あの若者なら蹴るでしょう

 神聖国・都の正門付近



「……」


 見上げれば見上げるほどに大きなカマキリです。たぶんカマキリです。きっとカマキリです。


 私は書物でしかその存在を見たことがありませんが、この体の前の持ち主であるアテナがこの手の書物を見ていたようです。記憶がバッチリと残っています。形状はだいぶ違いますが特徴が一致しているからあれはカマキリで良いはずです。


 アテナの記憶と言うか存在そのものが完全に私の中に溶け込んでいて、彼女の全てを共有しているからこそ……あの子は昆虫に対して何を求めていたのでしょうね?


 確かに母親役を引き受けてくれたキキリは意外とあっち方面では真面目でしたしね。

 ハウレムも父親役を確りと努めてくれたから文句はありませんが、どうして私がこんなにも男女の営みに興味を持ってしまったのかは考えて欲しいモノです。


 両親の役であったはずなのに、まあ本当に愛し合ってしまったのは良いでしょう。振りではなくてちゃんと夫婦をしてくれたのです。文句はありません。ええありませんとも。

 ですがあの2人の営み……特に夜はもう激しくて、子供心に私が興味を持ってしまったのは仕方のないことです。だって結局私は男性との関係を知らずに子供を、私自身を産んだわけですから。

そう考えると無茶苦茶ですよね?


 処女で妊娠出産って、それが原因で前の私って寿命を短くして死んだのでは?


 元々結構ボロボロな体でしたが、思い返すとそんな気がしてきます。


「女王陛下?」

「何ですか? ゴルベル」

「いいえ……突然座り込んで地面の石を指で弾きだしたので」


 言われてみるとその通りです。私はその場にしゃがみ足元の小石を指で弾いています。どうしてそんなことをするのかは簡単です。だって色々と現実から逃げ出したくなって来たんです。


 誰が悪いとも、何が悪いとも言いません。アルグスタ様の言葉を借りれば、きっと周りが全て悪いのでしょう。彼の場合は妻を除いてとなります。


「色々と疲れました」


 本音が口からポロリです。


 まさかこんな風に自分の国に、それも都に戻ることとなり、挙句目の前には巨大なカマキリです。茶色です。大きいです。大きな鎌が5本見えます。

 左右2本ずつは納得できますが、あの威嚇を取るように背筋を伸ばしてからニョキっと生えてきた股間の5本目は何ですか? 腕なのですか? 武器なのですか? それとも生殖器ですか?


「アルグスタ様が居ればきっと大喜びで何か訳の分からないことを叫び出すんでしょうね」


 あの精神的な図太さが私にも欲しいです。色々と、本当に色々と限界です。


「アーブさん」

「はい。アルテミス様」


 呼ぶと彼は来てくれます。本当に忠実な私の騎士です。


 ノイエ様のような目では追えない速度とはいきませんが、それでも全力で……あれ? アーブさんの股間にも目の前のカマキリと同じような第三の武器が?


「アーブさん。大丈夫ですか?」

「はいアルテミス様、何でしょうか?」

「……」


 呼んでおきながら彼の顔を見ていなかったのは失礼でした。

 だからゆっくりと顔を上げ……また下げました。彼はどうしてあんなにも目を血走らせているのでしょうか? 顔も赤くしていますしね。


「体調が悪いのですか?」

「いいえ。大丈夫です」


 確かに声は元気そうですが、私の知っている彼はその……股間のモノを全力で隠していたはずです。隠されるとつい見たくなるものですから何度か覗きはしましたが、ただこうやって正々堂々と見せつけて来ると対応に困ります。どうするのが正解なのでしょうか?


「アーブさん」

「はい。アルテミス様」


 今はそんなことを忘れましょう。

 そうです。私だって女王なのですから。


 ゆっくりと立ち上がり胸を張って片腕を動かす。石を弾いていた指を私たちの前に立ちふさがっている愚かな存在へと向けます。


「あの者は自身の欲を満たすために神聖国を弄んだ逆賊者です」


 右宰相サーブらしき顔を指さし私ははっきりと告げます。


「あの者から私を護りなさい」

「御心のままに」


 ハァハァとした吐息が聞こえてきそうなほどに興奮したアーブさんが、股間の第三の武器を大きく震わせ私に背中を向けます。


 ああ。何て小柄で抱きしめやすそうな背中をしているのでしょうか?


 このまま抱きしめて首筋をペロペロと……ごほん。私は女王陛下です。彼は私の騎士です。そんな卑猥な物語のような不埒なことはしません。ええしません。


 普通どこに自分の部下である者に興奮する女王が、


「女王陛下?」

「……ふわっ!」


 ゴルベルの声で我に返りました。

 いつの間にかにアーブさんの背中を撫で回す私が居たのです。


「何か変です!」


 声を上げ色々と誤魔化します。


 まずアーブさんから離れて……身の安全のためには彼の傍に居るのが一番です。これは仕方のないことです。緊急措置です。抱き着いてペロペロとするぐらいの距離が良いです。

 願わくば私の行為に戸惑いつつ、抵抗するそぶりを見せながらでも抵抗しないで恥じらいつつ全てを受け入れてくれたら願ったりです。だってこんな小柄な少年のような相手を権力で支配して蹂躙するとか興奮が、


「女王陛下。気を確かに!」

「……もわっ!」


 またです。ゴルベルの声が無かったら色々と危なかったです。

 今度は背中では無くてアーブさんのお尻を……彼も欲しがりそうな顔でこっちを見ています。つまり同意を得ているということで続行しても構わないと?


