まだ成長する気なの?

「これで良しって……居るなら貴女がしてよね」

「お~。ごめんごめん」


 人が1人がスッポリと入れるほどの大きなフラスコを前に、ローブ姿の女性は自分同様のローブを羽織った人物を見つめ腰に手をやり呆れる。

 どう見ても左目に居た自分が向かうよりも右目に居た“彼女”が対応した方が早かったはずだ。


「私も暇じゃないんだから」

「それを言ったら私もよ」

「何が? どう見てもフラスコの中身を弄んでいるだけでしょう?」

「そうとも言うけどそうとも言わない」


『あはは』と笑う相手に彼女はまたため息を吐いた。


 何を言っても無意味だと分かっているための諦めにも似たため息だ。


「それで何しているのよ?」

「うむ。ならば愚かなる私にこの私が教えてしんぜよう」

「その理論だと貴女も愚かな人間になるけど?」

「大丈夫。私は『シン・愚か者』だから」

「納得」

「しないでよ。冗談だから」


 困った様子で話しかけて来る“自分”に彼女は増々呆れる。


「と言っても私も統括の指示で動いてるんだけどね」

「へぇ~」


 つまり目の前にいる“自分”はオリジナルから生み出されたコピーの1人と言うことになる。


「結局オリジナルのコピーって今何体なのかしら?」

「10体は居ないんじゃないの? たぶん8体も居れば良いぐらいかな?」

「減ったわね」

「まあ統括って人使い荒いから」

「納得」


 自分たちを束ねている統括である“自分”は昔から人使いの荒い人物である。

 だからこそ自分の分身を作り好き勝手することを容認しつつも必要に応じて仕事を任せるのだ。


「一番の貧乏くじはオリジナルのコピーである私たちだけどね」

「それはそうだけど仕方ないんじゃないの?」


 コピーのコピーは当たり前だが劣化していく。劣化する自分たちの能力はすり減るかのように弱くなっていくものだ。


 結果として現在魔眼に多く居る“自分”は能力的に劣る者が多い。

 それでも質より量でカバーしている。多くの研究と調査と娯楽を追及せんとして頑張っているのだ。


「娯楽寄りが困るけどね」

「言えてる」


 ファナッテと呼ばれる個体のフラスコから離れた彼女は、もう1人の自分に歩み寄った。


「で、左目から何しに来たの?」

「あれよ。あの毒っ娘の体を私の誰かが調整したでしょう? その時に色々とセーブし過ぎて魔法が発現しなくなってたらしいから再調整に」

「なっとく~」

「そっちは?」

「これよこれ」


 元から右目に居る自分が指さすフラスコは、


「統括って何だかんだで小さい子が好きよね」

「言えてる」

「猫に超乳に……もう1人居たわよね?」

「あのロリっ子なら向こうかな。今回は超乳の乳の研究」

「乳牛でも育てる気?」

「何となく巨乳育成法でも試したみたくなったんじゃないの?」


 それが事実なら傍迷惑この上ない。

 たかが巨乳の研究で左目から……額に手をやり彼女は深々とため息を吐いた。


 納得はできないが慣れるしかない。何故なら相手は自分なのだから。


「それに私はあの馬鹿弟子と一緒に生体研究をしていた知識を伝えられているからね。適任と言えば適任なのよ」

「私もそっちが良かったわよ。下手に魔法知識があるから統括に良いように使われるし」

「あはは。でもその分外に出やすいでしょ? 私なんて前に馬の足を直すので外に出て以来出ていないもの」

「あ~。まあね」


 言われてみれば確かにその通りだ。


 自分の中で一番外に出ているのは“彼女”だが、ついで多いのは“魔法”の知識を持つ自分と“魔道具”の知識を持つ自分だ。

 それ以外の“自分”は下手をすれば外に出る機会が回ってこない。


「と言うかあれって統括に贔屓されすぎてない?」

「愚痴らない。愚痴りたくないなら統括の所に行って新しい知識でも得れば?」

「嫌よ面倒臭い。そんなに仕事を覚えたら自分の趣味が出来なくなるし」

「確かにね」


 自分の言葉に納得する。

 知識を得た分だけ仕事が増えるのは当たり前だ。


「なら愚痴らず乳の研究でも続けなさい」

「へ~い」


 告げられまたフラスコと向き合う自分の横を過ぎる際、彼女たちは軽く掌を打ち鳴らし記憶の共有をする。あくまでそれは記憶の共有であり知識の共有ではない。

 こうも簡単に魔法知識を相手に譲ることができれば……仕事と一緒に押し付けたくもなるが。


「如何に相手に自分の仕事を押し付けようかを全力で考えているのってどうかと思うけど?」

