あれの餌になるから

 神聖国・都の郊外



 へいへい。そこのお馬鹿さん? ちょっとそこの箒の上で正座してみようか? 理由? 理由なんて簡単だよ。ウチの馬鹿従姉が『あの日』に何を呼び出して国中がヒャッハーなパーティー状態になったのかを今更くどくどと説明しようか? これが全12話のアニメとかなら前半パートを費やし各方面から苦情が来るレベルで非難囂々だからな? ネットなら炎上確定なんだからねっ!


「なにをさっきから馬鹿なことを言ってるの? アンタ馬鹿?」

「馬鹿に馬鹿と言われたくは無いぞ馬鹿っ!」


 それにこっちは石の上に這い上がってこようとして鬼女と化したマニカの相手も忙しい。

 ええい。足首を掴むな。大人しく転がり落ちてカメの餌にでもなってしまえ。


「アルグ様おかわり」

「マイペースな人たちがオーバーラン状態だな!」


 でもノイエの我が儘は無条件なのさ。

 持って行くが良い。我がお嫁さんよ。


 ついでに彼女はマニカに群がろうとしていたカメを殴り飛ばして……甲羅を蹴り飛ばして僕らの周りに大きな空間を作って行った。

 実はここでマニカを食おうと集まるカメを退治する狩場にしていないか? ノイエってば基本面倒臭がりだからな。


「で、どの話?」

「アンタ馬鹿?」

「馬鹿ではない。会話の混線が思考を惑わすのだよ」


 ああ。ドラゴンヒャッハーの話だっけ?


「つまり表情が鬼女でも形の良い乳を見ると野郎の視線は釘付けになるってわけだ」


 胸を張り話を戻す。


 が、何故か箒の上に立つ悪魔が心底蔑んだ目を向けて来た。


「アンタ馬鹿?」

「あれ?」


 本当に何の話をしていたんだっけ?


「思い出した。完璧です」

「本当に?」

「失礼だな君は」


 今の僕は完璧さ。


「あの馬鹿従姉は魔竜だっけ? そんなのを呼び出して……ん?」


 落ち着け僕。まだ焦る時間じゃない。


 マニカの両胸がはっきりくっきり丸見えだが焦る時間ではない。興奮を覚えるがな。


「あの馬鹿従姉って実際に何を呼んだの?」


 僕が知りうる話では『魔竜』だ。だからついドラゴンを想像していたが、もしかしたらそれが『マリュウ』さんと言う人物だとしたら?


「そんな『仙台』と『川内』のような引っ掛けトリックような、『あの時間自室でラジオを聞いてました』とかいう犯人のアリバイトリック崩しのような冗談ではなかろうなっ!」

「何でアンタが逆ギレしてるのよ? それにしてもいい形よね。プルンとして」


 マニカの胸をガン見する悪魔が正しい評価を下す。


 悔しいがこの鬼女は性格以外は最高なのだ。あと言葉遣いが悪い。永遠に猫を被っていろ。

 ただし本物の猫を被るな。あれはファシーの特権である。


「そんなジョークは無いから安心して」


 安心しました。


「ならば問おう! あの日あの馬鹿従姉は何を召喚したのかね!」

「だから『魔竜』よ」

「おいお前? やはりその箒の上で正座するか?」


 アカン。防御が手薄に。

 顔はダメだ。顔を狙うのは後でノイエに叱られそうだ。だから肩を狙うのだよ!

 ……違う。今のは誤爆であって胸を踏みつけたわけではない。ますますマニカが鬼の形相にっ!


「忙しそうね。こっちの話は後にする?」

「……恥を忍んで仲裁を願い出ても良いですか?」

「残念。この世界には裁判所が無いから」


 ヘラヘラと悪魔が肩を竦めて笑い出す。

 良く分からんが全力で殴り飛ばしたい。


「まあ私も嘘は言ってないのよ。ドラゴンの召喚は原則禁止になっているから」

「禁止になっているって……何そのシステム?」

「だから召喚魔法上の禁忌に指定してあるの」

「……」

「何でアンタにそんな残念な子を見るような目を向けられないといけないわけっ!」


 向けたくもなる。そんな禁忌とか不可能だろう?


