一度全員で落ち着きましょう

 神聖国・都の正門付近



「アルテミス様っ! 大変申し訳ございませんっ!」

「あ~うん。大丈夫です。本当ですよ?」


 頭を深く下げているアーブさんが居ます。

 顔に汗臭い布を巻いて正気に戻った彼は、私に対して深々と頭を下げて謝罪して来るのです。


 えっと……そちらこそ大丈夫ですか? お顔が第三の手と正面衝突していませんか?


「全てあの右宰相が悪いのです。ですから」


 普通ならここでビシッと命令するはずですよね?


 あのアルグスタ様ですらその部分の判断は絶対に間違えません。自分の身を晒しても奥さまに攻撃を命じる人です。

 ただノイエ様は普通とは違うので、攻撃に出向いても防御までしてくれる安定感があります。


 私の場合は実質アーブさんしか攻撃と防御をしてくれる人が居ません。他の人たちは……あのカマキリの鎌を一振りされたらみんなして死んでしまいそうな気がします。


 声にして言えませんが私としては死にたくないんです。ですから自分の護りを考えてしまいます。施政者としては最低でしょう。でも死にたくない。


 どうすれば良いのでしょうか? あのカマキリを倒すには……ところであれはどうして動かないのでしょうか?


「アーブさん」

「ふぁい」


 やはり正面衝突していたらしい彼が顔を上げました。

 その額の円形の跡は気にしないであげましょう。


「貴方でしたらあのカマキリは倒せますか?」

「アルテミス様のご命令でしたら、」

「違います。私が聞いているのは確実に倒せるのかです」

「……」


 相手の言葉を遮り強めの口調で告げれば、彼はその視線を軽く下げました。

 推し測っている……と言う風には見えません。きっと彼の中では今までの経験則から相手の力量を計り、自分が勝てるかを判断しているのでしょう。


 よく書物とかにそんな風なことを書いてあるものがありました。


「アルテミス様」

「はい」

「正直に申し上げて……」


 ゆっくりと顔を上げた彼の目に迷いはありませんでした。


「戦ってみないと分かりません」

「……はい?」


 ちょっと待ちましょうよ。普通あれですって。


「経験則から勝てるかどうかとかの判断は?」

「出来ません」

「どうして?」

「自分はあれと戦ったことが無いので」

「……」


 つまり経験が無いから予想が立たない?


「でもあれです。よく書物とかで『アイツから感じるあの気配は……ギリギリかっ!』とかあるじゃないですか? そんな感じでどうにか?」


 狼狽えてしまう私に対しアーブさんが勤めて冷静に口を開きます。


「アルテミス様」

「はい」

「それは全て空想か妄想の出来事です」

「……」


 そうなのですか?


「普通相手を見て分かることなんてありません。しいてあげれば相手が大きいか小さいかで判断はできますが、普段自分が相手をするドラゴンはどれも巨大ですので」


 その通りでしたね。私も私より小さなドラゴンとか見たことがありません。と言うか前線に出向かない私はドラゴンとか死体でしか見たことが無いんですけどね。

 初めて見た生きたドラゴンは先ほどの石っぽい、カメっぽい感じのあれぐらいです。

 石が全力疾走で走って来るとか経験にない恐怖でした。


 何より非常識夫婦が傍に居ないことがこんなにも恐ろしいとは思いませんでした。


「でも経験則で?」

「はい。相手がドラゴンであれば多少は」

「……」


 ゆっくりと顔を動かしカマキリを見ます。


 どう見てもドラゴンには見えません。ですが先入観はダメです。あれはドラゴンかもしれません。


「あれがドラゴンと言う可能性は?」

「無くも無いですが……」


 アーブさんが難しそうな顔でカマキリを見ます。

 ずっと四本と股間の一本の腕を構えているカマキリは動きません。動いて無いはずです。


「もしあれがドラゴンだった場合はまず我々は襲われて食われているかと」

「そうなのですか?」

「はい。この国に居るドラゴンの全てが肉食獣です。大陸には“スノードラゴン”と呼ばれる種類以外はほぼ肉食です。ですのであそこまで待機することは無いかと」

「ですがあれは右宰相の顔が?」

「はい。ですからむしろドラゴン出ない可能性の方が高いかと」

「……」


 ですね。そう言われれば、あれが仮にドラゴンとしても右宰相の顔が張り付いている時点で“右宰相”と言っても過言では無いのかな?


 こんな時に相談相手になってくれる人が居ません。

 私が女王に戻ったまず相談役を置きましょう。


『へいへい。そこのお困りな変態女王』


 あれ? 不意にアルグスタ様の声が? 幻聴でしょか?