「その言葉をそっくりお前に返そうか? 同じことを考えやがって!」

「お前の血の色は何色だっ!」

「お前を殴り飛ばして確認してやるぅ~!」


 同時に拳を放ち、同時にそれを頬に受ける。

 睨み合い笑い合い……2人の魔女は何故か握手をして相手のことを讃えあった。


「そうそう。私」

「何でしょ私?」

「こんどあれに会ったらって……左目に居るのあれって?」

「さあ?」


 魔法知識を司る彼女は軽く肩を竦めた。

 あれは常に自由だ。自由だからこそ何処に居るのかなど誰にも分からない。分からないが主に居るであろう場所は分かっている。


「あれに直接は難しいと思うから、統括にでも言っておくわ」

「あら? 会いに行くの?」

「見てないでしょ? 統括からの知らせ?」

「うん。見てない」


 自分に告げられた言葉に生体知識を司る彼女は宙に手を当てそれを左右に払うように振るう。


「げっ! 呼び出しか」

「正解」


 クスリと笑いながら彼女は軽く自分の指を振った。


「知識ある私たちへの招集命令よ。無論現在進行形の仕事を終えてからとはなっているけどね」

「……ここは牛歩戦術か」

「頑張れ私」

「ありがとう私」


 慰めにもならない自分の言葉に彼女はため息を吐いた。

 事実慰めにもならないのだから仕方ない。


「で、この呼び出しって何よ?」

「ん? えっと……左目で拾い集めた情報を整理した限りで良ければ」

「言って」

「ええ」


 またクスリと笑い、魔法知識を司る彼女は軽い足取りで相手に背を向けた。


「マーリンの馬鹿の生存が確認されたっぽいわよ」

「へぇ~。生きてたんだ」

「みたい」

「そっか~」


 共に研究をしていた知識を持つ自分が何とも言えない表情を浮かべた。


「ならあの馬鹿は間違いなく悪魔に魂を売り渡したということね?」

「さあ? 私はそこまで詳しく知らないから」


 立ち去って行く自分を見送り……1人残った彼女はギュッと右腕をきつく握りしめる。


 ゴーンっと目の前のフラスコから鈍い音が響いた。


 音の発生原因は、拳を放った魔女の一撃だ。


 ただ頑丈に作られているフラスコにはヒビなど生じない。

 もし何かあると言うのなら殴りつけた彼女の拳の方だろう。


「今度こそちゃんと殺しなさいよね。統括の馬鹿」


 告げて彼女は仕事に戻る。次いでだから“自分”に会いに行き、一発殴ってやろうと決めた。

 自身が犯した罪を野放しにしている自分を殴ってやろうと決めたのだ。




「はっ!」

「どうしたのリグ?」


 飛び起きたリグは自分の胸を確認する。良く分からないが無事だ。


「……凄く胸が痛んだ」

「…………まだ成長する気なの?」


 相手の言葉に足を枕に提供している歌姫が呆れた。


「シャー」


 そして“胸”と言う単語だけで反応した猫が唸った。




 神聖国・都の郊外



「ファナッテ?」

「ん~」


 飴を舐め終えたファナッテが首を傾げつつも腕を振り回している。

 元気が有り余っていると言うか、何か切っ掛けを掴んで実践したいが的が無いと言った様子だ。

『丁度良い的』こと悪魔は白旗を掲げて降伏を申し出ている。


 流石のファナッテも降伏兵に対して何かする気は無いらしい。


「おに~ちゃん」

「はい?」


 ブンブンと腕を振り回しているファナッテが甘えた声を発して来る。


「こう、ぶわ~っとしたい」

「ぶわ~っとか」

「うん。ぶわ~っと」


 子供特有の擬音表現だが何となく分かる。的。的か。

 視線を巡らせれば丁度良い存在が居るんだけどね。


「ファナッテ」

「なに?」

「あの大きいので良いなら好きなだけどうぞ」


 告げて僕は山を指さす。

 地中から這い出て来た蛇だ。蛇の化け物だ。


「良いの?」

「どうぞどうぞ」

「わ~い」


 全身で喜びを表現し、ピョンピョン跳ねてファナッテが喜んだ。



 その時の僕は想像もしなかったんだ。

 あんなことになるだなんて……。


~あとがき~


 刻印さんのことは…また後々にでも。

 エウリンカの相手をしていた刻印さんが右目に移動し、ファナッテの制御をちょいと弄った感じです。


 そして主人公は…ファナッテの実力を舐め過ぎですからっ!




© 2023 甲斐八雲

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