めんたいマヨ

 神聖国・都の郊外



「来てます。来てますよ~! 来てます!」

「はい。女王陛下。お静かに」

「無理ですぅ~。後ろからどんどん迫ってますからぁ~!」


 担がれる格好の私はバシバシと相手の背中を叩きます。


 現在私は荷物のように運ばれています。仕方が無かったのです。思ったより私の体力が無かったのは計算外でした。それに少女を抱えていましたしね。私としては頑張った方です。


 結果として石に躓いて前のめりで転んでしまったのは悲しい事故です。事故ですからもういい加減そんな怒った表情を捨ててくれませんか? 決して貴女をクッション代わりにした訳ではありません。


 少女に向けた私の視線は無視されました。


 彼女もまた現在立派な荷物です。

 アーブさんは少女を脇に抱え、もう片方の腕で私を担いでいます。おかげで常に進行方向の逆を見ることとなる私には迫って来る黒雲がありありと見えます。ぶっちゃけ恐怖です。怖いです。


「またピカピカとっ!」

「あまり喋ると舌を噛みます」


 そんなことは分かっています。ですが人は話すことで恐怖を紛らわそうとする時があるのです。今の私です。だってあんなにピカピカと……今絶対に向こうの方で落ちました。落ちましたからっ!


「アーブさん。急いでっ!」

「はい。女王陛下」


 私の命令でアーブさんのペースがアップです。

 気づけば並走していたゴルベルたちを追い抜きました。私を差し置いて逃走を図った者たちが悪いのです。これは決して見捨てるとかではありません。ありませんからね。


 ただ並走した時に聞いた限り彼らの弁は『条件反射』だったと言います。今まで強敵を相手に敵対して来たこともあり異常を察すると逃げることが癖になっていたとか。そう言うことがあるのなら致し方有りません。情状酌量の余地はありますので今回のことは目を瞑りましょう。

 ですが目を瞑るのは今回だけです。次からは私も一緒に担いで逃げなさい。絶対ですからね?


「また背後でピカッと!」

「落ち着いてください。女王陛下」


 無理です無理です。あのピカピカはずっと私たちを追って……追って?


 ハタと私はそれに気づきました。


 どうしてあの黒雲は私たちを追って来るのでしょうか?


「誰か! この中にあの雲に追われるような心当たりのある人は居ますかっ! 正直に名乗り出てくださいっ!」


 私の声に全員の視線が向けられます。そして……どうして視線を私に固定するのですか? 今の私はただの地方領主の娘でしかないんですよ? あはは。まだちゃんと女王になることを宣言していませんから、田舎娘の独り言みたいなものです? 皆さんにも記憶があるでしょう? 自分は将来都に行って出世してやるとか言いませんでした? 今の私はそんな痛いことを言っている娘でしかないんですから……どうして歩みのペースを落とすんですか、アーブさん?

 もし止まったら私の持ちうる権限で貴方のことを罰しますからね!


「腕が疲れましたので抱え直そうかと」


 それはそれで私の心に凄い痛みがっ!


 もちろん重かったのはそちらの少女ですよね? 女王たる者が重いなんてことはあり得ませんからっ! 女王の体重は羽毛ほどしかないんですからっ!


 ほら見てください。この余計な脂肪の少ないスラリとした体を! 余りにもスラリとしすぎて胸とかも無いんですから~!


「泣かないでください。女王陛下」


 違います! 両方の目から汗が溢れて止まらないだけですからっ!


「自分はふくよかな女性よりも女王陛下のようなスラリとした女性の方が大変好ましいので」

「本当ですか?」

「はい。それにふくよかな女性が相手ですと自分埋まってしまうので」

「……」


 小柄なアーブさんも色々と悩みを抱えているんですね。確かに小柄なアーブさんの上にウチの妹のような……あはははは。想像したら胸の奥の方がムカムカして来ました。何と言うか圧し掛かると言うよりも押し潰す勢いですね。


 ところで今の言葉は安易に私への告白でしょうか?


 いけませんアーブさん。私はこれでも女王になる女。これからこの国を支えていく身です。そんな私を生涯を賭して支えてくれるのでしたらちょっと考えなくもありません。


 ええ。横からも下からも支えてくれれば……ちょっとそこの少女。今の貴女は決して女王陛下に対して向けてはいけない目を向けていますよ? 何ですかその地面の虫を見るような目は? 私はとても高貴な……おっと涎が。


 それはそうとアーブさん。抱え直して今すぐ出発ですよ。良いですか?


「そのことなのですが女王陛下」

「何ですかっ!」


 早くしないと黒雲が追いつきます。


「向こうから誰かが追いかけて来るような気配が?」

「はい?」


 黒雲の方から私たちを追いかけて来る?

 ゴルベルの部下たちはムッスンを残し全員が勇敢な最期をと聞いています。ですから私たちを追って来るような人物など居ないはずなのですが?


