胸の大きな女って馬鹿っぽいって言われるし……

 全身で外の空気を、風を感じていると言うのに……頭が出ない。


 何故だ?


 エラの張ったと言われる頭が引っかかっているからだ。


 でも仕方が無いだろう?


 種族特性だ。こればかりはどうにもならない。


 エラの張った頭部のおかげで人間たちからは“キノコ”とか呼ばれることもあった。

 移動も妨げられるから転がるように移動していたら『あれは坂を転がり落ちる』とか言われるようにもなった。


 違う。移動の時はいつも転がってたのだ。坂道など関係ない。


 何より“キノコ”と呼ばれることは、まあ許せる。気に食わないが許せる。しかし許せないこともある。


 誰が“男性器”だ?


 人間のアソコに似ているからと言われ、立ちションをしている者のあれを確認したが……思わず噛みつき食いちぎってしまった。

 それから何故か蛇に小便をかけると祟られるという話ができたそうだ。


 祟ったりはしない。見たことの無い同属から攻撃を受けた気がして腹が立つのだ。

 だから許さん。我にあれを向けて来た物は全て食い千切ってやった。


 そんな日々を過ごしていたら、今度も『蛇を食らうと精力が増す』という噂が広まった。

 本当に馬鹿な話だと思ったが、どうやら我にあれを食われた者たちがそのような噂を流したらしい。つまり『自分にはあの力が耐えきれず弾け飛んでしまった』と。


 愚かしい噂だが人間はそんな噂を信じた。

 哀れなマムシ共が大量に姿を消したが、我には関係の無いことだ。


 弱肉強食。それが世の理だ。


 ただマムシを漬けた酒はそれなりに効果があったらしく、増々マムシ共が狩られていたな。


 さて……我は一体何の夢を見ているのだ?


 全力で地面から抜け出そうとして力を貯めいてたはずだが、どうしてこうも昔の記憶を思い出す? それも物凄く駆け足で、だ。


 これはあれか? 人の世で広く聞く走馬灯と言う奴か?

 何でもそれは死期が近づいたモノに過去の記憶を物凄い駆け足で見せるとか……あれ?


 ブルリと身を震わせたら物凄く全身が痛んだ。


 コバエの様に我の周りを飛び交い攻撃して来た人間たちで受けた攻撃による痛みではない。

 何と言うかこう全身を、内と外から燃やす勢いでズキズキズキっと痛みが広がっている。


 我慢できそうにない? もしかしてこれって結構ダメな奴か?


『死にそうに痛いんですけど~!』


 全身を激しく震わせ頭を引き抜こうと……無理だ。ダメだ。抜けない。

 このままだとこんな馬鹿らしい状態で死んでしまう。これは流石に嫌だ。


 我も山々を支配し王と呼ばれるほどの存在であった。

 それが地面に頭を突っ込んだ姿勢で死亡とかあり得ない。あってはならん。


『ちょっとマジで痛いんですけど~!』


 ただ激痛に嘘はつけない。

 これはあれだ。本当に死んでしまう奴だぁ~。




 神聖国・都の郊外



「あはは~。お前の実力とはそんなものか? 串刺しぃ~」

「煩いよ」

「だったら私にその刃を届かせてみせろ」


 絶好調に高笑いをしている“刻印の魔女”を見てるとマジでイラっとする。

 するが……たぶん無理だ。素人目の僕からしても姐さんがあの化け物に勝てるとは思えない。

 たぶん無理だ。


 防戦一方の刻印の魔女は宙に浮かび虚空に腰かけ悠然と足を組んで座っている。

 対する姐さんは情けと容赦と周りへの被害を忘れて全力攻撃だ。


 最大火力を叩き込んでいる感じだが、その攻撃が魔女に届くことは無い。

 変幻自在に変化する透明の盾によってその攻撃全てが塞がれている。


 たぶん国のモミジさんの祝福より強力だ。何せ全方位からの攻撃ですら防ぐ。

 あれを破るには……超火力の大魔法でこんがり焼けば良いのか?


「これってば熱も遮断するんで」

「コメントどうもっ!」


 余裕でコメント返しをしてくる魔女にイラっとする。

 ただこっちは何もできない。打つ手がない。


「おにーちゃん」

「大丈夫だよ」


 ブルブルと震えて僕に抱き着いているファナッテは本当に怯えた子犬のようだ。

 そして僕の言葉が気休めにもならない状況が腹立たしい。


 分かっている。きっとファナッテは馬鹿な子じゃない。無邪気なだけで頭は良いと思う。

 自分が置かれている状況ぐらい彼女は把握している。そしてこの絶望的な戦力差もだ。


「なら覚悟を決めるか」


 逆転の方法はたぶん2つだ。


「かくご?」

「うん」


 僕の顔を覗き込んで来る相手の額に顔を寄せる。

 チュッとその額にキスをしたら、彼女は一瞬驚いて……そして震えながらも笑顔を見せた。


「お兄ちゃん。だいすき」

「ありがとう」


 優しく頭を撫でてやり、今度は彼女の頬にキスをする。


「ねえファナッテ」

「なに?」


 クリリと愛らしい目が僕を見る。


 ノイエと同じ瞳のはずなのに色が違うだけでこんなにも感じが変わるのか? それともノイエのあの無表情が僕に普段からそう思わせているのか?


