魔女がそんな約束を守るの?

「あらら?」

「ん~」

「なぁん?」


 枕が大きく動いたせいで寝ていた2人が目を覚ました。

 と言っても完全に寝ていたのは猫だけだ。もう1人は丁度寝がえりをうったタイミングで目を覚ましていた。


「大丈夫かしら?」


 刻印の魔女に挑むカミーラの様子に枕……セシリーンは自然と何かを掴もうとして手を伸ばす。

 猫の尻尾を掴んだのは偶然だが、作り物である尻尾を握った所で猫は何も感じない。


「たぶん無理」

「リグ?」


 バタバタと立ち上がろうとしている相手……リグの様子にセシリーンは顔を向ける。

 いつもながらに自分の胸が邪魔ですんなりと起き上がれずにいる。一度横を向いてから体を起こして立ち上がらないと、胸の重りが妨げになって起き上がれないのだ。


「でもカミーラでしょう?」

「うん。それでも無理」


 リグは知っている。誰に聞いたか……たぶんシュシュだった気がするが、カミーラは魔女に挑んで負けているのだ。厳密に言えばこの魔眼に居る者たちはあの魔女が繰り出した人形に負け、そして魔女に挑んだカミーラとシュシュは共に敗退している。


「どんなにカミーラが強くても負ける」

「そうなるとファナッテは?」


 魔女は宣言している。ファナッテの処分を。


「それは大丈夫」

「どうして?」


 リグは明言し近くに居る猫の両腕を掴んだ。


「にぃ~」


 弱々しい悲鳴を上げる猫を無視してリグは外の様子を見つめる。


 圧倒的だ。


 目にも見えない連撃を繰り出し、回避不能と思われる密度の濃い串を放つカミーラに対して、魔女は一歩も動くことなく全てを回避している。

 厳密に言えば回避ではない。カミーラの攻撃が魔女に届かないのだ。

 目に見えない壁が立ち塞がり、全ての攻撃を防いでいる。


 たぶん勝ち目はない。


「魔女もノイエと生命共同体だ。ノイエが死ねば魔女も死ぬ」

「だからノイエは殺さないと?」

「うん」


 コクリと頷きリグは掴んでいる猫の腕を引っ張った。


「なぁ~!」

「ん?」


 悲鳴……間違いなく悲鳴であるが、移動を嫌がる声で無いことに気づきリグは今一度猫を見た。

 プリンと白いお尻を晒している猫がいた。


「セシリーン」

「あらあら」


 犯人は歌姫だ。猫の尻尾を掴んでいたせいで、根元であるスカートが脱げてしまったのだ。

 一緒に下着まで取れてしまったのは事故だろう。事故としておこう。


「にぃ~。にぃ~」

「後で直すから今はこのまま」

「にぃ~!」


 不満げに鳴く猫を引きずりリグは急ぐ。スカートと下着は猫が必死に膝に引っ掛けているから脱げることは無い。拭ることは無いがお尻は晒したままだ。


「にぃ~」

「我が儘は後。今は急がないと」


 告げてリグは魔眼の中枢に存在する白く平べったい石の上に猫を抱えて跳び乗った。


「どこに?」


 舞姫の声にリグは暴れる猫を抱えひ見ながら口を開いた。


「ファナッテのところ」


 告げて2人は姿を消した。




 コツコツと指先でフラスコの表面を叩く。


 中に居る女性は……本当に綺麗だ。普段の言動や行動や何より呪いにも等しい魔法が無ければ求婚の誘いが止まらないであろう。本当に美しくスタイルも良い。


「だと思った」

「あら速い」


 やって来た存在にフラスコの前に居た人物はクスクスと笑う。

 目深にフードを被ったローブ姿の存在……刻印の魔女だ。


 その姿を確認し、リグは猫を床へと降ろした。


「その猫は生贄か何か?」

「ちょっとした事故だから」

「そう」


 涙目で急ぎ下着とスカートを直している猫に対し、魔女は若干哀れんだ視線を向けた。


「それで巨乳と貧乳の組み合わせでこの私が倒せると?」

「無理だろうね」

「あら?」


 リグの宣言に魔女に立ち向かおうとしていた猫が足を止めた。

 これ以上進むとリグに捕まれた尻尾のせいでまた下半身の下着姿を晒すことになると気付いたからだ。


「ならどうするの?」


 フラスコの表面を指で突く魔女は口角を上げて笑ってみせた。


 微かに音を発したフラスコの中にはファナッテが居る。

 眠るように目を閉じて液体の中に居るのだ。


「簡単だよ」


 告げてリグは両手を広げた。


「戦っても勝てないなら戦わなければ良い」

「そうね。でもそれだと私の勝ちよ?」

「うん。だから簡単」


 リグは眠そうに小さく欠伸をして、目の前に居る猫の頭に手を置いた。


「ファシー。お願い」

「なぁん?」


 何も分からず猫は首を傾げる。


「ファナッテが居なくなるとノイエが壊れるかもしれない」

「なぁ~」

「だったら後のことは全部彼に押し付けて、」


