その顔を苦痛で歪ませてやるんだから

 神聖国・都の郊外



「つーん」

「これこれ」

「つーん」


 珍しいほどの拒絶姿勢を明確にするノイエが顔を横に背けている。

 誰に教わったのか『つーん』とか言って本当に可愛いなウチのお嫁さん。


 と言うかノイエさん? それは僕を見たくないと言うことですか? それとも聞く耳はありませんと言うことですか?


 目の前に立ち顔だけ横に向いているノイエの横顔は相変わらず綺麗です。


 一歩踏み出し相手との距離を詰め、軽く前屈みになる。口の前にはノイエの耳が。


「愛しているよノイエ」

「んっ……つーん」


 一瞬動きかけた顔を止め、葛藤を感じさせるお嫁さんの愛らしいこと。


 ただここまでの頑固を発動しているのは何故だ? 気分か?


「別にノイエは雷とか怖くないでしょう?」


 雨の日だって、嵐の日だって、ノイエはドラゴンが居れば喜んで空を駆ける。


 雷光を背負ってドラゴンを襲うその姿人によってトラウマレベルで怖いとか失礼な噂話を聞いたことがある。絶対にノイエに対するネガティブキャンペーンの一環だ。犯人を見つけ出したらロープで蓑虫の刑にし、ミミズが満たされ樽の中に押し込んでやる。


 あれを一度食らったミシュなんて『全身を這い回るあの感触がたまらないの』と力説しモミジさんがある時期ミミズを大量に……ウチの国にはまともな女性はいないのか?


 ただその後でフレアさんが新作のハンバーグを問題児2人に食べさせている姿を見たとルッテが言っていた。あのハンバーグの具材は現在でも謎のままだ。2人に感想を聞きに行ったら『何の話ですか?』と口をそろえて言っていた。どうやら記憶から抹消するほどのトラウマを得たらしい。


「……つーん」


 クルンクルンとアホ毛を回して考え込んだノイエの返答は『つーん』だ。

 何を長時間思案していたのかは謎だが仕方がない。


「ポーラ」

「はい」


 箒を手に掃除をしていたポーラがこちらを見る。


 荒野を箒掛けする妹様の行動にも恐怖を覚えますが……この荒野を全て掃除しても綺麗にはならないと思う訳です。


「そこのそのゴミをこっちに」

「はい」


 ならば明確なゴミを掃除させましょう。


 扱いがゴミ以下となっているマニカを……しゃがんで地面に『の』の字を書いていた馬鹿姉の1人をポーラは箒を使って掃いて来る。


 お~凄い。コロコロと転がって来るマニカのそれはどういう仕掛けかと?


 氷を使い滑らせて……君のその無駄に優秀過ぎる部分にお兄ちゃんは若干恐怖を覚える時があるよ。褒めてないからね。


「……何よ?」


 綺麗好きのポーラの配慮か地面ではなく氷の上で横になっているマニカがこちらを睨んで来る。


「ノイエって雷とか嫌い?」

「……そんなことを知らないでノイエの夫を」

「重力ドーン」

「ふぐっ」


 屈辱的だろう? 強制的に頭を地面に押し付けられる状況なんて、プライドの高い高級娼婦様には屈辱以外の何ものでも無いよな?


「……最低ねっ!」

「お互い様だろう?」

「煩いっ!」


 化けの皮が剥がれたのかマニカの悪態が止まらない。

 高級娼婦とは言っても中身はただの人間だ。こんな風にやさぐれることだってある。


「で、ノイエって雷きらいだっけ?」

「……」

「2度目の重力は何処が良い?」

「……本当に最低ね」


 褒めるなよ。軽く指先を君の下腹部に向けただけです。深い意味はたぶん無い。それにここまでするのはお前と馬鹿従姉ぐらいだ。むしろ珍しいレアケースなんだからね!


 本来の僕は女性に対して酷いことをするなと母親に言われて育ったのです。レディーファーストを地で行く好青年なのです。ですが実際にこれってばイケメンがやらないとダメなのです。何故なら過去の僕は普通レベルの人間でしたから、周りから『好感度上げて得点稼ぎか?』と言われる始末。


 これだから愚民共は……ジェントルの素晴らしさを理解していないのです。英国紳士を見習えと言いたい。英国人はジェントル揃いだぞ? フーリガン発祥の地も英国だがな。


 つまり紳士とは知性と野生を兼ね揃えた存在。今の僕はまさしくジェントルってわけだ。


「次は無いぞ? ノイエってば」

「あの子の嫌いな物は野菜ぐらいよ」


 諦めた感じでマニカが口を割った。


 確かにノイエの野菜嫌いはアカンレベルで厄介だけどね。マヨの力を借りてどうにか克服させられる道筋も……それってマヨに飽きたら終わってしまうと言うことか? やはりケチャップも必要だな。ケチャップはそもそもトマトだしな。野菜+野菜=たっぷり野菜だ。それでも飽きたらマヨとケチャップを混ぜてとかもありか。マヨに味を足すのも考慮しよう。ゴマドレとかならノイエも好きそうな気がする。


「……どれが美味しいの?」


 思考する僕に対し楽し気にアホ毛を震わせるノイエが距離を詰めて来ていた。


 流石ノイエだよ。飽くなきその食への探求心には脱帽してしまう。


「どれが美味しいの?」

「うむ。それはあそこにいるポーラに聞くと良い」

「はい」

「ちょっと姉さまっ!」


 僕の答えにポーラが慌てるがノイエから逃れられるわけがない。あっさり捕まり抱えられ『どれ? どれ?』と質問攻めにあっている。

 どうせ君のことだ。悪魔から何かしらネタを得ているだろう?


