大脱出!

 神聖国・都の郊外



 マニカと一緒に避難し……と言っても大きな石の上に逃れただけだけどね。

 リクガメドラゴンは所詮カメなので石の上に昇った僕らをどうこうすることは出来いはずだ。


「ふははははっ! 見ろ~。カメがゴミの様だっ!」

「アンタの方が小物の様よ?」

「失敬な! 僕ほど優れた独裁者はっ!」


 ゴンっ!


 石に体当たりして来たカメの一撃でグラグラと揺れる。

 こんな時は敵も味方もない。捕まるモノを求めてマニカと抱き合い揺れるのが止まるのを待つ。


「体当たり継続中なんですけどっ!」

「どうにかしなさいよっ!」

「無理ぃ~!」


 四方からリクガメが体当たりをしてきて石が揺れる。


 このままでは僕らは石から落ちて……ちょっと待てマニカよ? 何故僕を石から落とそうとしている?


「決まっているわ! アンタが食われている間に逃げるからよっ!」

「アホ野郎! そんな小物じみた悪役の言葉はな、最終的に逃げた先でカメに食われる運命になるんだ!」


 お前は洋画あるあるを一度検索した方が良いぞっ!


「ならどうするのよっ!」

「ここは石から落ちた方が助かるパターンと見た!」


 パターンがそう僕に語りかけている。


「なら私が落ちたらアンタはどうするのよっ!」

「全力で逃げますが、何か?」


 聞く必要などあるのか?


「……落ちろ~!」

「足っ! 足蹴りは酷いっ!」

「これほどの美人に蹴られて死ねるなら男として本望でしょっ!」

「嫌だ~! 蹴られるならノイエの足が良い~!」

「くたばれ変態」


 突然冷めた声で声でマジ蹴りは止めて~。

 落ちる。落ちてしまう。


「アルグ様」

「うっほ?」


 石から落ちそうになった瞬間、ノイエが僕を抱きしめてくれた。


「おかわり」

「……」

「おかわり」

「あっはい」


 石の上に戻され、代わりにノイエに祝福を与える。

 やる気と凶器を回復させ、ノイエは僕らが居る石の周りのカメを撲殺するとまた飛んで行った。


「ノイエって本当に元気ね」

「だな~」


 楽しそうに飛んで行ったノイエを見送り、そして僕は横に居るマニカへ視線を向けた。


「だが恨みは忘れん」

「心の狭い男ね」

「何とでも言え」

「ちょっと!」


 相手を軽く押して優位な場所確保。


 あとはマニカが昇ってくる度に、あん? どうしたこの芋虫が?


 お前など地面の上で這いまわっていれば良いのだよ。


「普通女性を足蹴りにする?」

「お前と糞従姉は女性認定していない。敵だ!」

「ちょっとそこは蹴らないでよ。バランス……もうカメが下に来たっ!」


 暴れるマニカの尻を食らおうと首を伸ばしたカメの頭に小石を当てて確実に仕留める。


「これだな。頑張ってカメの頭を釣る餌になれ」

「餌ってそれが女性に対しての言葉っ!」

「お前ほどの美人ならカメたちも頑張って亀頭を持ち上げてくれるさ」


 そこを狙い撃てば良いのだ。


「色んな意味で腹が立つ!」

「ぬはは~。頑張れよマニカ」

「絶対に殺す!」


 暴れながらカメの攻撃から逃れるマニカを足蹴りにしつつ確実に小石で仕留める。

 そろそろカメの甲羅が辺りを埋め尽くして邪魔になって来た。


「アンタの尻の穴から鉄杭をぶち込んで無残に殺してやる~!」

「本性剥き出しにし過ぎだろう? ノイエでも引くぞ?」

「良いのよ。アンタさえ殺せれば~!」


 鬼の形相で僕の足蹴りを食らっているマニカの雰囲気が、いい加減危険水域だ。


「何してるの? あなた達は?」

「お」


 カメより怖いマニカの執念に怯えていたら我が家の天使に宿った悪魔が戻って来た。

 姿形は完全にポーラに戻っている。


「脱皮したのか?」

「ええ。あの姿の方が色々と勝手は良いんだけど魔力を無駄に使うしね」


 横にした箒に腰かけプカプカと浮かぶ悪魔は僕の横に来た。


「で、この娼婦に何したの?」

「色々あり過ぎて足蹴りにしてる」

「なるほど」


 納得するんだ。凄いな。


「で、このカメは?」

「ノイエが言うにはドラゴンらしい」

「ふ~ん」


 僕が小石で退治している様子を観察し、悪魔は箒が飛び降りると……死んでいるドラゴンの甲羅に着地した。


「ほいさっ」


 繰り出した悪魔の拳が甲虫のように見えるカメの甲羅に吸い込まれた。


「ん~」


 可愛らしい声を出しつつ、甲羅の上で寝そべる感じで肩の辺りまで腕を差し込んだ悪魔の所業に、流石の僕もマニカも動きを止めて見入ってしまう。


「うん。ドラゴンね」


 ズボッと腕を引き抜き……ちょっと待て? その透明な腕を覆うモノは何だ? 魔法でゴム手袋的なモノを作った?


