名付けを間違った類の祝福
神聖国・都の郊外
「もう凄いのよ~。ウナギがキングコブラに変貌しちゃう感じ? 分かる? 分かれ!」
力説する悪魔に軽く引く。
何故そんなことを力説するのか? 誰もそんな言葉など……視線を巡らせたら目を爛々と輝かせて聞いている変態が居た。
「おい変態?」
「違います。ちょっとした興味と言うか……そう。安全確認です。確認なんです」
そうですか。そうですよね?
「腐ってもこの国の女王だもんね」
「そうですよっ!」
何故か嬉しそうに変態が頷く。
「で、そんな君の唯一無二の騎士っぽいあの少年にどんな苦行を?」
「……」
変態が遠い方へと目を向ける。
こっちを見ろ。ちゃんと見ろ。そしてその口で答えろ。
「あの少年に何を命じた?」
ブルンブルンと股間のペットボトルを震わせながら、氷の上に昇って来た蛇を捕まえては布袋の中に押し込んでいるあのスク水少年に何を命じた?
「……百匹ほど集めて欲しいと」
「それだけか?」
増々女王陛下の視線が遠くへ。
「白状して楽になると良い」
「はい」
諭すように告げると、変態は重い口を開いた。
「噛まれたらあれがどれ程狂暴なモノに変貌するのか見てみたくなって」
「同志よ!」
何故か悪魔が駆け寄り変態と固い握手を交わす。
嫌すぎるな。どんな同盟関係かと。
「で、そっちは?」
「はい?」
むんずと蛇を捕まえては器用に口を開いて牙から毒を採取しているパーパシが居た。
「その毒をどうするのかと聞いている?」
「これ?」
カミーラが飲み散らかしていたワインボトルを洗ったモノなのか、そこそこ大きなボトルを彼女は掲げる。
「絶滅した蛇の毒なのでしょう?」
「そうらしいね」
「だったら保存して研究材料にしておかないと」
言って毒抜きを終えた蛇を投げ捨て、パーパシは別の蛇を捕まえて来る。
「もしかしたらこの毒から新しい薬が作れるかもしれないのだし」
「……」
また毒を回収する彼女の姿に僕は驚愕した。
変態との同盟締結を終えた悪魔もまた僕の横に来て驚愕する。
「「真面目かっ!」」
息を合わせて悪魔と共に思わず叫んでしまった。
「何かパーパシさんが凄く真面目なんですけど?」
「拙いわ兄さま。あの手の人種との免疫が私には無い」
「僕もだ」
思わず悪魔と抱き合いパーパシに目を向ける。
「「あの人怖い」」
「……真面目ってそんなにダメなの?」
疲れ果てた感じでパーパシが思わずそんなことを呟いていた。
悪くはない。悪くは無いが、免疫が無いのだよ。僕らにはね。
「ゴルベル殿っ!」
「……ドミトリーか」
「何というお姿に……」
戻って来たフルアーマーの熊ことドミトリーのオッサンが、萎んだオッサンの前で跪いて涙している。
あれだな。洋物映画のワンシーンのようだ。
老いた国王の前に跪く忠臣……うん。僕の脳みそはまだ正常だ。ちゃんと脳内変換が間に合った。
「オッサンとオッサンの絡みは」
これこれ悪魔くん。僕が綺麗に脳内変換した何かを汚染するなと言いたい。
「ユリーさん。ユリーさん」
「何でしょうかアルグスタ様?」
あの熊の血縁とは思えない女性騎士のユリーさんが、ちょっと待て? そのナチュラルに抱いている存在は何だ? ジタバタと必死に抵抗しているぞ?
「左宰相様と隊長との会話は高度な政治的な事柄も含まれる可能性がありますので」
「で?」
「こうして確保して会話が聞こえない場所へ」
でしたらあの熊の声をもう半分ぐらい落とさないとダメだろう? 丸聞こえだぞ?
そして必死に抵抗しているその少女を放してあげなさい。
「嫌がっている素振りを見せていますが『放して』と言われていませんので」
「その子はあっちの筋肉が原因で言葉が喋れなくなったのよ」
「……そうですか」
納得したユリーさんが名無しの少女を地面に降ろすと、スラリと腰の剣を抜いた。
「未来ある少女から言葉を失わせるなど言語道断ですね」
「あれでも左宰相様の部下らしいからね?」
「なら彼の血脈は彼の代で終わっていただく方向で」
上段に構えていた剣を下段に構え……その高さは誰の何を狙う高さですか? 全力であの筋肉の股間を潰す気でしょう? ねえ?
