お姉ちゃんを傷つけるのはダメっ!

 神聖国・都の郊外



『ストップ。スト~プッ!』とバトルしている2人の間に割って入り、一度ノイエを借り受けることとした。


『精神的にお姉さまの無表情攻撃って良くないのよね。一発一発の攻撃はオーバーキル級なのにそれを淡々とした表情で繰り出して来るから』と圧倒的有利なはずの魔女が安堵するのはどうなんだろう?


 何よりまだ戦いたがっているノイエは不満ブーブーだ。

 アホ毛で中止を申し出た僕を威嚇するほどに。


『手伝ってくれれば直ぐにでも続きをして良いから』と頼み、ノイエの不満を引き継いだ魔女がブーブーと文句を言っていたが、無視して2人でマニカの元へと向かう。


 まず何よりあの変態女王が使えないのが悪い。使えないから僕が動くしかなくなる。

 基本僕はノイエを眺めてハァハァしながら生きていたいのだ。怠惰最高なのです。


 異世界に来た頃の僕に説教したいよ。『仕事なんてするな』と。

 毎日ノイエだけを眺めている生活で良かったんだよ。結果がこれだ。下手に仕事をする選択肢を選んだがために異国の地に来て訳の分からん内戦に巻き込まれている。


 内戦にまで発展した理由はひとまず横に退けておこう。僕は悪くない。悪くないぞ。


 というか、こっちに向かい集結するはずの部族たちはどうした? 変態女王の本性を知って退却でもしたのか? 蛇が邪魔でこっちに来れない? 蛇は馬の脚に絡みつく?

 そんな仲の悪い干支の相性的な言葉など知らんっ! 根性で来いっ!


 ただ向かう先は変更。全員であの都を落とせ! 今なら守備兵の数とか少ない気がするからあっさり落とせるはずだ。そしたらその残念女王を復帰させ、右宰相とやらを追放しろ!


 案の定僕の声に難色を示す人たちに対し、こっちは秘密兵器を持参して来た。ノイエである。

『お姉ちゃん。命じて』とノイエがマニカにお願いすれば、何故か自分の体を抱きしめて激しく身震いした女王様ことマニカの命令にマッチョたちが奮い立った。

 魅惑的に震える女王様の様子を見ていたせいか、体の一部分を激しく奮い立たせながらも彼らは女王様の命令に奮い立ったのだ。


『あの人たちと一緒に行くのは……』と絶対拒否の構えを見せる変態はユリーさんに押し付け、蛮族と化したマッチョたちを先頭に神聖国の変態女王御一同には都の制圧をお願いした。

 準備ができたらさっさと行ってあの都を支配して来い。


『兄さま? 何故にそんな指示を?』と問うてくる魔女は、試験管に詰められている謎の液体を飲んでいる。

 とうとう我が妹様が危険薬物を……甘いだけのジュースなの? 戦いにおいて糖分は必要? カロリーは必要な気がするけど糖分は要るのか?


 まあ尋ねて来るならば答えようではないか。


 うふふ。それはね? お前を退治した後、ノイエが空腹で目を回す未来が見えているからだよ?


 だから都を制圧させてノイエの食事の準備をしておいてもらう。

 もしかしたら合流する部族の人たちが食料を抱えているかもしれないだろう?


 僕の完璧理論に魔女もビックリだな。


 何故驚かん? 実は驚いている? どの辺りに? 自分のお嫁さんが勝てると信じている僕にだと?


 当たり前だっ! ウチのノイエは世界一ぃぃぃいいい~!


 女王様の命令でバーサーカーと化したマッチョたちに率いられ、変態たちが移動して行った。

 ペガサス騎士の熊たちはその機動力で部族の方に話を通し都に向かうそうだ。頑張れ。


 そんな訳でノイエさん。ご協力に感謝です。


「あの馬鹿を全力で殴り飛ばしちゃって」

「ちょっとお兄さま?」

「分かった」

「分からないで~!」


 悲鳴を上げる魔女に対し、拳を握りしめたノイエが躍りかかった。


 流れるような綺麗なフォームから見事な拳が放たれ続ける。あれが伝説のペガサス何たら拳か?


 無表情で全力で拳を振るうノイエが楽しそうだ。

 神聖国に来てからとにかくドラゴンを殴れなかった彼女はストレスを溜めこんでいたのかもしれないな。夫として妻の不満を解消してあげられる存在でなければいけないと思います。


「よって頑張れ魔女」

「私への配慮が無いっ!」


 ある訳なかろう?




 ヤバい。そろそろ本格的にヤバい。全身が焼けるように痛かったのが、今は違う。体の中で何かが崩れるような感覚に襲われている。

 間違いなくこのままだと死んでしまう。


 こんな死に方だけは絶対に嫌だっ! もう自棄だ。どうにでもなれっ!




