近所のオッサンです
神聖国・都の正門付近
ぬうぅぅぅ……。
胸の下を押さえて私は呼吸を整えようと努力します。
痛いです。物凄く痛いです。だってここは急所です。詰まる呼吸に目の前がチカチカしますが、今は全力で我慢します。だって私は女王ですから泣くことなんて出来ないのです。
「むりぃ~! いたいぃ~!」
前言撤回して地面の上を転がり回ります。
痛すぎます。ズキズキっと鈍い痛みが……これは絶対に青痣が出来るでしょう。
私が何か悪いことでもしましたか? みんなで一緒に全力で逃げていただけじゃないですか?
そうです。みんなで逃げていただけです。それなのにあの子が。
転がるのを止めて体を起こし、私が激痛を食らう原因となった人物に目を向けます。
名無しの女の子は頭の上におニクさんを乗せたままこっちを見ていました。その目が『どうしたの?』と言いたげで本気でイラっとしましたがここは我慢です。
だって私は女王ですから。
それにしてもまさかあの子が私の足を引っかけ転ぶように仕向けて来るとは、全然全く想像していませんでした。倒れた先に石があって鳩尾をしたたかに打ち付けることになったのは……私の運動神経の悪さが原因ですね。普通の人なら体を捻るなどして回避しますもんね。それを正面から倒れ込んだから咄嗟に両手で顔を防いだら、地面に転がる石でしたたかに鳩尾を強打したのです。
「むがぁ~!」
ですが少女に怒りをぶつける訳にもいかないので、全ての感情は空に向かって叫んで放ちます。
はい。もう大丈夫です。私の怒りは空の彼方に、
『おぱーいがクッションにならなかったの?』
「おニクさ~ん!」
リスと呼ばれる生物が持つ魔道具に浮かんだ文字に思わず声を荒げてしまいました。
「あり得ませんからっ! 普通胸がクッションになって鳩尾を護ることなんて、」
『ノイエの姉なら可能ですが何か?』
「うっわ~い!」
不可能を訴える前に相手から痛烈な言葉が。
「居るんですか? そんな人が居るんですね! どうせ私の胸が小さいですよっ!」
涙ながらに地面を叩きます。
私だって好き好んで小さな胸で生まれたわけではありません。それに我が国には最終的な禁断の技、過食による肥満化があります。
この国の女性、特にふくよかな女性が異性に好まれるようになった理由がこれです。
太ってしまえばどんなスタイルでも誤魔化せます。誤魔化せるのです!
『ふっ……それって戦うことを放棄しているよね?』
「淡々と痛烈な言葉をありがとうございますっ!」
悔し紛れに地面の上に転がっている石を掴んでおニクさんへ投げつけます。
貴方が悪いわけではありません。きっとその魔道具の向こう側に居る飼い主が悪いのです。
何度か石を投げ、少女が本気で怯える素振りを見せるので止めました。
卑怯です。これでは私が一方的に悪者に……はて? 何の音でしょうか?
先ほどからヒュルヒュルと空から聞こえてくる音に首を傾げて耳を傾けます。
間違いなく……そう言えば痛がっている私を無視してアーブさんは何処に? 彼が私を見捨てるなんてことはあまり考えにくいのですが?
視線を巡らせると私から全力で遠ざかって行くアーブさんの後姿を発見しました。
それと彼の後を追うように飛んでいく……何でしょう? 不思議な形をした鳥でしょうか?
彼の様子を眺めているとどうやら鳥の方が速いらしいです。あっという間に追いついて、
ドカーン!
轟音と激震。
あまりの衝撃にゴロゴロと地面の上を転がる私の元に吹き飛ばされた少女がっ!
「んにゃっ!」
足とか腕とかがピシッと嫌な音を発しましたが、私は全身を伸ばして少女を掴み自分の方へと引き寄せます。ギュッと抱きしめて、再度の暴風にゴロゴロと地面を転がり……最終的には地面の上で大の字になっていました。
地面から見上げる空は、綺麗なキノコ雲ですね。
「んっ! んっ!」
ぼんやりと空を見上げていたら誰かが私の体を左右に振ります。
ごめんなさい。その部分に手を置かれると本気で痛いです。鳩尾の上は駄目です。それだったら胸の上に手を置いて……大丈夫です。私はこれぐらいでは泣きません。
頬を流れた汗を拭って私は体を起こします。汗です。涙ではありませんので。
爆音のせいか耳の奥がキーンっと鳴っていますが仕方ありません。
「んっ!」
体を起こすと正面から衝撃がっ!
