腐らせるのはお前の脳内だけにしとけやっ!

 神聖国・都の郊外



「お主の嫁は加減と言うものを知らんのか?」

「「加減?」」

「何故夫婦そろって首を傾げる!」


 救出したヘビが激おこだ。プンプンだ。

 ただ所詮キノコだ。そのシルエットは男性器だ。国や場所によっては全身モザイク処理が必要だ。


「ただ卑猥よ。ウチのノイエに可愛がられるのは名誉なことだぞ?」

「……」


 なんだその疑うような目は? そもそもお前の目は何処だ?


「ウチのノイエは興味を持たなければそもそも相手にもしない! それなのに殺されそうになるまで締め付けられるのは栄誉だと思え!」

「何処が栄誉かっ!」

「酷い」


 この卑猥はノイエの行為を受け入れないと言うのか?


「男であれば愛しい人に殺されて終わるのも一興だと思うだろう?」

「思わん。断じて否だ!」

「良し分かった。この卑猥め……戦争だっ!」


 かくして人間と獣は相いれることが出来ずに戦いになるのだ!


 この卑猥め! お前なんてこうしてこうしてこうして……どうしてジッと見つめているんですかノイエさん? そしてそっちの悪魔も見学モードなのか聞いても良いか?


「あっ……お気になさらずどうぞどうぞ」

「気になるから」

「大丈夫。撮影と編集は任せて」

「何か捏造しようとしているだろう!」

「失礼な。脳内でそんな変換をしているのは姉さまだけよ」

「ノイエはそんなことをする子じゃない!」


 ウチの嫁をお前は何だと、


「アルグ様。続けて」

「……」


 それはこの卑猥との決着を付けろと言うことだよね? もし僕の知らない間にノイエの脳内が腐っていたら泣くよ? 結構本気で、そして全力で泣くよ?


「腐ってない」


 ですよね~。


「臭ってない」


 そう言う意味じゃないんですよ~。


「ならどんな意味?」


 それは大変に難しい……おいコラ悪魔。その手に持っている水晶球は何だ? それを使って何を企んでいる?


「姉さまにも素晴らしい腐敗の世界をっ!」

「腐らせるのはお前の脳内だけにしとけやっ!」

「酷いっ!」


 ハリセンを召喚したら悪魔が尻尾を巻いて逃げ出した。

 何て逃げ足だけは速い。だが僕には卑猥ミサイルがある。


「飛んでけ~!」

「投げるな~!」


 完璧なフォームから繰り出した卑猥ミサイルが悪魔の顔面に直撃だ。


 と言うか咥えるな。一瞬で衝撃映像が衝撃すぎる映像に変化したわ!


「でもアルグ様」


 何さ?


「きっとアイお姉ちゃんも好き」

「……」

「アイお姉ちゃんも好き」


 先生は腐っていないと信じたい。




「お帰りアイル。で、唐突に崩れ落ちてどうしたの?」

「……」


 分かっている。セシリーンは分かっている。


 丁度今外から伝わって来た妹の言葉を聞き、腰から崩れ落ちる魔女の音を聞いていたからだ。


「アイルローゼって男性同士のあれが好きなの?」

「違うからっ!」


 顔を真っ赤にして体を起こした魔女が吠える。


 そんな趣味は無い。無いったらない。


「アイルはむしろ同性同士の方が好きそう」

「リグっ!」


 歌姫の足を枕にしている医者がそんなことを言い出した。


「……経験則から語っただけ」

「この肉塊がっ!」


 暴言を吐くほどに動揺している相手の様子に、やれやれと肩を竦めて首を振ったリグは枕に頭を置く。

 枕扱いとなっているセシリーンは何も気にしない。もう1人のファナッテなどは爆睡している。


 魔眼の中枢でひとしきり怒り狂ったアイルローゼは大きく深呼吸して中へと入って来た。

 彼女は素早く状況を確認する。

 現在の魔眼の中枢は定位置に歌姫、あとは巨乳と超乳の2人だ。


「猫は?」

「リグが回収を忘れたと言っていたけど?」

「リグ?」

「猫は気まぐれだからそのうち帰って来る」


 そう言われると反論するのが難しい。


 そもそも魔眼ここに居る者たちは、一か所で落ち着くことを得意としている者の方が圧倒的に少ない。待機と命じられている最中にフラフラとどこかに行ってしまう者たちばかりだ。

