この魔女に挑むと言うの?

「そっち! 観測遅いよ。何やってるのっ!」

「観測」

「知ってるから、冷静に返さないで」


 集められた自分たちが仕事をしている。


 能力の足らない劣化しているコピーたちだが、数を集めて弱い部分を補っている。

 直ぐに趣味に走り集中力を欠くが仕方ない。だって自分なんだもん。


「異世界魔法の実演なんて召喚の魔女が居なくなってからはそうそう起きなくなったからね。これは絶好のチャンスなのよ! そのチャンスを逃すのは馬鹿の所業よ! さあ立て! 私たちよ!」

「どこの独裁者よ?」

「煩いよ私?」


 ツッコミ待ちだがツッコまれるとツッコミ返しをしたくなるのだから仕方ない。頑張れ自分。


「まあ良いわ」


 ダンッと床を踏んで彼女は外の様子に指を向けた。


「見せてみるが良い! 異世界魔法の実力とやらをっ!」




 神聖国・都の郊外



 えっと……はい?


 全力で身構えた僕の行動がちょっと恥ずかしくなった。


 ぶっちゃけよう。何も起きなかったのだ。

 ファナッテが可愛らしく恐ろしい言葉を叫んだけど何も起きなかったのだ。


 でも彼女はとても満足気に額の汗を拭き拭きしている。服の袖で満足そうだ。


「おに~ちゃ~ん」


 彼女を観測していた僕の視線に気づき、ファナッテが犬だったら全力で尻尾フリフリ状態で駆けて来る。

 両腕を左右に広げてブンブンと振るう姿は本当に子供だ。


 まあ可愛いから許す。


 ノイエが子供っぽく振る舞う姿なんて見ているだけで歓喜の涙が溢れて来る。


「おわったよ~」

「どこがじゃいっ!」

「あべしっ!」


 全力で駆けて来たファナッテが直前で横移動した。


 原因は悪魔だ。真横から渾身のドロップキックを……これこれ悪魔さん。ウチの可愛いお嫁さんと喧嘩を始めない。

 ファナッテの場合、喧嘩内容が大変お子様チックになるからね?


「もききっ!」

「むきゅ~!」


 地面を転がる2人が互いの頬を引っ張り合い……大変低次元な喧嘩に突入した。


 これこれ爪を立てるのは禁止です。噛むのもダメです。スカートを捲るのは……それを巾着縛りにしないのであれば許可しましょう。だからって下着をはぎ取ろうとしない。


 子供かっ!


「本当に煩い馬鹿共だね」


 ダンッと地面を強く踏みつける音がして、喧嘩していた2人が土の檻に囚われた。


 目に見えて串の先端が自分に数多く向けられた状況……下手な脅迫よりもあからさまに脅す姿勢が鮮明な攻撃にファナッテと悪魔が横並びで土下座をし許しを請う姿勢を見せている。


 君たちってそういうところだけは思考が同じなのね。


「最初から大人しくしてな」


 脅迫者たるカミーラの睨みに檻の中の2人は額を地面に擦り付けての謝罪だ。

 で、姐さん。何でそんなに激おこなの?


「あん? お前もあの檻には入るか?」

「そんな気は全くこれっぽっちもありません」


 うん。僕は大人しく観客に徹することのできるタイプです。目指せモブキャラです。


「あんなおぞましい魔法を見られるんだ。黙って見ていたいだろう?」

「おぞましい?」


 ヤバい。姐さんの厳しい視線がっ! 微かに浮かんでいる爪先が危ない。あれがもう少し持ち上がって地面を叩いたら僕の囚われの身だ。


「あれのどこがおぞましいよ! ステイステイっ!」


 姐さんの発言に噛みつこうとした悪魔が『ステイ』と泣き叫ぶ。

 串が……良くあれほどの本数を回避したな?


「おぞましいだろう?」

「わたしとしてはもっと派手な魔法を期待してたのっ!」

「はんっ!」


 鼻で笑って姐さんが檻を解く。


 立ち上がり踏ん反り返る悪魔は別として、完全に怯え切っているファナッテは僕に抱き着いて『く~んく~ん』と甘えて来る。


 落ち着けファナッテさん。完全に犬と化しているぞ?


 ファシーと言う最強猫が居るから猫になるのは勇気がいるだろうが、犬になればそれを怒ってあの猫は攻撃して来る。

 つまり人以外の生き物にはならない方が良いと言うことだ。


「派手な魔法を望むなら花火とか言う物でも極めろ」

「それはそうだけどね~」


 椅子を取り出した悪魔は完全に観戦モードだ。

 姐さんも黙って腕を組んで……困ったぞ? 解説係が傍に居ない。


「ファナッテ」

「ハッハッハッ……」

「ファナッテさん?」

「はっ!」


 腰に抱き着いていたファナッテが股間を見つめて興奮していた。


 気のせいだと思おう。思っておこう。この子も色々と精神的に危ない部分があるから性欲に目覚めないで欲しい。うん。ただあのスライム乳は素晴らしいモノなのでたまに出て来てくれるなら良いよ。でもたまにだからね? 毎回は死ぬ可能性があるからね?