「お姉さま~! せめて笑顔でっ!」

「にこっ」

「声だけが逆に怖いっ!」


 悲鳴を上げて盾で防いでいる魔女に対しノイエは楽しそうに、うおっ!


 突き上げるような衝撃は地面からだ。下から上へと一瞬体が持ち上がった。


「おおっ」


 思わず声も出た。

 山へと向けた視線の先で、ボロボロと蛇の表面と言うか鱗が落ち始めていたのだ。


 激しく山が震えているが……その振動で自分の体を壊していたら意味が無いような?


 ただ流石ファナッテだ。攻撃力過多で、色々と問題のある子だが慣れればどうってことは無い。つまり僕は先生に匹敵する攻撃の手札を手に入れたのだっ!


 あれ?


「ファナッテの魔法であの魔女を迎え撃てばよかったのでは?」

「そろそろ本気で魔女の実力を見せるわよっ!」


 十分に見せている気がするが、それでもまだ手を抜いているらしい。

 あのノイエの攻撃ですら届かないのだから嘘ではないだろう。


「ノイエ~?」

「はい」


 シュッと僕の隣に来た彼女が返事を寄こす。


「もう少し殴り続けられる?」

「まだ平気」

「私の精神が平気くないんですけど~!」


 お前の精神は最初から病んでいるだろう?


「ならもう少し殴ってて」

「はい」


 嬉しそうにアホ毛を震わせ、ノイエがまた地面を蹴った。頑張れお嫁さん。


 楽しそうなノイエの姿を眺めていたら、


「アンタって本当に人のクズね」

「はい?」


 蔑んだ声が聞こえてきた。


 振り返ると奴が居た。胸の前で腕を組んだ女王様……マニカだ。


 何故ここに居る?


「居るわよ。一緒に行く必要なんてないし」

「ですよね~」


 あはは~。


 何故かお怒りの女王様がポキポキと指を鳴らして迫って来る。


「実は魔眼の中でディア様に聞いたのよ」


 誰様でしょうか? そんな奴を僕は知らない。


「貴方を攻撃したければ、微塵も殺意を放つことなく殴れば良いと」

「あは~」


 攻撃する以上、感情は動くものですよね?


「だから理解したの」

「何が?」

「うふふ……簡単な事よ?」


 笑いながらマニカが迫って来る。


 何故だろう? 美人に迫られているのに背中の冷や汗が止まらないのは?


 そっと近づいてきた彼女が僕の手を掴み、その手を……あら柔らかい。

 見た目に反さずマニカの胸が柔らかい件について考査したいと思います。


「ノイエ~。貴女の旦那様が無理矢理私の胸をっ」

「む」

「違うから~!」


 ノイエから不満げな声がっ!


 違うんですノイエさん。僕がそんなことをする訳ないでしょう?


「助けてノイエ。彼が“無理矢理”に」

「むむ」

「違うんだって!」


 その固定している腕を外せ。グイグイと胸を押し付けて来るな。体を寄せるな。足を絡めるな。何を企んでいる?


「決まっているでしょう? 貴方への攻撃よ」

「そんな気まりなど無いっ!」

「決定事項よ。ノイエ~。彼が強引に……胸が痛いわ」

「むむむ」

「落ち着けノイエっ!」

「落ち着いてお姉さまっ!」


 怒りに身を任せたノイエの大振りな拳に魔女が悲鳴を上げる。

 ずっと宙に浮いて座っていたはずの彼女が、殴られる度に若干左右に揺れ出した。ノイエの攻撃力が増したと言うのか?


「痛いわノイエ。胸が千切れそう」

「む~」

「してない。そんなことはしてない」

「でも触ってる」

「無実だ~!」


 抜け出せないだけですからっ!


 マニカの絶妙な幅寄せから逃れられないんです。っと、抵抗していた弾みで躓き転びそうになった瞬間……何故か相手が、マニカが微笑んで体勢を入れ替えて来た。


 クルンと回った彼女が下となり、結果まるで僕が襲い掛かる状態に。


「嫌よっ! 無理矢理は嫌っ!」


 そして何故か笑いながらそんな言葉を。


「アルグ様?」

「……はひ?」


 ゆっくりと、本当にゆっくりと顔を上げれば、アホ毛を怒らせたノイエが僕を見ていた。


「お姉ちゃんを傷つけるのはダメっ!」

「違うから~!」


 魔女への攻撃を止めてノイエが僕に襲い掛かって来た。




~あとがき~


 マニカの適切な攻撃により…主人公ピンチですw


 蛇さんが何もしないでもう死にそうです。頑張れ…




© 2023 甲斐八雲

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