どうして喧嘩するの?

 神聖国・都の郊外



「今日の所は引き分けにしておいてあげるからねっ! 良いわねお姉さまっ!」

「ちょっと待ってて。直ぐにでも」

「待たないからっ! 時間切れだからっ! もう終わりだからねっ!」

「むぅ」


 圧倒的な実力を持つ魔女がマジ泣きしながらノイエとの対戦を打ち切った。

 ツンデレ調に強引に逃げたなアイツ……それでお前は本当に何処へ行く?


「あん? あの残念女王様御一同に追い打ちの記憶消去をね。じゃっ!」


 ビシッと手を上げ魔女が飛んで行った。

 あれは追い打ちではない。ノイエとの対戦から絶対に逃れたんだと思う。


「シクシク。ノイエ……こんな汚れてしまったお姉ちゃんを愛してくれる?」

「はい」

「流石私のノイエね」

「はい」


 ノイエに抱き付き甘えるマニカは、こっちにその顔を向け笑っている。


 妹の視界から顔を背けて笑って来るあの女は僕の敵だ。馬鹿義姉に次いで敵指定だ。

 だが問題は、そんなマニカにノイエを奪われてしまったことだ。


 僕のお嫁さんを返せっ! この痴女めっ!


「ノイエ。私を無理矢理襲おうとした酷い男がまた声を荒立てて」

「アルグ様」

「……はい」

「これあげる」


 アホ毛で掴んで渡してきたサッカーボール大の石を受け取る。

 地面の上で正座プラス重石の石が……僕の両足はそろそろお亡くなりになりそうです。


「ノイエごめん」

「……」

「謝るのはノイエにじゃないでしょう?」

「だが断るっ!」

「なら戦争ねっ!」

「良く分かった」


 ノイエを抱き締めたマニカの宣戦布告を快諾する。

 命よりも大切なノイエの為なら、僕は世界の全てを敵にしても構わん。さあ聖戦だ。


「アルグ様」

「……はい」


 ノイエの睨みからの石により、僕の正座は暗黒方面に突入した。

 本格的に足の痺れがお尻まで来てます。気を抜くと何か色々と出ちゃいそうです。


「ほれ見たことか。この惰弱な、」

「お姉ちゃんも」

「……はい」


 高笑いしていたマニカがノイエのアホ毛が指さす場所にちょこんと座った。僕の隣だ。奇麗な正座だ。


 そして何故僕より石の数が少ない? 贔屓か?


「アルグ様」

「……」


 心の声に対しての圧はズルい。そして小さな物でも石の追加は辛いです。


「どうして喧嘩するの?」

「マニカが悪い」

「この馬鹿男が」

「「あん?」」


 互いに体を捩じって正面から睨み合う。

 僕らの眼前をノイエのアホ毛がギロチンのように通り過ぎ……僕らは自然と背中を逸らし、体の捩じれも元に戻して正面を見る。腰に手を当てたノイエが無表情で僕らを見下していた。


 アカン。マジでノイエがお怒りだ。


「どうして喧嘩するの?」

「「……」」


 言葉にならない。


 ノイエに負けを認めるのは構わない。けれどマニカにだけは負けを認めたくない。

 相手も同じなのだろう、鬼の形相でこっちを睨んでいる。


「どうして喧嘩するの?」

「「……」」


 チキンレースの状況になって来た。

 このままではノイエに嫌われてしまう。けど相手に頭を下げるのは屈辱だ。死しても認めたくない。


「ノ、ノイエ?」


 隣から血でも吐きそうな感じの声が……まさか? 恥を忍んでノイエに媚びるのか? そうなると僕の勝ちなのか? 勝ちはするが色々な意味で負けではないのか? どうする?


「お姉ちゃんは決して」

「ごめんなさい」

「はぁっ?」


 素っ頓狂なマニカの声が響いた。

 理由はクルっと向きを変え僕が全力でマニカに土下座したからだ。


 選択を誤ってはいけない。僕の敵であるマニカに頭を下げることこそノイエへの愛情の深さだろう。

 ならば僕はどんなに糞生意気な貴族の子供であろうが、欲望まみれの禿げたデブ親父な貴族にだろうが頭を下げる。


 見ろ! これが僕の生きる道だ。


「ズルいわよ! この最低、」

「お姉ちゃん?」

「くっ……」


 ノイエの冷ややかな声と睨みでマニカが一気に窮地に立った。


 君の敗因を教えてやりたい。覚悟を決めたら迷わずだ。

 下手な助走は相手に付け入る隙を与えるのだよ。このような場合はなっ!


