興奮しない方が変だろうがっ!
神聖国・都の正門付近
「みぎゃ~!」
余りの光景に女王であれば発してはならない声が自然と出てしまいます。
ずっと鎮座していたカマキリがアーブさんの一撃を受け……おぞましい。あれはもう恐怖でしかありません。
「アーブさん! アーブさ~ん!」
自分が迂闊でした。
あのアルグスタ様の助言を真に受けるだなんて……失態です。大失態です。
「お呼びでしょうか? アルテミス様?」
「もぎゃ~!」
逃走……戦略的に撤退する私の元に駆け寄って来たアーブさんは大惨事です。
もう何て言うか頭の上から爪先まで血みどろです。ドロドロです。見てたら吐けます。
「倒したんですか? 倒したんですよね? 倒しましたよね?」
「いいえ」
やっぱりそうですよね!
私の問いに努めて冷静に言葉を返してきた彼も並走して走ります。
現状私たちは蜘蛛の子を散らしたような感じです。だってあれは絶対に近づいちゃいけない類のあれですから。
『どうしたゴルベルぅ~! 私はここに居るぞ~!』
右宰相の気を引いてくれたゴルベルさんには感謝しかありません。
彼を抱え逃げているムッスンさんたちの勇敢なる行為も決して忘れません。
私たちがあれを打ち倒したら2人の石碑を立てましょう。生き残った場合はその時に考えます。
「何がどうしたんですかっ!」
「たぶんですが……」
私たちと一緒に逃げている名無しの少女がアーブさんにマントらしき布を拾い手渡します。
頭の上に居るおニクさんが持つ魔道具は『現在調整中です』と言う文字が浮かび……本当にあの人たちは場を乱すことに関しては天才ですよねっ!
「教えてください」
走りながらも顔を拭き拭きしているアーブさんが口を開きます。
「ずっと動かなかったのはあの姿に変化する為だったのでは?」
「あれですかっ!」
適当に指を背後に向けつつ私はアーブさんに対し軽く吠えます。
吠えても良いはずです。あんな化け物見たことがありません。
「きっとですが右宰相は別の化け物を取り込んで……そう言えばあれに似た前女王が居たような?」
「ええ居ましたね。あれは本当に」
走りながらふと思い出します。
あの子は決して恵まれない存在などではありませんでした。
私のたった1人の妹であり、たった1人の家族なのですから。
だから私はあの子が望むモノを得られるように手配し……結果命を狙われたのです。
愚かだと言うのであればきっと私の方でしょう。
妹の心を、気持ちを、全く察することもできず、一方的に愛情を注いでいた気になっていたのですから。
一瞬足が止まりかけ……背後から飛んで来た肉片で現実を思い出しました。
「過去を振り返り懺悔するのはひとまず終了です」
宣言して全力で逃走です。
懺悔なんて生き残ってから纏めて行います。反省も忘れません。ですが今必要なのは生き残るための脚力です。アルグスタ様と出会ってから色々とあって体力がついていたことに感謝です。
まだ走れます。今の私ならまたまだ走れますとも!
それより何より血肉を撒き散らし変態しないで欲しいです。右宰相サーブ!
段々と“あれ”の存在を思い出してきました。
確か血筋は良いけど才能は無く、文官たちの間で可もなく不可もない仕事をしていましたね。
だから私への謁見は公式な行事の時だけで……今にして思えば女王が全裸で部下の前に姿を晒すっていうあの仕組みは何だったのでしょうね? 絶対に過去の女王の誰かが変な性癖の持ち主だったに違いありません。見られて興奮する類の変態だったのでしょう。
「……アーブさん」
「何でしょうか? アルテミス様」
走りながら器用にも全身を拭いた彼が私の方に顔を向けて来ます。
ああ。この弟のような少年に見つめられる状況……たまりません。
「アーブさんは前女王の……その……あれに参加したことが?」
言葉に出来ません。だってあれを公にしてしまうと、過去の私の行いまでもが。
「いいえ。どうして自分があのようなおぞましい肉の塊でしかない女王の裸を、もごご」
それ以上の発言は禁止です。
貴女も首を傾げずにちゃんと走ってください。それと頭上のおニクさんの尻尾の毛をワシャワシャして逆撫でることも許可しましょう。
誰が『同種の変態』ですか? その言葉を発しているのはアルグスタ様ですか? そうだったら文句を言いに行きますよ?