 基本団体行動が難しいのだ。


 歌姫のような歩き回れないと言う理由でも無ければ一か所に留まることはほぼ無い。

 現在そんな歌姫を枕にするために留まっている者も居るが、それが特殊な例だ。ファナッテなど完全に弛緩しきって全身を歌姫に預けているが、それこそ特殊な例なのだ。


《あれが母性のかしらね……》


 リグとファナッテの2人から枕とされているのに文句も言わず、むしろ慈しむようにファナッテの頭を撫でているセシリーンなどは本当に母性の塊だろう。

 自分より数歳年上なのを疑ってしまうレベルで慈愛に満ち溢れている。


《つまり私はまだ若々しいってことね》


「言いようのないイラっとする気配をアイルから感じたのだけれど?」

「私はまだ家庭で落ち着く女になっていないと再確認しただけよ」

「つまり自分が小娘だと気付いたの?」

「……」


 そう来たかと思いながら、魔女は魔眼の中枢の確認を終える。


 自分が確認した限り後は誰も居ない。姿を隠している様子もない。出来たら怪しい部分に魔法を飛ばして暴力的に確認したいが、そこまでするほど怪しい気配はない。


「魔女は来なかった?」

「私の前に」

「粗野で下品な方よ」

「アイルも大概だと思うけど?」

「……」


『自分の何処が?』と聞きたくなるのを魔女は我慢した。

 分かっている。目の前に居る歌姫は何故か自分を揶揄うことが好きなのだ。


「私を揶揄って面白い?」

「ええ。とっても」


 満面の笑みでそう言い返された。


「趣味の悪い歌姫ね」


 悪態を吐いてアイルローゼは壁を背に座り込む。


「そうかしら? 私としては最高の遊びだと思うわよ?」

「どこが?」

「だって世界最高の魔女を揶揄えるのよ? 何よりその魔女は意外と子供っぽい部分をひた隠しにして大人の女性を演じている……こんな逸材を揶揄えるだなんて最高だと思うの」

「……貴女って本当に太い神経をしているのね」

「ええ。でもそれぐらいの神経が無いと私も歌だけで生きて来られなかったわ」

「そうね」


 今はそうでも無いが過去のユニバンス王国と世界的な認識が蔓延していた。


 男尊女卑だ。


 その呪いのような何かが女性たちを苦しめていた。


「ある意味でここは暮らしやすいけど」

「少ない男性を深部の奥に追いやった魔女がそれを言うの?」

「居ても気にしないわ。まあ手を出そうとするなら融かすけど」

「あらあら。それなら外の彼にもそれを伝えないと」

「あれは……何でもないわよっ!」


 顔を真っ赤にしアイルローゼは起こした両膝に自分の顔を埋めた。

 特別な異性と言う存在が恥ずかしくて仕方が無いのだ。


「ねえ魔女」

「何よ」


 さわさわとリグの頭を撫でる歌姫がその閉じた目を向けてくる。


 全体的に微笑んで見えるのは彼女の特徴だ。優し気や柔らかそうに見えるその表情は見ていてホッとする。故に彼女は誰からも好かれるのだろう。


「私たちってあとどれぐらい生きられるのかしら?」

「少なくともノイエが死ぬまでは生きられるわ」

「そうね」


 それは間違いない。自分たちは妹の魔眼に住まう寄生虫のような物だ。

 宿主が生きてる限りは生き続けられる。


「ならノイエが死ねば?」

「一蓮托生でしょうね」

「そうね」


 不安げに歌姫は自分のお腹を撫でる。

 そこには最愛の人との行為で宿った大切な存在が居る。居るのだ。


「その子が生まれて育つまでの間ぐらいノイエが死ぬわけないわよ」

「ええ」

「きっと孫の代までは平気よ」

「そうね」


 間違いない。そのはずだ。


 ただ言いようのない不安を歌姫は時折感じるのだ。

 それは余りにも漠然としていて言葉にできない。


「この子たちが幸せに暮らせる世界って来るのかしら?」

「どうかしらね」


 冷たく魔女は言い放つ。


「先のことなんて誰にも分からない」


 気休めなど魔女は口にしない。それがアイルローゼだ。


「けど今を生きている人が頑張ることで少しは良くすることはできる。それだって私から見て良い世界であって歌姫から見たら良くない世界かもしれないけど」

「魔女が描く良い世界って?」

「決まっているわ」


 薄く笑いアイルローゼは相手を見た。


「子供たちが等しく教育を受けられる世界よ」

「……レニーラが聞いたら卒倒して世界を恨みそうね」

「ええ。だからあくまで私から見て良い世界なのよ」




~あとがき~


 ノイエの脳内は…若干発酵して良そうな気もするけどねw


 魔女と歌姫の会話って意外と真面目に…あれ? ホリーは?




© 2023 甲斐八雲

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