 しばらくノイエの相手をしていてくれ。


「で、マニカさんよ」

「……何よ」


 氷が冷たかったのか地面の上に移動したマニカが僕の声にため息を吐いた。


「今までの傾向からしてたぶんノイエは忘れていたんだろうな……自分が嫌いではないからって言う辺りが答えかな?」

「ええ。色んな意味で正解よ」


 またため息を吐いてマニカがその目を地面に向ける。


「詳しいことは知らない。私は基本あの施設で人付き合いをあまりして来なかったから」

「分かる。孤高の存在を気取って独りぼっちだったんだろう?」

「違うわよっ!」


 うっそだ~。そんな見え透いた嘘を信じる人が何処に居る?


「本当よ! 私の元に相談しに来る人は多かったわ」


 またまた~。


「初めてを円滑に進める方法とか」

「……」

「それに『あっちに挿れられたんだけど大丈夫?』とか」

「何かごめん」

「良いわよ。ある意味で専門だったし」


 そんな専門に僕はなりたくないです。


「だから相談されるついでに世間話でね……特にあの頃はノイエがあんな状態で絶望している人が多かったから、自暴自棄になって無茶した人も多かったのよ」


 無茶して後ろにって……それは本当に自暴自棄になっていたのだろうか? 快楽で嫌なことを忘れようと、薬に手を出す人の心境ってそんな感じかな?


「そんな中でノイエの姉の1人が自殺を図ったのよ」

「自殺?」

「ええ」


 伏せ目がちでマニカが言葉を続ける。


「首を吊ろうとして縄を掛けられる場所を求め彼女は高い塀に登ったそうよ。勿論脱出回避のために様々な仕掛けがあったけれど、彼女が望んでいたのは自死だったから」

「で、首つりと雷の関係性は?」


 暗い話は好きじゃないから簡潔に述べよ。


「……登っている最中に雨が降り出し、登り終えた時点で雷鳴が轟いていた。でも彼女は塀の一番高い場所に縄をかけ首をくくった」

「それで?」

「運悪く塀の天辺に雷が落ちたのよ」

「……」


 それはちょっと。


「落雷で縄が切れ彼女はそのまま地面へドン。落雷があったから安全確認で見回りをしていたカミーラがそれを見つけたらしいけど、落下した彼女は虫の息でね……どうにか治療を続けていたと聞いたけど結末は知らないわ」


 マニカは軽く肩を竦めた。


「ノイエには秘密にしていたけどあの子は勘が良いから」

「だね」


 勘が良いと言うかノイエの場合は心を読むからな。


「そしてあの日はあんな感じで雷鳴が轟いていたと思うわ。それで思い出したのか、別の理由かは知らないけど……」

「納得だ」


 ノイエは時折変なスイッチが入って過去の記憶を思い出す時があるからな。たぶん今日もそんなスイッチが入ったのかな?


 そうなると……忘れるまでは雷対策は不可能かもしれない。


「ちなみにその人の名前は?」

「クーレだったかしら? 私もよく覚えていないのだけどね」

「酷い女だな。お前って」

「そうね」


 薄く笑うマニカがこちらを見る。

 美人なだけにそんな表情が絵になるから始末におけない。


「私は生まれながらに酷い女なのよ。だから他人が苦しむ姿を見るのが大好きなの」

「お~こわっ」


 本当にコイツは性格だけが悪すぎるな。


「覚えてなさいノイエの夫」

「はい?」


 こんな怖い人の傍には居たくないので愛しいお嫁さんの傍に逃げようと思います。


 ノイエはポーラを抱きしめ、何故か妹の頬に自分の頬を寄せてスリスリとしている。


 愛情表現か? ノイエの琴線を震わせる野菜のお供でもあったのかな?


「貴方も必ずその顔を苦痛で歪ませてやるんだから」

「へいへい。せいぜい頑張りたまえよ」


 そそくさと逃げ出し僕はノイエの元へと急いだ。




~あとがき~


 クーレは魔眼の中に居ますが…まあそんな感じな理由で動けません。生きてはいますけどね。

 その事実を知っているのは刻印さんとリグぐらいかな? 猫も知ったかもですが、あの猫は他人に興味を持つ方が少ないので微妙かも?


 実体があるのに魔眼の中を出歩いていないのがクーレです。で、その逆の存在も居ますが…最後にマニカに何かされたっぽい人です。覚えているかな?


 この辺の細工は刻印さんの得意分野なので作者としてはスルーですかね




© 2023 甲斐八雲

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