あの蛇はどうする気?

『ねえ母さん』

『どうかしたの?』

『どうしてたまに神社に来るの?』


 子供ながらに疑問に思っていた。

 何故か定期的に神社に詣でるのが、我が家の行事みたいなものだ。


 その後は近所の定食屋さんに行って晩ご飯になるから悪くない。

 ご飯に釣られてむしろ駆け足で神社に向かうほどだった。


『どうしてだと思う?』

『ん~』


 問われて子供ながらに考えた。

 神社とは神様が居る場所だ。定期的にその場所に行くってことは、


『ご先祖様が神様に悪いことでもしたの? 永遠に謝罪し続けないと滅せられる系の罰か何か?』

『……匠。母さん時折貴方の言動にどうしようもない不安を覚えるとがあるのだけど?』


 母よ。僕の何が悪いと言うのか?


『大丈夫。僕は学校でも難なく過ごしているから』

『成績は? ちょっと匠、そっちの方角には何も居ないわよ?』


 居ますよ母さん。ここは神社です。だから居るのです。現実逃避の神様が。


『で、どうして神社に?』

『……まあ良いわ』


 深い深いため息の後で母さんが僕を手招きした。

 釣られて近寄ると何故か片耳を掴まれ、痛い痛い。


『少しは真面目に生きなさい』

『ほい』


 返事をしたら何故か耳を増々抓られた。


『それで神社に来る理由だけど……』




 神聖国・都の郊外



「……走馬灯かっ!」


 閉じていた瞼を開いたら視界いっぱいにノイエの顔があった。

 何て幸せな……これこそが眼福である。


「んっ」

「あむ」


 そして迷うことなくキスして来るノイエに……舌がシビシビと。


「んんん~! (ノイエ~!) 」

「んっ……なに?」

「あにって」


 おおう。舌が痺れて言葉にならない。


 待て待てノイエ。こちらが喋らないからってキスをしてこようとするな。


 そもそも君は会話など必要としない特殊技能の持ち主だろう?


 僕のためにそれを使用してください。


「そんな力、ない」


 会話が成立してるからね?


「違う」


 ほほう。言い訳をする気ですか?


「……アルグ様が会話してくれない」


 ちょっと待て。その発言は大変に危険ですからっ!

 間違っても……その手は何だ? どうして君は自分の左目を瞼の上から叩くのだ?


「アルグ様が会話を」


 脅迫って言葉をノイエさんはご存じですかっ!


「違う」


 何が?


「脅迫と違う」


 なら何だと?


「お願い?」


 ……。


 沈黙が2人の間に流れた。


 と、ノイエがまた瞼の上から自分の左目を叩く。


「アルグ様がいじめ、あむっ」


 どんと来い。痺れ!


 自分の身を護るために毒に犯されたお嫁さんの唇にキスをする。


 毒を受け入れる方が命が長らえるって斬新すぎてテストで出たら回答者ゼロだと思うよ。


 痺れが舌を伝って喉の奥までやって来ます。アカン……また意識が。


 目の前がチカチカしてきたから、こちらから唇を放すとノイエが甘えてきた。


「……好き」


 うん。夫としてお嫁さんから愛されているのは嬉しいのだけど、毒を含んだ口でキスだけは止めて欲しい。命の危険を考えて。


「大丈夫」


 何が?


 若干自慢気な空気を漂わせいるアホ毛を揺らしてノイエが増々抱き着いて来る。


「私が護るから」

「……」


 お嫁さんの毒キスで死にかけている僕を護ると言うお嫁さん。


 きっと僕には解けない哲学的な何かが存在しているのだろう。

 誰か頭の良い人がこの謎を解いてくれるまで僕は考えないことにするよ。


「だからもう一度」


 ちょっと待て。


 距離を詰めてくる相手に頑張って抗う。


「あれだよあれ。食べかけのご飯は?」

「無い」

「はい?」

「もうここ」


 告げてノイエは自分のお腹に手を当てた。


「この中」


 表現と言うか色々と際どいから発言には気を付けようか?


