可愛いから撮影ヨロ!
神聖国・都の郊外
「おにいちゃんだ~」
「……」
スリスリと全力で甘えて来る様子は普段のノイエのようだ。
ただ色が違うけどね。口調も違うしね。何より表情が豊かだ。
けれどノイエではない。ノイエと違うのは当たり前だ。
中身と言うか人格と言うか……今の相手はノイエでは無いのだから。
『毒の息吹き』
彼女はそう呼ばれている。
ウチの悪魔が言うには規格外の魔法の持ち主だ。
異世界の魔法を引き継いでいるとかいないとか、その手の類の規格外なのだ。
触る者みなその身に宿した毒で焼け爛れてしまうので、誰とも接触できなかった彼女ではあるが……僕にだけは触れることができる。
理由は良く分からないがノイエが何かしているらしい。謎は謎のままだけどそういうことだ。
で、この問題児……ファナッテはとにかく甘えん坊だ。全力で甘えて来る。
「おに~ちゃ~ん」
スリスリを止めて体を動かした彼女が首を伸ばしてキスして来た。
軽くピリッとしたが痺れたが大丈夫。どうやら口内の毒素が弱まったらしい。
「おにいちゃん。んっ。おにいちゃん。んっ。おにいちゃん。んっ」
「落ち着けっ!」
人が考えごとをしていたらファナッテが暴走していた。
この甘えん坊はとにかくキス魔だ。こっちの隙を見つけるとずっとキスして来る。
「んっんっんっんっんっんっ」
「ぷはっ! 呼吸をするようにフレンチなキスをして来ないっ!」
「ん~~~~~~~」
「ぷは~っ! ディープなのを請求しているわけでもありませんからっ!」
ダメだ。ゼロ距離だとこのキス魔が止まらない。
一度落ち着いて相手を引き剥がして……僕の腕にキスしない。僕の体ならどこでも良いのか?
「お兄ちゃんだ~」
瞳をハートマークにしているファナッテの愛が止まらない。
この子は決して悪い子じゃない。一部国の貴族たちから酷く言われていたが、そんなことを言っていた貴族たちはお掃除されて今は居ないしね。
つまり今のファナッテは、ただ愛が重たくて厄介な魔法を宿した女性でしかない。
「落ち着けファナッテ」
「うん。ん~~~~」
キスをしようと首を伸ばして来ない。本当に落ち着いて。
「そんな相手にはバッグハグがお勧めよ」
「マジか?」
悪魔の誘惑に誘われ僕はファナッテをバックハグする。
彼女はしばらく首を回して僕にキスをしてこようとしたが、届かないと気付いて落ち着いた。
背中をグリグリと押し付けて来て甘えが止まらないが、それでもキスが止まったから良しとしよう。
「どうしてファナッテが外に?」
「お兄ちゃんに会いに来たの」
可愛いな。迷いの無い返事にちょっと胸の奥がキュンとした。
「外に出ればお兄ちゃんが喜ぶって言われたの」
「そうかそうか」
「うんお兄ちゃん」
満面の笑みを浮かべてファナッテが限界まで首を回して僕を見てきた。
「みんな殺せば良いの? 殺せば良いの?」
大事なことだから2回言いましたと言いたげな感じで恐ろしいことを言わないの。
そしてファナッテの厄介な部分は、人を殺す毒をたくさん作りそれを褒められ続けていたこともあり、毒を作ってひとを殺せば喜んでもらえると思い込んでいる節があるのだ。
僕としては全力で否定しているが、彼女の中に深く根を張ってしまったその呪いのような考えは消えることが無い。
ならば僕が気を付けて彼女がそんなことをしないように誘導すれば良い。多少面倒臭いが、『多少面倒臭い』で済むならそれで良い。
ノイエの家族と付き合う以上厄介ごとは向こうからやって来るのだから愚痴っても仕方ない。
「みんな殺しちゃダメだよ」
「うん分かった」
元気に頷いて、
「で、誰を殺せば良いの?」
迷いが無い。本当に迷いが無いなっ!
「人を殺すのはダメです」
「ダメなの?」
何故悲しそうな感じになるの?
「だって殺せないと私は要らない子だから……必要ない子だから……」
ガタガタとファナッテが震えだす。
「痛いの嫌。痛いの嫌。痛いの嫌。叩かないで。蹴らないで。ちゃんとするからっ」
「良し良し良し良し」
強めに抱いて全力で彼女の頭をナデナデする。
ファナッテの精神に色々と難があるのはその生活環境が原因だ。
元々ファナッテは凄く優しい子だったのだ。それなのに自分の魔法が暴走し、それ以降彼女の人生は狂いっぱなしになってしまった。
挙句彼女を預かっていたメイドが……無性にミジュリ対しての怒りが沸き上がって来た。
あの馬鹿が不幸になるように強い念でも送っておこう。不幸になれ~!