「失礼」

「もがが」


 不意な口と鼻に布が巻かれ……臭いっ! 男性のとてもこうばしい汗の臭いがっ!


「はっ!」


 私は一体何をしようとしていたのでしょうか?


「どうやら犯人はアイツの様ですな」

「ゴルベル?」


 気づけば彼は抱えられていたムッスンの腕から解き放たれて地面の上に立っていました。

 ガクガクと震えているその両足の様子に不安しか覚えませんが。


 彼の部下であるムッスンは顔に布を巻き、部下たちにも同様の布を巻きに向かっています。

 全く気付いていませんでしたが、他の人たちも第三の武器を振りかざし大変な事態に陥っています。


「一体何が?」

「たぶんこれがサーブの本性と言うか隠れた武器なのでしょうな」


 ズビズビと詰まった感じの鼻を鳴らしゴルベルが私の横へと来ました。


「男食い。男色家などと呼ばれたアイツがあの地位に昇り詰めるに至った理由でしょう」

「……洗脳ですか?」

「いいえ違います」


 大きく鼻を鳴らしゴルベルは言い放ちました。


「誘惑です」


 え~。


 男性が男性を誘惑するだなんて狂っています。それは生物の根幹にかかわる異常です。

 ただ同志ユリーのこともありますので、愛でることは許しましょう。そうです。同性とは愛でる者であってそれ以上はダメなのです。その一線を越えてしまったら引き返せません。つまり私は正常です。


 だって好みの相手は異性ですから。年齢も問いません。ただお年を召し過ぎているのはちょっとですが、アーブの様に少年に見えるのはセーフです。むしろそのギャップに、


「くさっ! ……ごほんっ!」


 一瞬意識が飛びかけ鼻で荒く息をしたら余りの臭さで目が覚めました。

 何て強力な誘惑なのでしょうか?


「この誘惑をどうにかしなければ私たちは全滅してしまうかも……ところでゴルベル」

「はい」

「どうして貴方は無事なのですか?」


 皆が誘惑されてハァハァ状態だと言うのに、この老人は狂わされた気配が無い。

 そう言えば部下のムッスンも元気ですね。


「はい。実は封印の主に殴られ過ぎて鼻の感覚がまだ。ムッスンは鼻炎持ちですので」

「納得です」


 納得しておきます。

 だってこうして強い臭いを嗅いでいればあのカマキリの誘惑からは解放されるのです。


 ところでこの汗臭いのはどうにかなりませんか?


 糞尿の臭いの付いた……ごめんなさい。こっちで我慢します。

 少しだけ涙ぐみながらも私は我慢するのです。だって女王だもん。


「で、ゴルベル」

「はっ」

「その子が声を出せないからと言って後で変なことをしたら……アルグスタ様にお願いをして私では考えられない拷問を課しますので」

「分かっておりますとも」


 言いながら老宰相は困り顔をしています。

 名無しの少女も誘惑されてしまったのかゴルベルの背中に抱き着いて彼の首筋に吸い付いています。


「その子はもしかしたら祖父にでも育てられていたのでしょうか?」

「かもしれませんな」


 困りつつも少女を邪険にせず、彼は両足を震わせつつも私の横に来ます。

 別にその少女を地面に降ろせば良いのでは?


「逃げる時に置いて行くわけにもいきませんので」

「律儀ですね」

「どうでしょうか」


 苦笑する彼は少女がどうして声を失ったのかを知っています。

 そして自分がどれ程無理なことをしてこの国を変えようとしていたのかに気づいてもいます。


「あれぐらい倒して国を建て直さないと……アルグスタ様に尻を蹴られそうですね」

「はい。あの若者なら蹴るでしょう」


 はい。絶対に蹴ります。あの人には地位も肩書も関係ありませんから。


「アーブ」

「……はひっ」


 呼ぶと私の騎士は……誰かアーブにも汗臭い布を。

 もう色々とはち切れそうですがまだ間に合います。




~あとがき~


 あれ? カマキリとのバトルにまで行けなかったw


 女王陛下アルテミスとアテナさんの関係はあれです。

 コーヒーにミルクを加えてミルクコーヒーになった感じです。

 ですからどっちがどっちでは無くて完全に1×1=1です。あしからず。


 名無しの少女は…色々と考えてありますのでただのモブでは無いです。

 何故ならクレイジー刻印さんがずっと傍に居ましたからw




© 2023 甲斐八雲

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