この腐ったミカンがっ!

「あら?」

「ん~」


 ゆっくりと通路を歩いていた彼女はそれに気づき足を止めた。


 色合いとしては白と言っても良い。

 床に寝っ転がる存在は何処に出ても恥ずかしくない色合いをしている。

 ただ『それで良いのか女性として?』と思わず言いたくなってしまうほどまでに露わな姿を晒していることを除けばだが。


 歩いていて体力が尽き床に転がり、着ている服が煩わしくなって脱ぎ捨てた感じだろうか?


 端的に言えば全裸姿の女性が床の上に転がっていたのだ。


「ん~? パーパシか~」

「博士……」


 寝ぼけた声を発する相手に対し、額に手を当てパーパシと呼ばれた女性は深く息を吐いた。


「ここには男性も居るんだから」

「あはは。居ると言っても小物ばかりだろう?」

「それでも男性です」


 ケダモノと化せば脅威である。


 だからこそパーパシは“相手”の身を案じたのだ。

 小柄な女性である博士……ランリットは男性の力をして組み敷けばあっという間に大変なことになるのは間違いない。


「股間を再起不能になるまで潰せば良いんだろう?」


 その通りだ。見かけに騙されて襲い掛かろうものなら、その男性は博士の力によって男性としての能力を奪われかねない。それも想像もつかない残忍な方法でだ。


「博士はその気になれば強いですものね」

「ん~。パーパシもだろう?」

「博士には敵いませんよ」


 事実圧倒的な強さで言えば彼女の方に軍配が上がると、パーパシは疑いもなく考えていた。


 何より攻撃的な祝福なのは圧倒的に相手の方だ。

 こっちは本気を出せば出すほど周りから可愛いモノ扱いされてしまうので複雑な心境になってしまう。


「そうだ博士」

「ん?」


 床に腰を下ろしパーパシは転がっていた相手の服を掴み引き寄せた。


「私の祝福を外で披露したら、詐欺とか言われたんですけど?」

「あ~。実質詐欺だしね」

「……博士?」


 ポリポリと足を掻いていた博士は、投げつけられた自分の服を顔で受け止めた。


「そもそもその祝福はどうやって身につけた?」

「どうやってと言われても……生まれた時から自然と?」

「だろう。そして君の両親はそれを口外しないように告げたはずだ」


 事実両親はそのことを言わないようにと、幼い自分にきつく言いつけて来た。

 あくまで周りの目を恐れての言葉だと理解している。自分を恐れての言葉では無かったとパーパシは両親のことを信じていた。


『よっ』と声を発し体を起こしたランリットは、頭から服を着る。


「そしてその『分身』は両親が名付けたのだろう?」

「ええ」


 名づけたと言えば語弊が生じる。


 2人となる自分の様子に両親……特に母親が『その“分身”を止めなさい。絶対に……外ではしないでね?良いわね?』と強く言い聞かせてきた。外では無理でも家の中でなら許された。だから家の中でしていると両親が『分身』と呼び、いつしかそれが定着してしまっただけのことだ。


「そう言うことだよ」


 座ったままで軽く跳ね、スカートを尻と床の間に挟んだ。


『下着はどうした?』


 一瞬見えた何かにパーパシは疑問を抱く。落ち着いて考えると相手は“全裸”だったのだ。

 軽く辺りを見渡したパーパシはちょこんと丸まって捨てられている下着に気づき回収した。


「本来祝福というモノは大変貴重で、それこそ住まう領地の領主が知れば王都の国王へ連絡することが義務付けられている」

「……ノイエのように?」


 愛らしい妹は2つの祝福を持ち、そしてそのことを知られてユニバンス王国の王都へと連れていかれたのだ。


「その通りだとも。でも例外は居る。と言うかこの魔眼の中に居る者は例外ばかりだけどね」


 例外の実例として目の前に居るランリットもそうだ。

 彼女も領主などにその能力を知らされていない。結果として王都に報告もされていない。


「自分や君のように両親が隠した。もしくは自分が隠した等は連絡がいかない訳だ」

「それはそうですね」


 当たり前だ。隠しているのだから。


「そしてもう1つの例外がファナッテなどだよ」


 それは強すぎる祝福に魅了され欲を持った領主が、自分で囲い込み王都に連絡しなかったパターンだ。強いて言えば国の決まりを破っているわけであり、本来なら罰則を受ける立場となるが、それらを揉み消せるほどの実力があるから囲い込むこともできるのだ。