「ちょっと失礼します」
「……いってら~」
見送ることにして僕は危険回避に徹する。
ただ行き場を失った名無しの少女がフリーズしているので、手招きして変態の方へ向かうように促す。
「あれの傍に居れば少なくとも守って貰えるから」
「……」
コクンと頷いて少女は変態の元へ。
うむ。また今日も善行を積んでしまったな。
「厄介ごとを押し付けただけでしょう?」
「失敬な」
厄介ごとと言うか……まああの少女はあの変態が女王となった暁には両親を探して貰って送り届けて貰えば良い。今はスク水少年が警護しているあの変態の傍が安全だ。
「ちっ……つまらん」
ただし僕の周りは結構カオスだ。姐さんの不満気な声が止まらない。
ワラワラと発生した蛇を潰しているが、歯ごたえが無さすぎてお怒りなのだ。
マニカの方は筋肉たちが体を張って彼女を護っているから大丈夫だろう。
というかあんなに嚙まれてあのマッチョたちは大丈夫なのか?
「大丈夫よ。遅効性だし……何よりあれが毒に犯されたマッチョたちに負けるとでも?」
うん。どうしてだろう? マッチョたちの方を心配してしまったよ。
悪魔の言う通りだ。あれが男女の営みで負ける姿が想像できない。
「ん~。もう少し効率よく毒の回収できれば良いんだけど」
そして物騒なことを言いながら僕らの周りではパーパシが蛇を捕まえては毒抜きをしている。
随分と手馴れているかと思えば実家の手伝いでやっていたそうだ。
どんな実家だよ? 薬屋でしたね。
「分身したら~?」
悪魔がそんなパーパシの独り言に反応して声をかける。
「2人になっても効率的にはそんなに変わらないから」
「ちっ」
何故に舌打ち?
「悪魔よ」
「何よ?」
何故に不機嫌?
「何を企んでいる?」
「……」
悪魔に手を引かれ場所を移す。と言うかパーパシの傍から離れた感じだ。
「あの真面目、絶対にまだ隠している手の内があるはずなのよ」
「はあ」
思わず呆れた。そんなことですか?
「文句あるの?」
「文句と言うか……アンタ馬鹿?」
「そのカウンターが腹立たしいっ!」
やり返してやったぜ。
悔しがる悪魔を尻目にほくそ笑みながら僕はパーパシの元へ戻る。
彼女は丸々とした蛇を捕まえては毒抜きをして放り投げている。放り投げた先でカミーラがつまらなそうに長い木の棒で蛇の頭を……南無南無。
「パーパシさん」
「何でしょうか?」
捕まえた蛇を持ってこっちを見ないで。
チロチロと舌を出している顔を見てからのカミーラの屠りを見るとやる背が無くなる。
「パーパシさんってば確か祝福持ちなんですよね?」
「はい」
と言うか彼女の祝福はちょっと特殊だ。
分身と言う名のモノで、自身を2人に分けるものだという。
「確か分身ですよね?」
「はい」
「それって2人に分かれるだけなんですか?」
「違います」
パーパシは素直に否定する。
そして背後で物音がしたから肩越しに振り返ると、悪魔が膝から崩れていた。
あの馬鹿は何も分かっていない。パーパシは根が真面目なんだから聞けば答えるはずだ。
「僕が知る限り『2人に分かれる』ってことになっているんですが?」
「……そういうことですか。確かにそっちの方が有名ですよね」
はい有名です。と言うかたぶん貴女の祝福を知る人は全員その認識かと。
「実際は違うんです。博士が言うには『これは名付けを間違った類の祝福』だと」
「はい?」
「ですから分身と言う名前が間違っているという話でした」
「……」
何だろう。この言いようのない不安は?
第六感的な何かが僕に囁きかけて来る。『逃げろ』と。
「そうですか。でしたら何かの機会があれば見せてくださいね」
「はい」
自分の勘を信じて会話を終える。
蛇の毒集めに戻る彼女から離れようと、
「ちょっと待った~!」
待ちたくないんですけど?
~あとがき~
実は名付けを間違えた祝福ってこの物語にはたくさんあるのです。
どうしてそんなことが起きたのか? 実は作者のミスなのでは? 違いますからw
たぶん本編でいずれ語られると思うのでヒントはここまでで。
問題は作者がその設定を忘れて過去にやらかしていないかが怖いぐらいですけどね。
違った意味で『作者のミス』があるかもです。
GWがそろそろ終わると言うのにトラブル続きのリアルが全く落ち着いてくれない…
© 2023 甲斐八雲
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