あれが右宰相のサーブだ

 神聖国・都の正門付近



『ごるべぇるぅ~!』


 大声を発し怒り狂うが如くに腕の鎌を振るう存在に、彼らは地面に転がっていた盾を搔き集めそれを構えて耐え凌ぐ。

 自分たちが標的になっている以上、逃げ出すことに成功した女王は無事だ。無事のはずだ。


『逃げ回るのがお前たちの戦術か~!』


 大声でそれを言われ、部下に抱えられた存在は苦笑する。


 否定などできない。何故ならばそうして生きて来たのだ。


 逃げて逃げて逃げ続け……少しずつ仲間を増やし、時には仲間を見捨てて、そうして生きて来たのだ。


 何処に恥ずかしいことがあるだろう?


 どんなに逃げ続けても最後に勝てば良いのだ。その為ならばいくらでも逃げる。


 ゆっくりと顔を上げ、萎れ果てたような姿となった老人は口を動かした。


「お前よりはましだ。サーブ」


『何だと?』


 相手の顔が何処なのか分からない。

 内から溢れて来る力なのか、それとも肉なのか……醜く変化を続ける生物は当初見せていたカマキリらしき特徴をだいぶ失っていた。

 傍から見れば長い鎌を5本携えた肉塊だ。それもブヨブヨとして本当に醜く、血なのか体液なのか分からない液体を全身に滲ませている。


「醜いなサーブよ? お前らしい姿とも言えるがな」


『ゴルベル~!』


 肉塊が震え、大気も震える。


 ワンワンと響く音に盾を構えながらゴルベルの部下たちが顔を歪ませた。


 人によっては耳から血を流す者も居たが、それでも彼らは盾を手放さない。自分たちの役割を理解しているのだ。


「自分の欲を内々へとため込み、そのはけ口を幼い子供に、それも少年に向ける。本当にお前という生き物は醜くて醜悪な存在であったよ」


『ごろずぅ~!』


 逃げ続け、忍び続け、我慢して来た男は吠える。


 部下であるムッスンに抱えられながらも彼は吠える。その思いのたけを全て。


「滅びるが良い! 朽ちるが良い! 今のお前はどう見ても醜い化け物だ! そんな化け物に誰が仕える! 嫌悪されて駆逐されるが良い! この醜悪なる宰相がっ!」


『もぉう、ゆるぅざんっ!』


 大きく肉塊を震わせ、全身から幾重にも液体を吹き出して宰相だったモノが動く。

 醜く全身の肉を震わせ……目を背けたくなる存在がだ。


「くくく」

「どうかなさいましたか? ゴルベル様」


 部下に抱えられている彼は苦笑した顔を上げた。


「あれは昔から自分の容姿を気にしていたことを思い出してな」

「容姿ですか?」

「ああ。それしか取り柄の無い男だったからな」


 思い出しゴルベルはさらに苦笑する。


「出自は悪くなかった。ただ能力が足らなかった。それでも親の力で地位を得た。けれど所詮親の脛だ。齧れば細くなっていつかは消える」


 後ろ盾となっていた父親を病気で喪ったサーブはそのまま転落して行くはずだった。


「けれどあれは自分の容姿を武器にした」

「容姿を?」

「ああ。権力者に抱かれることで甘い蜜を吸い続けたのだ」

「……」


 話を聞くムッスンは自然と自分の肛門をキュッと絞めていた。


「尻を貸すことで他者の性癖と弱みを握り、あれは着実に力を貯めた」

「それであれですか?」


 蠢く醜い肉塊は長い鎌を振るって近づいて来る。


 その動きに応じてゴルベルたちは後退する。相手の鎌が長くなることもあるがそれだって、数人がかりで盾で踏ん張れば堪えられる。


 相手の自壊を信じ時間稼ぎに徹する。それが今のゴルベルたちの作戦だ。


 何より逃げ出した女王陛下がきっと彼らを呼んで来る。

 うず高く存在していた謎の山はもう消えている。あれほどの存在を消すことのできる者たちだ。ここに来ればあの程度の肉塊など簡単に退治できるだろう。


「他者の欲を注がれ続けたあれは、欲望の塊となってしまったのだろうな」

「終があの姿では何とも」

「だが事実だ。欲など所詮自分の両手に収まる程度にしなければならんということだ」

「そうですね」


 ブヨブヨの肉塊となった存在を前にムッスンはその言葉に納得する。と、追いかけ続けていた存在が動きを止めた。

 膨れ上がる肉が邪魔になって推進力を失ったのか、その理由は定かではないが少なくともサーブが動きを止めたのだ。