 言われるがままに私は目を凝らし黒雲の方を見ます。


 ん~。そう言われると誰かが走って来ているようにも見えるような?


 何なんですか。この黒雲は! 段々と色が濃くなってきて良く見えません。風でも吹いて雲が退けば……不意に2騎のペガサスが私たちと黒雲の間を通り過ぎ一瞬雲が流れました。


「……」


 見えました。確かに追いかけて来ています。

 私の目にもはっきりと見えました。全身から黒雲を立ち昇らせる同志ユリーの姿が。


「犯人は貴女だったのですか~!」


 思わず絶叫した私は悪くないと思います。




「めんたいマヨ」


 クルンクルンとアホ毛を回すノイエが食べたい物の結論を出したらしい。

 が、それはちょっと。


「それは作るのがかなり難しいんじゃないかな? 何よりこの世界に明太は無いと思うし、何よりノイエさん。魚はあまり好きではないでしょ?」


 ノイエと魚も意外と少ない組み合わせである。ノイエと肉が圧倒的過ぎるだけだけど。


 ただフルフルとノイエが顔を左右に振った。


「焼きたてなら食べる。時間が経ってても食べる。ただ生はダメ」

「どうして?」

「しばらくお腹が痛いことがあったから」

「……」


 それはノイエさん?


「川の魚を食べたら痛くなった。何より臭いから嫌」


 良い子の皆は決して真似をしちゃダメだぞ。ノイエさんは大変特別な技術を持った専門家だから可能であって、普通の人がやったら病院のベッドの上でしばらく悶え苦しむことでしょう。


「明太マヨは無理?」

「無理だね~」

「むう」

「おねぇ~しゃま~」


 逃げたいが一心でノイエに再現不可能メニューを口走ったポーラにお仕置きが下される。

 拗ねたノイエが彼女の頬を掴んで前後左右にこねくり回す。傍から見ている分には微笑ましい光景だ。


 何と仲の良い姉妹であろうか?


「アルグ様」

「ほい」

「マヨの凄いのはどれ?」

「……」


 まさかの要求に僕の思考も一時停止だ。

 ここで選択を間違えるとノイエが拗ねた状態のままになってしまう。


 落ち着け僕。まだ慌てる時間ではない。ここは一度深呼吸をして……この世界で作れるマヨのメニューって? ツナマヨ? ツナが無いな。

 何気にマヨって魚系との相性が良いから困るんだよな。明太マヨとか明太があれば確かに食べたくはなる。ツナもだ。


「じゅるり」

「……」


 ノイエの口元が大変なことになっている。


 と言うか僕の心を読んでいるにしては何故涎が出る? 言葉では分からんだろう? まさかノイエさん? 僕の思考を映像として捉えていますか?


「知らない」

「……」

「知らない」


 クルンクルンとアホ毛を回してノイエが何かを誤魔化している。


 間違いない。絶対に嘘だ。ノイエは僕の思考を映像でとらえている。

 食への欲求がノイエに不可能を可能にさせたのか?


「あっ……あれなら作れるか」

「どれ?」

「ん~」


 材料は意外と簡単なんだよね。マヨが作れるなら作れるはずだ。

 それにあれは若干野菜が入る。つまりノイエに野菜を食べさせることもできる。


「むっ」

「抵抗しないの」

「野菜嫌い」


 はっきり言うようになったね?

 ただ野菜を食べてくれるのならきっと悪魔が作ってくれるさ。


「何を?」

「タルタルソース」


 白身フライやエビフライの恋人だと思っているが、唐揚げにもよく合うソースだ。ソースか? たぶんソースか? ジャンルとしてはソースだろう。

 個人的には玉ねぎよりラッキョウを刻んで入れるのも好きだが、赤い福神漬けを刻んで入れるのも好きです。全体的にピンクになる見た目が耐えられればだけど美味しいのです。


 アイツは何気に無限の可能性を秘めていると僕は思う。


「タルタル……」


 僕が思い浮かべているフライにタルタルの映像を見たのか、ノイエのアホ毛がブンブンと回りだした。

 本当に食べ物の話になるとノイエは元気になるな。




~あとがき~


 個人的にはタルタルソースの可能性は凄いと思っています。

 ただ現在病気治療中の自分は食事制限が半端無いので、修行僧に匹敵するメニューしか食べられませんけどね。このまま頑張れば即身成仏までいけるかも?


 終わる終わる詐欺状態ですが、もう少しで神聖国編が終わるはずです。

 次はユニバンスであれ~なことになって、それからあっちに行ってこっちに行って、また国に戻ってあれ~をしてからのラストスパートと言う当初の予定には変更は無いはずですが…あれ? 今の執筆速度で計算をやり直したら3年以上、下手をしたら4年はかかるぞこれ? あれれ?




© 2023 甲斐八雲

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