「ただ自分は余りあの場に呼ばれませんでしたし」
「そうなのですか?」
走りつつ彼の背中に残っている肉片を拭きとります。
まさかアーブさんがあのカマキリを殴ったら爆散するとは思いませんでした。
それで倒せているならまだしも、まさかあんなおぞましい姿になって……。
「はい。一度呼ばれ女王宮に入るや直ぐにアルテミス様をお探しに走りだし、不敬罪とはなりませんでしたが、それから女王宮に近づくことを快く思われなくなってしまったようで」
「……」
「アルテミス様。走りにくいのですが?」
「私の騎士であるなら我慢してください」
「はい」
そっと走りながら彼の背中を指でツンツンします。
何て本当にこの子は良い子なのでしょう?
この子の両親も本当に良い人でした。ボロボロだった私を救い命を賭して秘密を守ってくれたのです。最後にはこんな立派な、本当に立派な……じゅるりっ!
「アルテミス様。本当に走りにくいのですが?」
「我慢です」
「はい」
彼の後ろから覆いかぶさる勢いで身を乗り出してしまいました。
激しく左右に動く彼の股間のあれが……ハァハァ。
「アルテミス様」
「何か?」
「先行する少女の頭上が」
「?」
彼の声に顔を上げれば、1人前を走るな名無しの少女の頭の上に居るおニクさんが持っている魔道具にただ一言。『や~い。変態』とありました。
「誰が変態ですかっ!」
『良く吠える変態だ』
「こっちの言葉が聞こえているでしょうっ!」
『何も聞こえません』
「この嘘つき~!」
目まぐるしく変化する文字に重ねて吠えますがおニクさんはどこ吹く風です。
何故か少女まで達観したかのような表情を浮かべて走っています。あの子も大概に体力がありますね。そしてこれぐらいで動じない精神も凄い。
『ゴルベル~! 隠れていないで出てこ~い! さもないとこの場に居る人間全てを殺してしまうぞ~!』
背後から恐ろしい声と言葉が聞こえてきました。
私たちは皆で顔を見合わせ、全力で右宰相から離れることを選びました。
都の郊外
「それで悪魔よ」
「は~い」
「喉ちんこがどうしたって?」
僕の問いに悪魔がチッチと顔の前で指を振る。
「だから、」
「言わせないってばよ~!」
「あざーすっ」
ハリセンを食らった悪魔が嬉しそうだ。
「お前ってばわざとハリセンを食らいに来てないか?」
「そんな……お姉さまのような特所な性癖なんて私は持っていない、あざーすっ」
わざと怒らせて叩かれようとしているだろう?
「ハリセンって定期的に叩かれたくなるのよね」
「知らん。そんな性癖」
「いやん。ポーラ、悪い趣味に目覚めちゃった」
こちらに尻を突き出し軽く前屈みになりつつスカートをチラッと捲るな。
どんな誘い方だ? そんな実の少ないバディーで誘われても動じないぞ?
「何でよっ! こんな美少女が誘っているのよ? ロリなら大興奮しなさいよ!」
「ロリやないし」
「ばっ……ばかな」
何故驚愕する?
「僕はしいて言えば同じ年齢から年上が好きだぞ?」
「いやいや違うから。兄さまはだって……あれ?」
気づいたか。
「ノイエの“姉”たちは姉であるのだよ! つまり全員年上である!」
「そっ……そんな馬鹿な~!」
事実に気づき悪魔が膝から崩れ落ちた。
つかずっと姉って言ってるやん。僕の発言に間違いはないぞ?
「でも兄さま」
「はい」
顔を上げた悪魔が僕を見つめて来る。
「姉さまがもし10歳児だったら興奮するでしょう?」
「何を言う?」
そんなの決まっている。
「興奮しない方が変だろうがっ!」
「この変態が~!」
「ありがとうございますっ!」
ピコっと鳴るハンマーで悪魔に叩かれた。
~あとがき~
その昔とある主人公は魔道具の効果で幼くなったとあるお嫁さんを…ロリやんw
総集編と言うか書籍化したら2巻用に考えていたロリっ子ノイエ対オーガさんの話とかマジで書きたくなる…ちなみに1巻用は結婚式です。表で暴走する主人公と裏で暗躍するユニバンスメイドたちの話になります。
完結までに書籍化の話が来なかったら、完結後に書こうかな? 問題はこの話…いつ終わるの?
© 2023 甲斐八雲
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