「譲歩してそれが正しいとするわな」

「事実よっ!」

「で、そり禁忌を犯したらどうなるの?」

「そんなの決まっているわよ。それ相応の対価を支払って貰うわ」

「対価って?」

「そうね」


 箒の上に立つ悪魔は片方の手に肘を置き、空いてる手は自身の頬に触れる。

 何処か微笑むような……良く分からんが腹立たしい表情を浮かべた。


「とある例で説明すれば、願いを中途半端に叶えるとかかしら?」

「……おい」


 マニカへの抵抗を止め僕は薄く笑う悪魔を見た。


「この世界をこれ以上ドラゴンで満たすわけにもいかなかったのよね。だから『あれを呼べば災厄をもたらす』と言う話が広がれば呼ぶ人が減るでしょう?」

「お前なっ!」


 確かにあの馬鹿従姉は本当にどうしようもない馬鹿な従姉だけど、


「それでも心の底から命がけで叶えたい夢を叶えようとしただけなんだっ!」

「ええそうね」


 クスクスと悪魔は笑い僕を見る。


「その結果どうなったか忘れたの?」

「……」


 痛い所を突いて来る。


 その結果、あの日と呼ばれたその日……大陸の各所で酷い惨劇が発生した。

 特にユニバンスは多くの人が狂った。ユニバンスは小国であったが、突出した個の才能を持つ人が多かったからだと思う。性格や性癖は別にしてだ。


「貴方の祖国は大いに乱れた。あっそうね。貴方は転生転移の異世界人だから特に心を痛めるようなことは、」

「煩い黙れ。それ以上言うなら戦争だ」

「あらあら。こわ~い。おに~さまが怒った~」


 両頬に握りこぶしを寄せて可愛らしい声を発する馬鹿に対し、ミニハリセンを大量召喚して投げつける。


「むだむだむだむだ~」


 口調はジ〇ジ〇だが避け方は映画マトリ〇クスだ。

 あの嫌味なまでの余裕っぷりが腹立たしい。


 ただ元々魔力が枯渇気味だったのもあり、僕は膝から崩れ石の上を転がり……落ちると思ったら落ちなかった。

 正面から抱きしめられて柔らかな双丘が、ごちになりますっ!


「貴方が怪我でもしたらノイエが悲しむでしょう。馬鹿なの?」

「人を石の上から引きずり降ろそうとしてなかった?」

「気のせいよ」


 気のせいで全てを片付けるマニカが僕を抱きしめながら悪魔を睨む。

 美人の怒った顔って本当に怖いんだよね。


「あら? 貴女も怒るの? でも貴女はお馬鹿な王女様のせいで色々と苦渋を舐めさせられたわけだし……怒るのはおかしくない?」

「そうね。確かにディア様が行ったことは憎々しくも思うわ。でも私の場合元々暗殺者だから自分の生き死にを他者が握っている状況とか普通だったしね。何より」


 怒っていたマニカがふっと笑った。


「あの人はちゃんと私に謝ってくれた。そして私はその謝罪を受け入れた。つまり今更蒸し返して相手を糾弾するのは私の魂が許さないのよ」

「あら? 娼婦の癖に格好の良い」


 お道化る悪魔にマニカは毅然と胸を張る。

 柔らか肉まんが……思いっきりの押し付けありがとうございます。


「娼婦だからよ。私たち娼婦は何よりも矜持を大切にするのよ」

「どうせお金で売り買いする程度のモノでしょう?」

「あん?」


 落ち着けマニカよ。怒れる気持ちは分かるが相手が悪い。

 相手はあの腐っても三大珍味の一角に名を馳せる『このわた』『からすみ』『くちこ』の1つ、イナゴの佃煮だ。


「普通トリュフ、フォアグラ。キャビアよ! 何で日本の三大珍味? あげくイナゴの佃煮ってランクインしてないからっ!」

「なら、ざざ虫の佃煮?」

「いや~! あれはビジュアルだけでも耐えられな~いっ!」


 ざざ虫を知ってる君にビックリだ。

 攻守逆転し怒れるマニカが暴発しないように抱きしめ制しながら、僕は悪魔を見つめる。


「で、蜂の子」

「違うから! 芋虫とかも食べないからっ!」

「意外と美味しいよ?」

「芋虫っ!」

「蜂の子」

「そっち!」


 嫌悪感丸出しで悪魔がこっちを見る。

 それは良い。それは良いんだけど、


「結局お前はこっちを煽るだけ煽っているが何がしたい?」

「ん~?」


 一瞬で表情を変え悪魔が僕らを見下ろす。


「結局あれは魔竜を呼んだんだろう?」

「そうね」

「ならお前の最初の言葉は」

「嘘じゃないのよ」


 僕の指摘を悪魔が遮る。


「どうして私たちが……私がこの世界にドラゴンを召喚するリスクを大きくしたと思う?」

「知らんよ」

「そう。なら」


 寂しそうに悪魔はこちらを見ながら口を開く。


「どうして私たちがこの世界に溢れんばかりのドラゴンを召喚したと思う?」

「「……」」


 今にも暴れ出しそうなマニカですら動きを止めた。


 うん。中途半端な状態で動きを止めたマニカが悪い。

 僕の手がガッチリと彼女の胸を掴んでいるのはただの事故である。


「もうこの世界にドラゴンを呼ばせたくなかったのよ」


 苦笑しながらため息を吐くような感じで悪魔は言葉を続けた。


「あれの餌になるから」




~あとがき~


 今回のラスボスが色々と語っておりますw


 そして主人公が暴走している中、実はこっそりと頑張るシリアスさん。

 頑張れシリアスさん! いつもながらに孤軍奮闘だけど!




© 2023 甲斐八雲

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