私が貴女の時を進めてあげるから
「で、総括……呼ばれたから来たんだけど、出迎えが過激すぎやしない?」
「貴女を相手に出迎えなんてする訳ないでしょ? もし受けたと言うならそれは全て貴女が蒔いた種よ」
「そっか~」
フード付きのローブ姿の人物は、自分が破壊したゴーレムの残骸を蹴り飛ばし室内へと入った。
ここに来るまでそれはもう色々と妨害が……思い返せばすべて自分に敵対してきた“自分”だった気もしなくない。残党が生き残りジワジワと勢力を拡大でもしたのか?
「何で弱い存在って群れるのかしらね?」
「あら? それだったら世のヒーローやヒロインたちにアンケートでも取って来たら? あの人たちは最終的に正義の名の下で数の暴力よ?」
「そう考えればラスボスって偉大よね。間違っても自分の部屋に四天王を配置して出迎えたりしないんだから」
「仮に配置しても四天王が死ぬまでは手を出さずに傍観する仕様よ」
「うわ~。私なら最低でも同数揃えてから殴り合うわ。むしろ倍数以上?」
「それをするとラスボス側は卑怯となって苦情殺到よ」
「酷くない?」
「良いのよ。正義の名の下でならどんな悪行も正当化されるって言う典型的な例だから」
「お~こわっ」
ついでに部屋の“掃除”も済ませ、訪れた人物……刻印の魔女はテーブルと椅子を取り出し着席する。数百年ぶりに自身でやって来た人物が見せた掃除テクに部屋に住まう人物は何とも言えない視線を向け続けていた。
どうしてこの子はこんなに掃除が上手に……?
口を開いて質問してもきっと相手ははぐらかすだろう。それが魔女だ。
何より掃除をした人物とて自慢話にもならない理由が原因で掃除上手になっただけだ。日々の生活の中で“最後”の弟子の振りをしていたら掃除のスキルばかりが向上してしまったのだ。
それはメイド一本で食べていけそうな気がするほどにだ。
「飲む?」
「あら? その間この場所を代わってくれるの?」
「ごめん被る」
はっきり告げて魔女は魔女の申し出を断る。
話し合う2人は姿形が同じフード付きのローブ姿だ。何故なら2人とも同じ人物だから。
「お姉ちゃんの為に少しぐらい優しくしても罰は当たらないと思うんだけど?」
「お姉ちゃんなら妹が嫌がることを押し付けようとかしちゃダメだと思うの?」
「……動けるようになったらまずお前を殴りに行く!」
「掛かって来いや!」
ティーカップに満たした紅茶を一気に煽り、座っていた魔女は立ち上がると『姉』と呼んだ個体に近づいた。
「そもそも誰がこの魔眼の中をこんな混沌とした状態にしたと思っているの?」
「5割がカミューのせいで、3割は貴女。残りが私かしら?」
「正確なご判断に敬意を表してその無駄に身の詰まった胸を弄んでやる~」
「止めて~。お姉ちゃんが動けないからって卑怯よっ!」
「良いではないか。良いではないか」
「……いやぁっ」
しばらく『姉』を弄んだ『妹』は、ホクホク顔をし満足気な様子で椅子へと戻った。
「破損率60パーってところかしら?」
「もうそんなに?」
「だね」
椅子に腰かけ彼女はまたティーカップに紅茶を満たした。
机の上にティーポットなどは存在していない。ただ指をカップの縁に当てるだけでカップ内が紅茶で満たされるのだ。
「私たちも色々と延命の研究はして来たけど、もう既に限界なのよ」
「そうみたいね」
「で、それでも現実を受け入れられずああして暴れる馬鹿たちも居る」
知ってか知らずか……自分の好きな事だけしている分には問題無いが、こちらの妨害をしてくるのは流石に笑って受け流せない。
噛みつく相手が誰なのか、高い代償は支払ってもらう必要がある。
「仕方ないでしょう? 人は必ず生まれた時点でカウントダウンが始まるのだから」
「死への秒読みなんて悪趣味だけどね」
カップを退かしテーブルに寄り掛かるようにしてクテ~と体を預けた魔女は、指先で木目の見えるテーブルの天板を撫でた。
「ねえ自由?」
「何よ統括」
「私は後何年生きられるかしら?」
「……ぶっちゃけもう死んでいるようなものよ」
「そうね」
実際そうなのだ。
「でも死を受け入れられず、無様に生きている振りをしてこの世に居る」
「ええ」
「……どう頑張ったってあと数年と言ったところかしらね」
「そう」
軽く頷く統括に自由と呼ばれた魔女がその目を向けた。
「私たちは大罪を犯した。それはどんな罰を受けたとしても償うことのできない悪行よ」
「ええ。だから責任を取って終えるしかない」
「嫌な終活ね」
「でもそれが私たちの罪よ」
「私たち“3人”のでしょ?」
妹の指摘に姉は苦笑する。
「そうね。ただマーリンには悪いことをしたと思っているわよ?」
「あの子は基本馬鹿だから仕方ないんじゃないの?」
「でもあの子がまだ生きているのは私たちの研究が原因よ」
「だとしてもあれは気づかないわよ」
立ち上がった自由は椅子とテーブルを消す。
「だってあの子はエルフだもの」
「そうね……そう設定したことが悔やまれるけど」
「真面目過ぎるのよ。お姉ちゃんは」