『こっちこっち』


 どっちですか?


 キョロキョロする私に対し、アーブさんがいち早く動きました。


 私の背後に回り、えっと……我が同志おニクさんではありませんか?


 顔に汗臭い布を巻かれて正気に戻った名無しの少女の頭の上に、ニクと呼ばれているリスと言う生き物がちょこんと座っていたのです。


 彼は両手で四角い鏡のようなモノを持ち、私たちにその鏡面を向けています。

 何故かアルグスタ様の顔が写っていますが……どんな魔道具なのでしょうか?


『もしも~し。聞こえていますか? お~い。変態? ダメっぽいぞ悪魔?』


「あっはい。聞こえてます」


『気が早いのよ。普通初見の魔道具に返事をする変態が、ここに居たっ!』


 ちょっとポーラ様? また悪い性格が出ていますか?


『変われ悪魔よ。で、変態? 元気してるか?』


「はい。元気ですが……ちょっと問題を抱えていて」


『問題? 溢れんばかりの性欲を我慢できずにって、悪魔よ。何故か向こう側の映像が変なのだが?』

『あん? あれは技術的な問題じゃなくて人間側の問題よ』

『やはり変態か。変な性癖を広げやがって』


 あはは。


「大人しく聞いていれば物凄く酷いこと言ってませんか?」


『言いたくなるだろう? 全員で顔に布を巻いて。お前らはいつから族に成り下がった?』


「違います! 右宰相の顔を張り付けた変なカマキリが何かしらの臭いを放っているようで、それを嗅ぐと……大変なことになってしまうのです」


『その大変を詳しくっ!』

『落ち着け悪魔!』


 ニクさんが持つ四角い鏡のようなモノにポーラさんの顔がいっぱいに。

 可愛らしい顔立ちなのに今の彼女はかなり怖いです。


「その臭いを嗅ぐと何と言うか興奮してしまって」


『いつも通りじゃん』


 だから酷くないですか? アルグスタ様?


『たぶんフェロモンを使った攻撃ね。武器にしやすいしあの馬鹿弟子が得意にしていたヤツだし』

『お前もその弟子もロクなことをしないな?』

『その喧嘩買ったっ! にゃ~ん。脇はダメ~』


 いつも通りに暴走したポーラ様を捕まえてアルグスタ様が……脇ですよね? そのくすぐっている部位は胸ですよね? 違った。脇ですよね?


『あふ……まだ敏感なんだから……にゃんっ』

『黙っておれ。何ならまたあの娼婦の元へ投げつけてやろうか?』

『いやぁ~! ポーラ、お嫁に行けない体にされちゃうっ! そうなったらお兄さまが責任を取って、ちょっとマジで投擲しようとしないでよねっ!』


 本当に仲の良い兄妹ですね。


 しばらくジタバタと暴れた2人が、こちらに顔を向けて来ました。


『それでそのカマキリって変態の背後に見え隠れしているあれ?』

『兄さま見て! 四本腕よ! 芸術センスの無さが伺えるわ! 腕を足すなら普通4本でアシュ〇マンにしなければっ!』

『褒めてるの? 貶してるの?』

『残念過ぎて何も言えないわ! ただ兄さま、あの股間を見て!』

『まさかあれは……伝説の隠し武器?』

『だよね? あれのセンスは良い感じよ! 総合的に78点!』

『それって高評価?』

『一応ね。腕が六本だったら86点は確実よ!』

『何故満点にならない?』

『決まっているわ。私ってばカマキリに可能性を感じないからっ!』

『お前の都合かいっ!』


 また兄妹が取っ組み合いの喧嘩を始めました。


『らめ~! 今、ポーラのポーラはとっても敏感だから~!』


 ただ始まって数十秒で決着がつきました。


 鏡では見えない部分を攻撃したらしいアルグスタ様と、顔を真っ赤にしたポーラ様が……ポーラ様が地面の上で前のめりになって子供に見せられない表情になっています。


 ニクが名無しの子の頭の上に乗ってて良かったです。


 それとそっちでまた硬くしている何かを処理しようとしている不逞の輩は退治しても良いです。ムッスンさん。貴方の部下なら上司が責任を取って処理なさい。


 だからって嫌そうな顔をしてその手で何をする気ですか?


 一度全員で落ち着きましょう。




~あとがき~


 魔道具で遠隔ツッコミを開始した主人公たち。

 まあすることは解説でしょうけどw


 あの~。余りカマキリを放置すると…




© 2023 甲斐八雲

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