「お兄ちゃん。おにいちゃん。お兄ちゃん。おにいちゃん……」
「はいはい落ち着いてね~」
優しく語りかけて相手が落ち着くのを待つ。
しばらく頭を撫でていたらファナッテは静かになった。
「おにいちゃん。何をしたら良いの? 何をすれば良いの?」
「そうだな~」
落ち着いた彼女が仕事を求めて来る。
たぶん何かしないと僕が見捨てるとか嫌いになるとか思い込んでいるのだろう。
自己暗示にも似たことなのでこればかりは僕でも止めようがない。
ならばファナッテが落ち着いて仕事をする環境を与えれば良い。
「ファナッテ」
「うん」
「この蛇って全部退治できる?」
「へび?」
首を傾げる彼女の顔の前に手を動かし、指で地面に居る蛇に視線を向けさせる。
薄く張った氷はまだ健在で、地面から蛇がニョキっと顔を出すことを防いでいるが、別の場所で出てきた蛇がニョロニョロと動いてこっちに集まっている。
こいつらは人間を餌だと思っているのか?
「へびさんだ」
「へびだね」
何故か嬉しそうに蛇に手を伸ばすファナッテが……これこれファナッテさん。そんなに手を伸ばしたら蛇がバクッとね?
バクッと蛇がファナッテの手を噛んだ。
「いた~い」
「おおう」
噛まれたファナッテが悲鳴を上げる。慌てて手を伸ばし彼女を噛んでいる蛇を掴もうとしたら、何故か邪魔された。
邪魔をしたのはファナッテ自身だ。
「あは~。かわい~」
「……」
自分の手を噛んでいる蛇を可愛いとか、貴女の前世は『ムツゴ〇ウさん』とか呼ばれていませんでしたか? 軽く引くよ?
「凄いよお兄ちゃん。毒がね、ドクドクって」
「それは毒蛇だからポイしようね」
「毒へび?」
また首を傾げたファナッてだが、何故か慌てた様子が無い。むしろ慌てだしたのは彼女に噛みついていた蛇だ。
ジタバタと暴れて彼女の手から逃れようと身を震わせるが……しばらくすると脱力してプラーンと伸びた。
「こんなの毒じゃないよ」
「あははは~」
毒っ娘の実力に僕は戦慄する。
救いを求めるように悪魔に視線を向ければ、あの馬鹿はこっちを見ながらノートに何かメモしていた。
宙に浮かんで観察してデータ集めをするなと言いたい!
「このへびさんを殺したら良いの?」
「あ~うん。でもへびさんだけだよ? できる?」
「うんっ!」
全力で頷いたファナッテが、自分の手にぶら下がっていた蛇を掴んで投げ捨てる。
「できたらナデナデしてくれる?」
「してあげるよ」
「全身を?」
「あ~うん」
「なら太ももの、もごもご」
みなまで言うなファナッテさん。
それ以上は君の体で外に出て来た時に応じよう。それで良いですか?
うんうんと頷いたファナッテは、まだ出血を見せる手の傷口を口元に運び、その傷を舌でペロペロと丁寧に舐めだした。
「おにいちゃん。おにいちゃん。おにいちゃん……」
「舐めながら『お兄ちゃん』って言うのは止めて貰っても良い? 何か卑猥なんでけど?」
「好き好き好き好き好き」
チューチューと傷口を吸いながら好きもらめ~!
卑猥さ倍増だよ。こっちを見ている視線が半端なく軽蔑を含んだ感じになっているよ。
「うん。分かった」
「何が?」
「おにーちゃんの味」
だから軽蔑の目がね……もう何も言わない。
僕の腕から離れたファナッテは自分の周りを軽く見てから、口元に手を運ぶ。
軽く握って口に当て……傍から見ていると筒でも握っていれば吹き矢でも始めそうな構えにも見えた。竈でフーフーのスタイルにも似ているな。
「ふー」
本当にフーフーを始めたよ。
顔を真っ赤にしてフーフーしている様子は子供が手伝いをしている感じにも見えて……その姿が余りにも可愛らしいので僕は全力で顔を動かした。
「悪魔!」
「何よ?」
「可愛いから撮影ヨロ!」
「……」
呆れ果てた様子の彼女は、自分の腰の後ろに手を回すと毛皮を掴んで投げて来た。
僕の頭の上に着地したのは……ニクよ。お前って何処で何をしているんだ?
上目使いで我が家のペットを見ると、愛玩動物は首に水晶玉をぶら下げていた。
あれは確か撮影用の魔道具だ。
「やるのだニクよ! 僕はお前の実力を信じている!」
「……」
何故か呆れ果てた感じでニクが両手で水晶を掴んだ。
~あとがき~
ちなみにミジュリは現在『不幸』に気に入られて不幸街道を爆走中ですw
ファナッテの魔法は異世界魔法です。
彼女はその魔法の使い方を完全に理解していません。していませんが、『こうすれば良いのかな?』と直感的に感じて使用しています。
故に刻印さんでもファナッテの『魔法』は完全に解読できていません。実際に動いているところを見て観察したくてたまりません。
ぼちぼち彼女が今回観察に回っている理由が分かって来たかな?
色々と暴走していますが、刻印さん的にはパーパシの祝福に次いでファナッテの魔法まで観察できているので満足気です。
そうで無ければ優秀なカメラマンであるニクを撮影道具ごと主人公に貸したりしませんからw
ファナッテの異世界魔法って…ノイエの魔力で全力で放つと、星が滅ぶレベルなんだよな~
© 2023 甲斐八雲
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