 クスッと笑いリグは魔女を見た。


「ここにある全てのフラスコを叩き壊して」

「……ふぁあ?」


 流石の猫も意味が分からず振り返る。

 だがリグは魔女を見つめて笑ったままだ。


 しばらく静かな時間が過ぎて……やれやれと言った感じで魔女はフラスコから手を放して両手を掲げた。


「は~い。私の負けです」

「だろうね」


 笑うことを止めたリグは眠そうに欠伸をする。


「何よ? 超乳娘がこんな脅しとか使うなんて聞いてないんですけど?」

「脅したつもりはないよ。もし引かなければ実行させただけ」

「うわ~。可愛い顔して恐ろしい」


 自分の腕を抱いて魔女はあからさまに身震いして見せた。


「それに魔女にはファナッテを殺す気が無いと思っていたからね」

「あら? それは判断ミスよ?」

「そうかな」


 トロトロと歩きリグは近くにあるフラスコに抱き付いた。


「ならどうしてボクたちを助けたの?」

「それはあれね。カミューとか言う大ウソつきに、」

「魔女がそんな約束を守るの?」

「あれ~? 魔女って意外と契約ごとに関しては真面目なのよ?」

「言ってて恥ずかしくならない?」

「ならないわよ! 事実だから!」


 怒る魔女にリグはヘラヘラと笑う。

 そして自分が抱き着いているフラスコの中を確認する。


「なら別にクーレの体を治療する必要は無いよね?」

「実験よ実験」

「ならそうしておくよ」


 小さく欠伸をしてリグはフラスコから離れる。

 代わりにフラスコの中を覗き込んだ猫は……施設以来姿を見ていない人物を確認した。


 クーレだ。


「肌……どうして?」

「ボクじゃないよ」

「?」


 リグを見た猫はその答えに対し顔を動かす。

 向けた先は刻印の魔女だ。


「だから実験よ。実験」

「じっ、けん?」

「ええ」


 深くため息を吐いて魔女は腕を組む。


「致命的な火傷を負った皮膚の再生医療……貴女たちの妹は自分の姉に対しては無抵抗で魔力を貸してくれるからね。だからまあちょっとした実験よ」


 苦笑しながら魔女もまたフラスコの中身に目を向ける。

 火で焼かれたのであろう女性の姿は痛々しく、治療を始めて数年が経過しているが完治までには程遠い。


「これでも7割方は治療を終えたんだけどね」


 でも7割だ。


「特に顔がね」


 余程潰したかったのか、それとも殺したかったのか……クーレと呼ばれる女性の頭部が特に酷い火傷を負っている。

 普通なら完治不能だ。むしろ良くショック死しなかったとも言える。


「あれ以上ノイエの傍で人が死ぬことだけは避けたかったからね。ボクらも必死だったよ」

「でしょうね」


 普通なら死んでいてもおかしくない存在だ。それをあの馬鹿カミューは早々に魔眼の中へと取り込んだ。

 本当にあれは大ウソつきだ。もし今度会うことができたら全力で殴り飛ばすと魔女は誓っている。


「それで魔女」

「何よ?」

「どうしてまだカミーラと戦っているの?」

「それね」


 リグの声に魔女は視線を巡らせる。

 部屋の隅に置かれている鏡を介し外の様子……自分とあの宝塚が戦っている姿が映っていた。


「あの子の趣味よ。止めようがない」

「あの子って……魔女でしょ?」

「ええ。でもあの子は別格なのよ」


 息を吐いて魔女は椅子を取り出すとそれに腰かけた。


「気分屋で衝動的。その場の勢いと自身がどれ程楽しめるかを追及しがちの暴走王」

「何それ?」

「貴女たちも良く知っているでしょう?」


 呆れつつ魔女は足を組み頬杖を突く。


「刻印の魔女……その中で2番目にその力を振るうことが許されている存在よ」


『統括が甘やかすから……』と言う言葉を魔女は飲み込んだ。


「あの子は“自由”なのよ」

「はい?」


 首を傾げるリグに魔女は深々と息を吐く。


「だから自由なの。それが許されている存在であり」


 呆れつつ肩を竦める。


「普段から外に出ている存在よ」

「あ~。納得」


 理解した。リグもファシーも理解した。


 つまりあれはいつも通りの『刻印の魔女』なのだと。




~あとがき~


 リグってば実は頭の良い子なんですよね~。

 何よりアイルローゼの元に通っていたので色々と知識は豊富。

 敵にすると厄介な相手ですが、基本やる気が無いので実力を発揮せず。


 右目のフラスコエリアに居た魔女…つまり巨乳の研究をしていた刻印さんです。

 研究しつつも命令に従いと結構忙しかったりもします。


 で、カミーラとバトルしている刻印さんは…あれは趣味の人ですからw




© 2023 甲斐八雲

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