触りたくない

 神聖国・都の正門付近



 うにゃにゃにゃにゃ~!


 名無しの少女を抱えて全力疾走です。荷物のように抱えている少女ですが、周りの様子に完全に硬直しており逆に持ちやすくて助かります。と言うか女王である私よりも先に逃げ出したゴルベルたちには後で厳罰を科したいと思います。

 こっちを見もしないで一目散に逃げましたよ。全く持って酷い話です。


「女王様」

「アーブさんっ」


 逃げる私に騎士たるアーブさんが追いついて来ました。


 ただ彼の手足はボロボロで……大丈夫です。傷は治ります。治ったらまた私を護ってください。治ってなくても護ってくれてもいいんですからね?


「勿論です」


 ああ。私はようやく忠臣と呼べる人物に出会いました。いいえ。きっと過去の私の傍にもこのような忠義心に篤い人物はたくさん居たのでしょうね。でも目につく者たちは皆胸の奥にどす黒い野心を抱えた者ばかりで……そう考えると私の目が一番曇っていたことになります。反省です。


 ゴロゴロゴロ……


「んぴょっ!」


 また後ろからゴロゴロと。この後は必ず。


 ドカンッ!


 落ちました。背後で何かが落ちました。そして必ず足の裏にピリピリとした感覚がっ!


「アーブさん」

「何でしょうか?」

「空から落ちてきたユリーさんはどうしましたか?」


 そもそもの原因は同志ユリーです。いいえ。あの子は幼い少女が好きなので厳密に言えば同志では無いのですが、私と志は近しいものがあります。だから同志です。やっぱり同志なのですね。


「彼女でしたらそのまま地面に真っ直ぐ」

「……」


 落ち着いて考えればそうですよね。何処か私は途中から全ての物差しをノイエ様に当てはめていた気がします。


 あの御方ならあんな高さから落ちて来たとしても無表情で綺麗に着地しますね。

 着地を感じさせずに普通に地面の上に立ちそうでもあります。てっきりユリーさんもそんな感じで地面の上に立ったものかと。思い込みは減点ですね。


「ならどうしてあのゴロゴロは止まらないのですか?」


 地面と激突したユリーはもう亡くなっているのですよね? 亡くなっているなら普通魔法は止まるはずですよね?


 私も知識として簡単な講義を受けたことしかないので断言はできませんが。


「それは彼女が生きているからかと」

「うっわ~い。生きてるんだ」


 あれで生きているとかユリーも大概です。『さん』を付け忘れました。仕方ありませんね。何より私は女王ですから問題ありません。ただ驕ってはダメです。遜り過ぎてもダメです。周りから好感を持たれるぐらいで抑えることが大切です。一度死んで学んだことだから間違いありません。


 だから貴女もそんな残念そうな目を向けて来ないでください。私は大丈夫です。今度こそは立派な女王となりこの国を発展させると胸に誓っていますから。


「女王陛下。良ければ自分が運びますが?」

「……」


 私が名無しの少女を見つめていたせいか、アーブさんが気を利かせてくれました。ですが彼の腕には大きな傷が。ポタポタと血も流れたままで……背後のゴロゴロが止まってくれれば私が彼の傷の手当ぐらいはするというのに。


 知ってます。子供の頃から色々な本を読んで学びました。こういう時はスカートの裾を割いて包帯を作るのが良いんですよね?


 チラリと生足を見せつけながら感謝の言葉を告げて包帯を巻く。

 これでアーブさんの私への好感度は天元突破間違いなしです。


 死ぬまで私の傍であの立派な股間の……コホン。立派な護衛として仕えていただきましょう。


「大丈夫です」

「ですが」

「私はこの子の保護者ですから」


 はっきりと告げて少女を抱き直します。


 そうです。私はこの子の保護者代理なのですから確りと最後まで責任を持ちます。たぶん明日は両腕も両足も……下手をすれば全身が筋肉痛になるでしょうが構いません。


「たった1人の少女も抱えられない女王に誰もついてきたりはしません」


 これは女王である私の責務です。信念です。決意です。そんな感じです。


「だからアーブさん」

「はい」

「もし私がこの子を支えられなくなって倒れそうになったら手を貸してください。良いですか?」

「……女王陛下の御心のままに」


 走りながらも彼は胸に手を当てて首を垂れる。


 今の所って絶対に物語とかなら盛り上がる場面だと思います。演劇だったら間違いないでしょう。私が女王の地位に戻った暁には、今回のことを演劇にします。

 勿論私は毅然と悪に立ち向かう女王です。完璧無比の女王様です。


 問題はあの夫婦と妹ですね……あの人たちを巻き込むと感動巨編が一変して笑い所の多い喜劇になりそうです。うん。今回はご退場願い、私たちだけの話にしましょう。

 勇敢なる異国人夫婦とその妹の手を借りとか一文入れたおけば問題無いでしょう。完璧です。


「さあアーブさん。とりあえずあのゴロゴロが落ち着くまで逃げますよ」

「はい」


 と言うかあのゴロゴロ、気のせいか私たちを追いかけて来ていませんか? 気のせいですよね?


