お前って本当に性格以外は最高な

 神聖国・都の郊外



「ノイエもお姉ちゃんを責めることはしないであげて。マニカの文句は全て僕が我慢すれば良いんだから」

「……」


 復活し始めた足で立ち、ノイエに何かを訴えかけるような感じで両腕を広げる。

 さあ僕を見て。お嫁さん。


 クルンクルンとアホ毛を回すノイエは……彼女のアホ毛がピタッと止まった。


「あの人が謝らないのはダメ」

「みぎゃ~!」


 最愛の妹からの追い打ちに、マニカが断末魔の叫びを上げた。


 完勝だ。圧勝だ。戦う相手を間違えたのだよマニカくん。


 心の中でガッツポーズを決める僕にノイエがちょこちょこと近づいてきた。そして脇の下から腕を差し入れ、背中に回った腕がギュッとしたと思ったら、世界が横移動した。


 一瞬で視界が変化する。


 おおう……ノイエさん。貴女の瞬間移動は貴女にしか耐えられない仕様になっていると知っていますか? 僕の体の中で何かが激しくシェイクされてマジで吐きそうになってますよ? エロエロと色んな何かが溢れ出そうですよ? 出して良いですか? エロエロってね。


「あっ」


 ポツリとノイエが一音発する。


 何だろうと目を向けたら……僕が立っていた場所に蛇の鱗が落ちていた。


 鱗だよね? 鱗か?


 よくよく見ればテラテラと虹色に輝く光沢のある甲虫の背中にも見える。遠くから見ていたから気づかなかっただけで、実はあの蛇の鱗は全て虫だったのか?


 いや~ん。巨大昆虫とか好きじゃないんですけど? だって昆虫って人ほどの大きさにするととんでもなく強いって昆虫大好き片桐君が言ってたよ? あれは確か小学生の時だったっけかな? 


 巨大化したアリは世界最強っとか、彼が熱く語っていた記憶がある。


「アルグ様」

「はい」


 ただ蛇の鱗を見つめるノイエが何故か興奮している。

 表情に出さなくても分かる。僕を抱きしめている彼女の二の腕の力が強まっているからだ。


「ノイエ。落ち着いて」

「無理」

「無理か~」

「無理」


 どうやら無理らしい。


 どうしたノイエ? 君がそんなに興奮する理由は……あれ?


 よくよく鱗を見ていると、何故かもそもそと動いているような? 本格的に昆虫か?


 ゆっくりと鱗から手足が伸び……カメのような形態に。


 リクガメのような形態と言えば良いのかな? 歩くことに特化しているから手足が普通の亀よりも長い。ただファナッテの毒が効いているのか、亀化した鱗は若干弱っているように見える。

 ニョキっと生えた亀頭は、やはり亀のモノだ。つまり亀だ。亀だから亀頭と言っても問題は無い。大切なことだから何度も言おう。相手は亀っぽいからその頭は亀頭と言っても良いはずだ。


 ノイエさん。僕を抱きしめていた腕を解いて距離を取るのまでは許そう。何処を見ている?


「あっちのが大きい」


 うん知ってる。ただ比べる対象が違うからね?

 頭とあれを見比べてはいけません。1つ賢くなりましたか?


「はい」


 ならば良し。


 お嫁さんが1つ賢くなってきっと何かを1つ忘れていることだろう。まあノイエのことだから大目に見る。だってノイエだもんで片付けてしまえる僕も大概ではあるが。


「で、ノイエさん」

「はい」

「どうしてそんなに嬉しそうなの?」

「……ドラゴン」

「はい?」


 ノイエのアホ毛が目から血らしきものを流しているカメを指さす。


「ドラゴン」

「カメでしょう?」

「ドラゴン」

「そっか~」


 つまりガ○ラタイプのドラゴンなのか? ガ○ラって生物学上何になるのだろう?


「あれってドラゴンなの?」

「ドラゴン」

「そっか~」


 嬉しそうに歩き出したノイエは、地面の上で脱力して倒れたままのマニカを襲おうとしている亀の甲羅を掴んで待ちあげた。


「実験」

「はい?」


 ノイエの口からノイエらしくない単語が。

 カメを持ち上げたノイエが片手持ちに変化させ、空いた片手で亀の甲羅を殴る。


「硬い」

「なら内側です。内側を殴るのです」

「はい」


 また持ち替えて今度は亀の腹側を殴る。


「硬い」

「マジか~」


 硬い甲羅に覆われているカメを殴って仕留めるのは難しいらしい。どうする?


「ノイエ」

「はい」

「とりあえず地面に置いて……ひっくり返して背中側を地面に。そうそう」


 仰向け状態で地面に置かれた亀がジタバタと暴れている。


「これで?」

「ん」


 今度は僕が歩いてノイエの傍により、彼女の右手に祝福を与える。

“滅竜”の祝福だ。

 本当にあのカメがドラゴンならこれが一番の毒だろう。


「頭を叩いてみて」

「こう?」


 ポコッとノイエが亀の頭を叩くと、亀頭がもげて亀が絶命した。

 もげた亀頭も地面を汚す染みになった。


「アルグ様」

「はいはい」


 倒し方を理解したらしいノイエが、構ってと駆け寄って来た犬の尻尾のようにアホ毛を揺らす。

 可愛いんだけど、これからのことを考えると……まあこの国に来てからノイエさんのストレスは過多気味でしたしね。存分な息抜きも必要かな?