ぬごごごご……私の両目から汗が止まりません。今日は本当に暑いですね。
きっと故意では無いのでしょうが少女の両手が私の鳩尾を!
「痛いので離れて貰って、みょ!」
ガバッと相手が顔を上げた反動で、彼女の頭の上に居るおニクさんの頭が私の顎を下から上へとかち上げました。
軽く口の中を噛んでしまいましたが、大丈夫です。泣きません。ええ泣きません。
「あっ! あっ」
「ん?」
声と呼ぶには若干の抵抗がありますが、それでも一言も話せなかった少女が自分の口から音を発しています。間違いなく音です。もう少し頑張れば声になりそうな気がします。
「あっ」
両目に涙を浮かべた少女と目が合いました。
彼女は顔をくしゃくしゃにして涙をボロボロと溢れさせると、また私の胸に……覚悟はできてました。大丈夫です。これでも私は女王です
その昔女性特有のあれ~な日であったとしても、私は笑顔で、そして全裸で部下たちの前に姿を現し気丈に振る舞ったものです。あれに比べれば鳩尾が痛いぐらいなんですかっ!
あの頃だったら私はお腹の痛みと全裸を晒す羞恥心で……ごめんなさい。何故だか若干泣きたくなってきました。
「私は大丈夫ですよ。貴女は平気ですか?」
色々な何かを我慢しながら優しく語りかけると、彼女はうんうんと頷いて……返事は一度で良いです。そう何度も頷かなくても大丈夫です。
振動が鳩尾にっ!
「それは本当に……」
目が合いました。言葉を紡ぎながら視線を巡らせたら目が合いました。
厳密に言えば目では無いのでしょうね。おニクさんが持つ魔道具と目が合った気がしたのです。
『おぱいクッションが無いから大変な目に遭うのだよ』
「女王としての何かしらの強い意志っ!」
全力で右の拳をおニクさんへと放つと彼はひらりと回避しました。
くう……こっちが動けないことを良いことに後方へ飛ぶのは卑怯です。
「アルグスタ様っ!」
『なに?』
立ち止まったおニクさんの持つ魔道具にその言葉がっ!
「やっぱり貴方でしたかっ!」
『違う違う。これはあれです。近所のオッサンです』
「何処にそんな人がっ!」
『居るよ? みんなの周りに見えないオッサンが常に居るんだからね?』
「怖すぎますっ!」
どんな恐怖ですかそれはっ!
「何か色々と全力で遊んでっ!」
『いや~。てへっ』
「てへじゃありませんっ!」
『怒るな貧乳』
「怒ります!」
『その怒りを胸の奥にしまうことで、きっと君の胸は大きく育つのだよ』
「もう手遅れですっ!」
『そっか……なんて器の小さな女王かと』
「二重に文句を言われた気がして腹が立ちますっ!」
本当にこの人はっ!
『ところであの股間元気くんは元気?』
「誰のことですかっ!」
文句は言いますが該当者は1人居ます。
『彼の着ている魔道具の能力を解放したから。あとは頑張れ』
「頑張れって投げやり……解放した?」
つい忘れていましたが、私はその言葉に視線を巡らせます。
濛々と立ち込めていた土煙がようやく薄くなり出していて、
「アーブさん! アーブさ~ん!」
すっかり彼が爆発した事実を忘れていました。
都の郊外
「おい悪魔」
「ん~」
僕の声に腰振る悪魔が動きを止めた。
「変態から苦情が」
「何よ? あの名無しの少女を操って巻き込まれないよう配慮してあげたでしょう?」
確かに配慮はしていたな。変態だけには。
「そのカラクリも気になる所だけど……あのスク水少年が爆発したらしいけど?」
「んっ!」
完全にフリーズした悪魔がポンと手を叩いた。
「失念失念」
「そっか~」
失念なら仕方ない。
「悪魔さん」
「はい」
「罰としてそこでM字開脚スクワット30回ね」
「どんなスクワット!」
知らんがやれ。それが君に対する罰である。
~あとがき~
見えないオッサンはみんなの傍に寄り添うように常に居るのですw
大絶賛絶不調中ですが、書ける時に少しずつ書いて更新は継続します。
ただ薬を飲むと凄く眠くなるので…だから夜専用の薬なのか?
© 2023 甲斐八雲
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