「いっぱい」

「何が?」

「アルグ様の」


 決死の覚悟でこっちからキスをし、相手の唇を塞ぐ。


 大丈夫。最初に比べれば痺れる感じはだいぶ薄まった。これなら我慢できる。


「アンタたち」


 僕が必死のキスをしている悪魔がふわっとやって来た。


 何故か箒に座って宙に浮いている。


「ボチボチ本格的に危ないっぽいんだけど?」


 問われて視線を巡らせると……ノイエさん。視界を追うように動かないで。


「私の顔が好きって」


 そうだけどね。ノイエの顔は後でいっぱい見るからね。


 会話のために離れてくれたノイエがそのまま数歩後退する。

 確かに結構あれな状態だ。


「蛇がますます増えている?」


 足の踏み場を確保できるかどうかぐらいの状況になっていた。

 理由は簡単だ。ワラワラと蛇が地面を覆っているからだ。


 うん。この蛇は全てを駆逐して燃やして灰にしよう。この蛇の肉は危険だ。


「ちなみにその肉は毒を弱めて調理すると、物凄く強力な精強剤ができるから」


 ちょっと待て悪魔よ。


「ちなみに弱めず服用したら?」

「決死の覚悟になるけどそれはそれはとても恐ろしいことになるわ」


 恐ろしい内容を語れと言っているのだこの悪魔。


「聞きたいの? ならば語ってしんぜよう。3日は徹夜で戦えるわ」

「……」


 全身に鳥肌が。頭のてっぺんから脛までバッチリだ。


 恐ろしすぎて……待て。だからさっきからノイエが僕にキスをしてくるのか? 沸き起こる性欲によって暴走しているのか? ノイエさん暴走ですか?


「お肉が悪い」


 フルフルとアホ毛を震わせノイエが迫って来る。


 落ち着こうノイエ。君が暴走したら僕の体が耐えられない。


「ちなみにお姉さまは祝福の効果で毒とか効かないけど」

「……そんなことはない」


 悪魔のツッコミにノイエが明後日の方を見て何かを誤魔化す。


 こっちを見ろお嫁さん。僕は君をそんな風に育てた覚えはない。


 渋々といった感じでノイエが僕の方を見る。


「追い打ちで言うと、蛇の肉汁をお兄様にいっぱい注げば、後でお姉さまが心置きなく満足できると教えたのは私です」

「アルグ様」


 こっちを見るなノイエさん。向こうにきっと君だけに見える何かが居るはずだ。だからあっちを見なさい。全力で。


 ノイエのアホ毛を捕まえて明後日の方向へと髪先を向けておく。


「大丈夫。その毒は遅効性だから今すぐハッスルすることは無いわ」


 したらしたらで大問題だ。


「で、お兄さま」

「何よ?」


 アホ毛を別方向に向けているのにノイエが迫って来る。


 落ち着けノイエ。僕は落ち着きのあるお嫁さんが良いと思います。


「むう」


 拗ねながらノイエが抱き着くまでで動きを止めてくれた。キスはダメです。キスは。


「良い?」

「どうぞ」


 呆れる悪魔が肩を竦める。


「あの蛇はどうする気?」

「……忘れていましたっ!」


 本気で忘れていました。


 さてどうするかな?


「ノイエ」

「ん」


 スリスリと甘えて居るノイエさんは本当に可愛いな。


「あの山倒せる?」

「無理」


 ですか。


「ノイエならあれどうする?」

「逃げる」


 即答だな。


「強いの?」

「違う」


 甘えて居たノイエが顔を上げて僕のことを真っすぐ見つめる。


「たぶん死なない」

「はい?」


 死なないってどういうこと?


「死なないって?」

「死なない」


 だからその部分の説明を求めます。


「……」


 クルっとアホ毛を回したノイエが両眼を閉じた。


「あれ嫌い」

「ノイエさん?」

「死なないから」

「うん」

「それに」


 ゆっくりと目を開けたノイエが真っ直ぐ僕を見つめてくる。


 普段見せない真面目な空気を宿したその両目は、たぶん僕はではない何かを見ている気がした。


「あれは生きてるけど生きてない」

「はい?」

「だから死なない。消せない。あれ嫌い」


 綺麗に会話を纏めてノイエが雰囲気を戻した。


 そして全力で甘えて来る。これこれ落ち着けお嫁さん。

 もうこうなったらノイエとの会話は無理かもしれない。


 謎が謎のまま謎を深める解決編……これが推理物の物語ならクレームの嵐だろうな。


「で、兄さまどうするの?」

「そうだな~」


 辺りに視線を向けると全員が一か所に集まり……どうしてマニカを中心に集まっている? 変態が一応女王様だろう? どう見てもマニカが本物で変態が侍女にしか見えんがな。

 その集団を護衛するようにカミーラが棒を振り回し蛇を駆逐している。ただ多勢に無勢だな。


「仕方ない。最終手段かな」


 こうなれば仕方ない。


「逃げるか?」


 僕の言葉に悪魔の目が点になった。


 君は何を期待している? 僕は物語の主人公タイプじゃないから危なくなったら国に逃げることぐらいはするさ。

 命を大事にです。


「ん。帰るのおにいちゃん?」


 はい?


 薄い金髪。薄目の碧眼。そんなノイエが全力で甘えて来るのです。


 ってお兄ちゃん?


「ファナッテ?」

「うん。お兄ちゃん」


 猫のようにファナッテが全力で甘えてきた。




~あとがき~


 地球時代の話を書くのっていつ振りだろうか?

 作者も実は結構な勢いで忘れていますが、あの馬鹿の日本での設定って色々とあるんですよね。

 大したものではないんですけど…ええ。大したことじゃないですね。作者自身もその1人ですしw


 主人公は撤退を考え始めました。

 だってもう無理そうなんだもん。で、ファナッテです。毒っ娘です




© 2023 甲斐八雲

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る