 その技術を応用して、こっちを見ろ悪魔。僕の相談に乗れ。


 はい? 白濁としたモノで汚される絵面が好き? 練乳でも振りまいておけ~!


「あれって髪の毛にかかると」

「そっちは経験談を語るな~!」


 ゲシッとマニカを蹴り飛ばしつつ、ひょいひょいっと甲羅を蹴ってこちらに戻って来た悪魔が僕の背後に立った。


「体組織の感じからして間違いなくドラゴンね。ただ新種よ」

「はい?」

「私も知らないタイプってこと」


 偉そうに語っている悪魔さんに質問です。貴女が知らないだけという可能性は?


「否定しないわ。それに異世界のドラゴンと言う可能性もね」

「でも新種の可能性が高いと?」

「ええ」

「一応聞くけど……断言できる理由は?」

「これよ」


 モゾモゾとエプロンの裏から悪魔が取り出したのは一冊の本だ。

 古くから存在し、ノイエも愛読していたという……と言うかその内容を丸暗記している本だ。


「ドラゴンのことが書かれた本だよね」

「その通り。で、この本の著者が私なの」

「そっか~」


 それって二百年ぐらい前に書かれたと言う本だよね?


「お前はそんな前から何してるんだっ!」

「決まっているでしょう! 趣味に生きているわ!」

「迷わず即答かいっ!」


 這い上がって来たマニカを足蹴りにしつつ、悪魔へのツッコミも忘れない。


「ドラゴンがいれば調べたくもなるでしょっ! たとえ大半が異世界から召喚した……げふげふ」

「おまわりさ~ん! ここに世界レベルの犯罪者がいま~す!」

「違うわ! ちょっと好奇心が抑えられないお年頃だっただけよ!」

「お前の場合はいつもだろ!」

「それの何が悪いのよ! 人は好奇心を忘れたらただ老いて朽ちるだけなの!」

「お前の場合は一度朽ちて枯れてしまえ~!」

「ふな~!」


 悪魔を掴んで全力でカメの方へと投擲する。


 ムシャムシャと僕に退治された仲間の甲羅を食らっていたカメたちは顔を上げ、飛んで来る悪魔に大きな口を開く。


「いや~ん。ローアングルから私の下着を~!」


 スカートの裾を押さえながら悪魔はスポッとカメの口へと飛び込んでいった。


「これで少しは、」

「大脱出!」

「帰還が早いわ!」


 背後から聞こえてきた声にミニハリセンを召喚して適当に投げつける。

 回避したのか殴打の音は響かない。


「ふっ! この天才マジシャンである私にできない脱出トリックは無い」

「なら種も仕掛けもないリアルマジックを!」

「ふな~!」


 また捕まえて悪魔を放つ。


 が、今度は投げてから追っかけでミニハリセンも投げた。

 ハリセンには重力魔法を仕込み、追いかけてきたミニハリセンを食らった悪魔が直角で地面に落ちた。


「いや~ぁ! 食べられちゃう! ポーラ、大きなカメさんの頭に無理矢理襲われちゃうっ!」


 地面に張り付けられた悪魔が叫び、やって来たカメがバクッと悪魔を口にした。


「ようやく悪魔が滅んだ、」

「大脱出!」

「何度でも蘇るなっ!」

「あべしっ!」


 振り向きざまに拳を放つと、相手の言葉に反して僕の攻撃は素通りした。


「ふふり。残像だ!」

「幻影だろう!」

「そ~でしたっ!」


 僕の腕で顔面を貫通されている悪魔は笑い、そして姿を消す。

 プカプカと浮いたままだった箒の上に悪魔が姿を現した。


 まるで何かを払うかのように……光学迷彩的なマントかな? 便利アイテムが羨ましいぜ。


「で、お兄さま」

「何よ?」

「ちょっと真面目な話をしても良い?」

「……」


 とりあえずマニカの腕を狙って攻撃したら、彼女はズルズルと石の上を滑って落ちて行く。


 半裸の状態で僕に襲い掛かろうとしているこの娼婦は、それで良いのだろうか?


「何を語りたい?」

「その地面に転がっているドラゴンについて」

「……どうぞ」


 本当に真面目な話っぽいので聞くことにする。


「それって新種なのよ。たぶん間違いなく」

「それで?」


 新種がいたら何か問題でも?


「大問題なのよね~」


 箒の上に立った悪魔がポリポリと頭を掻いた。


「この世界にドラゴンはもう召喚できないの」

「はい?」




~あとがき~


 刻印さんが言うには新種だそうです。

 えっ? ドラゴンってもう召喚できないの?


 それだとグローディアは…?




© 2023 甲斐八雲

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