「不真面目すぎるのよ。貴女の場合は」
「でも」
「ええ」
2人はその視線を重ねた。
「「それが魔女の1人である私だものね」」
声を揃えてもう何度目か分からない言葉を綴った。
「何人か活きが良いのを捕まえて来るけどご希望は?」
「逆に捕まえて来て欲しくない方をリストアップしているからそれ以外で」
「わおっ! 姉が無茶振りを」
「いつも通りでしょう?」
「こうしてまた私が嫌われ者になって狙われるようになるのよ」
「そのことに関しては本当に済まないと思っているわ」
「まあその対価として『自由』にさせて貰っているから文句を言うと罰が当たりそうだけどね」
「その自覚があるならまだ大丈夫そうね」
「ええ。だって私は自由人ですから」
軽く肩を竦める妹に姉である魔女は一枚のガラス板のようなモノを投げつける。
それを受け取った魔女は……一読で全て覚え、リストを叩き割って証拠の隠滅を果たした。
「なら統括に愛されている自由な私は、今日も元気に仲間に喧嘩を売りに行ってきます」
「宜しく……と言っても良いのかしらね?」
「胸の内で言う分なら文句ないんじゃないの?」
「そう。なら『お願い』ね」
「ほ~い」
投げかけられた言葉に対し適当に手を振る妹へ……姉はその目を向けた。
「ねえ自由」
「な~に?」
「もし私の崩壊が早まったらここをお願いね」
「……」
振り返り魔女は自分の姿を見た。
あの場所に繋がれ魔眼の全てを支配している人物は間違いなく『刻印の魔女』だ。
そして“厄災”の魔女だ。彼女はその力で世界に厄災をもたらした。
その悪行を聞けば、誰もが彼女を指さし『大罪人』だと言うだろう。
「体は目だけを残し消滅し、それでも刻印の魔女は無様に現世で生きている。その理由は?」
妹の問いかけに姉は優しく笑う。
「決まっている。残り2人の魔女を消す為よ」
「それは何故?」
「決まっている。何故なら2人が……と……だからよ」
「だから消すの?」
「ええ」
力強く魔女は頷いた。
「そうしなければ私たちの罪は消えない。罪を消すことはできないのだけれど、でも私たちはこの世界に対して償えないほどの悪事を働いた。だから責任は取らないといけない」
「親友を殺すほどのことなの?」
「ええ。覚悟ならもうずっと前に決めたから」
「なら私はもう何も言わないわ。お姉ちゃん」
相手に背を向け魔女は軽く手を振る。
「貴女は……あとどれぐらいなの?」
立ち去ろうとした妹にかける言葉はいつも通りだ。
姉と言っても誕生に生じたちょっとしたタイムラグでのことでしかない。
だからこそ分かっている。相手も自分同様にもう限界が近いことを。
「私は基本悪い子だから」
今一度振り返った刻印の魔女はフードを外す。
その姿に統括と呼ばれる存在が軽く目を瞠った。
「……その姿は?」
「ん~。私ってばお姉ちゃんと違って目的の為なら手段を択ばないタイプなの」
だからどんな邪道であろうが外道であろうが取り込んで生きる。
それが自由と呼ばれる刻印の魔女の信条であった。
「そうね」
苦笑し統括は妹に対して優し気な目を向けた。
「たぶん貴女は根っからの悪役なのよ。だから頑張って確りとラスボスを演じ切りなさい」
「合点でさっ!」
ガッツポーズまで決めて妹は背を向けて出て行った。
これが最後かもしれない妹との別れは……こんなにも寂しいことは無い。
一瞬泣きそうになった統括は軽く顔を上げて瞼をきつく閉じる。
泣けない。泣くわけにはいかない。自分が泣けばあの子が困ることぐらい知っている。
だって自分なのだから。どんなに姿形を変えたとしても相手は自分なのだ。
「私より馬鹿なユーアの方がラスボス気質だと思ったけど……間違っていないわね」
今倒すべきはその馬鹿だ。あれはもう本当に成長しない。
違う。彼女の時はあの時に止まり、それから一秒として進んでいないのだ。
だから同じような過ちを繰り返そうとする。
彼女の時が止まったままだから。
《大丈夫よユーア。始祖の魔女。そして神滅の魔女》
統括はその目をまた魔眼の内へと向けた。
妹が自分の餌となる自分を捕らえに向かっている。
それを食らいまた幾ばくかの時間を稼ぐ。
消滅するまでの……カウントが0にならないように僅かに時を戻すのだ。
《していることはユーアと同じよね》
時を止めた親友と時を戻す自分。その違いはほとんどない。
醜く現世にしがみ付いているのだから。
「安心してユーア」
でも覚悟は決めている。
「私が貴女の時を進めてあげるから」
それは彼女のカウントを0にするという意味での……
~あとがき~
どうした刻印さん? 君に真面目は似合わないwww
何度も言ってますが刻印さんは基本嘘つきです。
嘘を吐く理由もありますが嘘つきです。
流石に自分どうしては嘘を吐きませんけど…吐くな。うん。吐くわ。
問題はどこまでが本当かってことですね。こればかりは作者もよう把握してません
© 2023 甲斐八雲
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