 事実小国のユニバンス王国ですら祝福を持つ者たちを抱え込んでいる貴族は居る。現時点で一番多くの祝福持ちを抱え込んでいるのは、ノイエたち妹夫婦だ。

 当人に夫。その妹にメイドに至るまで……あの夫であるアルグスタが王族でなければ反乱を企んでいると言われても仕方がないほど強力だ。


「で、その2つの共通点が何か分かるかね?」


 一瞬思考が飛んでいたパーパシはその問いで現実に帰還した。


「えっと……共通点?」

「ああ。まあ簡単だよ。ともに王都に連絡されていないと言うことだ」

「ですね」


 本当に簡単な事だった。


「結果として自分や君は王都に出向いていない」

「ですね」


 隠したことでずっと故郷に居ることができた。


「まあそのせいで自分の祝福を調べる機会を失ったわけとも言うが」

「機会?」

「ああそうだよ」


 パーパシから下着の返却されたランリットは座ったままはきだし、後ろに倒れ込んで両足を上へと掲げると完璧に装着した。


「女性としてどうかしらね?」

「誰かに見られているわけではないよ」

「私が居るわよ」

「大丈夫だ。君の裸など見飽きるほど」


 言いかけたランリットは素直に口を塞いだ

 相手の睨みが本当に恐ろしかったのだ。


「……これで公平になったと言うことだ。ああ恥ずかしい」

「博士?」

「ごほん」


 何かを誤魔化すような相手の棒読み的な言葉にパーパシは増々視線を鋭くする。が、ランリットは咳払い一回で全てを誤魔化そうとした。


「今度外に出ることがあればノイエの夫に頼んでみると良い」

「……何をですか?」


 ジトっとした目で見てくる相手にランリットは顔を背けて言葉を綴る。


「祝福を確認する道具が王都にはあるらしい。それで調べれば君の祝福の正しい名前が分かるはずだ」

「……」


 小さく息を吐きパーパシは壁に背を預けた。


「別に知りたいとも思わないんですけどね」

「どうして?」

「博士と違って興味が無いので」

「なるほどね」


 頷きランリットはそのままゴロリと床に転がった。


「博士?」

「疲れたから寝るよ。自分は君らと違って走り回ることを得意にしていないしね」

「そうですか」


 立ち上がりパーパシは一度だけ息を吐いた。


「博士」

「何かな?」

「スカートが捲れていますが?」

「……」


 面倒臭そうに手を動かしランリットはスカートの位置を正した。




 神聖国・都の郊外



「は~い。注目っ」


 何処のロン毛の中年教師だ?


 黒板を準備し踏ん反り返っている悪魔に……ツッコミの言葉を飲み込んでおいた。

 今の僕は立場的に弱い。具体的には教師と生徒ぐらいに弱い。


「良いですか~。ここに人と言う字が」

「魔力の説明を求む」

「つまらない男ね」


 あっさりと教師を辞めた悪魔が人と言う文字を消した。


「なら魔力ね。簡単に言えば魔力って燃料なのよ」

「は~い。先生」

「何でしょうか」


 ビシッと手を上げる僕に悪魔が指をさしてくる。


「簡単な説明を求めます」

「この腐ったミカンがっ!」

「おぶっ」


 飛んで来たチョークが直撃したよ。


「まあ簡単に説明すると」


 ちょっと待て。今の流れは何だったんだ? チョークを食らった分だけ損した気分だぞ?


 だが悪魔は僕を無視して教卓の上に大きなガラス容器を準備すると、両手に2つのガラス容器を持つ。


「魔力は無色透明な液体で、ここに火と言う赤色があるとしたらそれに魔力を注げば……トマトジュースの出来上がりっ!」

「なんでやねんっ!」


 教卓の上で出来上がったのは、生々しい色をした……本当にトマトジュースだと?


「まあ簡単な説明だからこんないい加減だけど、厳密に言えばこの赤色を抽出するセンスとか魔力を効率よく注ぐ方法とか、その他諸々の才能も含んで来るから一概に正解とは言わないんだけど」


 腰に手を当てクピクピとトマトジュースを飲みながら悪魔は語る。


「ぶっちゃけこの赤色が元素な訳よ」

「はい?」


 元素ってあれですか? すいへいりーべいぼくどら○もん的なあれ?


「それよそれ。でも異世界元素だから地球のモノとは違うから。私たちも便宜上『元素』と命名しただけであって今にして思えば『精霊』でも良かったのかもね」


 トマトジュースを飲み終えた悪魔は『ぷは~。この一杯の為に生きている。おかわりっ!』などと自分で言いつつおかわりの準備を始めた。


「簡単に言ってみたけど?」

「もう少し説明しろやっ!」


 終わろうとしている悪魔にミニハリセンを投げつけておいた。




~あとがき~


 ランリットやパーパシは自分の祝福を王都で確認していません。

 何より祝福を調べるあれは大変貴重な聖物ですので、罪人に見せることはあり得ないのです。


 で、魔法の説明は…詳しくやると長くなるから次当りでサラッとして終わろうw




© 2023 甲斐八雲

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