休んでから打倒魔女の修行だよ
神聖国・都の郊外
「お姉ちゃんたちの声がする。目の奥がジンジンする」
「頑張れ」
「はい」
右目を押さえて立ち上がったノイエにそれ以上の言葉をかけられない。
声をかければ、言葉を選び間違えなくても僕が痛い目に遭うことが確定するからだ。
ならば避けよう。全力で。
「で、ノイエ」
「はい」
「あれに勝てる?」
「……」
そっと右目から手を放しノイエは刻印の魔女を見た。
宙に浮かんでいる魔女を休みなく攻撃している姐さんの体力も凄いが、そろそろ限界だろうな。
「勝てない」
「ですか~」
「はい」
「なら仕方ない」
まあ相手は腐っても三大魔女だ。それを倒せたらノイエが最強すぎるしな。
「あとは最終手段か」
「はい?」
余りこの手は使いたくは無かったが。
僕が行動を起こそうとしたらノイエが抱き着いて来てその場から強制的に移動させられた。
理由は僕が居た場所に土の串が天に向かって……姐さんや?
「邪魔をするなよ旦那?」
全身を汗で濡らしたカミーラが完全に逝ってしまっている目を向けて来た。
黙って両手を掲げる。迷わず上へだ。
「終わるまで見ています。勿論ノイエもね」
「はい」
僕の声に促され、らしくないほど素直にノイエも両手を上げる。
ノイエだって逆らっちゃいけない相手ぐらい分かるんだね~。
「それで良いんだよ」
口角を上げて楽し気に魔女と向かい合う姐さんは、やっぱり戦闘狂なんだろうな。バトルジャンキーだ。僕には理解できない世界の人種だ。きっと週刊少年誌の主人公とかを務めるタイプだな。
「ねえねえお兄さまたち。知ってる? ぶっちゃけ戦っている私の方が怖いんですけど?」
「頑張れ」
「本当に怖いんだって」
「ならその防御を捨ててサクッと刺されれば良いと思う」
「そっか~。って死ぬからっ!」
姐さんの猛攻を受けている魔女がマジ口調でそんなことを言って来るが知らん。お前が蒔いた種だ。頑張れ。
ただ流石の姐さんも限界なのか、一度距離を取った。
「ふー……。勝てないのは分かっているがな」
言いながらカミーラは前後に足を開いて体を横にする。
何処か投擲を思わせる構えだが、手にしているのは魔槍だ。つまり槍投げか?
「その盾を抜きたくはなるな」
「お~っほほ。この私の盾が抜ける訳ないでしょ?」
「だが抜く」
全身を力ませ槍を構える姐さんは全部の力を振り絞っている感じだ。
「魔女」
「何かしら?」
「全力で行くからしっかり守れよ?」
「ええ」
フードで顔の半ばまで隠している魔女も口元だけで笑う。
嫌だわ~。僕の目の前にバトルジャンキーが2人も居る。
グッと両足に力を込めたカミーラが何やら呟いている。たぶん詠唱だ。
「あれ知らない」
「ノイエ?」
「……」
僕の隣で両手を上げたままのお嫁さんがそんなことを呟いた。
ノイエの知らない魔法ってことかな? つかノイエさんは基本魔法を覚えられない子でしょう?
僕の心の中のツッコミをスルーし、ノイエはカミーラをジッと見つめている。
釣られ視線を動かした瞬間、十二分に引き絞った弓を放つかのようにカミーラの腕が動いた。
「針穴っ!」
静かな声に反し、その動きは早く鋭い。
簡単に言うと僕の目では追えなかった。
片手で掴んでいた槍を放った姿勢で動きを止めていたカミーラだが、実際に槍は投げていない。
何がどうなったのかはさっぱり分からん。
「お見事」
ただ魔女の声が響いた。
カミーラから視線を巡らせると、魔女の脇腹に穴が開いていた。ぽっかりとだ。
「まさかこの魔法が破られるなんて……私もまだまだね~。今度魔法担当に言って強化して貰わないと」
ポンポンと穴の開いた脇腹を魔女が叩くと、綺麗に穴が塞がった。ファンタジーだわ~。
「笑わせるな。しっかり守れと言ったのに盾の数を減らしたか?」
「違うわよ。集めて1枚にしたのよ。結果として脇腹に穴が開いた程度で済んだだけ」
「そうか」
全身で息を吐いたカミーラは僕らの居る方へ槍を投げて来る。
アホ毛でそれを掴んだノイエが、槍を僕に押し付けてきた。
「負けた負けた。また出直すとするか」
「いやいや。この魔女に手傷を負わせた存在なんてそうは居ないんだけど?」
「手傷? 傷跡も残っていないのにか?」
軽く笑いカミーラは頭を掻く。
「さてと。時間は稼いだぞ旦那」
「どうもです」
姐さんからのバトンを受け取り、後は僕らが頑張るだけです。
「帰って寝るから後始末は任せた」
「了解です」
告げてカミーラの姿が消える。
彼女が居た場所には宝玉が転がり、それをやって来たリスのニクが回収する。
魔力切れだ。こればかりはどうにもならない。
「さてお兄さま?」
「ほい」
宙に腰かける魔女がこちらを見てきた。
「続ける? それともあの子を差し出す?」
「そんなの決まっているだろう?」
「よね?」