「終わりだろうか?」


『お前たちのなっ!』


 一瞬ゴルベルは肉塊に笑うサーブの表情を見た気がした。


「な、に?」


 動きを止めた肉塊に亀裂が走り、激しく体液と血液らしいモノが噴きあがる。


 必死に盾を構えて降り注ぐ体液を防ぐゴルベルの部下の数人が動きを止めた。

 その背中を血肉で汚してだ。


「ホーグ! ブライン!」


 激高し叫ぶムッスンの声を聴きながら、ゴルベルは冷静にそれを見ていた。


 部下たちの背中を血肉色へと染め上げた存在は、肉塊から伸びてきた槍だ。

 それを槍と称しても良いのか悩むところだが、少なくともゴルベルの目にはそう映った。


『鎌だけが武器と思ったか? 違うんだよ~! ゴルベル~!』


 肉塊からニョキニョキと生えた血肉色した触手のような存在がグニグニと動き、その先端をゴルベルたちへと向けると一斉に殺到して来た。


 数の暴力にも見えたが、その攻撃はゴルベルたちには届かない。

 盾と身を投げ打って部下たちが文字通り壁となったのだ。


 故にサーブの攻撃は届かない。


「お前ら~!」


 ムッスンの声に壁となった部下の1人が振り返った。


「おにげ、」


 言葉は最後まで続かない。再びやって来た槍が彼の頭部を穿ち黙らせたからだ。


「クーム!」


 泣き叫ぶムッスンの様子にゴルベルはまた笑った。


「本当にお前は愚かだな。サーブよ」


『まだ囀るか?』


 先ほどまでと違い明瞭に聞こえて来るサーブの声にゴルベルは再度苦笑する。


「周りを潰し儂に絶望を与える気か?」


 返事は無い。返答代わりに肉塊は物言わない壁を槍で穿つ。


「笑わせるな!」


 代わりにゴルベルが吠えた。


「絶望などとうの昔に見てきたわ! 絶望を味わって来た者たちがこの場に立っているのだ!」


 ムッスンの腕から抜け出るように地面に立った彼は、今にも折れてしまいそうな足で必死に踏ん張る。


「お前の行為に意味など無い! 殺すのであればここに居る全員を殺せ!」


 視線で相手を殺せれば……そう願うほどに鋭い視線をゴルベルは相手に向けた。


「だが最後に勝つのはアルテミス女王陛下だっ!」


『言わせておけば!』


 気が変わったとばかりにサーブの触手が動きを止め、その先端の全てがゴルベルに向けられた。


 圧倒的な存在を前に左宰相は笑う。


「醜いな……サーブ? お前はどれほど化粧で自分の顔を隠したとしても本質が醜いのだ。だから厚く化粧をしても醜いままなのだ」


『死ねっ!』


 一斉に放たれた槍のような触手を前にゴルベルは両腕を広げた。


 その場から逃れず全てを受け入れるかのように……けれど衝撃は訪れなかった。死の衝撃が。


「……カマキリは?」


 飛び込み襲い掛かる槍を全て払った人物が戸惑ったような声を上げる。


 声の様子から相手が誰かゴルベルには分かった。

 分かったのだが、振り返った相手を見つめ言葉を失った。


 肌の面積が大半の服を着た神聖国のドラゴンスレイヤー。

 正面から見ると『V』の字にしか見えない彼の服は、色んな意味で服としての機能を果たしていなかった。


「左宰相?」

「あ、ああ……」


 問われてゴルベルは現実に戻った。戻ってしまった。


「あれが右宰相のサーブだ」

「あれが?」


 また振り返ったドラゴンスレイヤーはその背中も『V』の字だ。『V』の字なのだ。


《ああ。我が戦友たちよ》


 胸の中でゴルベルは目を閉じ亡き戦友たちに語り掛ける。


《最後の最期で我々はこんな服を着た存在に命運を託さねばならんのか?》


 嘆きのようなゴルベルの言葉に何ら返事は無かった。無かったのだ。




~あとがき~


 どうしてだろう?

 シリアスさんが頑張ると最後に落とし穴にはまって大怪我するんだぜw


 Vです。エグイ角度のVです。変態なかめ~んにも負けないVです。


 ラストバトルっぽいのにそれで良いのか作者よ…俺かw




© 2023 甲斐八雲

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