「違うのノイエ!」

「……」

「そんな目でお姉ちゃんを見ないでっ!」


 いつも通りの無感情の瞳で見つめられているマニカにとって、今この瞬間は生きた心地がしないだろう。そして勝利を確信した僕は決して手を抜かない。


「ノイエの姉であるマニカ様に対し失礼な言動や行動を取ったこと、深く深く反省しております。大変申し訳ございませんでした」


 続けてもう一回土下座です。額が地面に着くほど深くするのが大切です。


「この男は本当にっ!」

「お姉ちゃん?」


 僕の繰り出した追い打ちにマニカが絶望じみた声を上げた。

 しかしノイエは聞く耳なしだ。変なプライドの高さが足を引っ張ったな。マニカよ。


「だってノイエ。今の棒読みな言葉に謝罪の気持ちなんて、」

「……そこの人」

「はうあっ!」


 胸を押さえてマニカが仰け反り倒れ込んだ。


 最愛の妹から他人扱いされたのが余程ショックと見える。僕もノイエから『そこの人』とか言われたら死んでしまうかもしれない。それを恐れたからこそ僕は謝罪に徹したのだ。

 棒読みだって良いじゃないか。謝ったのだから。


 それよりマニカの奴は死んだか?


 息はしているな。良い感じの大きさの胸が上下に動いてるしな。


 だが死に体のマニカはあおむけの状態で脱力して泣いている。


 君の敗因は自分のプライドを捨てることが出来なかったことだろう。

 僕はノイエの為ならプライドなどいつでも捨てられる男だしね。


「アルグ様」

「はい」

「ちゃんと謝って」


 くっ……ノイエよ。こちらの心を覗いたか?


 だがなノイエ。僕はそこで寝ている馬鹿とは違うのだよ。馬鹿とはっ!


「申し訳ございませんでしたっ!」


 土下座に対してプライドの無い僕はいくらでも謝ることができるのだ。


 これで勝っただろう? 完勝だろう?


「アルグ様は謝った」

「でもノイエ?」

「なに? そこの人?」

「ノイエ~!」


 マニカが外見など気にせず脱力したままの状態で泣き出した。


「だってお姉ちゃんは貴女の幸せを願って」

「煩い」

「……ぴえ~ん」


 追い打ちが半端ない。

 姉のわりにはノイエが怒った時の恐ろしさを把握していなかったのね。


「ノイエ~! ごめんなさ~い!」

「知らない」

「ぴえ~ん」


 ノイエのアホ毛が僕の膝から石を退かしだした。


 どうやら謝った僕は許されたらしい。そして僕の膝から退いた石は数個ほどマニカの太ももの上に置かれる。本当に容赦ない。誰の教えだ?

 該当者多数で推測が追いつかない。ノイエの姉たちって基本容赦ないからな。


 そして何より僕も容赦しないタイプですから。


「ノイエ」

「なに?」


 正座の形を崩してもノイエが怒らない様子からして僕はもう許されたと判断して良いはずだ。

 足をポンポンと叩きながら……まだ立てそうにない。


「そんなにマニカをイジメないの」

「む」


 僕の声にノイエのアホ毛が『?』になった。


「お姉ちゃんをイジメちゃダメでしょう?」

「でも謝らない。悪いことをしたら謝るべき」

「だね~」


 どうにか立ち上がろうとするが、ブルブルと足が震えて……ノイエのアホ毛が僕の胴体にクルっと纏わりついて支えてくれる。

 やはりノイエだ。彼女は基本優しさでできている。


「大丈夫。僕はノイエの夫だから君のお姉ちゃんの“失礼”な言葉に怒ってないよ」

「む」


 これが懐の広さである。


 分かるかね? マニカくん?


 相手に視線を向ければ、彼女はこっちの意思を察して絶望していた。

 そう。これが追い打ちというモノだよ。


「ノイエのお姉ちゃんたちが僕のことをどんなに嫌っても、僕は君のことを愛しているから大丈夫です。どんなに酷い言葉を、マニカのように酷い言葉や態度や行動をされてもノイエの為なら我慢できます」

「アルグ様」


 僕を支えていたノイエのアホ毛が緩まり、代わりに彼女の腕が支えてくれる。


 その様子にマニカは……あっ死んだか?




~あとがき~


 プライドをいち早く捨てた者の勝ちでしたw

 この主人公…本当にプライドってもんが無いな。


 あっ! 蛇さん忘れてた…




© 2023 甲斐八雲

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