クスクスと魔女が笑い両手を左右に広げた。
「さあかかって来るが良い。もしこの私に一撃でも加えることができたらあの娘の助命を考えてやろう」
「何処のラスボスだ?」
「魔王と呼んでも構わん」
笑うな笑うな。
ツッコミを入れるのにも疲れてきたので、とりあえず僕はノイエら目を向けた。
「ノイエ」
「はい」
まあ仕方ない。
「悪の道に走った妹に対して拳を含んだ教育を許可します」
「……つまり?」
意図が伝わらなかったか。
「殴ってでもあれを止めて」
「分かった」
コクンと頷いたノイエが地面を蹴って魔女に襲い掛かった。
「迷わず殴りに来た~!」
そして辺り一面に魔女の悲鳴が木霊した。
ぶっちゃけ全力ノイエの拳の方が、姐さんの槍より怖い気がする。
「あ~。負けた負けた」
唐突に響いてきた声に、良し良しと相手を撫でて慰めていた歌姫は呆れた様子で息を吐いた。
「清々しい声で楽しそうに言わないでくれるかしら?」
「事実だから仕方ないだろ」
そうであっても……グッと言葉を飲み込みセシリーンは自分の足に抱き着いている相手の頭を撫でる。
ブルブルと震えている彼女は、それでもその顔を上げて必死に外の様子を見つめていた。
2人が助けてくれると信じているからだ。
「それにつまらない仕事だと思っていたからな、最後に全力が出せて満足だ」
「あれほど暴れても足らないの?」
「あんなのはただの運動だ」
やり切った感が半端ないカミーラは、自分の肩を押さえて軽く回す。
大国と聞いていた神聖国だが、その実内情は酷い物だった。
「大国でありその兵力は膨大だと聞いていたからこそどこも攻めなかったんだろうな」
「普通数の暴力に立ち向かう国なんて無いでしょう?」
「あったぞ」
「……あったわね」
言われてみれば存在していた。
大国と呼ばれる2国から攻められ、それでも防衛しきった小国があった。
「落ち着いて考えればユニバンス王国の人間って平均的に強い人が多いのよ」
「それは言えてるな」
頭を掻いてから軽く振るったカミーラは歌姫の言葉を認める。
小国であったユニバンスが生き残れた最大の理由……突出した人材の存在だ。
国によっては『英雄』扱いされてもおかしくない人材が、人混みの中に石を10個投げれば1人ぐらいの確率で当たりそうな勢いで居たのだ。
そんな人たちを惜しむことなく戦場で使い捨てに出来たからこそ、ユニバンス王国は生き残ることができたのだ。
「ん~」
「どうした歌姫?」
「ええ。何となくこんな話をしていると自分たちがあの国で生まれたのもって考えてしまうわね」
「考え過ぎだろう?」
「そうかしら?」
軽く首を動かし、見えない目を自身の足に抱き着いている相手に向ける。
「ファナッテだって十分に英雄と呼ばれるだけの資質はあるわ。貴女もそうでしょう?」
「それを言えばお前だって十分に言われそうだな?」
「ええ。何よりあの施設に居た人たちは誰もが……」
一騎当千の強者を集め武器とする。その考えの下で集められた罪人たち。
「あの施設に居た全員が他国だと英雄扱いされていたわけでしょう?」
「全員では無いだろうが、まあ大半はそうだろうな」
非戦闘系のリグなども居た。
ただあの能力を考えれば英雄以外の扱いで祭り上げられるだろうが。
「そう考えると……ユニバンス王国って不思議な国ね」
「ああそうだな」
軽く笑いカミーラはその目をノイエの視界へと向けた。
戦いながらもチラチラと最愛の人物を視線で確認する彼女の視界は……慣れていないと逆に不安になる。敵を前にして余所見をしているのだ。それは不安を感じてしまう。
それでもノイエは止めない。自分が傷ついても彼を護りたいからだ。
「あんな馬鹿が王族の人間だぞ? あの国がまともだとでも思っていたのか?」
「えっと……うん。思わないようにしてたけど?」
「お前も大概だよ。歌姫」
笑いカミーラは止めていた足を動かした。
「何処に?」
「決まっているだろ?」
足を止めずに歌姫の問いかけにカミーラは答えた。
「休んでから打倒魔女の修行だよ」
~あとがき~
目の前の壁がどんなに高くとも挑み続けるのがカミーラです。
本当に物語の主人公を絵に描いたようん姐さんですね。マジで戦士だわ~。
で、本作の主人公は…嫁さんを魔女と戦わせていますw
ユニバンスの人材が異様に強い秘密ってちゃんと存在してます。
ちょいちょいヒントは出て来ていますが…あとがきで多くは語りません。
語るとしたら本編でガッツリ語りましょう。
ホリー辺りはもう答えを導き出しているんですけどね。
あれがお喋りキャラじゃなくて本当に助かるわ~。レニーラクラスの馴れ馴れしさなら大暴露大会が何度開催されているやら…
© 2023 甲斐八雲
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