世の中が連休だととしても出勤しないとアカンタイプの仕事をしている作者なので、逆に執筆が間に合わなくなる場合があります。つまり昨日落とした理由がそれです。申し訳ないです。


 ヘビさんの語りの途中で終わってしまった。

 雷帝の正体が次回ようやく明かされます。


 ですが次回も中2日休みの予定です。

 仕事が忙しいのと、疲労からか体調も良くないので…連休が来たら少し書き溜めますね




© 2023 甲斐八雲

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