「何したの?」

「うん」


 キラキラと僕に輝かんばかりの視線と笑顔を向けて来たファナッテが、元気に口を開いた。


「ありったけの毒をぜんぶ、あのおやまにポイしたの!」

「へ~」


 ありったけの毒か~。ありったけ?


「どれほどの量かな?」

「わかんな~い」

「……」


 悪気は無い。この子に罪悪感と言う単語は存在していない。


「でも何も見えなかったよ?」

「うん。ぜんぶ……あれ~にして投げたからっ!」


 あれ~の解説を求める。悪魔!


「全部気化して投げたのよ」

「つまり?」

「毒の雲と言うのか毒の霧と言うのか……ただ雲や霧は白い靄として見えるけど、その子が投げたのは純度100パーセントの毒よ」


 それが何か悪いことなの?


「悪かないけど気づいて無いの?」

「何が?」


 大きくため息を吐いた悪魔がヘラヘラと呆れ気味に肩を竦めた。


「その子が本気になったら無色透明な凶悪な毒の塊を投げて来るのよ」

「だね~。でも臭いがあっても色が付いてても投げてきたら回避のしようが無いような?」


 僕なら逃げ切る自信は無いね。

 ただますます悪魔が深いため息を放った。


「お気楽な思考もそこまで行けばある意味狂気ね」

「煩いよ」


 お馬鹿なだけですから。


「ならお祭り頭で少しは考えなさい」

「何を?」


 椅子に腰かけた悪魔が厳しい視線をこっちに投げて来た。


「その子は本気を出せばあの程度の巨大な存在を屠るかもしれない毒を作って放てるのよ」

「だね」


 だってファナッテだもん。生まれながらの毒製造機でしょう?


「ならその気になればこの国1つ、この大陸全てを滅ぼせるほどの量の毒を1人で作り出すことが出来るってわけよ」

「……」


 相手の言葉の意味をようやく理解して、僕は視線をファナッテに向ける。

 太ももに頬を擦り付けて甘えて居る彼女はジッと僕の股間を見つめていた。


「姉さまの膨大な魔力があるから可能な魔法かもしれないけど、逆の言い方をすればその子が本気で全力で無作為に毒を作って溢れさせればこの星を毒の星に出来るってことよ。

 そんな本当の意味での化け物……あの赤毛の魔女が危険視して全力で液体にしていた理由が良く分かるわ」


 ピョンと椅子から飛び降りた悪魔が、僕の方を向いて冷たい笑みを向けて来る。


「取り返しの付かないことになる前にその毒っ娘は処分した方が良いのかもしれない。少なくとも気分1つで世界が滅ぶ不安は無くなるわ」


 口を閉じ一歩踏み込んだ悪魔の二歩目は後方に飛ぶことに使われた。

 僕の目でどうにか追えた悪魔の動きを……彼女の攻撃を邪魔したのは姐さんの魔槍だ。


「ノイエの旦那の返事を聞かずに処分は気が早いだろう?」


 魔槍の一撃を放った姐さんのひと言に……貴女ってばマジ主人公か何かですか?


「あら? そこのお兄様は全力で甘い男だからその毒っ娘を絶対に守るはずだけど?」

「だろうな」


 笑いながらカミーラは動き僕らの前に立つ。


「それでも今のファナッテはノイエの体を使っている。私の可愛い弟子の体をな」


 クルリと魔槍を回した姐さんが、脇に挟んで身構えた。


「あの子を攻撃すると言うなら命をかけろよ刻印の魔女」

「あら? この魔女に挑むと言うの?」


 クスクスと笑う魔女から黒い霧が溢れ出る。

 渦を作り巻き上がった黒い霧は、人の形となって地面へと流れ落ちた。


 そこには目深にフードをかぶったローブ姿の女性が立っていた。


「この刻印の魔女に勝てるのかしら? 人間風情が」




~あとがき~


 とうとう神聖国編のラスボス登場ですw


 都に居る右宰相がラスボスになると思ったでしょう?

 甘い甘い。あの程度ならノイエの姉の攻撃力特化を当てれば圧勝ですから。

 戦う必要が無いと言うか、戦いになったらナレ死が確定な存在ですよ。


 刻印さんの性格を考えるとファナッテの存在は邪魔でしかないんですけどね。

 でも刻印さんって本当に…良い性格してるわ。


 その答えは次回にでも




© 2023 甲斐八雲

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