「行って来い」

「はい」


 彼女の両手に祝福を施したら、ノイエは嬉しそうに地面を蹴って飛んで行った。


 ただ見た限り全ての鱗がドラゴンってわけでは無いらしい。特に大きな鱗がドラゴンのように見える。それでも結構な数があるが、山に向かって直進したノイエの動きは某アメコミのクモ男のようだ。糸は出していないけどね。

 物凄い勢いで飛んでいき、あちらこちらで鱗を捕まえては叩き落とし始めた。


 見よ。あれがこの世界の終わりの光景だ。


「シクシク……ノイエに嫌われた……」


 ただ投げ捨てられているマニカがマジでウザい。


 最愛の妹に嫌われたままで……たぶんもうノイエはそんなことを忘れているだろう。忘れて全力でカメ形ドラゴンを退治している。


 見ろ! ノイエが本当に楽しそうだ。


「全く……そんなところで寝てると飛んで来る鱗に潰されるぞ?」

「良いの。ノイエに嫌われたからもう、生きる希望が見いだせない」


 死ぬなら勝手に死ねと言いたい。


 ただ死ぬならお前が使っている宝玉は返せ。それはウチのだ。


 相手の両足首を掴んでとりあえず空から落ちて来る鱗の衝突予測地点から逃げる。


 グサッと地面に突き刺さった鱗は当たりの鱗かな? モゾモゾと動き出した。


「ノイエの性格をしっかりと判断して引き際を考えないと」


 相手を背負い……形の良いノーブラの胸が僕の背中を熱くする。

 役得だと思っておこう。相手は憎きマニカではあるが、その顔立ちとスタイルは決して悪くない。悪いのは中身だ。性格だ。


「煩い馬鹿死ね」

「後でその暴言もノイエに報告しておくから」

「本当に死ね」


 僕の首に纏わり付いて来た彼女の腕がギュ~っと絞めて来る。ってマジで死ぬわ!


 体を左右に振って……背中で暴れる肉まんが良い感じなのです。


 くそう。何て無駄にスタイルだけは良いんだ。


「何かいやらしい気配を感じるんだけど?」

「お前って本当に性格以外は最高な」


 無言で首を絞めるな。呼吸ができん。足を止めるとカメがやって来るぞ。


「煩いわね。だから男は」

「同性愛者のようなことを言うな」


 だから無言で首を絞めるなって。


「同性の方が遥かにましよ。一方的に愛情を向けられ、それを憎悪に変化させる男と比べれば」

「それは君が期待を持たせるようなことを」


 ……首絞めないんか~い。


「当り前でしょう? 私は疑似恋愛で商売していたのよ。人気が無くなれば標的が出向いて来なくなるから」

「だったら娼婦を辞めて普通に暗殺者をしていれば良いんじゃない?」


 今度は絞めて来るのね。


「そうしたらずっと逃げ回らなきゃいけないのよ。宿も使えずに馬小屋のような場所で寝泊まりするのよ」


 マニカほどの美人がそれをしたら、


「私ほどの美人がそれをしたら見つけた男たちが片っ端から欲情して襲い掛かって来るわよ。それを全て殺していたら私はファシーもビックリなほどの大量殺人犯よ」

「ちゃんと殺すのね」

「当り前でしょう? 楽しんでから殺して身ぐるみを剥ぐ。そうでもしないと生活費が稼げないわ」


 普通に殺さないのね。


 アカン。進行方向にもカメが。は~い。皆さんこっちですよ~。


「暗殺で儲かるでしょう?」

「……意外と儲からないのが暗殺なのよ」

「そうなの?」

「ええ。支度やら情報収集やらでね。だから娼館で標的を待ち構えて殺した方が良いの。何よりあの場所だと殺しても公にしにくいから」


 ですね。貴族の御当主が娼館で娼婦を相手に腹上死って……絶対に揉めるな。一族で。


「私にはお似合いの暗殺場所だったのよ」

「そこまで自分を卑下にしなくても良いと思うけどね」


 足を止めて一度しゃがむ。適当に小石を拾い集め、僕らに向かい突進して来るカメの頭部に祝福を与えた小石を投げつける。


 見ろ。死体がゴミの様だ。


「どんな場所であれ、ちゃんと仕事をしていたのなら胸を張って良いと思うよ」

「娼婦が?」

「娼婦でもね」




~あとがき~


 頭を引き抜こうと暴れる蛇さんから鱗が…え? ドラゴンなの?

 カメ形のドラゴンさんたちは…誰がこのドラゴンの謎を解くのだろうか?


 出番ですよ。刻印さ~ん




© 2023 甲斐八雲

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