 違う。ノイエの目はガラス玉なんかじゃない。あの目は普段から違う何かを見ているんだ。だから僕を見つめていても僕を見ていない感じがするだけだ。


 ノイエはいつも必ず僕を見ている。


「ノイエは好き?」

「うん。だいすき」


 迷うことなく即答だ。


「僕とノイエ……どっちが好き?」

「ん~っと。ん~っとね」


 子供にしちゃいけない質問第一位をしたら案の定ファナッテが泣きそうな顔になった。


「どっちも好きなんだね?」

「……うん」


 そっと手を伸ばし抱きしめてやったら彼女は僕の腕の中で甘えた。


「僕もノイエもファナッテのことが好きだよ」

「ほんとうに?」

「うん」


 暴走しがちだけどファナッテは良い子だし、解決方法が『殺す?』だけどそれは彼女の今までの環境が悪かっただけだ。そう思うとまたミジュリが憎らしくなってくる。


 誰でも構いません。魔眼の中に居る人よ、どうかあの馬鹿に天罰を。


「だからファナッテ」


 もう一度腕を緩めて彼女の顔を見る。


「僕“ら”を信じて待っててくれる?」

「まつ?」

「うん」


 今度はその唇にキスをした。


「ノイエと僕があの魔女に勝つのを信じて魔眼の中で見てて。出来る?」

「……うんっ!」


 涙を溢れさせファナッテは笑顔で頷いた。

 最後まで僕らを信じて……彼女は笑顔のままで色を失っていく。


 失せる色彩は瞳の色を血のような色に染め、彼女の顔から表情を消した。


「アルグ様」

「出来るノイエ?」


 グルっと顔を巡らせた彼女は、山となっている蛇に目を向け……小さく首を傾げてまた僕を見た。


「あれは無理」

「あっちじゃ無くてこっちね」


 ノイエの頬を両手で掴んでその顔を動かす。


 は~い見えますか? あれが伝説の生き物、刻印の魔女とか言う骨董品です。


「誰がオーパーツよ!」


 怒れる魔女からクレームが来た。

 自分で酷くした感じだと思うんですけどね?


「小さい子?」

「うん」

「大きくなった?」

「だね」

「……」


 何故かノイエさんが魔女の一部分をガン見している。

 しばらく観察し、何故か彼女は自身の両手で鎧の上から自分の胸に触れた。


「負けた」

「勝手に負けないでノイエ」

「敗北」

「終わりじゃない。ノイエはまだ育つから」

「はい」


 そう。ノイエの胸は何度でも蘇るのだ。


「それにあれはズルい」

「何が?」


 若干アホ毛を震わせるノイエに対し、何故か魔女は自分の口の前で指を一本立てて『シー』っとジェスチャーしている。


 まさかパットか?


「寄せて上げているのかっ!」

「天然よ馬鹿っ!」

「なら何故隠すっ! 天然であれば誇れば良いであろう!」


 僕の声に相手が言葉を詰まらせた。つまりここは反転攻勢だ。


「お前は基本自慢したくてたまらない人種だろうっ! 胸が大きいならそれを誇る類の生物だろうっ!」

「……」


 ビシッと指をさし僕は『異議ありっ!』的なノリで相手を糾弾する。


 魔女は完全に返事に窮し……勝ったか?


 僕が勝利を予感していると、ポツリとその声が聞こえてきた。


「だって……胸の大きな女って馬鹿っぽいって言われるし……」

「はい?」


 モジモジとした魔女がそんな言葉を。


「痛い」

「はい?」


 突然座り込んだノイエが何故か自分の右目を押さえていた。


「アルグ様」

「はい?」

「目の中が凄く痛い」

「……」


 それは巨乳たちの胸の痛みが原因だろうか? それとも貧乳たちの嘆きが原因なのだろうか?


「ノイエ」

「はい」


 そっと相手の肩に手を置き、僕はゆっくりと口を開く。

 相手の右目に向かい語り掛けるようにだ。


「僕はどっちの胸も好きです。差別も区別もしません」

「サラリと人のクズ発言ね。お兄様?」


 煩いよ魔女?




~あとがき~


 ノイエの『あれはズルい』発言は取りえず横に退けておいて…過去に書いていると思いますが刻印さんは巨乳族の一員です。

 ただ巨乳は馬鹿っぽく見えると言う理由で普段からあまり自慢したりしませんがw


 蛇さんは何も見えない状態で命の危機に瀕しています。

 可哀想に…はい? 正体ですか? 坂で転がるでググれば出るんじゃないかな?

 リアルで発見したら懸賞金がいただける生き物です




© 2023 甲斐八雲

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