 そして先に逃げ出したゴルベルとムッスンの背中を発見しました。


 どうしてあの2人は私と同じ方向に逃げているのですか? そっちの方向にはあの夫婦が居ますよね? 普通都に逃げて都の住人を助けるために活動するべきでは?


 私は良いんです。現時点では元女王で、ただの地方領主の娘でしかありませんから。左宰相から見れば吹けば消えるような哀れな存在です。


「女王陛下。雲が迫っています」

「にゃ~!」


 冷静なアーブさんの声がこんな時ばかり憎くなります。


 根性です。根性ですよ私~!




 都の郊外



「ほ~れノイエ~。とってこ~い!」

「はい……はい」


 僕が投げた棒切れをノイエがキャッチして戻って来た。


 相変わらずの瞬間移動だ。素晴らしいよノイエ君。


 ただその動きに耐えられない人間も居る。ぶっちゃけノイエの瞬間移動に耐えられる人間はカミーラの姐さんぐらいだろうか? あの人だって多少は酔いそうだな。


 そんな危険だらけの瞬間移動だ。妹にしがみ付いて僕の元へと向かおうとするノイエの妨害をしていたマニカにはひとたまりもなかったらしい。


「……ノイエ」

「はい」

「ちょっとあっちに」

「はい」


 顔色を白くしたマニカの指示に従いノイエが姉を抱えて……お~。あれが高級娼婦の矜持だな。野郎の前で自前のお好み焼きは決して見せないのか。


「たぶん胃液です」

「そうなの?」

「はい」


 早速エプロンの裏からスルスルと箒を取り出す妹様が断言した。


 だからその長い箒は一体どこに入っているの? そのエプロンの裏は四次元にでも繋がっているの?


 僕の問いを笑顔でスルーしポーラは掃除に向かう。

 ノイエは……マニカを捨ててこっちに戻って来た。


「アルグ様」

「ん」


 アホ毛をフリフリさせてノイエが僕に棒を渡してくる。

 基本ノイエは猫科の生き物だと思うんだが、こんな時は犬になる。何て愛くるしい犬だろうか。


「尻尾は必要?」

「今は要らない」

「はい」


 何を察したのかノイエが両手でスカートの裾を摘まんで……基本ノイエってば生足なんだよね。

 この白い足も決して悪くない。僕は好きだぞ~。モチモチしてて最高です。ですが足は先生が一番です。あの滑々した美しさは芸術の域です。


「頑張る」

「頑張れ」

「はい」


 何を頑張るのかは謎だがノイエがやる気になっているのだから止めたら悪い。

 子供の成長と同じで、伸び盛りの子供に対して大人が己の価値観で蓋をしてしまうのはダメだ。ノイエも子供も伸び伸びと……ポーラさん。君の場合はもう少し自重を覚えなさい。何故箒を落としてビックリする? その驚愕の表情は何だ?


 君の場合は蓋をする必要は無いが、リードと首輪が必要なタイプだ。好き勝手に色々とするなと言っている。見える範囲で伸び伸びとしなさい。見えない所で伸び伸びとしないこと。


「で、ノイエさん」

「はい」


 自由人過ぎる姉妹の教育の件はひとまず置いておくとして、問題はあれです。


「あの黒い雲ってばどうにか出来る?」

「……」


 僕が指さす方に視線を向けたノイエは……くた~とアホ毛を垂れ下げつつこっちに視線を戻した。


 何だそのやる気がありませんを地でいくアホ毛は?


「嫌だ」

「はい?」


 拒絶から始まるの?


「触りたくない」


 そんなお父さんの下着を嫌がる思春期女性のようなことを言わないの。世のお父さんたちはその言葉でどれほどの絶望感を……何の話だ?


「ダメなの?」

「はい」


 キッパリとノイエが拒絶して来た。




~あとがき~


 段々とはっちゃけだした女王様は…まあ良いかw


 そしてノイエは黒い雲に触ることを拒絶します。

 当たり前だよな。絶対に感電するし…




© 2023 甲斐八雲

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